2017年8月5日土曜日

侵略者 9 - 7

 会議場内にいた執政官達は全員そこに現れた3人のコロニー人の顔と名前を知っていた。知らなければもぐりだ。
 リン長官が立ち上がった。青ざめた顔をして、固い声を搾りだして彼は尋ねた。

「ハレンバーグ委員長、シュウ副委員長、それにハナオカ書記長、何時地球へ・・・?」
「ほんの数分前だ。」

 3人は恐ろしく歳を取ったコロニー人だった。ハレンバーグ委員長は重力サスペンダーの助けを借りなければ地球の重力場では歩けなかった。シュウ副委員長も杖を突いていた。ハナオカ書記長は自力で立って歩いていたが、やはり高齢なのは確かだ。3人共100歳はいっているだろう。しかも地球人類復活委員会の最高幹部である。彼等は屈強な若者5名に守られて議場内に入ってきた。
 彼等は座っている執政官達の背後を回り込みながらリン長官の席に近づいて行った。近づきながら、黙礼する執政官達に頷き返した。
 リン長官が尋ねた。

「まさか、ドーマーの脱走の件で来られたのではないでしょうな?」
「そのまさかだ、馬鹿者!」

 シュウ副委員長が足を止めて、遺伝子管理局長の席を振り返った。彼女が尋ねた。

「ローガン・ハイネは何処にいるのです? 何故地球人がこの会議にいないの?」

 リン長官は慌ててクーリッジ保安課長に命令した。

「ハイネを連れて来い。」

 そして室内の人々の視線に気が付いて、急いで言い直した。

「ハイネ局長をお呼びしろ。」

 クーリッジが端末を出して、観察棟の部下に連絡を入れた。

「大至急ハイネ局長を中央研究所大会議室にお連れしろ。月から委員長が来られているとお伝えするのだ。」

 ケンウッドは時計を見た。観察棟のハイネの部屋から月へ連絡を入れてまだ2時間ちょっとだ。最高幹部の老人達は通報を受けて直ぐにシャトルに乗り込み、地球へ下りて来たことになる。そしてドームの長い回廊を恐らくエアスレーか何か乗り物をすっ飛ばして来たのだ。
 副長官が急いで幹部達の席を用意させた。老人を立たせたままには出来ない。
ハレンバーグ委員長は椅子に腰を下ろすと、仲間が座るのを待たずに長官に言った。

「何が起きたのか、順を追って説明したまえ。」
「僭越ながら、私が説明いたしましょう。」

と立ち上がったのは、ヘンリー・パーシバルだった。リン長官やそのシンパの執政官達が目を剥いたが、彼は意に介しなかった。シュウ副委員長が頷いた。

「ええっと、パーシバル博士でしたね? どうぞ、座ったままで結構ですから、説明をお願いします。」

 それで、ヘンリー・パーシバルはまだ事態をよく飲み込めていないドームの執政官達の為にも、昨日の朝「直便」としてダリル・セイヤーズ・ドーマーが西ユーラシアから到着したところから語り始めた。
 セイヤーズは無事に役目を果たして遺伝子管理局で運んで来たサンプルの生細胞を引き渡した。パーシバルは彼が仲良しだったドーマーと彼を引き合わせ、後は彼等の自主性に任せて退散した。
 午後も遅く夕方近くになって、遺伝子管理局員クリスチャン・ドーソン・ドーマーからセイヤーズがドームの何処にも見当たらないと連絡が来た。

「何故ドーソンは貴方にセイヤーズの異変を伝えたのです?」

 シュウ副委員長の質問に、レインのファンクラブのメンバーの1人が素早く答えた。

「パーシバルと我々は日頃からドーマー達と親睦を図り、いろいろと相談にも乗っていたのです。」
「彼等はドーマーのファンクラブですよ。」

と普段は口を出さない副長官が余計なチャチャ入れをした。最高幹部達はその件に関しては地球人の意見を聞くことにしたのだろう、それ以上突っ込まなかった。説明を続けるようにとパーシバルを促しただけだった。
 パーシバルは、ファンクラブを認めた上で、メンバーや遺伝子管理局の若者達とセイヤーズをドーム内くまなく探したことを告げた。夜になってもセイヤーズは見つからず、困ったパーシバルは友人のニコラス・ケンウッド博士にもセイヤーズを見かけなかったかと尋ねた。ケンウッドはセイヤーズが行方不明と聞いて驚き、ドームのゲートの監視映像を確認する為に保安課へ行った。
 そこでクーリッジがケンウッドを見て、頷くと今度は彼が立ち上がって説明の引き継ぎを宣言した。

