2017年8月31日木曜日

後継者 2 - 9

「閉じ込めると言うのは良くありませんな、実際・・・」

 マーカス・ドーマーは囁く様に言った。喋り疲れが出て来たのだろうか。ケンウッドはそろそろ切り上げるべきかと思ったが、老ドーマーは言葉を続けた。

「ローガン・ハイネも若いうちに1度は外へ出してやるべきでした。彼の遺伝子はちっとも危険ではないのですから。執政官達は彼を大切にする余り、外気の雑菌が彼を汚染するのを恐れたのです。彼の弟は外の世界の広さに魅了されて出て行きました。ローガン・ハイネも外を知っていれば、ドームはダニエル・オライオンを手放さずに済んだはずだと私は思うのです。オライオンは外の素晴らしさをハイネに語ったために、追い出されたのですからな。」

 マーカス・ドーマーは遠くを見る様な目で窓の外を見た。

「オライオンは良い漢でした。彼は幼い時から自身が何の為にドーマーにされたのか、理解していました。彼はローガン・ハイネに仕え、崇拝し、愛していました。そしてローガン・ハイネもそれに応えようと努力していました。彼も弟の中に漢を見ていたのでしょう。もし彼が外の世界を知っていたら、オライオンは今もドームの中に居て、内と外を行き来して兄の仕事を助けていたでしょうに。」

 彼はパーシバルに視線を戻した。

「もしセイヤーズが捕まって、アメリカ・ドームで処分を受けるとしたら、ローガン・ハイネは彼を閉じ込めるを良しとは思わないでしょうな。そして、彼をこのドームに居る部屋兄弟達から引き離すことは許せないと思うはずです。」

 パーシバルも首を振った。

「僕もそう思う。セイヤーズは、リンに脅されて西ユーラシア転属を承知した。リンは、彼が行かなければ弟分のワグナーを転属させると言ったそうだ。ワグナーには女性ドーマーの恋人が居てね、引き離すのは可哀想だと、セイヤーズは思ったんだよ。きっとハイネは彼の気持ちを汲んでくれるだろう。」
「西ユーラシアのマリノフスキーも良いヤツですよ。」

 マーカス・ドーマーはちょっと笑った。

「あの男の顔を見たら、誰でも此奴は善人に違いないと思うでしょうな。」

 ケンウッドは副長官に就任した時、地球上の全ドームの長官・副長官・遺伝子管理局長に動画電話で挨拶した時のことを思い出した。確かに西ユーラシア・ドームのミヒャエル・マリノフスキー局長は東洋の福の神みたいに穏やかで親しみのある顔をしていた。

「処分を決めるのはマリノフスキーですが、先にローガン・ハイネに働きかけておいてはいかがです? 局長同士で話し合ってくれるでしょう。危険値S1の遺伝子保有者は実際のところ厄介者です。能力に目覚めれば歯止めが利きませんからな。セイヤーズの能力はまだ完全に目覚めていないはずです。だから西ユーラシアは彼を引き受けた。もし彼が目覚めれば、マリノフスキーは彼をアメリカに返すと思いますよ。」

 その時、近くに居た半分眠った様な老ドーマーが顔を上げて話しかけてきた。

「何を返すんだって、マーカス局長?」

 マーカス・ドーマーが彼に優しく答えた。

「借り物だよ、ジャック。君の物じゃないよ。」
「そうか・・・良かった。」

なんだかよくわからない会話を、老ドーマーは独りで納得して終わらせた。マーカス・ドーマーが少し離れた所に居た世話係のドーマーに合図した。

「ジャックを寝室へ連れて行きなさい。もう寝る時間だ。」

 ケンウッドは自身の時計を見た。執政官にはまだ宵の口だが、地球人には遅い時刻になろうとしていた。

「我々も・・・」
「お気になさるな。」

 マーカス・ドーマーは話し相手が欲しかったのだろう、執政官達を引き留めた。

「年寄りは宵っ張りでね・・・もう少し居て下さい。」

 彼はパーシバルに向き直った。

「他にこの年寄りから引き出したい情報はありますかな?」

 パーシバルがケンウッドを見た。君はどうだ?と目で問うてきたので、ケンウッドは腹をくくった。

「それでは、私から・・・」
「どうぞ。」
「マーカス・ドーマー、貴方は30年遺伝子管理局長を務められましたね。就任は50代の頃と思います。その頃、ハイネは40代のはずです。当時の執政官達は、彼を局長に据える目的で育てたのに、何故ハイネと歳が近い貴方を局長にしたのでしょう? ハイネが就任するのを彼等は見られずに地球を去ることになったのに・・・。」

 すると、マーカス・ドーマーがニヤリと笑った。



2017年8月30日水曜日

後継者 2 - 8

「脱走した若造のことですかな?」

と老いたマーカス・ドーマーがパーシバルの目を覗き込んで尋ねた。パーシバルが肯定すると、何を知りたいのかと問いた気に執政官を見返した。パーシバルは先ず自身がポール・レイン・ドーマーの熱烈なファンであることを明かした。そしてレインのファンクラブを主催しており、レインの恋人のダリル・セイヤーズ・ドーマーとも親しかったと説明した。

