2017年8月5日土曜日

侵略者 9 - 7

 会議場内にいた執政官達は全員そこに現れた3人のコロニー人の顔と名前を知っていた。知らなければもぐりだ。
 リン長官が立ち上がった。青ざめた顔をして、固い声を搾りだして彼は尋ねた。

「ハレンバーグ委員長、シュウ副委員長、それにハナオカ書記長、何時地球へ・・・?」
「ほんの数分前だ。」

 3人は恐ろしく歳を取ったコロニー人だった。ハレンバーグ委員長は重力サスペンダーの助けを借りなければ地球の重力場では歩けなかった。シュウ副委員長も杖を突いていた。ハナオカ書記長は自力で立って歩いていたが、やはり高齢なのは確かだ。3人共100歳はいっているだろう。しかも地球人類復活委員会の最高幹部である。彼等は屈強な若者5名に守られて議場内に入ってきた。
 彼等は座っている執政官達の背後を回り込みながらリン長官の席に近づいて行った。近づきながら、黙礼する執政官達に頷き返した。
 リン長官が尋ねた。

「まさか、ドーマーの脱走の件で来られたのではないでしょうな?」
「そのまさかだ、馬鹿者!」

 シュウ副委員長が足を止めて、遺伝子管理局長の席を振り返った。彼女が尋ねた。

「ローガン・ハイネは何処にいるのです? 何故地球人がこの会議にいないの?」

 リン長官は慌ててクーリッジ保安課長に命令した。

「ハイネを連れて来い。」

 そして室内の人々の視線に気が付いて、急いで言い直した。

「ハイネ局長をお呼びしろ。」

 クーリッジが端末を出して、観察棟の部下に連絡を入れた。

「大至急ハイネ局長を中央研究所大会議室にお連れしろ。月から委員長が来られているとお伝えするのだ。」

 ケンウッドは時計を見た。観察棟のハイネの部屋から月へ連絡を入れてまだ2時間ちょっとだ。最高幹部の老人達は通報を受けて直ぐにシャトルに乗り込み、地球へ下りて来たことになる。そしてドームの長い回廊を恐らくエアスレーか何か乗り物をすっ飛ばして来たのだ。
 副長官が急いで幹部達の席を用意させた。老人を立たせたままには出来ない。
ハレンバーグ委員長は椅子に腰を下ろすと、仲間が座るのを待たずに長官に言った。

「何が起きたのか、順を追って説明したまえ。」
「僭越ながら、私が説明いたしましょう。」

と立ち上がったのは、ヘンリー・パーシバルだった。リン長官やそのシンパの執政官達が目を剥いたが、彼は意に介しなかった。シュウ副委員長が頷いた。

「ええっと、パーシバル博士でしたね? どうぞ、座ったままで結構ですから、説明をお願いします。」

 それで、ヘンリー・パーシバルはまだ事態をよく飲み込めていないドームの執政官達の為にも、昨日の朝「直便」としてダリル・セイヤーズ・ドーマーが西ユーラシアから到着したところから語り始めた。
 セイヤーズは無事に役目を果たして遺伝子管理局で運んで来たサンプルの生細胞を引き渡した。パーシバルは彼が仲良しだったドーマーと彼を引き合わせ、後は彼等の自主性に任せて退散した。
 午後も遅く夕方近くになって、遺伝子管理局員クリスチャン・ドーソン・ドーマーからセイヤーズがドームの何処にも見当たらないと連絡が来た。

「何故ドーソンは貴方にセイヤーズの異変を伝えたのです?」

 シュウ副委員長の質問に、レインのファンクラブのメンバーの1人が素早く答えた。

「パーシバルと我々は日頃からドーマー達と親睦を図り、いろいろと相談にも乗っていたのです。」
「彼等はドーマーのファンクラブですよ。」

と普段は口を出さない副長官が余計なチャチャ入れをした。最高幹部達はその件に関しては地球人の意見を聞くことにしたのだろう、それ以上突っ込まなかった。説明を続けるようにとパーシバルを促しただけだった。
 パーシバルは、ファンクラブを認めた上で、メンバーや遺伝子管理局の若者達とセイヤーズをドーム内くまなく探したことを告げた。夜になってもセイヤーズは見つからず、困ったパーシバルは友人のニコラス・ケンウッド博士にもセイヤーズを見かけなかったかと尋ねた。ケンウッドはセイヤーズが行方不明と聞いて驚き、ドームのゲートの監視映像を確認する為に保安課へ行った。
 そこでクーリッジがケンウッドを見て、頷くと今度は彼が立ち上がって説明の引き継ぎを宣言した。

「監視映像を今ここで議場卓に出しますが、よろしいですかな?」
「お願いする。」

 委員長の許可が下りたので、クーリッジは自身の端末を操作して大きな楕円形の議場卓の上に3次元映像を出した。セイヤーズがゲートを出る姿が映し出され、次にハイネが「要請なしに協力してもらった」警察の監視カメラによるドーム空港ロビーの映像を転送して映した。
 セイヤーズがバスに乗り込んで姿を消すと、映像を息を詰めて見守っていた執政官達から溜息が漏れた。

「現金を持って行った。カードで追跡されるのを防ぐ為だ。」
「完全に脱走を意図した行動だ。」

 何故だ、とは誰も言わなかった。みんなわかっているのだ、とケンウッドは感じた。ダリル・セイヤーズ・ドーマーは、恋人のポール・レイン・ドーマーがリン長官の愛人になっているドームに居るのが嫌になったのだ。
 その時、会議場のドアが開いた。