「監視映像を今ここで議場卓に出しますが、よろしいですかな?」
「お願いする。」

 委員長の許可が下りたので、クーリッジは自身の端末を操作して大きな楕円形の議場卓の上に3次元映像を出した。セイヤーズがゲートを出る姿が映し出され、次にハイネが「要請なしに協力してもらった」警察の監視カメラによるドーム空港ロビーの映像を転送して映した。
 セイヤーズがバスに乗り込んで姿を消すと、映像を息を詰めて見守っていた執政官達から溜息が漏れた。

「現金を持って行った。カードで追跡されるのを防ぐ為だ。」
「完全に脱走を意図した行動だ。」

 何故だ、とは誰も言わなかった。みんなわかっているのだ、とケンウッドは感じた。ダリル・セイヤーズ・ドーマーは、恋人のポール・レイン・ドーマーがリン長官の愛人になっているドームに居るのが嫌になったのだ。
 その時、会議場のドアが開いた。

侵略者 9 - 6

 午前6時からの執政官会議は流石にコロニー人達にとっても不評だった。眠いし、朝ご飯はまだだし、着替えだってちゃんと出来ないし・・・。
 リン長官の髪もぼさぼさだった。長官のすることに口出ししないが同調もしない放任主義の副長官は不機嫌な顔で彼の右隣に座っていた。左隣に座っているクーリッジ保安課長は寝不足で目が赤いが頭ははっきりしている。ケンウッドとパーシバルは疲れていたが早めに席に着いた。中央研究所内に居たのだから当然だ。執政官達は互いにこそこそ私話を交わしながらそれぞれの席に着いた。医療区からもコートニー医療区長とヤマザキ、それに5名のコロニー人医師が、そして最後に一番遠い出産管理区からキーラ・セドウィック博士と3名の女性医師が到着した。キーラは遺伝子管理局長の席が空いているのを見て、不満そうな顔をした。見極めは通るはずだから、そこにハイネが居て良さそうなものなのに、と思ったのだろう、コートニーに問いかけるような目を向けたが、コートニーはセイヤーズ失踪騒動を知らないので、知らん顔をしていた。
 リンが咳払いをして、議場内の関心を自身に向けさせた。

「早朝に集まってもらって申し訳ないが、重大事案が発生した。進化型1級遺伝子保持者が脱走したのだ。」
「え? ハイネが?」

と誰かが声を上げたので、長官はその人物をグッと睨み付けた。

「ハイネは逃げたりせん、彼は観察棟に居る。」
「しかし、当ドームの進化型1級遺伝子保持者は現在ローガン・ハイネしかいないでしょう?」
「逃げたのは、西ユーラシア・ドーム所属のダリル・セイヤーズだ。」

と答えたのは、クーリッジだった。リン長官の勿体ぶった演説口調が癇に障るので、つい口を出したのだ。
「直便」を依頼していた執政官が説明した。

「昨日、西ユーラシアから生細胞を取り寄せました。『直便』でそれを持って来たのがセイヤーズです。彼は荷物を届けた後で姿を消したそうです。」

 セイヤーズがレインとレインのアパートでデートしたことは伏せられていた。リン長官が知れば、レインが後でどんな目に遭わされるかわかったものではない。
 長官がクーリッジを見た。

