クーリッジ保安課長はコンピュータのキーを叩いて情報管理室のモニター映像を仮局長室でも見られるようにした。彼が合図を送ると、ハイネが会議用テーブルのスィッチを入れた。3次元画像が立ち上がった。送迎フロアの出口ゲート前の様子だ。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーが係官の所に歩み寄るところから再生が始まった。きちんとスーツを着て、手にはハードケースを持っている。手荷物はそれだけだ。局員が出張時に持ち歩く小さな鞄はまだゲストハウスに置きっぱなしだから、当たり前だ。
セイヤーズは名乗り、帰還するのでドームから出ると申告した。係官はアメリカ・ドームから持ち出す物はないかと尋ね、セイヤーズはないと答えた。
ケンウッドが思わず呟いた。
「それでは、あのハードケースの中は空か?」
奇異に感じた。「直便」が持ってくる検体が入ったハードケースは普通中央研究所にそのまま届けられ、こちらのドームが持っている。「直便」が持ち帰る場合はこちらから向こうのドームに届ける新しい検体が入っているものだ。持ち出す物は「有る」と答えねばならない。
セイヤーズはハードケースを開いて中が空洞であることを証明して見せた。係官は確認して、彼の為にゲートを開いた。セイヤーズは落ち着いた足取りで出て行った。
クーリッジが再生を止めてハイネを見た。ハイネはちょっと考えてから、コンピュータに戻って保安課長と場所を替わった。彼はキーを叩いて複雑な画面を出した。ケンウッドは彼が何をしているのか皆目見当がつかなかったが、クーリッジは途中で気が付いた。
「おい、警察の監視カメラをハッキングしているのか?」
「人聞きの悪い・・・要請なしで協力してもらっているだけです。」
「・・・誰から教わったんだ?」
「さて・・・忘れました。年寄りなもので・・・。」
ハイネはいかにも慣れた手順で警察の情報システムに侵入した。ケンウッドはふと思った。これは、連邦捜査局で働いていた弟ダニエル・オライオンが兄貴に教えたのではないだろうか。僅か10回程度の逢瀬に、オライオンはドームに置き去りにしてしまった兄貴を喜ばせるために精一杯努力をしたはずだ。ドーマーの楽しみは、いかに仕事を上手くやってのけるか、と言うことだ。オライオンは何をすればハイネが喜ぶか、よく知っていた。
ハイネの作業が終了した。会議用テーブルには新しい映像が立ち上がった。ドーム空港ビルのロビーだ。一般人が自由に出入り出来る場所だから、警備は警察の管轄になっている。だから監視システムも警察のものだ。
ハイネは時間を戻してセイヤーズがドームを出た直後から再生を開始した。ロビー全体の映像が映り、数秒後に10箇所の細切れ映像に別れた。ケンウッドが真っ先にセイヤーズのブロンドを見つけた。
「2番目のカメラだ。ATMに向かっている。」
セイヤーズはドーム銀行のカードで現金を引き出した。札の数が多いので、ケンウッドは嫌な予感がした。
「彼は全額下ろしたのか?」
「1度は無理だろう。」
とクーリッジ。
「いかに若いドーマーでも、ATMの引き出し限度額以上の預金はあるはずだ。全額下ろすのだったら、後でまた何処かで・・・」
彼はハッとしてハイネを振り返った。
「次のカード使用場所で追跡出来るぞ。」
「追っ手がその場所に到着する前に逃げられますよ。」
「だが行く方向は見当がつく。」
ハイネはそれ以上保安課長と議論する必要を感じなかったので、ケンウッドにわかったことを告げた。
「セイヤーズは大金を持って移動しています。少なくとも、自死する意志はなさそうです。」
ケンウッドも首を振った。彼も懸念していたのだ。恋人レインをリン長官に奪われて絶望したセイヤーズが生きることを諦めたのではないかと。
セイヤーズはお金を引き出すと、近くのトイレに入った。2,3分で出て来たので、現金を体の何処かに隠したのだろう。
彼はバスのチケット売り場へ行き、何処かへ行くチケットを現金で購入した。ハイネはカメラの別の角度の映像を探したが、チケットの内容がわかるものは見つからなかった。
セイヤーズは空港ビルの地下へ行き、やって来た長距離バスに乗り込んだ。バスはLA行きだったが、セイヤーズが現在もそのバスに乗っているかどうかは不明だ。もしLAに行きたいのであれば、民間の航空機で行った方が早い。バスに乗ったのは途中下車が出来るからだろう。
ハイネはコンピュータを操作して、別のアプリを立ち上げた。端末の追跡システムだ。セイヤーズが現在所持している端末の番号を入力すると、直ぐに位置情報が出た。クーリッジが失望の声を上げた。セイヤーズの端末は空港ビルのトイレの中にあったのだ。
