2019年6月30日日曜日

オリジン 2 4 - 8

「駄目だ!!」

 ケンウッドは思わず怒鳴ってしまった。ハイネ局長が予告なしに長官執務室に現れるなり、ジェリー・パーカーをドームの外に出す許可を求めたからだ。しかも理由は、サタジット・ラムジー殺害容疑者の特定だ。

「気でも狂ったか、ローガン・ハイネ! パーカーは貴重な地球人のオリジンだぞ! ドームの外に出して逃げられでもしたらどうする? 否、FOKやラムゼイの残党に拐われたりしたら一大事じゃないかっ!」

 思ったことを早口で言ってしまってから、ケンウッドは自身が大声を出していたことに気が付いた。ハイネに大声で怒鳴りつけるのはご法度だ。幼少期から大事に育てられてきた老ドーマーは、大声で叱られた経験がない。だから成人してからも、誰かが近くで不意に大声を出すと怯えるのだ。
 果たして、ハイネは硬い表情でケンウッドを見返して立っていた。だがその目は固い決意を保っていることを示していた。真っ直ぐ長官を見つめているのだ。ケンウッドは自身が狼狽えていることを隠そうと努力した。声のトーンを落として話しかけた。

「つまりだ、ハイネ、パーカーは地球にとって大事な人物だ。まだこの先数年は地球人の父親としてここで頑張ってもらわねばならない。残虐行為を平気で行う悪党と直接対峙させる危険は冒せないのだよ。」
「何もパーカーを一人で外に行かせるとは言っておりませんが。」

とハイネが言い返した。ケンウッドは心の中で身構えた。さぁ始まったぞ、と呟いた。怯えさせられた仕返しに、ハイネはとても意地悪になる。故意に遠回しの言い方をしてこちらを混乱させるのだ。
 ハイネが続けた。

「重要人物のジェリー・パーカーが一人で外に出るのが危険なのでしたら、もう一人一緒に行かせてみては如何ですかな? 普通のドーマーやコロニー人の学者ではなく、もう一人重要な人物を同行させるのです。」
「もう一人の重要人物?」

 ケンウッドは考え込んだ。そんな人間がいたか?
 ローガン・ハイネがまるでからかうかの様な口調で答えを言った。

「ダリル・セイヤーズ・ドーマーを使いましょう。」
 

オリジン 2 4 - 7

 ジェリー・パーカーとローガン・ハイネ遺伝子管理局長はゆっくりと庭園を歩いて俗世に向かっていた。

「人捜しは進展があったか?」

とハイネが尋ねた。パーカーは頷いた。

「少しだけ・・・」

 彼は簡単に説明した。ライサンダー・セイヤーズの協力でドーム内からはアクセス出来ないエロサイトの一つで問題の運転手と思われる人物を発見したこと。その人物はマツウラと名乗り、そのサイトの管理人をしていたこと。ライサンダーが探りを入れるとマツウラは他にもサイト運営をしており、そちらでは「牧童頭」と名乗り、精力剤などの怪しげな薬品の通信販売をしていること。そのサイトはドーム内からでも見ることが出来るので、パーカーはライサンダーに指示を出して利用者の通信欄で書き込みをしてもらい、自分の存在を管理人にアピールしている最中であること、等だ。

「エロサイト?」

 神様みたいに神々しい容姿のハイネの口からそんな単語が発せられるのは、奇異な感じがする、とパーカーは思った。

「若い綺麗な男を斡旋する売春サイトです。」
「表向きは薬を販売して、その客の中から何人かを選んで裏商売に誘い込む訳だな。」
「局長、よくわかっておられる。」
「その男がラムゼイの第2の運転手である確証は掴めたのか?」
「ネット上の出会いですから、確証は無理です。やはり本人に会ってみないとね・・・。しかし、彼の顔を知っている連中は刑務所の中だし、俺は外に出られない。」
「囚人に協力させることは不可能なのかね?」
「減刑を条件にするとしても、信用出来る人間はいませんね。連中を部下にしていた俺が言うのもなんだけど・・・。彼等には俺ほどもラムゼイ博士に対する忠誠心はありませんから。」