「遺伝子管理局はセイヤーズを監視しなかったのか?」
「『直便』の監視は遺伝子管理局の仕事ではありません。彼等は荷物を運搬する仕事と受け渡しをするだけです。『直便』が任務を終えた後、何時帰還するかは、特に決まっていません。普通は1泊して翌日に新しい荷物を持って帰ることになりますが・・・」
「セイヤーズを『直便』に選んだのは、誰だ?」
「それは西ユーラシアに訊いて下さい。」

 リン長官はイラッとした表情で遺伝子管理局長の空っぽの席を睨み付けた。局長は昨日終日彼と一緒に医療区に居た。彼自身が証明出来る。ドーマーの美しい肉体を生で見て喜んでいたのは彼自身なのだから。ハイネは「直便」のことを一言も口にしなかった。ひたすらこれ見よがしにコロニー人が持っていない筋肉美を大胆に披露していた。
 地球人を責められないので、リン長官は攻撃の矛先を保安課に向けることにした。

「セイヤーズをあっさりドームから出したのは、何故だ?」

 クーリッジはそう来ると予想していた。

「彼は何も持ち出していませんでしたから。持参したハードケースが空になっているのを係官に見せて、出て行きました。」
「それで、飛行機には乗らず、バスに乗ったんですね?」

とケンウッドが声を掛けた。クーリッジは頷いた。

「ATMで大量の現金を引き出してね。」

 議場内がわざついた。一体何故若いドーマーは家出してしまったのか。 あんなに素直で明るい、みんなから好かれる子だったのに。西ユーラシアでイジメに遭ったのだろうか。向こうへ帰りたくない理由があったのか。
 リン長官が議場内を鎮めようと声を掛けようとした時だった。
 入り口のドアが勢いよく開かれた。大きな物音で一同が一瞬にして静まりかえった。リン長官がそちらを見て、固まった。ケンウッドも振り返って、意外な人物が立っているのを見て驚いた。パーシバルも、コートニーもクーリッジもヤマザキも、執政官達はびっくりした。中には立ち上がりかけた人もいた。キーラ・セドウィック博士だけが、冷ややかにそちらを見て呟いた。

「案外早かったのね・・・」


侵略者 9 - 5

 ケンウッドが観察棟を出るのと入れ違いに遺伝子管理局の在ドームの幹部達が入館して行った。彼等とはあまり親しくないのでケンウッドは黙礼を交わしただけだったが、彼等は彼が局長と親しく付き合っていることは承知なのだった。寧ろ局長の命を救った人として評価されていた。だから本来なら寝ている時間に地球人をコロニー人が訪ねていても、彼等は不審に思わなかった。最後に内務捜査班のジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーと出口から数メートル行った辺りで出会った。

「ケンウッド博士、おはようございます。」

と彼が声を掛けてきた。先に入館した幹部達同様、彼も私服だった。急いで起きて出て来たので、スーツに着替える時間がなかったのだ。ケンウッドは局長も寝間着だったな、と思いながら、返事をした。

「おはよう、ロッシーニ・ドーマー。ドームの不手際で大事になってしまった。」

 ロッシーニはまだ何も知らされていない。しかし、パーシバルや若い遺伝子管理局員達がセイヤーズを探し回っていたことは知っていた。

「セイヤーズの行方がわかりましたか?」
「いや、わからないが、確証を得たことが一つだけある。局長から報告があるはずだ。」

 ケンウッドが詳細を語らないことで、ロッシーニはことの重大さを理解した。彼は頷き、先を急いだ。
 ケンウッドは歩きながら、パーシバルの端末に電話を掛けた。パーシバルはまだ起きていた。寝ずにケンウッドの報告を待っていたのだ。

「手がかりは見つかったか、ニコ?」
「うん。セイヤーズは脱走した。」
「はぁ?」

 パーシバルはリン長官みたいに間抜けな声を出した。ケンウッドは歩きながら喋りたくなかったので、相手の現在地を訪ねた。パーシバルは彼自身の研究室に居た。ファンクラブの仲間とポール・レイン・ドーマー、クリスチャン・ドーソン・ドーマー、それにクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが一緒だと言った。散開しての捜索は既に打ち切っていた。ケンウッドは真っ直ぐにそこへ行く、と告げた。

