ローガン・ハイネ・ドーマーは意外にしつこいところがあった。彼は翌日もリプリー長官をランチに誘い、断られ、翌々日もランチに誘った。リプリーは局長を怒らせたと悟り、秘書のロッシーニ・ドーマーに相談した。ロッシーニは、心の中で「2人ともいい加減にしてくれよ」と思いつつ、「たまには食堂でお昼を召し上がってはいかがです?」とアドバイスした。
3日後、遅い昼食を摂りにケンウッドが中央研究所の食堂に行くと、驚いたことにリプリー長官とハイネ局長が向かい合って食事をしていた。ハイネは普通に肉料理とサラダとスープをトレイに載せていたが、リプリーはてんこ盛りのサラダと持参した携帯用シリアルバーでランチだ。
ケンウッドが2人に黙礼して近くのテーブルに着くと、長官と局長は彼が現れる前にしていた会話の続きを始めた。内容は真面目で、ハイネが例の発信器の装着を話すと維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマーが喜んだと言う報告だった。
「遺伝子管理局の局員は外勤務の際は護身用の麻痺光線銃を携行していますが、維持班は丸腰です。特に庶務課は物資購入の為にお金の出し入れも行いますが、護衛は付きません。庶務課の課長は部下の行動が発信器で掴めるので、心配の度合いが減ると安堵しています。」
「今まで彼等が事件に巻き込まれなかったのが奇跡かも知れないなぁ。」
リプリーは発信器装着にドーマー達が不満を持たないかと心配していたので、この報告で一安心した様子だ。
「航空班も、単独飛行する静音ヘリのパイロット達の所在地を把握出来ると言っています。端末のGPSでは機械が体から離れると安否情報が掴めなく恐れがありますからね。」
「端末と発信器の両方でドーマー達の安否確認が出来る。君達が今回の案件を受け容れてくれて嬉しいよ。」
「ドーマーが発信器を体内に埋め込んでいることを外の人間には知られないよう、ワッツから庶務課や航空班に厳重に注意を与えさせました。」
「知られても、あの大きさなら、皮膚の上から触れても装置が体内にあるとはわからないはずだ。」
「用心するに越したことはありません。体を切り刻まれたら、装置の無事どころかドーマーに致命的な損傷を与えられますから。」
ハイネは残酷なことをさらりと言ってのけたが、これは1世紀前に実際に起きた事件を念頭に置いたものだった。オセアニア・ドームの遺伝子管理局の局員がメーカーに誘拐されて、クローン製造の材料にする細胞を取られたのだ。メーカーは誘拐したドーマーを殺害する意志はなかったと後に言ったらしいが、切られた傷に雑菌が入り、被害に遭ったドーマーは救出される前に死亡してしまった。無菌状態で育ったドーマーの悲劇だった。この事件は後に世界中のドームの知れることとなり、被害者は寸刻みに切り刻まれたと言うデマが広がったのだ。
「アメリカ・ドームのドーマー達には、絶対にそんな残酷な運命を負わせたくない。」
とリプリーが力をこめて言った。
「発信器は身を守るものではないが、何かあれば直ぐに救出に向かう為の物だ。装着は義務ではないと私は言ったが、出来れば外に出るドーマーには必ず装着させて欲しい。」
「ワッツは部下達に、装着は義務だと言ってしまいましたよ。」
ハイネはケンウッドをチラッと見て、ちょっと笑った。彼は発信器の装着はリプリー長官のアイデアだとワッツ・ドーマーに4回も言ったのだが、ワッツは部下達を集めて説明会を開いた時、ローガン・ハイネからの提案で、と出鱈目を言ったのだ。後で遺伝子管理局の部下からそれを聞いたハイネが咎めると、ワッツは平然と言い切った。
「貴方の案だと言った方が、みんなが受け容れやすい。」
それは困るとハイネは言った。現在の長官とは仲違いしたくないので、彼の案だと訂正してくれと。 それでワッツは、「長官命令だ」と訂正を出したのだ。
「義務か・・・そう言う表現で納得してもらえるなら、良しとしようか。」
リプリーはまさか「命令」にすり替えられているとは知らずに、ドーマー達の代表の説得方法を了承した。
食べる速度が違うので、リプリーが食事を終えた時、ハイネはまだ半分しか食べていなかった。リプリーはトレイを持って立ち上がった。
「まだ面倒な書類が残っているので、お先に失礼するよ、ゆっくり食べてくれ。」
ハイネが頷くと、リプリーはケンウッドにも「失礼」と言って、返却カウンターへ去った。後ろ姿を見送ってから、ケンウッドはハイネ局長を振り返った。
「ドーマー達が発信器を受け容れてくれて、助かったよ。」
「なぁに、ワッツが以前から似た様なことを考えていたのですよ。セイヤーズが脱走した時、端末をトイレに置き去りにしましたからね。ドーマーが簡単に捨てられない位置情報発信装置が欲しいと、ワッツは呟いていましたから。」
ケンウッドは溜息をついた。