 庭園の出口に近づくと通行人が増えてきた。遺伝子管理局と中央研究所は庭園から出ると左右に分かれることになる。

「さっきは楽しかったです。」

とパーカーは局長に別れの挨拶をした。

「ほんの一瞬ですが、子供時代を思い出しました。博士とシェイと俺の3人で野原で遊んだ記憶です。意外でしょうけど・・・」
「そうかな?」

 局長が遠くを見る目をした。

「サタジット・ラムジーは息子を愛していた。君にその面影を求めていたのかも知れないな。」

 彼はパーカーを見た。

「ジェシー・ガーを捕まえたいのだろう?」
「勿論。」
「外に出るか?」
「えっ?」

 パーカーは思わず足を止めた。ハイネは立ち止まらずに遺伝子管理局に向かって歩きながら言った。

「コロニー人に相談してみよう。」
「それは・・・」

 パーカーは小さな声で呟いた。

「この俺を信用してくれているってことですか・・・」

オリジン 2 4 - 6

 初夏になると空調が効いたドームでも暑く感じられる様になる。つまり、太陽が偉大だと言う証拠だ。
 ローガン・ハイネは昼食後、いつもの様に昼寝に出かけた。但し、いつもの庭園の芝生ではなく、ドームの壁際の、秘密の寝床だった。壁の向こうは初夏の花畑でとても綺麗だ。多くのドーマー達は回廊の窓からそれを見物するが、庭園や施設の建物の裏手に回って壁まで行こうとはしない。壁はドームの内側からは透明で何もない様に見える。ドーマー達は幼少期にぶつかると危険だから近づかないようにと厳しく言いつけられて育つ。成人してもそれを守っているので、滅多に壁の際に行かない。だから、ハイネは壁の仕組みを発見して以来、一人だけの昼寝場所として使っていた。
 壁の窪みに体を入れて目を閉じた。早朝に若い内勤のドーマー達に生死リストの目通しを教えると告げた時の彼等の驚き具合は大きかった。神聖な局長業務だと思っていた仕事を、局長自らが部下に教えると言うのだ。ある部下は、局長が引退するのかと心配したほどだ。だがハイネが、少し楽をしたいだけで、たまにはサボって休めるよう準備をしておくのだ、と言うと、彼等は肩の力を抜いた。一番若い部下が、「ネピア・ドーマーに教えられても、局長がサボるとわかってしまえば、絶対に休ませてもらえないでしょうからね」と言って、その場を笑いの渦に包み込んでしまった。
 ハイネがうとうとしかけた時、静かな足音が近づいて来た。彼の様子を伺うかの如く、用心深く歩いて来る。ハイネは目を閉じたまま呟いた。

「昼寝の邪魔をしないでくれないか。」

 接近者が足を止めた。

「すみません。ただ、貴方がどんな仕掛けで宙に浮いているのか知りたくて・・・」

 ハイネは目を開いて、首を動かした。ジェリー・パーカーが立っていた。ハイネは、君か、と呟いた。彼は上体を起こし、次の瞬間、滑り台を滑り降りるかの様に地上にすっと降り立った。 パーカーは一人だった。付かず離れず彼に付いている筈の保安課員はいなかった。どうやら監視の目を盗んで散歩に出たらしい。
 ハイネは尋ねた。

「どんな仕掛けか知りたいだと?」
「はい・・・」
「手を伸ばしてみたまえ。」

 言われてパーカーは花畑の方角へ手を伸ばした。彼の手は透明な硬い壁に阻まれた。彼が壁の存在を認識したと判断したハイネは声を掛けた。

「それが壁だ。硬いだろう?」
「ガラスの様です。」
「宇宙船の外壁用素材だ。特殊超合金で、ダイアモンドより硬い。しかし・・・」

 彼は2,3メートル内側に移動し、いきなり花畑に向かってジャンプした。パーカーが呆気にとられる目の前で、彼は空中で斜めに体を傾けた状態で停止した。そして柔らかい物の中でもがく様に手足を動かし、胴を捻って体を反転させ、顔を上に向けた。パーカーを振り返って微笑んだが、それは悪戯に成功した子供の様に無邪気な笑みだった。

