2017年8月31日木曜日

後継者 2 - 9

「閉じ込めると言うのは良くありませんな、実際・・・」

 マーカス・ドーマーは囁く様に言った。喋り疲れが出て来たのだろうか。ケンウッドはそろそろ切り上げるべきかと思ったが、老ドーマーは言葉を続けた。

「ローガン・ハイネも若いうちに1度は外へ出してやるべきでした。彼の遺伝子はちっとも危険ではないのですから。執政官達は彼を大切にする余り、外気の雑菌が彼を汚染するのを恐れたのです。彼の弟は外の世界の広さに魅了されて出て行きました。ローガン・ハイネも外を知っていれば、ドームはダニエル・オライオンを手放さずに済んだはずだと私は思うのです。オライオンは外の素晴らしさをハイネに語ったために、追い出されたのですからな。」

 マーカス・ドーマーは遠くを見る様な目で窓の外を見た。

「オライオンは良い漢でした。彼は幼い時から自身が何の為にドーマーにされたのか、理解していました。彼はローガン・ハイネに仕え、崇拝し、愛していました。そしてローガン・ハイネもそれに応えようと努力していました。彼も弟の中に漢を見ていたのでしょう。もし彼が外の世界を知っていたら、オライオンは今もドームの中に居て、内と外を行き来して兄の仕事を助けていたでしょうに。」

 彼はパーシバルに視線を戻した。

「もしセイヤーズが捕まって、アメリカ・ドームで処分を受けるとしたら、ローガン・ハイネは彼を閉じ込めるを良しとは思わないでしょうな。そして、彼をこのドームに居る部屋兄弟達から引き離すことは許せないと思うはずです。」

 パーシバルも首を振った。

「僕もそう思う。セイヤーズは、リンに脅されて西ユーラシア転属を承知した。リンは、彼が行かなければ弟分のワグナーを転属させると言ったそうだ。ワグナーには女性ドーマーの恋人が居てね、引き離すのは可哀想だと、セイヤーズは思ったんだよ。きっとハイネは彼の気持ちを汲んでくれるだろう。」
「西ユーラシアのマリノフスキーも良いヤツですよ。」

 マーカス・ドーマーはちょっと笑った。

「あの男の顔を見たら、誰でも此奴は善人に違いないと思うでしょうな。」

 ケンウッドは副長官に就任した時、地球上の全ドームの長官・副長官・遺伝子管理局長に動画電話で挨拶した時のことを思い出した。確かに西ユーラシア・ドームのミヒャエル・マリノフスキー局長は東洋の福の神みたいに穏やかで親しみのある顔をしていた。

「処分を決めるのはマリノフスキーですが、先にローガン・ハイネに働きかけておいてはいかがです? 局長同士で話し合ってくれるでしょう。危険値S1の遺伝子保有者は実際のところ厄介者です。能力に目覚めれば歯止めが利きませんからな。セイヤーズの能力はまだ完全に目覚めていないはずです。だから西ユーラシアは彼を引き受けた。もし彼が目覚めれば、マリノフスキーは彼をアメリカに返すと思いますよ。」

 その時、近くに居た半分眠った様な老ドーマーが顔を上げて話しかけてきた。

「何を返すんだって、マーカス局長?」

 マーカス・ドーマーが彼に優しく答えた。

「借り物だよ、ジャック。君の物じゃないよ。」
「そうか・・・良かった。」

なんだかよくわからない会話を、老ドーマーは独りで納得して終わらせた。マーカス・ドーマーが少し離れた所に居た世話係のドーマーに合図した。

「ジャックを寝室へ連れて行きなさい。もう寝る時間だ。」

 ケンウッドは自身の時計を見た。執政官にはまだ宵の口だが、地球人には遅い時刻になろうとしていた。

「我々も・・・」
「お気になさるな。」

 マーカス・ドーマーは話し相手が欲しかったのだろう、執政官達を引き留めた。

「年寄りは宵っ張りでね・・・もう少し居て下さい。」

 彼はパーシバルに向き直った。

「他にこの年寄りから引き出したい情報はありますかな?」

 パーシバルがケンウッドを見た。君はどうだ?と目で問うてきたので、ケンウッドは腹をくくった。

「それでは、私から・・・」
「どうぞ。」
「マーカス・ドーマー、貴方は30年遺伝子管理局長を務められましたね。就任は50代の頃と思います。その頃、ハイネは40代のはずです。当時の執政官達は、彼を局長に据える目的で育てたのに、何故ハイネと歳が近い貴方を局長にしたのでしょう? ハイネが就任するのを彼等は見られずに地球を去ることになったのに・・・。」

 すると、マーカス・ドーマーがニヤリと笑った。