ハイネ局長は深い溜息をつき、ケンウッドを振り返った。
「ダリル・セイヤーズ・ドーマーは脱走しました。」
と彼は断言した。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーが係官の所に歩み寄るところから再生が始まった。きちんとスーツを着て、手にはハードケースを持っている。手荷物はそれだけだ。局員が出張時に持ち歩く小さな鞄はまだゲストハウスに置きっぱなしだから、当たり前だ。
セイヤーズは名乗り、帰還するのでドームから出ると申告した。係官はアメリカ・ドームから持ち出す物はないかと尋ね、セイヤーズはないと答えた。
ケンウッドが思わず呟いた。
「それでは、あのハードケースの中は空か?」
奇異に感じた。「直便」が持ってくる検体が入ったハードケースは普通中央研究所にそのまま届けられ、こちらのドームが持っている。「直便」が持ち帰る場合はこちらから向こうのドームに届ける新しい検体が入っているものだ。持ち出す物は「有る」と答えねばならない。
セイヤーズはハードケースを開いて中が空洞であることを証明して見せた。係官は確認して、彼の為にゲートを開いた。セイヤーズは落ち着いた足取りで出て行った。
クーリッジが再生を止めてハイネを見た。ハイネはちょっと考えてから、コンピュータに戻って保安課長と場所を替わった。彼はキーを叩いて複雑な画面を出した。ケンウッドは彼が何をしているのか皆目見当がつかなかったが、クーリッジは途中で気が付いた。
「おい、警察の監視カメラをハッキングしているのか?」
「人聞きの悪い・・・要請なしで協力してもらっているだけです。」
「・・・誰から教わったんだ?」
「さて・・・忘れました。年寄りなもので・・・。」
ハイネはいかにも慣れた手順で警察の情報システムに侵入した。ケンウッドはふと思った。これは、連邦捜査局で働いていた弟ダニエル・オライオンが兄貴に教えたのではないだろうか。僅か10回程度の逢瀬に、オライオンはドームに置き去りにしてしまった兄貴を喜ばせるために精一杯努力をしたはずだ。ドーマーの楽しみは、いかに仕事を上手くやってのけるか、と言うことだ。オライオンは何をすればハイネが喜ぶか、よく知っていた。
ハイネの作業が終了した。会議用テーブルには新しい映像が立ち上がった。ドーム空港ビルのロビーだ。一般人が自由に出入り出来る場所だから、警備は警察の管轄になっている。だから監視システムも警察のものだ。
ハイネは時間を戻してセイヤーズがドームを出た直後から再生を開始した。ロビー全体の映像が映り、数秒後に10箇所の細切れ映像に別れた。ケンウッドが真っ先にセイヤーズのブロンドを見つけた。
「2番目のカメラだ。ATMに向かっている。」
セイヤーズはドーム銀行のカードで現金を引き出した。札の数が多いので、ケンウッドは嫌な予感がした。
「彼は全額下ろしたのか?」
「1度は無理だろう。」
とクーリッジ。
「いかに若いドーマーでも、ATMの引き出し限度額以上の預金はあるはずだ。全額下ろすのだったら、後でまた何処かで・・・」
彼はハッとしてハイネを振り返った。
「次のカード使用場所で追跡出来るぞ。」
「追っ手がその場所に到着する前に逃げられますよ。」
「だが行く方向は見当がつく。」
ハイネはそれ以上保安課長と議論する必要を感じなかったので、ケンウッドにわかったことを告げた。
「セイヤーズは大金を持って移動しています。少なくとも、自死する意志はなさそうです。」
ケンウッドも首を振った。彼も懸念していたのだ。恋人レインをリン長官に奪われて絶望したセイヤーズが生きることを諦めたのではないかと。
セイヤーズはお金を引き出すと、近くのトイレに入った。2,3分で出て来たので、現金を体の何処かに隠したのだろう。
彼はバスのチケット売り場へ行き、何処かへ行くチケットを現金で購入した。ハイネはカメラの別の角度の映像を探したが、チケットの内容がわかるものは見つからなかった。
セイヤーズは空港ビルの地下へ行き、やって来た長距離バスに乗り込んだ。バスはLA行きだったが、セイヤーズが現在もそのバスに乗っているかどうかは不明だ。もしLAに行きたいのであれば、民間の航空機で行った方が早い。バスに乗ったのは途中下車が出来るからだろう。
ハイネはコンピュータを操作して、別のアプリを立ち上げた。端末の追跡システムだ。セイヤーズが現在所持している端末の番号を入力すると、直ぐに位置情報が出た。クーリッジが失望の声を上げた。セイヤーズの端末は空港ビルのトイレの中にあったのだ。
ハイネ局長は深い溜息をつき、ケンウッドを振り返った。
「ダリル・セイヤーズ・ドーマーは脱走しました。」
と彼は断言した。