2019年6月30日日曜日

オリジン 2 4 - 5

 ローガン・ハイネは極稀に鬱になる。だがそれを乗り越えると、すぐにいつもの陽気な男に戻る。翌日の早朝ジョギングで出会ったハイネは、ケンウッドに元気よく「おはようございます!」と声を掛けてさっさと追い越して走り去った。ケンウッドはのこのこ走るヤマザキ・ケンタロウとコロニー人らしくそこそこにスピードを抑えて走り、シャワーを浴びて朝食の為に食堂へ行った。珍しくハイネは他の若いドーマーが集まっているテーブルにいた。外勤の職員ではない。内勤専門の事務方だ。食事をしながら若者達と語らっているので、どうやら例の分業の話らしい。若者達は局長が同じテーブルに来るだけでも緊張するのに、局長の仕事を習うように言われて緊張に「ど」がついた様な硬い表情になっていた。気の毒にと思いながらも、ケンウッドは今まで内勤の遺伝子管理局員に注意を向けなかった自身を反省した。ドームの花形である外勤局員と違って内勤の男達は地味だ。維持班の様に目立つこともない。本部の外で仕事をする訳ではないので、顔も仲間のドーマーにあまり知られていない。だが、今改めて見ていると、どの男も利発で聡明な顔をしていた。身体能力のほんの僅かな差で外勤と内勤に振り分けられたのだ。彼等だって広い外界で働きたかっただろう。
 ケンウッドとヤマザキが食事を始めて間も無く、内勤のテーブルで笑い声が起こった。食堂内のドーマー達が振り返るほどだ。笑いの中心はまだ幼い顔つきの若者で、何か冗談を言ったのだろう。隣の同僚に小突かれている。ハイネさえ笑っていた。その笑いでテーブルの一同の緊張がほぐれたらしく、彼等は局長も交えて雑談を始めた。
 やがて少し遅れて外勤のグループが現れ、班毎に一日の業務の打ち合わせを兼ねた朝食会を始めた。その頃にはハイネ局長は食事を終え、数人の部下と共に席を発って職場へ向かって行った。
 ケンウッドが遺伝子管理局のドーマー達に気を取られているので、ヤマザキが咳払いして注意を促した。

「食事の手が止まってるぞ、ケンさん。」
「え? ああ・・・」

 ケンウッドはバツが悪そうに食べ物を口に運んだ。ヤマザキがフォークで内勤のテーブルを指した。

「保養所の計画が出来たら、あの連中を最初に外に出してやらないか? 維持班にそれとなく提案してみるよ。外に出る順番を決めるのは維持班だろうから。」
「それは良い考えだ。だが、ハイネは絶対に出すな、と言うのを忘れないでくれないか。」
「当たり前じゃないか。僕が大事な患者を外に放り出すとでも?」

 ヤマザキにとっては、ローガン・ハイネはまだ彼の大事な重症患者だった。

「もう少し彼を野外活動訓練プログラムに参加させないとね。」
「ハイネはもう料理は2度と御免だと言っていたが?」
「どうかな? チーズを使う料理だったら喜んで参加するんじゃないか?」