「ただし、ドーマー達はアパートに帰らせてくれ。彼等には、遺伝子管理局から正式な説明があるはずだから。」

 そして一言付け加えた。

「セイヤーズは現在のところ無事だと思う。バスの中だから・・・」


侵略者 9 - 4

 ケンウッドが連絡を取った相手はすぐには繋がらなかった。月は地球の反対側にいたのだ。数秒の待機時間にクーリッジ保安課長の端末がリン長官に繋がった。その瞬間、ハイネがクーリッジの手から端末を取り上げ、電話を切った。クーリッジが局長の暴挙に驚いて、「おいっ!」と抗議の声を上げた。しかし、ハイネが唇に指を当てて「しっ」と制し、ケンウッドを目で指した。クーリッジはハイネの意図を瞬時に理解した。保安課長は長官への通報を数分間遅らせることを決めた。 
 月の地球人類復活委員会本部の執行部窓口にいたのは、ケンウッドには馴染みのない委員だった。彼は長官ではなく一執政官から緊急連絡が入ったので、訝しげな表情で画面に現れた。

「アメリカ・ドームの遺伝子学者ニコラス・ケンウッドです。当ドームから進化型1級遺伝子保持者が1名、脱走しました。危険値レベルS1の男性ドーマーです。」

 ケンウッドが一気に喋ると、相手は名乗ったがケンウッドは彼の姓がシラーだとしか聞き取れなかった。
 シラーは別のコンピュータをさっと操作してから、カメラに向き直った。

「アメリカ・ドームに危険値S1のドーマーはいないはずですが?」
「西ユーラシアから『直便』で遣いに来ていたのです。用事を終えて帰るふりをしてゲートから出たまま、姿を消しました。」
「脱走とは、確かですか?」
「彼は空港ロビーで現金を下ろしてバスに乗ったところまで確認が取れています。端末は放棄していました。」
「対象ドーマーはダリル・セイヤーズに間違いありませんか?」

 本部はケンウッドが知らなかった情報を持っていた。何故自分にその情報がなかったのか、とケンウッドは不思議に思えた。重要なことなのに、当事者のドームの執政官が知らなかったのは何故だ?

「そうです、ダリル・セイヤーズ・ドーマー、西ユーラシア・ドーム所属の遺伝子管理局の局員です。」
「何故、S1のドーマーが局員なんかしているのです?」

 そうだ、外に出してはいけないはずの遺伝子保有者を何故外勤務の局員にしていたのか? 安全な遺伝子を持っているハイネでさえ、生まれてから一度も外に出してもらえなかったのに。
 ケンウッドはハイネを見た。ハイネが口だけ動かして伝えた。

ーー説明するから来い

 ケンウッドはシラー委員に告げた。

「その件に関する詳細はこちらへ来ていただければお伝え出来ます。今は時間がありません。大至急捜索しなければ・・・」

 シラー委員は物わかりが良い人の様だ。頷くと、執行部を招集します、と言って、通信を向こうで切った。
 ケンウッドが深呼吸すると、ハイネがクーリッジに向き直って、「どうぞ通報を」と促した。
 クーリッジはもう1度リン長官に電話をかけた。長官は先刻の呼び出しで目覚めていたが、頭はまだぼんやりしている様子だった。まだ夜が明けていないと文句を言った。クーリッジがセイヤーズの脱走を告げても、ピンと来なかった。

「セイヤーズ・・・? 誰だ、そいつ?」
「当ドームで生まれて、昨年西ユーラシア・ドームに転属させたドーマーです。」
「ああ・・・」

 とリンの声がクーリッジの端末から聞こえた。

「あのブロンドの坊やか・・・だが、他所のドームのドーマーが逃げて、何故私がこんな早朝に叩き起こされないといけないんだ?」

 リン長官は「直便」が来ていたことも、「直便」がセイヤーズだったことも知らない。ポール・レイン・ドーマーは彼がセイヤーズを攫ったのではないかと疑って探りに行ったとクリスチャン・ドーソン・ドーマーが言っていたが、レインはきっと長官の手に触れて思考を探っただけで、何が起きているのかは告げなかったのだ。
 クーリッジはドーム行政に無関心な長官に教えてやった。