「やってみたまえ。」

 パーカーは先刻手に触れた硬い感触を思い出し、あんな硬度の壁に突進したら怪我をするんじゃないか、と思ったが、現に目の前でハイネが空中に浮かんでいるので、覚悟を決めた。真似をして2,3メートル後退してから、勢いをつけてジャンプした。
 彼の体はフワフワした柔らかい物に受け止められ、宙に浮いた形で止まった。あまりにフワフワしているので、顔が真綿で包まれた様になって呼吸が出来ない。彼は慌てて体を捻り、上を向いた。大きく息をつくと、ハイネが笑った。

「上手く出来たじゃないか。」
「なんなんです、これ?」
「特殊超合金の性質を利用した私の昼寝場所だよ。」
「その特殊超合金の性質とは?」
「宇宙船は光速で移動する。宇宙空間にはたくさんのゴミが漂っていて、宇宙船に衝突することが頻繁にある。そんな時に外壁が硬いままでは船体に受けるダメージが大きくなるだろ?だから平素は硬いが、動体が衝突すると緩衝材の様になって衝撃を和らげるのだ。
 ドームの内部から見ると壁が無いように見える。ドーマー達が知らずにぶつかると怪我をする。だからコロニー人達は人がぶつかると緩衝材に変化する特殊超合金で壁を造った。」
「ドーマーはこの壁の性質を知っているんですか?」
「コロニー人はドーマーにそんなことは教えない。地球上で必要のない技術は教えないのだ。」
「すると、この昼寝場所は、貴方が発見されたのですね?」
「恐らく、私だけが知っている場所だな。」

 ハイネは片眼を瞑って見せた。

「誰にも口外するなよ。昼寝は一人で楽しみたいのでね。」
「俺も昼寝させてくれたら、喋りませんよ。」

 それから20分ばかり2人は黙って目を閉じていた。
 パーカーは、育った中西部の平原を想った。春になると一面の花畑になった。幼かった彼は、やはり幼かったシェイと2人で隠れ家を抜け出して野原で遊び回った。やがてラムゼイ博士と用心棒が探しに来て、2人を捕まえて家に連れ帰った。お花の首飾りを壊されてシェイが泣いた。博士にあげようと思ったのにと。
 次の日、博士が自ら2人の手を引いて野原に出かけた。ヘビや毒虫がいないことを確認してから、2人は遊ぶことを許され、用心棒付きでピクニックをした。
 パーカーの数少ない幸せな子供時代の記憶だ。

「休憩時間終了!」

 ハイネの声で、パーカーは現実に引き戻された。ハイネが両腕を伸ばして伸びをすると、壁が硬くなって、彼は滑り降りた。パーカーも真似て、するりと地面に降りた。

オリジン 2 4 - 5

 ローガン・ハイネは極稀に鬱になる。だがそれを乗り越えると、すぐにいつもの陽気な男に戻る。翌日の早朝ジョギングで出会ったハイネは、ケンウッドに元気よく「おはようございます!」と声を掛けてさっさと追い越して走り去った。ケンウッドはのこのこ走るヤマザキ・ケンタロウとコロニー人らしくそこそこにスピードを抑えて走り、シャワーを浴びて朝食の為に食堂へ行った。珍しくハイネは他の若いドーマーが集まっているテーブルにいた。外勤の職員ではない。内勤専門の事務方だ。食事をしながら若者達と語らっているので、どうやら例の分業の話らしい。若者達は局長が同じテーブルに来るだけでも緊張するのに、局長の仕事を習うように言われて緊張に「ど」がついた様な硬い表情になっていた。気の毒にと思いながらも、ケンウッドは今まで内勤の遺伝子管理局員に注意を向けなかった自身を反省した。ドームの花形である外勤局員と違って内勤の男達は地味だ。維持班の様に目立つこともない。本部の外で仕事をする訳ではないので、顔も仲間のドーマーにあまり知られていない。だが、今改めて見ていると、どの男も利発で聡明な顔をしていた。身体能力のほんの僅かな差で外勤と内勤に振り分けられたのだ。彼等だって広い外界で働きたかっただろう。
 ケンウッドとヤマザキが食事を始めて間も無く、内勤のテーブルで笑い声が起こった。食堂内のドーマー達が振り返るほどだ。笑いの中心はまだ幼い顔つきの若者で、何か冗談を言ったのだろう。隣の同僚に小突かれている。ハイネさえ笑っていた。その笑いでテーブルの一同の緊張がほぐれたらしく、彼等は局長も交えて雑談を始めた。
 やがて少し遅れて外勤のグループが現れ、班毎に一日の業務の打ち合わせを兼ねた朝食会を始めた。その頃にはハイネ局長は食事を終え、数人の部下と共に席を発って職場へ向かって行った。
 ケンウッドが遺伝子管理局のドーマー達に気を取られているので、ヤマザキが咳払いして注意を促した。

