来なくても良いのに、と思う日は早くやって来る。ヘンリー・パーシバルの送別会は秋分の日の前日、夕方の7時から始まった。
その日は外廻りの遺伝子管理局の局員達も早い時間に帰ってきたし、普段は外の尞で寝起きしている航空班のメンバーも当直以外はドームの中へ戻って来た。有志の参加なのに、殆ど春分祭みたいな賑わいになってしまった。
「これじゃ、別れを惜しんでいるのか、喜んでいるのか、わからん。」
と挨拶の準備をしながらリプリー長官が愚痴った。当人のパーシバルは暢気で、
「ドーマー達の引退式も兼ねているから、いいんじゃないですか?」
と笑っていた。彼はファンクラブのメンバーを引き連れて贔屓のドーマーを取り囲むのが好きだったが、この日ばかりはドーマー達が彼を取り囲み、執政官の友人達が近づくのも容易ではない程だ。
ケンウッドは親友との別れを惜しむ暇もない程忙しかった。実行委員会は戦争状態で、食事の世話やバンドの演奏準備など、かけずり回った。こんな時にハイネ局長が一言「静かに!」と言ってくれたら収まるのに、と言う調子の良い考えがチラリと頭をかすめたが、肝心の白い髪のドーマーは何処に消えたのか姿を見せなかった。
マイクの音がして、リプリー長官の挨拶があります、と司会のヤマザキ医師の声が聞こえた。躾けの良いドーマー達が静かになってくれたので、ケンウッドは胸をなで下ろした。リプリー自身は、騒いでいてくれた方が都合良かったかも知れないが。
長官は、「執政官ヘンリー・パーシバル博士の送別会に大勢が集まってくれて有り難う」と始めた。簡単にパーシバルの経歴と引退する理由を告げ、引退後のパーシバルの勤務先の紹介も語った。
「嬉しいことにパーシバル博士は、これからも定期的に皆さんの健康管理の為に地球へ回診に来られます。ですから、これが永久の別れではありません。博士の新しい生活への再出発式として、今宵は博士と楽しい時間を過ごそうではありませんか。」
ドーマー達が拍手した。食堂の壁が揺れそうだ。リプリーは、しかし、それで挨拶を終えなかった。拍手が一段落すると、続けた。
「パーシバル博士の希望もありますが、今夜はドーマーの先輩達数名の引退式も兼ねます。彼等は当アメリカ・ドームの業務を安全かつ円滑にして、生活を快適にする為に日々尽くしてくれました。心から感謝しています。」
リプリーは、維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマー、一般食堂の司厨長ジョージ・マイルズ・ドーマー、園芸班班長ロバート・ポドフ・ドーマー、そして消毒班のゴードン・ヘイワード・ドーマーの名を挙げた。
「ワッツ・ドーマー、マイルズ・ドーマーはまだこちらで後進指導をする為に残りますが・・・」
ドーマー達からブーイングが起きて、次いで爆笑が起きた。リプリーも思わず笑顔になった。
「どうも両名共、楽隠居は当分無理みたいだね。これからもよろしく頼みますよ。」
そして「黄昏の家」に移るポドフとヘイワードには、労いの言葉を掛けた。車椅子で参加していたゴードン・ヘイワード・ドーマーはちょっと涙ぐんでいた。普通、ドーマーの引退は個人的なものとしてひっそりと行われ、親しい者にしかわからない。こんな風に大勢から惜しんでもらうことはなかったのだ。付き添っている恋人のグレゴリー・ペルラ・ドーマーも涙を誤魔化す為に笑っていた。
長官の挨拶が終わると、司厨長がマイクを受け取った。
「一般食堂の司厨長、マイルズです。今夜は我が後継者候補3名が自分で作った料理と、彼等がチームに指揮して作った料理を出します。どの料理が誰の作かは表示していません。気に入った料理に投票をお願いします。お一人何票入れても結構です。集計して、次期司厨長指名の参考にさせてもらいます。
なお、料理は、今夜の主役ヘンリー・パーシバル博士のお好きな物を中心に作っていますので、内容に苦情のある方は、パーシバル博士までお願いします。」
また会場に笑いが起きた。バンドの演奏が始まった。ケンウッドのそばに居たコートニー医療区長がバンドを見て、ハッとした表情になった。
「なんと、昔懐かしい、ザ・クレスツじゃないか!」
ケンウッドは初めて聞くバンド名だった。執政官だけが利用するバーが夜になると開業するが、金曜日だけはドーマーの利用も許されていて、ドーマー達のアマチュアバンドが交替で演奏して騒ぐことは知っていた。ほとんどが中南米系のバンドなのだが、ザ・クレスツは古典ジャズを演奏し始めた。勿論全員男だ。頭髪を鶏の鶏冠みたいに赤く染めてグリースで固めて突き立てている。衣装は白。つまり、彼等は雄鳥なのだ。全員黒いサングラスを掛けて顔は見えない。
ケンウッドはコートニーに尋ねた。
「今は活動していないのですか?」
「うん。メンバーがみんな歳を取って役職に就いたもんだから、それ相応に忙しくなっていつの間にか活動を休止してしまったんだ。解散したかと思っていたがね。」
コートニーはにんまり笑って、背が高いリードギターを指さした。
「あれ、ローガン・ハイネだよ。」
「ええっ!!!!」
「ドラムはエイブ・ワッツさ。」
「うっそーーー!」