「セイヤーズは『直便』で昨日西ユーラシアから当ドームに来ていました。用事を終えて帰ったと思われたのですが、航空機には乗らず、ATMから現金を引き出してバスに乗り、何処かへ去りました。端末を遺棄していますから、自らの意志で行方をくらませたのは明らかです。」

 ああ、とまた長官は寝ぼけた声を出した。

「当ドームから他所のドームのドーマーが逃げたのは、確かに問題だな。」

 長官もセイヤーズの遺伝子情報を知らないのか? とケンウッドは呆れた。ドーマー交換を決めた時、長官は交換されるドーマーの全ての個人情報を吟味するのが義務だろうに。
 クーリッジがお馬鹿長官に一発お見舞いした。

「ハイネ局長が言うには、セイヤーズは進化型1級遺伝子危険値S1だそうですぞ。」

 長官は5秒間沈黙した後、大声を上げた。

「ぬぁんだぁってぇえええええ!」

 ケンウッドはハイネが小さな声で囁くのを聞いてしまった。

「あの大馬鹿者が・・・」





侵略者 9 - 3

「脱走?!」

 ケンウッドは馬鹿みたいにハイネの言葉を復唱した。脱走とは、ドームの中に戻らないと言う意志を持っているのだ。ドーマーとしての義務も権利も放棄して、ドームの保護も拒否して、大気汚染と雑菌だらけの世界に逃げて行ったのだ。

「どうして・・・」

とクーリッジが呟いた。彼はドーマー達は普通の地球人より幸福な生活をしていると信じている。そんな生活を捨てて逃げる意味が理解出来ない。
 ハイネはそんな感傷的な気分に浸っている暇などなかった。彼は端末を出し、誰かに電話を掛けた。

「ロッシーニ・ドーマー、朝早くから申し訳ないが、幹部を大至急仮局長室に集合させてくれないか。」

 そして、電話を終えるとケンウッドを振り返った。

「博士、お願いがあります。」
「なんだろう?」
「今、ここから月の地球人類復活委員会本部へ連絡を入れて下さい。」
「ここから?」

 ケンウッドは驚いた。月への通信は中央研究所からでしか出来ないはずだ。しかし、ハイネは断言した。

「今は出来ます。さっきクーリッジ保安課長が情報管理室のデータを呼び込む為に、このコンピュータにフリーコードを入力されました。今、この機械は中央研究所の機械と同列の権限を持っています。」

 アッとクーリッジが声を出した。彼はうっかりして地球人が使用しているコンピュータにマザーコンピュータのアクセス権限を与えてしまったのだ。ハイネはそれをしっかり見ていた。冷や汗をかいている保安課長を横目に見ながら、ケンウッドはハイネに尋ねた。

「ドーマーの脱走を月に報告するのかね?」
「逃げたドーマーは、ただのドーマーではありません。」

 ハイネは、ケンウッドもクーリッジも重要な情報を与えられていないことに気が付いた。彼自身は、その事実に驚いて、思わずコロニー人達に尋ねた。

「お2人はご存じなかったのですか?」
「何を?」
「ダリル・セイヤーズ・ドーマーは進化型1級遺伝子保有者なのですよ。」
「君と同じなのか?」
「いいえ!」

 ハイネが強く否定した。そして固い表情でケンウッドが想像すらしていなかった事実を告げた。

「セイヤーズの遺伝子は、危険値S1、絶対に地上に放ってはいけない遺伝子です。彼は全ての機械を見ただけで操作出来るし、分解出来るし、組み立ても出来る。カードなしでATMからいくらでも現金を引き出せるし、どんな厳重な警備システムも無力化出来る能力を持っています。1人で地上に大混乱を引き起こせる可能性を持っているのです。
早く捕まえないと駄目です。」