「食事の手が止まってるぞ、ケンさん。」
「え? ああ・・・」

 ケンウッドはバツが悪そうに食べ物を口に運んだ。ヤマザキがフォークで内勤のテーブルを指した。

「保養所の計画が出来たら、あの連中を最初に外に出してやらないか? 維持班にそれとなく提案してみるよ。外に出る順番を決めるのは維持班だろうから。」
「それは良い考えだ。だが、ハイネは絶対に出すな、と言うのを忘れないでくれないか。」
「当たり前じゃないか。僕が大事な患者を外に放り出すとでも?」

 ヤマザキにとっては、ローガン・ハイネはまだ彼の大事な重症患者だった。

「もう少し彼を野外活動訓練プログラムに参加させないとね。」
「ハイネはもう料理は2度と御免だと言っていたが?」
「どうかな? チーズを使う料理だったら喜んで参加するんじゃないか?」



2019年6月29日土曜日

オリジン 2 4 - 4

 書き換え決行日はまだ確定していなかったが、ケンウッドは仲間と手順の確認をしておいた。ハイネは局長業務を2人の秘書に任せることを承知した。ヤマザキは狭い部屋に篭る4名の最高幹部の健康に問題が生じたら直ちに駆けつける用意をする。マザーコンピューターの書き換え作業の最中に部屋に入ることが出来る部外者は、医療区長だけなのだ。
 夜が更ける頃に話し合いが終わり、ペルラとヤマザキは帰って行った。ハイネは残って小さなキッチンでグラスを洗ってくれた。ケンウッドでも出来る家事だ。だからケンウッドは遺伝子管理局長が何か言いたいことがあるのだなと見当を付けた。

「先刻の、局長業務の分業化について何か言いたいのかね?」

 彼の見当は当たっていた。ハイネはグラスを拭いて棚に仕舞ってから、ケンウッドを振り返った。

「日課を部下に渡してしまったら、私には何が残るのです? 最終段階の署名だけですか?」

 老ドーマーは、役立たずと見做されてしまうことを恐れているのだ。彼には薬剤師としての経歴と知識があるが、今更遺伝子管理局長を薬剤管理室が労働者として受け入れる筈がない。しかしローガン・ハイネには、それ以外に手に職がなかった。
 ケンウッドは優しく微笑んで見せた。

「君にやってもらいたいことは沢山あるさ。」

 彼はハイネに向かいの席に座るよう指図した。ハイネは素直にソファに座った。

「ドーマーの社会復帰計画を会議で話しただろう? 君は維持班総代と共にその指揮を採ってもらわねばならん。まだ明確な方向もわかっていない計画だ。つまり、君は立案から取り掛からねばならないのだよ。」
「外の世界を知らない私に、計画を立てろと仰るのですか?」
「立てられるだろう? 君はリュック・ニュカネンに出張所を設置させた。あの時君の話の流れの持って行き方は見事だったよ。だが君はセント・アイブスと言う街を全く知らなかったじゃないか。」

 ローガン・ハイネは歳のせいで臆病になっているのか、とケンウッドは案じた。それとも、20年以上毎日こなしてきた仕事を取り上げられるのかと心配しているだけなのか。
 ハイネが溜め息をついた。

「地球に女の子が誕生し始めたら、ドームは役目を終えます。ドーマー達は外の世界へ戻って行きます。その時、私は何をしているのでしょう。その時私が生きていればの話ですが・・・。」

 地球に女子が誕生するか否か、最初に確認されるであろう時期は、今から早くて15、6年後だろう。その程度の時間なら、ハイネはまだ丈夫で生きている筈だ。ケンウッドは励まそうと試みた。