「セイヤーズが逃亡する直前に会った執政官は、多分僕だけだと思う。彼は当時のリン長官に憎まれていたから、コロニー人に会いたがらなかった。僕は彼が到着してすぐに出会い、遺伝子管理局本部まで一緒に行った。僕は彼をリンの一味から守ったつもりだ。彼が『直便』の役目を終えると、僕は彼をレインに引き合わせ、そこで彼等と別れた。
 僕はセイヤーズの様子に注意を払っていたつもりだったが、彼が脱走を決意するほど思い詰めていたことに気が付かなかった。もっとあの子の気持ちを理解してやれば良かったと後悔している。」

 パーシバルが一気に喋り終えると、マーカスはケンウッドに視線を移した。ケンウッドは正直に自身の考えを述べた。

「私はセイヤーズの脱走に関してパーシバル博士には何の落ち度もないと思っています。ハイネ局長もセイヤーズの行動はその場の思いつきだろうと推測しています。レインと会ってから、セイヤーズの心境に何か変化があったはずです。」
「セイヤーズ逃亡の責任の話をしているんじゃないんだ、申し訳ない、論点がずれた。」

 パーシバルが謝った。

「セイヤーズは進化型1級遺伝子危険値S1だよね? 将来、彼が発見されてドームに連れ戻されたら、一体どんな処分が下されるのだろう? 危険値S1と言うのは、悪用されれば人類社会に多大な損失と脅威を与える才能の持ち主、と言うことだったと思うが。」

 マーカスは考え込んだのか、深い皺の奥の目を閉じた。ケンウッドはコロニーでは進化型1級遺伝子保有者はどう扱われていただろうか、と考えた。進化型遺伝子は人工的に開発された遺伝情報であり、複雑な組み替えで生み出されたものだ。その歴史は人類が地球から宇宙へ出ていき始めた250年以上前に遡る。存在はよく知られているが、実際にその遺伝子による能力を発揮する人間を見たことも聞いたこともない・・・。

 辺境開拓の為に開発された遺伝子なのに、何故地球にこんなに多くの種類が存在するのだ?

「処分はないでしょうな。」

とマーカス・ドーマーが不意に呟いた。

「処分はない?」
「特殊遺伝子を持って生まれたことは、セイヤーズの罪ではありませんからな。」
「しかし・・・」
「罪状は、脱走罪だけです。ドーマーはドームから無断で出て行ってはならない。脱走者は逮捕されたら、謹慎処分を食らって観察棟に入れられる。それだけです。」
「それだけって・・・謹慎期間は?」
「それは逮捕時の遺伝子管理局長の腹積もり次第です。数ヶ月で終わるかも知れないし、一生かも知れない。」

 パーシバルはケンウッドを見た。ケンウッドも予想外の返答だったので、驚いていた。

「つまり・・・ハイネ次第?」
「ローガン・ハイネの任期中にセイヤーズが捕まれば、そうなります。しかし、あの若造は西ユーラシアの所有だったのでは? そうなればマリノフスキー局長次第となるでしょう。」
「長官の意見は?」
「長官とは、西ユーラシアの長官ですな。彼はセイヤーズの遺伝子をどう研究に使うかを決めるだけです。処罰を決定する権利は地球人側にあります。」

 ケンウッドはパーシバルが落胆するのを感じた。パーシバルはセイヤーズの処分が少しでも軽減されるよう、リプリー長官に掛け合うつもりでいたのだ。しかし、セイヤーズが西ユーラシア・ドームに籍を移していたことをすっかり失念していた。これではハイネにゴマすりしても無駄だ。

「せめて一生観察棟幽閉と言うのは避けてやりたいな・・・」

とケンウッドは呟いた。

「ヘンリーと私がここに後何年勤務出来るかわかりませんが、セイヤーズが戻って来た時に、ドームの中だけでも自由に生活させてやれたら、と思います。アメリカでも西ユーラシアでも、彼を狭い部屋に閉じ込めて一生を終わらせるようなことは、させたくありません。」





2017年8月29日火曜日

後継者 2 - 7

 その日の午後、夕方近くになってヘンリー・パーシバルがジムで筋トレをしているケンウッドのそばへ来た。

「今夜、空いてるかい?」
「うん。特に用事はない。『黄昏の家』に行くのか?」
「そのつもりだ。係の執政官には連絡を入れておいた。一応ハイネにもメッセを送った。彼からの返事はないけど、グレゴリーが了承したと返信をくれた。」

 行くなと言われないのだから、行って良いのだろう。ケンウッドとパーシバルは軽く夕食を済ませてから、引退したドーマー達が住む「黄昏の家」へ繋がるトンネルに入った。中央研究所の片隅のエレベーターに乗り、地下へ下り、クローン製造施設とは反対側のドアを抜けると通路が延びていた。歩いても良いし、カートで移動しても良い。2人はカートに乗った。

