2017年8月5日土曜日

侵略者 9 - 3

「脱走?!」

 ケンウッドは馬鹿みたいにハイネの言葉を復唱した。脱走とは、ドームの中に戻らないと言う意志を持っているのだ。ドーマーとしての義務も権利も放棄して、ドームの保護も拒否して、大気汚染と雑菌だらけの世界に逃げて行ったのだ。

「どうして・・・」

とクーリッジが呟いた。彼はドーマー達は普通の地球人より幸福な生活をしていると信じている。そんな生活を捨てて逃げる意味が理解出来ない。
 ハイネはそんな感傷的な気分に浸っている暇などなかった。彼は端末を出し、誰かに電話を掛けた。

「ロッシーニ・ドーマー、朝早くから申し訳ないが、幹部を大至急仮局長室に集合させてくれないか。」

 そして、電話を終えるとケンウッドを振り返った。

「博士、お願いがあります。」
「なんだろう?」
「今、ここから月の地球人類復活委員会本部へ連絡を入れて下さい。」
「ここから?」

 ケンウッドは驚いた。月への通信は中央研究所からでしか出来ないはずだ。しかし、ハイネは断言した。

「今は出来ます。さっきクーリッジ保安課長が情報管理室のデータを呼び込む為に、このコンピュータにフリーコードを入力されました。今、この機械は中央研究所の機械と同列の権限を持っています。」

 アッとクーリッジが声を出した。彼はうっかりして地球人が使用しているコンピュータにマザーコンピュータのアクセス権限を与えてしまったのだ。ハイネはそれをしっかり見ていた。冷や汗をかいている保安課長を横目に見ながら、ケンウッドはハイネに尋ねた。

「ドーマーの脱走を月に報告するのかね?」
「逃げたドーマーは、ただのドーマーではありません。」

 ハイネは、ケンウッドもクーリッジも重要な情報を与えられていないことに気が付いた。彼自身は、その事実に驚いて、思わずコロニー人達に尋ねた。

「お2人はご存じなかったのですか?」
「何を?」
「ダリル・セイヤーズ・ドーマーは進化型1級遺伝子保有者なのですよ。」
「君と同じなのか?」
「いいえ!」

 ハイネが強く否定した。そして固い表情でケンウッドが想像すらしていなかった事実を告げた。

「セイヤーズの遺伝子は、危険値S1、絶対に地上に放ってはいけない遺伝子です。彼は全ての機械を見ただけで操作出来るし、分解出来るし、組み立ても出来る。カードなしでATMからいくらでも現金を引き出せるし、どんな厳重な警備システムも無力化出来る能力を持っています。1人で地上に大混乱を引き起こせる可能性を持っているのです。
早く捕まえないと駄目です。」

 ケンウッドとクーリッジは顔を見合わせた。ケンウッドはハイネの言葉を頭の中で繰り返してみた。危険値S1・・・コロニーでも野放し禁止の遺伝子じゃないか!
 彼はコンピュータのキーを叩き始めた。地球人類復活委員会の執行部へ直通で連絡だ。
横ではクーリッジがリン長官を起こそうと電話を掛けていた。