2019年6月23日日曜日

オリジン 2 4 - 2

 プログラムの書き換えの準備はできているのだが、まだ月からはゴーサインが出ない。書き換えには、それぞれのドームのセキュリティ最高責任者4名が揃わなければならないのだが、地球全体のドームの最高責任者達が24時間もかかる書き換え作業に携われる日程を揃えるのが難しいのだ。
 実際、ケンウッドのアメリカ・ドームでもゴーン副長官はクローン製造部の責任者でもあり、取り替え子のスケジュールが詰まると手が空かない。それに彼女はドーマー達の健康管理責任者でもあり、新しく始まったドーマー社会復帰計画の打ち合わせので維持班の代表達と頻繁に会議を開いている。なかなか時間が取れないのだ。
 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長も日々の日課があるし、外勤の部下の活動内容によっては連絡の遣り取りで忙しく、書き換えをしている暇がない時も度々だ。
 ゴメス保安課長だって、新規設置の保養所の警備システムの構築に頭を悩ませている。
 そしてケンウッド自身もドームの財政や執政官の管理など、多忙だ。
   保安課長と遺伝子管理局長は羊水の製造方法に関して全く無関係なのだから、書き換え手順から外れても良さそうなものだが、マザーコンピュータの書き換えは月で行われ、地球の各ドームのアクセス権がプログラムの各章毎に更新を必要とされるのだ。もしどこかのドームで一人だけ欠席しても、月のマザーコンピュータ本体が動かない。だから全員の都合がつく日が要求されていた。
 それなら、とケンウッドは思った。全員の都合を待つのではなく、全員で都合をつければ良いではないか、と。
 出張から帰って来て1週間、ケンウッドはデスクワークに飽きて、自身で休業時間を長めに取った。午後、秘書達が仕事を終えて帰宅すると、彼も執務室を出て、運動施設に行った。ジムで軽く筋肉トレーニングをして、球技場へ行った。ドーマー達も1日の仕事を終えて運動に来る時間帯で、どの施設も人が多かった。彼は少し考えてからバスケットボールを選択した。長官がバスケットボールをするイメージが湧かなかったのだろう、ドーマー達も若い執政官達も驚いていたが、直ぐに互いの業務上の立場を忘れてプレーに没頭出来た。ケンウッドは2回シュートを成功させたが、チームは負けた。気持ちの良い敗北だった。ドーマー達は長官が重力に対する鍛錬を欠かさないことを改めて認識した。若い執政官達は努力の人ケンウッドを尊敬の眼差しで見た。
 球技場から出たところで、ハイネ局長とヤマザキ医療区長に出会った。ヤマザキは団体競技は好まないので、単独で運動するハイネとよく一緒に施設を回っている。もっとも半分は、ハイネが肺に無理をさせないよう、見張っているのだ。彼はケンウッドが汗にまみれて現れたので、顔を綻ばせた。

「血色が良いじゃないか、ケンさん。近頃執務室に閉じこもって青い顔をしていたから、心配していたが、どうやら安心出来そうだ。」
「そんなに私は青い顔をしていたのか?」

 ケンウッドが驚くと、ハイネが笑った。それで、からかわれたのだと悟った。

「君達も一汗かいたようだが、格闘技でもやったのかい?」
「うん、珍しくハイネが僕の相手をしてくれてね。」

 ヤマザキは局長に片目を瞑って見せた。

「柔道の手合わせをしてくれたんだ。」
「ケンタロウは小柄ですが、結構強くて・・・」

 ハイネが言った。

「もう少し上背があれば、私を投げ飛ばしていたでしょうな。」
「この爺さんは図体がでかいから、投げにくいんだよ。」

 ケンウッドは彼等の柔道の試合の結果が想像出来た。

「要するに、君は負けたんだね、ケン。」
「ハイネに勝てたら、保安課に鞍替え出来るだろうさ。」

 ヤマザキは自身が負けたとは意地でも言わなかった。