2017年8月29日火曜日

後継者 2 - 7

 その日の午後、夕方近くになってヘンリー・パーシバルがジムで筋トレをしているケンウッドのそばへ来た。

「今夜、空いてるかい?」
「うん。特に用事はない。『黄昏の家』に行くのか?」
「そのつもりだ。係の執政官には連絡を入れておいた。一応ハイネにもメッセを送った。彼からの返事はないけど、グレゴリーが了承したと返信をくれた。」

 行くなと言われないのだから、行って良いのだろう。ケンウッドとパーシバルは軽く夕食を済ませてから、引退したドーマー達が住む「黄昏の家」へ繋がるトンネルに入った。中央研究所の片隅のエレベーターに乗り、地下へ下り、クローン製造施設とは反対側のドアを抜けると通路が延びていた。歩いても良いし、カートで移動しても良い。2人はカートに乗った。

「一つ聞いておきたいことがある。」

とパーシバルが言った。

「就任式の時、マーカス・ドーマーは君に何の話をしたんだい? ハイネは君も15代目も教えてくれなかったと言っていたが?」
「ドーム行政のしてはいけないこと集だよ。」

 ケンウッドはヘンリーなら話しても良いだろうと思いはしたが、マーカス・ドーマーかハイネ局長が自身の口から語る迄は言わないでおこうと思い直した。

「ドームの行政が人の心を傷つけた話とだけ言っておく。当事者がまだ存命中だからね。」

 当時の執政官達は現在月や火星やコロニーに戻っている。みんな社会的に高い地位を得て、地球復活に貢献している奇特な人々として敬われているのだ。彼等は、確かに困った時には頼りになる。リン長官の更迭も彼等に通報したからこそ出来たのだ。ハイネだって、彼等を頼ったのだ。いや、利用したと言った方が良いだろうか。彼等はハイネを愛し、弄び、理想のリーダーに作り上げた。そしてハイネは彼等に仕込まれた通り、利口に振る舞い、彼等を逆に利用している。
 パーシバルは「ややこしい話は聞かないでおくよ」と言って、その話題を終わらせてくれた。
 カートは5分もしないうちに「黄昏の家」に到着し、2人はカートを降りてエレベーターで上に上がった。
 そこはロビーだった。レセプションにいるのは年配のドーマーで、彼等は現役を引退して「黄昏の家」の住人になる直前の年代だった。

 しかし、ハイネより年下だ・・・

 恐らくエイブラハム・ワッツ・ドーマーと同世代のドーマー達が老人の世話係をしているのだ。執政官もいるので、養育棟の老人版と言った様相だった。
 パーシバルの要求は通っていて、ケンウッド共IDを提示して中に入った。
 「黄昏の家」でも夕食時間が終わっており、ランディ・マーカス・ドーマーは自由スペースでロボット相手に囲碁をしていた。すぐそばには膝に毛布を掛けたドーマーがいて、眠っているのかテレビを見ているのか判然としなかった。
 顔見知りのケンウッドがパーシバルを案内する形でマーカス・ドーマーに近づいた。

「こんばんは、15代目。」

 ケンウッドはハイネが呼んだのを真似て声を掛けた。マーカス・ドーマーが盤から顔を上げて、皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにした。

「こんばんは、副長官。今夜はお友達もご一緒ですね?」
「今夜はこちらのヘンリー・パーシバル博士が貴方に伺いたいことがあるとかで、連れてきました。」

 パーシバルの提案だったが、ドーマーを相手にする場合は上下関係をはっきりさせておくことが肝心だ。執政官とドーマーの間で意見の相違があった時、執政官同士の意見を統一させておかねばならない。上下関係があると見せておけば、上位の者の意見を採用して取り敢えずその場を収めることが出来るからだ。
 ケンウッドはパーシバルにランディ・マーカス・ドーマーを紹介した。

「第15代遺伝子管理局長だった方だ。」
「よろしく、15代目。神経細胞の研究をしているヘンリー・パーシバルだ。」

 パーシバルはハイネ同様マーカスにもタメ口で応じた。マーカス・ドーマーは気にしなかった。世話係の執政官も似たような態度をとるのだから。
 彼はロボットにゲーム終了を告げ、盤を片付けさせた。そして場所を少し移動して寛げる椅子とテーブルがあるスペースに落ち着いた。そこではテーブル上にお茶の用意がされていて、いつでも飲める様になっていた。
 パーシバルは自身で3人分のお茶を淹れた。この男はこう言うところはよく気が利くのだ。マーカス・ドーマーがケンウッドに尋ねた。

「長官と16代目は上手くやっておりますかな?」
「はい。時々意見の相違がありますが、互いに上手に衝突を躱しています。」
「あの長官も少し柔軟になったのですな。」

 するとパーシバルが口をはさんだ。

「と言うか、秘書のドーマーの舵取りが巧いんだな。」

 マーカス・ドーマーが微笑んだ。長官秘書ロッシーニ・ドーマーも彼の部下だったのだ。

「ローガン・ハイネは穏やかに見えて、地は頑固ですからな。臍を曲げると後の扱いがかなり厄介ですぞ。」

 パーシバルが彼の正面に座った。

「ところで、今日お邪魔したのは、ハイネではない進化型1級遺伝子所有者の将来をご相談したくてね。」