2017年8月5日土曜日

侵略者 9 - 6

 午前6時からの執政官会議は流石にコロニー人達にとっても不評だった。眠いし、朝ご飯はまだだし、着替えだってちゃんと出来ないし・・・。
 リン長官の髪もぼさぼさだった。長官のすることに口出ししないが同調もしない放任主義の副長官は不機嫌な顔で彼の右隣に座っていた。左隣に座っているクーリッジ保安課長は寝不足で目が赤いが頭ははっきりしている。ケンウッドとパーシバルは疲れていたが早めに席に着いた。中央研究所内に居たのだから当然だ。執政官達は互いにこそこそ私話を交わしながらそれぞれの席に着いた。医療区からもコートニー医療区長とヤマザキ、それに5名のコロニー人医師が、そして最後に一番遠い出産管理区からキーラ・セドウィック博士と3名の女性医師が到着した。キーラは遺伝子管理局長の席が空いているのを見て、不満そうな顔をした。見極めは通るはずだから、そこにハイネが居て良さそうなものなのに、と思ったのだろう、コートニーに問いかけるような目を向けたが、コートニーはセイヤーズ失踪騒動を知らないので、知らん顔をしていた。
 リンが咳払いをして、議場内の関心を自身に向けさせた。

「早朝に集まってもらって申し訳ないが、重大事案が発生した。進化型1級遺伝子保持者が脱走したのだ。」
「え? ハイネが?」

と誰かが声を上げたので、長官はその人物をグッと睨み付けた。

「ハイネは逃げたりせん、彼は観察棟に居る。」
「しかし、当ドームの進化型1級遺伝子保持者は現在ローガン・ハイネしかいないでしょう?」
「逃げたのは、西ユーラシア・ドーム所属のダリル・セイヤーズだ。」

と答えたのは、クーリッジだった。リン長官の勿体ぶった演説口調が癇に障るので、つい口を出したのだ。
「直便」を依頼していた執政官が説明した。

「昨日、西ユーラシアから生細胞を取り寄せました。『直便』でそれを持って来たのがセイヤーズです。彼は荷物を届けた後で姿を消したそうです。」

 セイヤーズがレインとレインのアパートでデートしたことは伏せられていた。リン長官が知れば、レインが後でどんな目に遭わされるかわかったものではない。
 長官がクーリッジを見た。

「遺伝子管理局はセイヤーズを監視しなかったのか?」
「『直便』の監視は遺伝子管理局の仕事ではありません。彼等は荷物を運搬する仕事と受け渡しをするだけです。『直便』が任務を終えた後、何時帰還するかは、特に決まっていません。普通は1泊して翌日に新しい荷物を持って帰ることになりますが・・・」
「セイヤーズを『直便』に選んだのは、誰だ?」
「それは西ユーラシアに訊いて下さい。」

 リン長官はイラッとした表情で遺伝子管理局長の空っぽの席を睨み付けた。局長は昨日終日彼と一緒に医療区に居た。彼自身が証明出来る。ドーマーの美しい肉体を生で見て喜んでいたのは彼自身なのだから。ハイネは「直便」のことを一言も口にしなかった。ひたすらこれ見よがしにコロニー人が持っていない筋肉美を大胆に披露していた。
 地球人を責められないので、リン長官は攻撃の矛先を保安課に向けることにした。

「セイヤーズをあっさりドームから出したのは、何故だ?」

 クーリッジはそう来ると予想していた。

「彼は何も持ち出していませんでしたから。持参したハードケースが空になっているのを係官に見せて、出て行きました。」
「それで、飛行機には乗らず、バスに乗ったんですね?」

とケンウッドが声を掛けた。クーリッジは頷いた。

「ATMで大量の現金を引き出してね。」

 議場内がわざついた。一体何故若いドーマーは家出してしまったのか。 あんなに素直で明るい、みんなから好かれる子だったのに。西ユーラシアでイジメに遭ったのだろうか。向こうへ帰りたくない理由があったのか。
 リン長官が議場内を鎮めようと声を掛けようとした時だった。
 入り口のドアが勢いよく開かれた。大きな物音で一同が一瞬にして静まりかえった。リン長官がそちらを見て、固まった。ケンウッドも振り返って、意外な人物が立っているのを見て驚いた。パーシバルも、コートニーもクーリッジもヤマザキも、執政官達はびっくりした。中には立ち上がりかけた人もいた。キーラ・セドウィック博士だけが、冷ややかにそちらを見て呟いた。

「案外早かったのね・・・」