宴の最後はヘンリー・パーシバルの挨拶で締めくくられた。パーシバルらしく冗談を交えた明るい謝辞と別れの挨拶で、執政官やドーマー達、素晴らしい仕事仲間に明るい未来を、と彼は笑みを浮かべ、「女性が地球に溢れかえっている風景を待ち望んでいますからね」と言い残して満場の大喝采を浴びながらステージを下りた。
続いて実行委員長のケンウッドが参加者と出席出来なかったものの協賛金を出してくれた人々に謝辞を述べ、閉会を告げた。
パーティの後片付けは実にスムーズだった。ドーマー達はこの手の作業に慣れている。春分祭の時もそうだが、殆ど参加者全員で手早く掃除をして食器を洗い、調度品を普段使いの位置に戻し、飾り付けを片付けた。忽ち全てが撤収され、パーティなどなかったかの様にいつものドームに戻った。
「軍隊でもこうはいかないと思うな。」
主役はさっさと帰って寝ろとケンウッドは言ったのだが、パーシバルも一緒に働いていた。別れがたいのだ。
「明日になって月に行かないなんて言い出さないでくれよ。送別会を開いた人間の立場もあるんだから。」
とケンウッドがからかうと、パーシバルは顔をしかめて見せた。
「引き留めないんだ。」
「引き留めたら君の健康に悪いだろう。」
「ちぇっ、か弱い心臓が恨めしいよ。」
ポール・レイン・ドーマーもそばに居て、手伝っていた。彼にとってドームの中で一番甘えられる人がパーシバルなのだ。ケンウッドは、この無愛想な若者が些細な動作でもパーシバルの負担にならないよう気遣って動いていることに気が付いていた。もしかするとパーシバルがドームを去ることを一番哀しんでいるのは、この若者かも知れない。
パーシバルが優しく声を掛けた。
「ポール、もう片付けはいいよ。明日は早いんだろう? 帰って休みなさい。」
「いえ・・・まだもう少し・・・」
レインの連れのワグナーとキャリーは既に帰ってしまっていた。彼が帰らせたのだ。ケンウッドが尋ねた。
「明日は何処へ行くのだい?」
「ルイジアナ方面です。ちょっとメーカー同士のいざこざがあるらしくて、支局巡りだけでは済まないかも・・・」
レインはちらりと食堂の向こう端で集まっている老ドーマー達の群れを見た。彼の上司や先輩達だ。場違いに若く見える白い髪のドーマーが一番年長だ。彼等は彼等の中で去って行く仲間に労いの言葉を掛け合っているのだった。
「パーシバル博士・・・」
「うん?」
「ローガン・ハイネは貴方が素手で触っても怒らないって、本当ですか?」
ケンウッドとパーシバルは顔を見合わせた。この質問の意図は何だろう。ケンウッドが先に答えた。
「うん、仕事の時は手袋着用義務を守っているが、プライベートではお互いに気にしないんだ。」
パーシバルがくすくす笑ったが、それは思い出し笑いだった。
「最初は僕が半ば強引に彼の手を握ったんだっけ? 彼の手術後の最初の面会だったんだ。彼は衰弱して動けなかったから、僕が手を握っても拒否出来なかったのさ。」
ケンウッドも思い出した。
「強引じゃないさ。彼は握り返してくれた。生き延びて私達と再会出来たことを喜んでいたんだよ。」
あれはダリル・セイヤーズ・ドーマーが西ユーラシアへ追い払われた直後だった。その知らせをペルラ・ドーマーに告げられてハイネは1年4ヶ月の昏睡状態から目覚めたのだ。
パーシバルがレインに諭すように言った。
「ハイネは君達を守る為にこっちの世界に戻ってきたんだ。だから君達も彼を支えてやってくれないか。若さを保って長生きするのは、案外寂しいものなんだよ。」
ハイネは眠っていた期間に何か夢を見ていたのだろうか。彼は何も語らない。記憶にないのかも知れない。けれどもケンウッドもパーシバルも想像していた。彼は弟ダニエル・オライオンと楽しく過ごした幼い日々を夢見ていたのだろう、と。孤独な現実に戻りたくなくて眠っていたのではないか、と。