「一つ聞いておきたいことがある。」

とパーシバルが言った。

「就任式の時、マーカス・ドーマーは君に何の話をしたんだい? ハイネは君も15代目も教えてくれなかったと言っていたが?」
「ドーム行政のしてはいけないこと集だよ。」

 ケンウッドはヘンリーなら話しても良いだろうと思いはしたが、マーカス・ドーマーかハイネ局長が自身の口から語る迄は言わないでおこうと思い直した。

「ドームの行政が人の心を傷つけた話とだけ言っておく。当事者がまだ存命中だからね。」

 当時の執政官達は現在月や火星やコロニーに戻っている。みんな社会的に高い地位を得て、地球復活に貢献している奇特な人々として敬われているのだ。彼等は、確かに困った時には頼りになる。リン長官の更迭も彼等に通報したからこそ出来たのだ。ハイネだって、彼等を頼ったのだ。いや、利用したと言った方が良いだろうか。彼等はハイネを愛し、弄び、理想のリーダーに作り上げた。そしてハイネは彼等に仕込まれた通り、利口に振る舞い、彼等を逆に利用している。
 パーシバルは「ややこしい話は聞かないでおくよ」と言って、その話題を終わらせてくれた。
 カートは5分もしないうちに「黄昏の家」に到着し、2人はカートを降りてエレベーターで上に上がった。
 そこはロビーだった。レセプションにいるのは年配のドーマーで、彼等は現役を引退して「黄昏の家」の住人になる直前の年代だった。

 しかし、ハイネより年下だ・・・

 恐らくエイブラハム・ワッツ・ドーマーと同世代のドーマー達が老人の世話係をしているのだ。執政官もいるので、養育棟の老人版と言った様相だった。
 パーシバルの要求は通っていて、ケンウッド共IDを提示して中に入った。
 「黄昏の家」でも夕食時間が終わっており、ランディ・マーカス・ドーマーは自由スペースでロボット相手に囲碁をしていた。すぐそばには膝に毛布を掛けたドーマーがいて、眠っているのかテレビを見ているのか判然としなかった。
 顔見知りのケンウッドがパーシバルを案内する形でマーカス・ドーマーに近づいた。

「こんばんは、15代目。」

 ケンウッドはハイネが呼んだのを真似て声を掛けた。マーカス・ドーマーが盤から顔を上げて、皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにした。

「こんばんは、副長官。今夜はお友達もご一緒ですね?」
「今夜はこちらのヘンリー・パーシバル博士が貴方に伺いたいことがあるとかで、連れてきました。」

 パーシバルの提案だったが、ドーマーを相手にする場合は上下関係をはっきりさせておくことが肝心だ。執政官とドーマーの間で意見の相違があった時、執政官同士の意見を統一させておかねばならない。上下関係があると見せておけば、上位の者の意見を採用して取り敢えずその場を収めることが出来るからだ。
 ケンウッドはパーシバルにランディ・マーカス・ドーマーを紹介した。

「第15代遺伝子管理局長だった方だ。」
「よろしく、15代目。神経細胞の研究をしているヘンリー・パーシバルだ。」

 パーシバルはハイネ同様マーカスにもタメ口で応じた。マーカス・ドーマーは気にしなかった。世話係の執政官も似たような態度をとるのだから。
 彼はロボットにゲーム終了を告げ、盤を片付けさせた。そして場所を少し移動して寛げる椅子とテーブルがあるスペースに落ち着いた。そこではテーブル上にお茶の用意がされていて、いつでも飲める様になっていた。
 パーシバルは自身で3人分のお茶を淹れた。この男はこう言うところはよく気が利くのだ。マーカス・ドーマーがケンウッドに尋ねた。

「長官と16代目は上手くやっておりますかな?」
「はい。時々意見の相違がありますが、互いに上手に衝突を躱しています。」
「あの長官も少し柔軟になったのですな。」

 するとパーシバルが口をはさんだ。

「と言うか、秘書のドーマーの舵取りが巧いんだな。」

 マーカス・ドーマーが微笑んだ。長官秘書ロッシーニ・ドーマーも彼の部下だったのだ。

「ローガン・ハイネは穏やかに見えて、地は頑固ですからな。臍を曲げると後の扱いがかなり厄介ですぞ。」

 パーシバルが彼の正面に座った。

「ところで、今日お邪魔したのは、ハイネではない進化型1級遺伝子所有者の将来をご相談したくてね。」



2017年8月28日月曜日

後継者 2 - 6

 ローガン・ハイネ・ドーマーは意外にしつこいところがあった。彼は翌日もリプリー長官をランチに誘い、断られ、翌々日もランチに誘った。リプリーは局長を怒らせたと悟り、秘書のロッシーニ・ドーマーに相談した。ロッシーニは、心の中で「2人ともいい加減にしてくれよ」と思いつつ、「たまには食堂でお昼を召し上がってはいかがです?」とアドバイスした。
 3日後、遅い昼食を摂りにケンウッドが中央研究所の食堂に行くと、驚いたことにリプリー長官とハイネ局長が向かい合って食事をしていた。ハイネは普通に肉料理とサラダとスープをトレイに載せていたが、リプリーはてんこ盛りのサラダと持参した携帯用シリアルバーでランチだ。
 ケンウッドが2人に黙礼して近くのテーブルに着くと、長官と局長は彼が現れる前にしていた会話の続きを始めた。内容は真面目で、ハイネが例の発信器の装着を話すと維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマーが喜んだと言う報告だった。

