2019年6月30日日曜日

オリジン 2 4 - 6

 初夏になると空調が効いたドームでも暑く感じられる様になる。つまり、太陽が偉大だと言う証拠だ。
 ローガン・ハイネは昼食後、いつもの様に昼寝に出かけた。但し、いつもの庭園の芝生ではなく、ドームの壁際の、秘密の寝床だった。壁の向こうは初夏の花畑でとても綺麗だ。多くのドーマー達は回廊の窓からそれを見物するが、庭園や施設の建物の裏手に回って壁まで行こうとはしない。壁はドームの内側からは透明で何もない様に見える。ドーマー達は幼少期にぶつかると危険だから近づかないようにと厳しく言いつけられて育つ。成人してもそれを守っているので、滅多に壁の際に行かない。だから、ハイネは壁の仕組みを発見して以来、一人だけの昼寝場所として使っていた。
 壁の窪みに体を入れて目を閉じた。早朝に若い内勤のドーマー達に生死リストの目通しを教えると告げた時の彼等の驚き具合は大きかった。神聖な局長業務だと思っていた仕事を、局長自らが部下に教えると言うのだ。ある部下は、局長が引退するのかと心配したほどだ。だがハイネが、少し楽をしたいだけで、たまにはサボって休めるよう準備をしておくのだ、と言うと、彼等は肩の力を抜いた。一番若い部下が、「ネピア・ドーマーに教えられても、局長がサボるとわかってしまえば、絶対に休ませてもらえないでしょうからね」と言って、その場を笑いの渦に包み込んでしまった。
 ハイネがうとうとしかけた時、静かな足音が近づいて来た。彼の様子を伺うかの如く、用心深く歩いて来る。ハイネは目を閉じたまま呟いた。

「昼寝の邪魔をしないでくれないか。」

 接近者が足を止めた。

「すみません。ただ、貴方がどんな仕掛けで宙に浮いているのか知りたくて・・・」

 ハイネは目を開いて、首を動かした。ジェリー・パーカーが立っていた。ハイネは、君か、と呟いた。彼は上体を起こし、次の瞬間、滑り台を滑り降りるかの様に地上にすっと降り立った。 パーカーは一人だった。付かず離れず彼に付いている筈の保安課員はいなかった。どうやら監視の目を盗んで散歩に出たらしい。
 ハイネは尋ねた。

「どんな仕掛けか知りたいだと?」
「はい・・・」
「手を伸ばしてみたまえ。」

 言われてパーカーは花畑の方角へ手を伸ばした。彼の手は透明な硬い壁に阻まれた。彼が壁の存在を認識したと判断したハイネは声を掛けた。

「それが壁だ。硬いだろう?」
「ガラスの様です。」
「宇宙船の外壁用素材だ。特殊超合金で、ダイアモンドより硬い。しかし・・・」

 彼は2,3メートル内側に移動し、いきなり花畑に向かってジャンプした。パーカーが呆気にとられる目の前で、彼は空中で斜めに体を傾けた状態で停止した。そして柔らかい物の中でもがく様に手足を動かし、胴を捻って体を反転させ、顔を上に向けた。パーカーを振り返って微笑んだが、それは悪戯に成功した子供の様に無邪気な笑みだった。

「やってみたまえ。」

 パーカーは先刻手に触れた硬い感触を思い出し、あんな硬度の壁に突進したら怪我をするんじゃないか、と思ったが、現に目の前でハイネが空中に浮かんでいるので、覚悟を決めた。真似をして2,3メートル後退してから、勢いをつけてジャンプした。
 彼の体はフワフワした柔らかい物に受け止められ、宙に浮いた形で止まった。あまりにフワフワしているので、顔が真綿で包まれた様になって呼吸が出来ない。彼は慌てて体を捻り、上を向いた。大きく息をつくと、ハイネが笑った。

「上手く出来たじゃないか。」
「なんなんです、これ?」
「特殊超合金の性質を利用した私の昼寝場所だよ。」
「その特殊超合金の性質とは?」
「宇宙船は光速で移動する。宇宙空間にはたくさんのゴミが漂っていて、宇宙船に衝突することが頻繁にある。そんな時に外壁が硬いままでは船体に受けるダメージが大きくなるだろ?だから平素は硬いが、動体が衝突すると緩衝材の様になって衝撃を和らげるのだ。
 ドームの内部から見ると壁が無いように見える。ドーマー達が知らずにぶつかると怪我をする。だからコロニー人達は人がぶつかると緩衝材に変化する特殊超合金で壁を造った。」
「ドーマーはこの壁の性質を知っているんですか?」
「コロニー人はドーマーにそんなことは教えない。地球上で必要のない技術は教えないのだ。」
「すると、この昼寝場所は、貴方が発見されたのですね?」
「恐らく、私だけが知っている場所だな。」

 ハイネは片眼を瞑って見せた。

「誰にも口外するなよ。昼寝は一人で楽しみたいのでね。」
「俺も昼寝させてくれたら、喋りませんよ。」

 それから20分ばかり2人は黙って目を閉じていた。
 パーカーは、育った中西部の平原を想った。春になると一面の花畑になった。幼かった彼は、やはり幼かったシェイと2人で隠れ家を抜け出して野原で遊び回った。やがてラムゼイ博士と用心棒が探しに来て、2人を捕まえて家に連れ帰った。お花の首飾りを壊されてシェイが泣いた。博士にあげようと思ったのにと。
 次の日、博士が自ら2人の手を引いて野原に出かけた。ヘビや毒虫がいないことを確認してから、2人は遊ぶことを許され、用心棒付きでピクニックをした。
 パーカーの数少ない幸せな子供時代の記憶だ。

「休憩時間終了!」

 ハイネの声で、パーカーは現実に引き戻された。ハイネが両腕を伸ばして伸びをすると、壁が硬くなって、彼は滑り降りた。パーカーも真似て、するりと地面に降りた。