「セイヤーズはまだ行方がわからないのだね?」
「ええ、見事に隠れています。頭脳明晰ですからね。」
「いつか帰って来るだろうか?」
ハイネは肩をすくめただけだった。
3日後、遅い昼食を摂りにケンウッドが中央研究所の食堂に行くと、驚いたことにリプリー長官とハイネ局長が向かい合って食事をしていた。ハイネは普通に肉料理とサラダとスープをトレイに載せていたが、リプリーはてんこ盛りのサラダと持参した携帯用シリアルバーでランチだ。
ケンウッドが2人に黙礼して近くのテーブルに着くと、長官と局長は彼が現れる前にしていた会話の続きを始めた。内容は真面目で、ハイネが例の発信器の装着を話すと維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマーが喜んだと言う報告だった。
「遺伝子管理局の局員は外勤務の際は護身用の麻痺光線銃を携行していますが、維持班は丸腰です。特に庶務課は物資購入の為にお金の出し入れも行いますが、護衛は付きません。庶務課の課長は部下の行動が発信器で掴めるので、心配の度合いが減ると安堵しています。」
「今まで彼等が事件に巻き込まれなかったのが奇跡かも知れないなぁ。」
リプリーは発信器装着にドーマー達が不満を持たないかと心配していたので、この報告で一安心した様子だ。
「航空班も、単独飛行する静音ヘリのパイロット達の所在地を把握出来ると言っています。端末のGPSでは機械が体から離れると安否情報が掴めなく恐れがありますからね。」
「端末と発信器の両方でドーマー達の安否確認が出来る。君達が今回の案件を受け容れてくれて嬉しいよ。」
「ドーマーが発信器を体内に埋め込んでいることを外の人間には知られないよう、ワッツから庶務課や航空班に厳重に注意を与えさせました。」
「知られても、あの大きさなら、皮膚の上から触れても装置が体内にあるとはわからないはずだ。」
「用心するに越したことはありません。体を切り刻まれたら、装置の無事どころかドーマーに致命的な損傷を与えられますから。」
ハイネは残酷なことをさらりと言ってのけたが、これは1世紀前に実際に起きた事件を念頭に置いたものだった。オセアニア・ドームの遺伝子管理局の局員がメーカーに誘拐されて、クローン製造の材料にする細胞を取られたのだ。メーカーは誘拐したドーマーを殺害する意志はなかったと後に言ったらしいが、切られた傷に雑菌が入り、被害に遭ったドーマーは救出される前に死亡してしまった。無菌状態で育ったドーマーの悲劇だった。この事件は後に世界中のドームの知れることとなり、被害者は寸刻みに切り刻まれたと言うデマが広がったのだ。
「アメリカ・ドームのドーマー達には、絶対にそんな残酷な運命を負わせたくない。」
とリプリーが力をこめて言った。
「発信器は身を守るものではないが、何かあれば直ぐに救出に向かう為の物だ。装着は義務ではないと私は言ったが、出来れば外に出るドーマーには必ず装着させて欲しい。」
「ワッツは部下達に、装着は義務だと言ってしまいましたよ。」
ハイネはケンウッドをチラッと見て、ちょっと笑った。彼は発信器の装着はリプリー長官のアイデアだとワッツ・ドーマーに4回も言ったのだが、ワッツは部下達を集めて説明会を開いた時、ローガン・ハイネからの提案で、と出鱈目を言ったのだ。後で遺伝子管理局の部下からそれを聞いたハイネが咎めると、ワッツは平然と言い切った。
「貴方の案だと言った方が、みんなが受け容れやすい。」
それは困るとハイネは言った。現在の長官とは仲違いしたくないので、彼の案だと訂正してくれと。 それでワッツは、「長官命令だ」と訂正を出したのだ。
「義務か・・・そう言う表現で納得してもらえるなら、良しとしようか。」
リプリーはまさか「命令」にすり替えられているとは知らずに、ドーマー達の代表の説得方法を了承した。
食べる速度が違うので、リプリーが食事を終えた時、ハイネはまだ半分しか食べていなかった。リプリーはトレイを持って立ち上がった。
「まだ面倒な書類が残っているので、お先に失礼するよ、ゆっくり食べてくれ。」
ハイネが頷くと、リプリーはケンウッドにも「失礼」と言って、返却カウンターへ去った。後ろ姿を見送ってから、ケンウッドはハイネ局長を振り返った。
「ドーマー達が発信器を受け容れてくれて、助かったよ。」
「なぁに、ワッツが以前から似た様なことを考えていたのですよ。セイヤーズが脱走した時、端末をトイレに置き去りにしましたからね。ドーマーが簡単に捨てられない位置情報発信装置が欲しいと、ワッツは呟いていましたから。」
ケンウッドは溜息をついた。
「セイヤーズはまだ行方がわからないのだね?」
「ええ、見事に隠れています。頭脳明晰ですからね。」
「いつか帰って来るだろうか?」
ハイネは肩をすくめただけだった。