「遺伝子管理局の局員は外勤務の際は護身用の麻痺光線銃を携行していますが、維持班は丸腰です。特に庶務課は物資購入の為にお金の出し入れも行いますが、護衛は付きません。庶務課の課長は部下の行動が発信器で掴めるので、心配の度合いが減ると安堵しています。」
「今まで彼等が事件に巻き込まれなかったのが奇跡かも知れないなぁ。」

 リプリーは発信器装着にドーマー達が不満を持たないかと心配していたので、この報告で一安心した様子だ。

「航空班も、単独飛行する静音ヘリのパイロット達の所在地を把握出来ると言っています。端末のGPSでは機械が体から離れると安否情報が掴めなく恐れがありますからね。」
「端末と発信器の両方でドーマー達の安否確認が出来る。君達が今回の案件を受け容れてくれて嬉しいよ。」
「ドーマーが発信器を体内に埋め込んでいることを外の人間には知られないよう、ワッツから庶務課や航空班に厳重に注意を与えさせました。」
「知られても、あの大きさなら、皮膚の上から触れても装置が体内にあるとはわからないはずだ。」
「用心するに越したことはありません。体を切り刻まれたら、装置の無事どころかドーマーに致命的な損傷を与えられますから。」

 ハイネは残酷なことをさらりと言ってのけたが、これは1世紀前に実際に起きた事件を念頭に置いたものだった。オセアニア・ドームの遺伝子管理局の局員がメーカーに誘拐されて、クローン製造の材料にする細胞を取られたのだ。メーカーは誘拐したドーマーを殺害する意志はなかったと後に言ったらしいが、切られた傷に雑菌が入り、被害に遭ったドーマーは救出される前に死亡してしまった。無菌状態で育ったドーマーの悲劇だった。この事件は後に世界中のドームの知れることとなり、被害者は寸刻みに切り刻まれたと言うデマが広がったのだ。

「アメリカ・ドームのドーマー達には、絶対にそんな残酷な運命を負わせたくない。」

とリプリーが力をこめて言った。

「発信器は身を守るものではないが、何かあれば直ぐに救出に向かう為の物だ。装着は義務ではないと私は言ったが、出来れば外に出るドーマーには必ず装着させて欲しい。」
「ワッツは部下達に、装着は義務だと言ってしまいましたよ。」

 ハイネはケンウッドをチラッと見て、ちょっと笑った。彼は発信器の装着はリプリー長官のアイデアだとワッツ・ドーマーに4回も言ったのだが、ワッツは部下達を集めて説明会を開いた時、ローガン・ハイネからの提案で、と出鱈目を言ったのだ。後で遺伝子管理局の部下からそれを聞いたハイネが咎めると、ワッツは平然と言い切った。

「貴方の案だと言った方が、みんなが受け容れやすい。」

 それは困るとハイネは言った。現在の長官とは仲違いしたくないので、彼の案だと訂正してくれと。 それでワッツは、「長官命令だ」と訂正を出したのだ。

「義務か・・・そう言う表現で納得してもらえるなら、良しとしようか。」

 リプリーはまさか「命令」にすり替えられているとは知らずに、ドーマー達の代表の説得方法を了承した。
 食べる速度が違うので、リプリーが食事を終えた時、ハイネはまだ半分しか食べていなかった。リプリーはトレイを持って立ち上がった。

「まだ面倒な書類が残っているので、お先に失礼するよ、ゆっくり食べてくれ。」

 ハイネが頷くと、リプリーはケンウッドにも「失礼」と言って、返却カウンターへ去った。後ろ姿を見送ってから、ケンウッドはハイネ局長を振り返った。

「ドーマー達が発信器を受け容れてくれて、助かったよ。」
「なぁに、ワッツが以前から似た様なことを考えていたのですよ。セイヤーズが脱走した時、端末をトイレに置き去りにしましたからね。ドーマーが簡単に捨てられない位置情報発信装置が欲しいと、ワッツは呟いていましたから。」