老人達の集まりの中に、珈琲色の肌の若者が入って行った。老いたミュージシャン達に何か言っている。と、年寄り連中がドッと笑った。
レインが溜息をついた。
「俺は偏屈なんで、クロエルみたいに局長に真っ直ぐぶつかって甘えることが出来ません。俺には、局長は本当に雲の上の人なんです。」
「ハイネは普通の人間だよ。」
ケンウッドも優しく諭した。
「彼は偶々ドーマーの人数調整期間の真っ最中に生まれてしまったんだ。だから彼より年上の世代と10年、年下の世代と10年離れてしまっている。同じ世代の人間が1人もいない。こんな寂しいことはないだろう? せめて君が現場の先輩と話すように彼に話しかけてやってくれないか。彼はきっといろいろなことを教えてくれるはずだ。」
「でも、あの人は現場を知らないんですよ。外に出たことがないから。」
「だからと言って、彼が業務上の指示で無茶振りしたことがあったかい?」
「・・・いいえ・・・」
レインはまだ若い。ハイネの含みを持たせた遠回しの話し方を完全に理解出来る訳ではないのだろう。
「君がもう少し歳を取ったら、彼が何を君に伝えたいのかわかるようになるさ。」
パーシバルが年長者のグループに目をやった。
「ハイネはまだセイヤーズを諦めていないぞ。捕まえると言うより、帰って来るのを待っているんだ。だから君は焦らずに、じっくり考えてセイヤーズを探せ。どうすれば連れ戻せるか、考えるんだよ。」
また笑い声が起こった。クロエル・ドーマーがハイネを抱き締めて何かワッツに言っていた。
パーシバルは聡い。声が聞こえた訳でもないのに、すぐに通訳してみせた。
「クロエルちゃんが、ハイネをギターリストとして自分のバンドに引き抜こうとしているんだ。ワッツが反対したんで、若造が文句を言っている。」
「それで、ハイネは?」
「もう弾かないって宣言しただろ? 撤回する訳ないじゃないか。」
え? とレインが驚いた。
「局長はギターを辞めてしまうのですか? あんなに上手なのに・・・」
パーシバルが片眼を瞑って見せた。
「だったら君が続けろと説得しろよ。」
続いて実行委員長のケンウッドが参加者と出席出来なかったものの協賛金を出してくれた人々に謝辞を述べ、閉会を告げた。
パーティの後片付けは実にスムーズだった。ドーマー達はこの手の作業に慣れている。春分祭の時もそうだが、殆ど参加者全員で手早く掃除をして食器を洗い、調度品を普段使いの位置に戻し、飾り付けを片付けた。忽ち全てが撤収され、パーティなどなかったかの様にいつものドームに戻った。
「軍隊でもこうはいかないと思うな。」
主役はさっさと帰って寝ろとケンウッドは言ったのだが、パーシバルも一緒に働いていた。別れがたいのだ。
「明日になって月に行かないなんて言い出さないでくれよ。送別会を開いた人間の立場もあるんだから。」
とケンウッドがからかうと、パーシバルは顔をしかめて見せた。
「引き留めないんだ。」
「引き留めたら君の健康に悪いだろう。」
「ちぇっ、か弱い心臓が恨めしいよ。」
ポール・レイン・ドーマーもそばに居て、手伝っていた。彼にとってドームの中で一番甘えられる人がパーシバルなのだ。ケンウッドは、この無愛想な若者が些細な動作でもパーシバルの負担にならないよう気遣って動いていることに気が付いていた。もしかするとパーシバルがドームを去ることを一番哀しんでいるのは、この若者かも知れない。
パーシバルが優しく声を掛けた。
「ポール、もう片付けはいいよ。明日は早いんだろう? 帰って休みなさい。」
「いえ・・・まだもう少し・・・」
レインの連れのワグナーとキャリーは既に帰ってしまっていた。彼が帰らせたのだ。ケンウッドが尋ねた。
「明日は何処へ行くのだい?」
「ルイジアナ方面です。ちょっとメーカー同士のいざこざがあるらしくて、支局巡りだけでは済まないかも・・・」