「私だって、その頃には長官ではないだろうし、お払い箱になっているかも知れないな。しかしハイネ、ドームはなくなりはしないよ。妊婦と新生児の為の重要な施設に変わりはない。地球人類復活委員会がいつまで存続するのか、誰もまだわかっていないが、もし彼等が撤退してもドームの施設は地球側に譲渡される。それが各国首脳と委員会の約束なのだ。ドームは、産婦人科の巨大な病院として存続する筈だよ。それに遺伝子の管理は当分必要だ。近親婚は防がなければいけない。一番心配されるのは、地球人類保護法の改正もしくは廃止だ。宇宙から地球へやって来る人口が必ず増加する。今迄一生出会うことがなかったクローン女性とオリジナルの女性が出会う可能性がゼロとは言い難い。彼女達の子供同士が出会って恋愛に発展するかも知れない。そんな場合に備えて、遺伝子管理の業務は続けようと言うのが、委員会の意見だ。」

 彼はハイネに優しく言った。

「アイダ・サヤカだってまだずっと先まで働くだろう? 彼女も必要とされているんだ。」

 彼は体を前に乗り出して、親友の肩に手を置いた。

「君とサヤカは堂々と夫婦として名乗れるんだぞ。一緒に働けるのだ。」

2019年6月27日木曜日

オリジン 2 4 - 3

 ケンウッドはアパートの自室で書き換えの日に備えて打ち合わせ会を開いた。出席者はハイネ、ヤマザキ、ペルラの3名で、実質飲み会のメンバーなのだし、実際酒を飲んだのだ。しかし立場上ドーマーに飲酒させていることを公表出来ないし、本当に打ち合わせもしたのだ。
 ヤマザキが丸一日コンピューターに縛られるケンウッドとハイネの健康を案じて、端末を使っただけだが、簡単に健康診断を行った。そして書き換え作業の合間に端末を用いて日課業務を行えると言ったハイネに、余計な仕事はするなと忠告した。

「確かに君の能力なら両方の作業をこなせるだろうけど、精神的肉体的に余裕を持たせて仕事をして欲しい。君は認めたくないだろうが、100歳ってぇのは、無理して欲しくない歳なんだぜ。」
「それに、万が一間違えられては困ります。折角女の子誕生が目の前に迫ってきているのに・・・」

とペルラがヤマザキに味方した。ハイネが眉を上げて睨みつけるフリをすると、彼は言葉を追加した。

「そろそろお仕事の形態を変えてみては如何でしょう?」
「形態を変える?」
「日課を局長だけの仕事とする時代は終わりになさっては如何です?」

 ケンウッドとヤマザキはペルラの発想に感心した。遺伝子管理局長が日々行っている作業は、分業出来る筈だ。出生届けと死亡届け承認だ。地球人類復活委員会が発足して、遺伝子管理を地球人にさせようと決めた時、生死の公式承認をするのは局長の仕事と委員会が決めたのだ。しかし、膨大な人名のリストと届出書類に目を通して承認するのは、局長でなくても良いではないか。局長は部下が目を通した書類の総括の最終承認をするだけで良いのではないのか。
 生まれた時から、局長職とはこんなものだと教え込まれてきたハイネは、困惑してケンウッドを見た。ケンウッドは、長官として、ドーマーの親として、そして親友として、ペルラの意見を理解し、賛同した。

「ハイネ、内勤の局員は大勢いるだろう? 生死リストが何か彼等は知っている。重要性も知っている。彼等の中から数名ピックアップして、業務内容を教えてはどうかね? それぞれに担当の支局を決めてやり、誕生と死亡を2人以上で代わり番こにチェックするのだ。彼等が承認した書類の総括の最終承認署名を君が行う。
 常々思っていたが、内勤の局員数が増えているんじゃないか? 元から内勤に就いている局員に加えて、外勤の局員が引退して内勤に異動する人数が増えているだろう? 仕事のシェアをするなら、新規の業務を作るのも有りだと思うんだ。君が楽をする為に分けるんじゃない。彼等に重要な仕事を与えて外勤は引退してもまだ必要とされていると思ってもらえるようにしなくては。」