 ケンウッドは溜息をついた。

「セイヤーズはまだ行方がわからないのだね?」
「ええ、見事に隠れています。頭脳明晰ですからね。」
「いつか帰って来るだろうか?」

 ハイネは肩をすくめただけだった。

2017年8月26日土曜日

後継者 2 - 5

「長官は局長を怒らせましたね。」

と配膳コーナーで料理を取りながらロッシーニ・ドーマーがケンウッドに囁いた。

「発信器のことか?」
「いいえ。長官は大声を出したでしょう?」

 長官秘書は局長の部下でもある。そして局長との付き合いの方が長官の下で働いた時間より長いので、ハイネの性格を知っていた。

「局長は大きな声で叱られた経験がないので、いきなり大声を出されると怯えるのです。」

 ケンウッドは、リプリーがハイネの言葉を遮った時の、ハイネが一瞬ビクッとした様子を思い出した。ローガン・ハイネは幼少期から大事に育てられてきた。執政官達は彼を叱る時も穏やかに理を語って聞かせたのだろう。叱ると言うより注意を与える形で。それは普段ハイネが部下に接する時の様子からわかる。彼は失敗した部下を怒鳴りつけたりしない。穏やかに「馬鹿者」と言い放ち、何故叱られるのか説明してやるのだ。

「だから、終盤は局長が冗談と思えない言葉で長官を脅かしたのです。」
「ああ・・・それで意地悪された長官がショックを受けたんだな。」

 ハイネ局長のランチの誘いをリプリー長官は断った。携行食を持っているし、お昼はいつもそれで済ませるからと。事実そうなのだが、局長がそれにも不満そうな顔をしたので、ロッシーニ・ドーマーが長官を諭した。

「長官、いつもそんな物ばかり召し上がっていると体力が落ちます。重力に耐えられなくなりますよ。」

 人付き合いの苦手な長官は「しかし」と反論した。

「私はいつも昼はこれだし、すぐに業務に取りかかれる。朝夕はしっかり食べているつもりだから、心配要らない。」

 ケンウッドはつまらない諍いが起きないように、ハイネを早々に長官執務室から連れ出した。長官は秘書にも昼休みを与えたので、ロッシーニ・ドーマーはすぐに2人を追いかけて来たのだ。
 料理を揃えて支払いを済ませたケンウッドとロッシーニは、先にテーブルを確保して食べ始めているハイネの所へ行った。ロッシーニが上司のトレイを見て、またデザートが先ですか?と呆れた。ハイネはアップルパイを2切れだけ取っていた。

「今日の昼はこれだけで済ませる。だからデザートではない。」

 ロッシーニはケンウッドを振り返った。

「私の上司は2人共子供みたいでしょう?」

 ケンウッドは笑った。

「どっちも拗ねているんだな。」

 ハイネはフンっと言ったきり、後は黙って食べた。
 内務捜査班のチーフでもあるロッシーニ・ドーマーが、ところで、と話をふってきた。

「昨夜もみなさんで飲まれたんですか?」

 ケンウッドはハイネを見た。ハイネはパイを見つめており、彼も部下も見ない。ケンウッドはロッシーニはどの程度知っているのだろうと考えた。執政官がドーマーに酒を与えるのは規則違反だ。少なくとも、金曜日の夜、バーで飲ませる以外は禁止だ。
 しかし、平日の夜、ドーマーが執政官に自室で飲ませるのは、どうなるのだ?

「副長官?」
「飲んだのは、執政官だけだよ・・・」

 ケンウッドはハイネをもう1度見た。ハイネはパイを小さく刻むのに忙しそうだ。

「場所は局長の部屋だったが、局長は直ぐ眠ってしまったし、私達も少し飲んだだけで後片付けをして帰った。だから、今朝はヤマザキも私も元気だったろ?」

 ロッシーニ・ドーマーが溜息をついた。

「それで・・・酒は何方が調達されたのです?」
「ジャン=カルロス・・・」

 遂にハイネが口を開いた。

「君は内務捜査班か?」
「局長・・・」

 ケンウッドは長官秘書がうろたえるのを見た。ローガン・ハイネが本当に腹を立てると意地悪になるのだと悟った。

「酒は執政官が宇宙の業者や庶務班から購入したものだよ。」

 ケンウッドは当たり障りのない事実を述べた。

「違法に手に入れたものではないし、密造酒でもない。」
「そうですか・・・」

 ロッシーニ・ドーマーは気を削がれたらしく、それ以上突っ込まなかった。
 いつもの様にゆっくり食事するハイネはアップルパイ2切れに時間を費やし、部下の方が先に料理を平らげてしまった。ケンウッドもまだ食べていたので、ロッシーニ・ドーマーは「図書館で休憩してきます」と言って、トレイを返却コーナーへ運んで去って行った。
 2人になると、ケンウッドは近くに人がいないことを確認してからハイネに話しかけた。

「もし君が飲酒していると知ったら、彼はどうするつもりだったのだろう?」
「さてね・・・」

 ハイネは他人事みたいに答えた。

「内務捜査班に酒の出所を調査させて、ドーマーに酒を与えた執政官に警告を出すでしょうな。」
「どんな警告?」
「同じことをまたやったらドーム退去を要求すると言う・・・」