レインはちらりと食堂の向こう端で集まっている老ドーマー達の群れを見た。彼の上司や先輩達だ。場違いに若く見える白い髪のドーマーが一番年長だ。彼等は彼等の中で去って行く仲間に労いの言葉を掛け合っているのだった。
「パーシバル博士・・・」
「うん?」
「ローガン・ハイネは貴方が素手で触っても怒らないって、本当ですか?」
ケンウッドとパーシバルは顔を見合わせた。この質問の意図は何だろう。ケンウッドが先に答えた。
「うん、仕事の時は手袋着用義務を守っているが、プライベートではお互いに気にしないんだ。」
パーシバルがくすくす笑ったが、それは思い出し笑いだった。
「最初は僕が半ば強引に彼の手を握ったんだっけ? 彼の手術後の最初の面会だったんだ。彼は衰弱して動けなかったから、僕が手を握っても拒否出来なかったのさ。」
ケンウッドも思い出した。
「強引じゃないさ。彼は握り返してくれた。生き延びて私達と再会出来たことを喜んでいたんだよ。」
あれはダリル・セイヤーズ・ドーマーが西ユーラシアへ追い払われた直後だった。その知らせをペルラ・ドーマーに告げられてハイネは1年4ヶ月の昏睡状態から目覚めたのだ。
パーシバルがレインに諭すように言った。
「ハイネは君達を守る為にこっちの世界に戻ってきたんだ。だから君達も彼を支えてやってくれないか。若さを保って長生きするのは、案外寂しいものなんだよ。」
ハイネは眠っていた期間に何か夢を見ていたのだろうか。彼は何も語らない。記憶にないのかも知れない。けれどもケンウッドもパーシバルも想像していた。彼は弟ダニエル・オライオンと楽しく過ごした幼い日々を夢見ていたのだろう、と。孤独な現実に戻りたくなくて眠っていたのではないか、と。
老人達の集まりの中に、珈琲色の肌の若者が入って行った。老いたミュージシャン達に何か言っている。と、年寄り連中がドッと笑った。
レインが溜息をついた。
「俺は偏屈なんで、クロエルみたいに局長に真っ直ぐぶつかって甘えることが出来ません。俺には、局長は本当に雲の上の人なんです。」
「ハイネは普通の人間だよ。」
ケンウッドも優しく諭した。
「彼は偶々ドーマーの人数調整期間の真っ最中に生まれてしまったんだ。だから彼より年上の世代と10年、年下の世代と10年離れてしまっている。同じ世代の人間が1人もいない。こんな寂しいことはないだろう? せめて君が現場の先輩と話すように彼に話しかけてやってくれないか。彼はきっといろいろなことを教えてくれるはずだ。」
「でも、あの人は現場を知らないんですよ。外に出たことがないから。」
「だからと言って、彼が業務上の指示で無茶振りしたことがあったかい?」
「・・・いいえ・・・」
レインはまだ若い。ハイネの含みを持たせた遠回しの話し方を完全に理解出来る訳ではないのだろう。
「君がもう少し歳を取ったら、彼が何を君に伝えたいのかわかるようになるさ。」
パーシバルが年長者のグループに目をやった。
「ハイネはまだセイヤーズを諦めていないぞ。捕まえると言うより、帰って来るのを待っているんだ。だから君は焦らずに、じっくり考えてセイヤーズを探せ。どうすれば連れ戻せるか、考えるんだよ。」
また笑い声が起こった。クロエル・ドーマーがハイネを抱き締めて何かワッツに言っていた。
パーシバルは聡い。声が聞こえた訳でもないのに、すぐに通訳してみせた。
「クロエルちゃんが、ハイネをギターリストとして自分のバンドに引き抜こうとしているんだ。ワッツが反対したんで、若造が文句を言っている。」
「それで、ハイネは?」
「もう弾かないって宣言しただろ? 撤回する訳ないじゃないか。」
え? とレインが驚いた。
「局長はギターを辞めてしまうのですか? あんなに上手なのに・・・」
パーシバルが片眼を瞑って見せた。
「だったら君が続けろと説得しろよ。」