 ケンウッドとクーリッジは顔を見合わせた。ケンウッドはハイネの言葉を頭の中で繰り返してみた。危険値S1・・・コロニーでも野放し禁止の遺伝子じゃないか!
 彼はコンピュータのキーを叩き始めた。地球人類復活委員会の執行部へ直通で連絡だ。
横ではクーリッジがリン長官を起こそうと電話を掛けていた。

2017年8月3日木曜日

侵略者 9 - 2

 クーリッジ保安課長はコンピュータのキーを叩いて情報管理室のモニター映像を仮局長室でも見られるようにした。彼が合図を送ると、ハイネが会議用テーブルのスィッチを入れた。3次元画像が立ち上がった。送迎フロアの出口ゲート前の様子だ。
 ダリル・セイヤーズ・ドーマーが係官の所に歩み寄るところから再生が始まった。きちんとスーツを着て、手にはハードケースを持っている。手荷物はそれだけだ。局員が出張時に持ち歩く小さな鞄はまだゲストハウスに置きっぱなしだから、当たり前だ。
 セイヤーズは名乗り、帰還するのでドームから出ると申告した。係官はアメリカ・ドームから持ち出す物はないかと尋ね、セイヤーズはないと答えた。
 ケンウッドが思わず呟いた。

「それでは、あのハードケースの中は空か?」

 奇異に感じた。「直便」が持ってくる検体が入ったハードケースは普通中央研究所にそのまま届けられ、こちらのドームが持っている。「直便」が持ち帰る場合はこちらから向こうのドームに届ける新しい検体が入っているものだ。持ち出す物は「有る」と答えねばならない。
 セイヤーズはハードケースを開いて中が空洞であることを証明して見せた。係官は確認して、彼の為にゲートを開いた。セイヤーズは落ち着いた足取りで出て行った。
 クーリッジが再生を止めてハイネを見た。ハイネはちょっと考えてから、コンピュータに戻って保安課長と場所を替わった。彼はキーを叩いて複雑な画面を出した。ケンウッドは彼が何をしているのか皆目見当がつかなかったが、クーリッジは途中で気が付いた。

「おい、警察の監視カメラをハッキングしているのか?」
「人聞きの悪い・・・要請なしで協力してもらっているだけです。」
「・・・誰から教わったんだ?」
「さて・・・忘れました。年寄りなもので・・・。」

 ハイネはいかにも慣れた手順で警察の情報システムに侵入した。ケンウッドはふと思った。これは、連邦捜査局で働いていた弟ダニエル・オライオンが兄貴に教えたのではないだろうか。僅か10回程度の逢瀬に、オライオンはドームに置き去りにしてしまった兄貴を喜ばせるために精一杯努力をしたはずだ。ドーマーの楽しみは、いかに仕事を上手くやってのけるか、と言うことだ。オライオンは何をすればハイネが喜ぶか、よく知っていた。
 ハイネの作業が終了した。会議用テーブルには新しい映像が立ち上がった。ドーム空港ビルのロビーだ。一般人が自由に出入り出来る場所だから、警備は警察の管轄になっている。だから監視システムも警察のものだ。
 ハイネは時間を戻してセイヤーズがドームを出た直後から再生を開始した。ロビー全体の映像が映り、数秒後に10箇所の細切れ映像に別れた。ケンウッドが真っ先にセイヤーズのブロンドを見つけた。