 ケンウッドはハイネをじっと見つめた。どうやらハイネは彼に対しても意地悪をしたい様だ。

「昨夜のことを怒っているのか?」
「何のことです?」

 ここでうっかり答えてはいけない、とケンウッドの頭の奥で警報が鳴った。ハイネは睡眠薬を盛られたことに気が付いている。犯人を知りたいのだ。ケンウッドは慎重に答えた。

「君を残して我々だけで飲んだことだよ。」
「酒は減っていませんでしたが?」
「ホストの君がいないので遠慮したんだ。君が眠った後も話し込んでいた。」
「今朝は貴方方は一般食堂に来られなかった。」
「ヤマザキは仕事で朝から忙しかった。ヘンリーと私はここ(中央研究所の食堂)でキーラ・セドウィックと朝ご飯を食べた。それだけだ。他に理由はない。」

 そしてケンウッドはハイネの突っ込みを躱す台詞を思いついた。

「そうだ、キーラ博士が、次の飲み会には彼女も誘ってくれと言っていたぞ。」

 秘密の娘の名前が出たので、ハイネは退いた。

「駄目です。私の部屋は女性禁制です。」

 彼は最後のパイの1切れを口に入れ、よく嚼んで呑み込むと、ケンウッドに警告を与えた。

「あの出産管理区の女帝には私の部屋の話をしないで下さい。あの部屋に入れるのは私の友人だけです。もし余計なことを彼女に教えたら、2度と招待しませんよ。」
「わかった。」

 ケンウッドはこれ以上老ドーマーを悩ませたくなかった。ハイネにとって娘は1人の女でしかないのかも知れない。彼のアパートの部屋は、彼が弟ダニエル・オライオンと過ごした大事な思い出が詰まっている場所だ。ケンウッド達はその大切な場所に入る許可を与えられた特別な友人なのだ。その特別な友人のカテゴリーに娘は入らないのだ。
 今日のハイネは機嫌が悪い。睡眠薬、発信器、大声、追求、兎に角気に入らないことだらけなのだ。こんな時、パーシバルなら持ち前の軽薄さとチーズで宥めるのだろう。しかしケンウッドは重厚で小道具を用いるのを良しとしなかった。

「男は秘密基地を持ちたがる動物だ。我々も君の部屋を気に入っている。絶対に女は入れないと誓うよ。」

 ハイネは低脂肪ミルクを飲み干して、ケンウッドを見て少し笑った。

「今日の私は扱いにくいと思っておられるでしょう。」
「うん。君は意地悪になっている。長官にもロッシーニにも私にも。」
「少し頭痛がするのです。多分、昨夜の酒に何か入れられた・・・」

 ハイネの目が「犯人はおまえじゃないよな?」と問うていた。ケンウッドは頑張った。

「君は疲れているんだよ。まだ体調が完全に3年前と同じに戻っていないのだろう。昨夜は君が早い時間に眠ったので、却ってヤマザキが安心していた。彼は君に酒を沢山飲ませたくないんだ。」
「ああ・・・」

とハイネが微笑した。今度は目が笑っていた。

「犯人はドクターでしたか。」





後継者 2 - 4

 午前11時頃にケンウッドはリプリー長官の執務室に定時の面会に行った。その日の正午から翌日の正午迄のドーム内における執政官達の業務内容の確認と打ち合わせだ。誰かが目新しい研究や実験を始めない限りは、両者が部下達から提出されたスケジュール表に目を通して承認するだけで、半時間もかからない。
 だがその日はリプリー長官が用事を作っていた。

「昼休みに食い込むかも知れないが、ちょっと重要な案件がある。良いだろうか?」

 科学者に定時で仕事を終えると言うのは無意味なことだ。ケンウッドは慣れていたので、かまわないです、と応えた。するとリプリーは言った。

「では、ハイネ局長も呼んであるので、彼が来たら始めよう。」

 遺伝子管理局との合同業務と言うことか? ケンウッドはリプリーに2度手間をかけさせたくなかったので、黙って座って待つことにした。
 リプリーはコンピュータで書類を数点片付けた。その間、ケンウッドは秘書のロッシーニ・ドーマーが淹れてくれたお茶を飲みながら自身の仕事の資料に目を通した。真面目な2人の正副両長官にロッシーニ・ドーマーが何か言いたそうな顔をしたが、2人とも気が付かなかった。
 正午直前になって、やっと遺伝子管理局長が現れた。わざわざ本部から歩いて来てやったのだぞ、と言う顔をしながら出迎えたロッシーニ・ドーマーに頷いて見せ、奥に通されてケンウッドと向かい合う形で座った。ハイネ局長、とリプリーが執務机の向こうに座ったまま声を掛けた。

「ご足労願って申し訳ない。実は遺伝子管理局本部では話しづらい案件をこれから論じ合いたいのだ。」
「それは、ドーマーに関係する事案ですか?」
「その通り。」

 リプリーがコンピュータを操作して、中央の会議用テーブルの上に3次元画像を映し出した。楕円形の物体で表面がつるりとした感じの物体だ。

「本当の大きさは1ミリメートルほどだ。」

とリプリーが説明した。

「これは生体埋没型信号発信器だ。人間の細胞が発する電流に反応して電波を発信する。この装置を埋め込んだ人間が生存している限りは信号を発信し続ける。」

 ハイネが視線を画像から長官に向けた。彼はすぐに何故呼ばれたのか、その発信器が何の目的のものなのか悟ったのだ。

「ドーマーにこれを埋め込むのですか?」
「全てのドーマーではない。外に出かけるドーマーだけだ。」
「遺伝子管理局と維持班の両方に?」
「それに航空班もだ。」

 ケンウッドは話の内容を呑み込めた。リプリー長官はいつまで経っても見つからないダリル・セイヤーズ・ドーマーの脱走を気にしていた。第2のセイヤーズが出現する前に、外で仕事をするドーマー達に発信器を埋め込み、所在を掴んでおきたいのだ。