 ペルラがケンウッドの意見に勇気付けられて、微笑んだ。

「局長、みんな生死リストの日課が重労働で外の人間にとって最重要の仕事だと理解しています。それを任されるのは名誉ですよ。」


2019年6月23日日曜日

オリジン 2 4 - 2

 プログラムの書き換えの準備はできているのだが、まだ月からはゴーサインが出ない。書き換えには、それぞれのドームのセキュリティ最高責任者4名が揃わなければならないのだが、地球全体のドームの最高責任者達が24時間もかかる書き換え作業に携われる日程を揃えるのが難しいのだ。
 実際、ケンウッドのアメリカ・ドームでもゴーン副長官はクローン製造部の責任者でもあり、取り替え子のスケジュールが詰まると手が空かない。それに彼女はドーマー達の健康管理責任者でもあり、新しく始まったドーマー社会復帰計画の打ち合わせので維持班の代表達と頻繁に会議を開いている。なかなか時間が取れないのだ。
 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長も日々の日課があるし、外勤の部下の活動内容によっては連絡の遣り取りで忙しく、書き換えをしている暇がない時も度々だ。
 ゴメス保安課長だって、新規設置の保養所の警備システムの構築に頭を悩ませている。
 そしてケンウッド自身もドームの財政や執政官の管理など、多忙だ。
   保安課長と遺伝子管理局長は羊水の製造方法に関して全く無関係なのだから、書き換え手順から外れても良さそうなものだが、マザーコンピュータの書き換えは月で行われ、地球の各ドームのアクセス権がプログラムの各章毎に更新を必要とされるのだ。もしどこかのドームで一人だけ欠席しても、月のマザーコンピュータ本体が動かない。だから全員の都合がつく日が要求されていた。
 それなら、とケンウッドは思った。全員の都合を待つのではなく、全員で都合をつければ良いではないか、と。
 出張から帰って来て1週間、ケンウッドはデスクワークに飽きて、自身で休業時間を長めに取った。午後、秘書達が仕事を終えて帰宅すると、彼も執務室を出て、運動施設に行った。ジムで軽く筋肉トレーニングをして、球技場へ行った。ドーマー達も1日の仕事を終えて運動に来る時間帯で、どの施設も人が多かった。彼は少し考えてからバスケットボールを選択した。長官がバスケットボールをするイメージが湧かなかったのだろう、ドーマー達も若い執政官達も驚いていたが、直ぐに互いの業務上の立場を忘れてプレーに没頭出来た。ケンウッドは2回シュートを成功させたが、チームは負けた。気持ちの良い敗北だった。ドーマー達は長官が重力に対する鍛錬を欠かさないことを改めて認識した。若い執政官達は努力の人ケンウッドを尊敬の眼差しで見た。
 球技場から出たところで、ハイネ局長とヤマザキ医療区長に出会った。ヤマザキは団体競技は好まないので、単独で運動するハイネとよく一緒に施設を回っている。もっとも半分は、ハイネが肺に無理をさせないよう、見張っているのだ。彼はケンウッドが汗にまみれて現れたので、顔を綻ばせた。

「血色が良いじゃないか、ケンさん。近頃執務室に閉じこもって青い顔をしていたから、心配していたが、どうやら安心出来そうだ。」
「そんなに私は青い顔をしていたのか?」

 ケンウッドが驚くと、ハイネが笑った。それで、からかわれたのだと悟った。

「君達も一汗かいたようだが、格闘技でもやったのかい?」
「うん、珍しくハイネが僕の相手をしてくれてね。」

 ヤマザキは局長に片目を瞑って見せた。

「柔道の手合わせをしてくれたんだ。」
「ケンタロウは小柄ですが、結構強くて・・・」

 ハイネが言った。

「もう少し上背があれば、私を投げ飛ばしていたでしょうな。」
「この爺さんは図体がでかいから、投げにくいんだよ。」

 ケンウッドは彼等の柔道の試合の結果が想像出来た。

「要するに、君は負けたんだね、ケン。」
「ハイネに勝てたら、保安課に鞍替え出来るだろうさ。」

 ヤマザキは自身が負けたとは意地でも言わなかった。