「2番目のカメラだ。ATMに向かっている。」

 セイヤーズはドーム銀行のカードで現金を引き出した。札の数が多いので、ケンウッドは嫌な予感がした。

「彼は全額下ろしたのか?」
「1度は無理だろう。」

とクーリッジ。

「いかに若いドーマーでも、ATMの引き出し限度額以上の預金はあるはずだ。全額下ろすのだったら、後でまた何処かで・・・」

 彼はハッとしてハイネを振り返った。

「次のカード使用場所で追跡出来るぞ。」
「追っ手がその場所に到着する前に逃げられますよ。」
「だが行く方向は見当がつく。」

 ハイネはそれ以上保安課長と議論する必要を感じなかったので、ケンウッドにわかったことを告げた。

「セイヤーズは大金を持って移動しています。少なくとも、自死する意志はなさそうです。」

 ケンウッドも首を振った。彼も懸念していたのだ。恋人レインをリン長官に奪われて絶望したセイヤーズが生きることを諦めたのではないかと。
 セイヤーズはお金を引き出すと、近くのトイレに入った。2,3分で出て来たので、現金を体の何処かに隠したのだろう。
 彼はバスのチケット売り場へ行き、何処かへ行くチケットを現金で購入した。ハイネはカメラの別の角度の映像を探したが、チケットの内容がわかるものは見つからなかった。
 セイヤーズは空港ビルの地下へ行き、やって来た長距離バスに乗り込んだ。バスはLA行きだったが、セイヤーズが現在もそのバスに乗っているかどうかは不明だ。もしLAに行きたいのであれば、民間の航空機で行った方が早い。バスに乗ったのは途中下車が出来るからだろう。
 ハイネはコンピュータを操作して、別のアプリを立ち上げた。端末の追跡システムだ。セイヤーズが現在所持している端末の番号を入力すると、直ぐに位置情報が出た。クーリッジが失望の声を上げた。セイヤーズの端末は空港ビルのトイレの中にあったのだ。
 ハイネ局長は深い溜息をつき、ケンウッドを振り返った。

「ダリル・セイヤーズ・ドーマーは脱走しました。」

と彼は断言した。



侵略者 9 - 1

 ケンウッドは観察棟のハイネの仮局長室の前で躊躇っていた。まだ報告するのは早いのではないかとも思えたのだが、もし推測が当たっていれば早い方が良い。時刻は午前3時だ。コロニー人にはあまり意味がないが、地球人は爆睡している時刻だから、起こすのは酷だと思えた。しかし問題は深刻だ。彼の背後でクーリッジ保安課長が咳払いした。ケンウッドがドアを開けないのなら、彼が自身でノックすると無言で言ったのだ。
 ケンウッドは決心してドアを叩いた。当然返答はない。彼はドアを開いた。観察棟は被収容者が消灯しても誰かが入室すれば自動的に照明が点く。ドア付近の物音と照明の点灯でハイネが目覚めたのか、ベッドの上で動くのが見えた。ケンウッドは思い切って声を掛けた。

「ハイネ局長、夜分に申し訳ない・・・」

 クーリッジ保安課長も声を掛けた。

「局長、ケンウッド博士とクーリッジだ。起こしてすまないが、緊急用件だ。」

 ハイネが上体を起こした。まだ覚醒しきれていないのか、片手で目をこすっている、その脇へ2人のコロニー人は近づいた。ハイネが枕の下から端末を出して時刻を見た。そして呻く様な声で尋ねた。

「緊急用件とは?」

 ケンウッドとクーリッジが殆ど同時に言った。

「セイヤーズが行方不明だ。」
「直便のドーマーが無断で外出した。」

 ハイネが彼等の顔を見た。青みがかった薄いグレーの瞳に次第に光りが増してきた。
彼はケンウッドを見つめ、それからクーリッジに視線を移して、保安課長に尋ねた。

「外出とは、ドームの外へ出たと言うことですか?」
「そうだ。ゲートのモニターで確認した。昨日の午後1時頃に、セイヤーズは1人でドームから出て、空港に行かずに姿を消した。どの飛行機にも乗っていないから、西ユーラシアへ帰ったのではない。」

 ハイネはケンウッドに視線を戻した。そしてまた尋ねた。

「レインは一緒ではないのですね?」
「レインが彼の不在に気が付いた。探したが見つからないので、パーシバル達に協力を求めてきたんだ。」

 ハイネは一瞬目を遠くを見るように宙へ向けた。そしていきなり枕を掴んで床に叩きつけたので、ケンウッドとクーリッジはびっくりした。
 ハイネはベッドから降りて執務机のコンピュータを起動させた。

「保安課長、ゲートのモニター映像をここへ呼んで下さい。もう1度検証します。」