「これを埋め込むことでドーマー達には脱走してもすぐ捕まるぞと警告を与えられる。しかし、それよりも事故や事件に巻き込まれた時に彼等の居場所をすぐに特定出来れば、救助に向かう側も動きやすいだろう? 遺伝子管理局は巡回する地域が届け出られるので、何かあっても大凡の居場所の見当は付く。航空班は航空機にトラブルが発生した場合の不時着地点を探し出せる。」
「生きている場合でしょう?」
「勿論だ!」

 リプリーが力を込めて言ったので、ハイネが珍しくビクッとした。リプリーがちょっと不機嫌そうな声で言った。

「私はドーマーが死亡した時の話をしているのではない。生きて動けない状態になった場合の、救出方法の話だ。」
「失礼しました。」

 ハイネが素直に謝った。ケンウッドは急いで話の続きを長官に求めた。

「その発信器の信号を拾うのは、ドームですか?」
「いや、衛星だ。」

 画像に人工衛星が現れた。

「発信器は小さいので微細な電波しか発せないが、これは人工衛星が拾える機能を持っている。」
「つまり、軍用機器の一部ですか。」
「そうだ。コロニーの技術だから、地球人の技術では感知出来ない。つまり、メーカーが外に居るドーマーを誘拐しても発信器の存在はばれない。こちらは何か事件や事故でドーマーが行方不明になったとわかった時点で、衛星に指示を飛ばし、受信情報を本部に送らせることが出来る。」

 ハイネが質問した。

「本部とは?」
「勿論、貴方だ、ハイネ局長。」

 今度は何らかの書類が画像に出て来た。

「これは衛星から情報を送らせて分析させる為のマニュアルだ。これを貴方のコンピュータに転送するから、学習して欲しい。貴方の部下達を守る為のシステムだ。貴方が管理する。」

 ケンウッドは機械の取説は苦手だ。目の前で操作してもらえれば覚えられるが、文章を読んで覚えろと言われると閉口する。ハイネは大丈夫だろうか、と思って局長を見ると、ハイネは画像をチラッと見ただけで、長官に頷いて見せた。

「わかりました。目を通しておきます。それで、発信器の装着は何時から始めればよろしいですか?」
「貴方が承諾してくれたので、機器の準備を今日の午後から始めたい。埋め込みは医療区で行う。なぁに、圧力注射で腋の下の皮膚下に埋め込むだけだから、数秒で済むらしいよ。
いきなり全員が行っても混乱するだけだから、明日出かける局員から始めてくれないか。抗原注射の接種と同時に出来るそうだ。接種が必要ない『通過』済みの局員も受けて欲しい。」

 リプリーは念を押した。

「これは強制ではないが、出来るだけ受け容れて欲しいと言うのが、ドームの方針だと、部下達に言い聞かせてくれないか?」

 低姿勢の執政官に、遺伝子管理局長は言った。

「回りくどい言い方は不要です。逃亡防止目的だと言っておきます。」
「ハイネ・・・」

 一瞬リプリーが泣きそうな顔をしたのをケンウッドは見逃さなかった。ハイネ局長は気づかないふりをして立ち上がりながら言った。

「冗談ですよ。ところで、これからランチに行きますが、ご一緒しませんか?」



後継者 2 - 3

 翌朝、ケンウッドは独りで朝食を摂っていた。場所は中央研究所の食堂で、施設内はまだ混み合う前で閑散としていた。
 昨夜はホストのハイネが眠ってしまったので、3人で彼をベッドに運んで寝かせた後、後片付けをして早々に引き揚げた。恐らく遅く迄残って飲んでもハイネは気にしなかっただろうが、彼等はマナーを守った。
 食堂にパーシバルが現れた時、ケンウッドは彼に連れがいるのを見て驚いた。意外な人物だったからだ。

「おはよう!」

とパーシバルがケンウッドを見つけてやって来た。ケンウッドもおはようと返事をしてから、彼の連れにも「おはようございます」と挨拶した。

「おはようございます、ご一緒してもよろしいの?」

とキーラ・セドウィック博士が微笑みながら尋ねた。ケンウッドも柔らかな笑みを浮かべて頷いて見せた。
 優雅な動作でキーラが彼の正面に座った。パーシバルはその隣だ。ちょっと意外だった。キーラはパーシバルをローガン・ハイネにちょっかいを出す「美男子好き」として警戒していたのではなかったのか?
 食事中の会話は他愛ないものばかりだった。パーシバルは新しく誕生する子供達の健康状態を知りたがり、外の世界に病気が蔓延していないか、妊産婦達が毎日楽しく過ごしているか、とキーラと話をしていた。
 そう言えば、とキーラがケンウッドを見た。