本当に、いつになってもドーマー達には驚かされるケンウッドだった。
その日は外廻りの遺伝子管理局の局員達も早い時間に帰ってきたし、普段は外の尞で寝起きしている航空班のメンバーも当直以外はドームの中へ戻って来た。有志の参加なのに、殆ど春分祭みたいな賑わいになってしまった。
「これじゃ、別れを惜しんでいるのか、喜んでいるのか、わからん。」
と挨拶の準備をしながらリプリー長官が愚痴った。当人のパーシバルは暢気で、
「ドーマー達の引退式も兼ねているから、いいんじゃないですか?」
と笑っていた。彼はファンクラブのメンバーを引き連れて贔屓のドーマーを取り囲むのが好きだったが、この日ばかりはドーマー達が彼を取り囲み、執政官の友人達が近づくのも容易ではない程だ。
ケンウッドは親友との別れを惜しむ暇もない程忙しかった。実行委員会は戦争状態で、食事の世話やバンドの演奏準備など、かけずり回った。こんな時にハイネ局長が一言「静かに!」と言ってくれたら収まるのに、と言う調子の良い考えがチラリと頭をかすめたが、肝心の白い髪のドーマーは何処に消えたのか姿を見せなかった。
マイクの音がして、リプリー長官の挨拶があります、と司会のヤマザキ医師の声が聞こえた。躾けの良いドーマー達が静かになってくれたので、ケンウッドは胸をなで下ろした。リプリー自身は、騒いでいてくれた方が都合良かったかも知れないが。
長官は、「執政官ヘンリー・パーシバル博士の送別会に大勢が集まってくれて有り難う」と始めた。簡単にパーシバルの経歴と引退する理由を告げ、引退後のパーシバルの勤務先の紹介も語った。
「嬉しいことにパーシバル博士は、これからも定期的に皆さんの健康管理の為に地球へ回診に来られます。ですから、これが永久の別れではありません。博士の新しい生活への再出発式として、今宵は博士と楽しい時間を過ごそうではありませんか。」
ドーマー達が拍手した。食堂の壁が揺れそうだ。リプリーは、しかし、それで挨拶を終えなかった。拍手が一段落すると、続けた。
「パーシバル博士の希望もありますが、今夜はドーマーの先輩達数名の引退式も兼ねます。彼等は当アメリカ・ドームの業務を安全かつ円滑にして、生活を快適にする為に日々尽くしてくれました。心から感謝しています。」
リプリーは、維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマー、一般食堂の司厨長ジョージ・マイルズ・ドーマー、園芸班班長ロバート・ポドフ・ドーマー、そして消毒班のゴードン・ヘイワード・ドーマーの名を挙げた。
「ワッツ・ドーマー、マイルズ・ドーマーはまだこちらで後進指導をする為に残りますが・・・」
ドーマー達からブーイングが起きて、次いで爆笑が起きた。リプリーも思わず笑顔になった。
「どうも両名共、楽隠居は当分無理みたいだね。これからもよろしく頼みますよ。」
そして「黄昏の家」に移るポドフとヘイワードには、労いの言葉を掛けた。車椅子で参加していたゴードン・ヘイワード・ドーマーはちょっと涙ぐんでいた。普通、ドーマーの引退は個人的なものとしてひっそりと行われ、親しい者にしかわからない。こんな風に大勢から惜しんでもらうことはなかったのだ。付き添っている恋人のグレゴリー・ペルラ・ドーマーも涙を誤魔化す為に笑っていた。
長官の挨拶が終わると、司厨長がマイクを受け取った。
「一般食堂の司厨長、マイルズです。今夜は我が後継者候補3名が自分で作った料理と、彼等がチームに指揮して作った料理を出します。どの料理が誰の作かは表示していません。気に入った料理に投票をお願いします。お一人何票入れても結構です。集計して、次期司厨長指名の参考にさせてもらいます。
なお、料理は、今夜の主役ヘンリー・パーシバル博士のお好きな物を中心に作っていますので、内容に苦情のある方は、パーシバル博士までお願いします。」
また会場に笑いが起きた。バンドの演奏が始まった。ケンウッドのそばに居たコートニー医療区長がバンドを見て、ハッとした表情になった。
「なんと、昔懐かしい、ザ・クレスツじゃないか!」
ケンウッドは初めて聞くバンド名だった。執政官だけが利用するバーが夜になると開業するが、金曜日だけはドーマーの利用も許されていて、ドーマー達のアマチュアバンドが交替で演奏して騒ぐことは知っていた。ほとんどが中南米系のバンドなのだが、ザ・クレスツは古典ジャズを演奏し始めた。勿論全員男だ。頭髪を鶏の鶏冠みたいに赤く染めてグリースで固めて突き立てている。衣装は白。つまり、彼等は雄鳥なのだ。全員黒いサングラスを掛けて顔は見えない。
ケンウッドはコートニーに尋ねた。
「今は活動していないのですか?」
「うん。メンバーがみんな歳を取って役職に就いたもんだから、それ相応に忙しくなっていつの間にか活動を休止してしまったんだ。解散したかと思っていたがね。」
コートニーはにんまり笑って、背が高いリードギターを指さした。
「あれ、ローガン・ハイネだよ。」
「ええっ!!!!」
「ドラムはエイブ・ワッツさ。」
「うっそーーー!」
本当に、いつになってもドーマー達には驚かされるケンウッドだった。