「リプリー長官は来週末に大統領と会食なさるそうですが、貴方もご一緒されるの、ケンウッド博士?」
「いいえ、私は留守番です。長官、副長官が同時にドームを空けるのは月の委員会に呼び出される時ぐらいですよ。」
「あら、残念。貴方から大統領の情報をお聞き出来るかと期待したのに。」
「大統領の情報?」
「今の大統領が取り替え子システムをどう考えているのか、知っておきたいのですわ。」

 地球人で取り替え子の事実を知っているのは、各ドームが存在する国の首脳だけなのだ。首脳が交代すれば、その度にドームの幹部が面会し、システムを説明する。まず全員の首脳がショックを受け、うろたえる。そして受け容れるが、彼等が本当に納得出来ているかどうかは、わからない。現在のところ、事実を公表した首脳は世界中に独りもいないが・・・。

「それはリプリー長官にお聞きになればよろしいかと・・・」
「あの方は苦手なのよね、私・・・」

 キーラが苦笑した。

「あちらも女性は苦手の様で、女性執政官達は彼に要望があってもなかなか素直に言い出せないと愚痴っていますわ。」
「そんな時の為に、副長官がいるんですよ。」

とパーシバル。彼はケンウッドを見て笑った。

「ニコラスは堅物ですが、女性には親切です。彼の女性助手達は言いたい放題ですよ。」
「では、副長官から長官に大統領の考えを探って来て、とお願いして下さいます?」
 
 キーラが物ねだりする様な目でケンウッドを見つめて笑って見せた。男心をくすぐる瞳だ。母親もこんな目だったのだろうか。
 ケンウッドは渋々と言う表情で頷いた。

「承知しました。昼前の定時面会の時に、キーラ博士からのたってのお願いで、と伝えておきます。」
「あらぁ、私の名前をお出しになるの?」
「貴女からのお願いですから。」
「はいはい、その通りです。」

 キーラが素直に認め、3人は笑った。
 彼女が時計を見た。そして出産管理区に出勤しなければ、とトレイを持って立ち上がった。

「お先に失礼させて頂きます。」

と言ってから、彼女は振り返って言った。

「今度、ローガン・ハイネの部屋で飲まれる時は、私も誘って頂けませんこと? 彼、一度も声をかけてくれたことがないんですよ、私は30年もここにいると言うのに・・・」
「は・・・はぁ・・・」

 ケンウッドが気後れした顔で応えると、彼女は謎の微笑みを浮かべて去って行った。
 キーラ・セドウィック博士が食堂から出て行くと、パーシバルがケンウッドの方に体を乗り出して囁いた。

「キーラはハイネの母親のオリジナルと血縁関係があると言う噂を知っているか?」
「母親のオリジナル?」

 ケンウッドは彼女が消えた方向を見た。成る程、キーラとハイネの顔が似ていることに関して、そんな憶測がドーム内にある訳か。恐らく30年間、ドームの「都市伝説」になっているのだろう。ケンウッドが知らなかっただけで。

「もし母親のオリジナルと血縁だったら、彼女にも進化型1級遺伝子があるのかもな。」

とパーシバルがわざとらしく推測してみた。するとケンウッドは笑った。

「それはない。彼女が年齢より若く見えるのは彼女が美人で美容指導者でもあるからだ。ハイネの若さを保つ肉体とは少し肌の老化の過程が異なる。彼女は普通の人だ。」
「ああ・・・やっぱりハイネの母親の希少遺伝子はヘテロなんだな。ホモで若さを保つコロニー人って、辺境のメトセラ型の開拓地に行かないといない訳だ。」

 パーシバルはちょっと考え込んだ。

「ハイネの実の兄弟っているのかな?」
「いたとしても、もう爺さんだろう。 もしハイネと同じ遺伝子を持っていたら、例外ではあるが兄弟でドームに残されたはずだ。白髪ではあるだろうが、若さは保っていないさ。」
「普通の地球人だったら80歳迄生きていないだろうしな・・・。」

 彼はふと何かを思いついた。

「ニコ、君は就任式で15代目の局長だったドーマーに会ったと言っていたな?」
「うん、ランディ・マーカス・ドーマーだ。」
「執政官は『黄昏の家』に訪問出来る・・・」
「彼を訪ねるつもりか?」
「90歳を越えるドーマーが何人いるか知ってるか? たったの5人だ。そのうちの2名は寝たきりだ。マーカス・ドーマーが元気なうちに僕は会ってみたい。過去に進化型1級遺伝子を持って生まれたドーマー達がどんな生涯を送ったのか、聞いておきたいんだ。ハイネには聞きづらくてね。」
「それは、セイヤーズの為か?」
「うん。セイヤーズが帰って来た時の為に・・・あの子が一生西ユーラシアの観察棟に閉じ込められるのだけは避けたいんだよ。」