2019年6月29日土曜日

オリジン 2 4 - 4

 書き換え決行日はまだ確定していなかったが、ケンウッドは仲間と手順の確認をしておいた。ハイネは局長業務を2人の秘書に任せることを承知した。ヤマザキは狭い部屋に篭る4名の最高幹部の健康に問題が生じたら直ちに駆けつける用意をする。マザーコンピューターの書き換え作業の最中に部屋に入ることが出来る部外者は、医療区長だけなのだ。
 夜が更ける頃に話し合いが終わり、ペルラとヤマザキは帰って行った。ハイネは残って小さなキッチンでグラスを洗ってくれた。ケンウッドでも出来る家事だ。だからケンウッドは遺伝子管理局長が何か言いたいことがあるのだなと見当を付けた。

「先刻の、局長業務の分業化について何か言いたいのかね?」

 彼の見当は当たっていた。ハイネはグラスを拭いて棚に仕舞ってから、ケンウッドを振り返った。

「日課を部下に渡してしまったら、私には何が残るのです? 最終段階の署名だけですか?」

 老ドーマーは、役立たずと見做されてしまうことを恐れているのだ。彼には薬剤師としての経歴と知識があるが、今更遺伝子管理局長を薬剤管理室が労働者として受け入れる筈がない。しかしローガン・ハイネには、それ以外に手に職がなかった。
 ケンウッドは優しく微笑んで見せた。

「君にやってもらいたいことは沢山あるさ。」

 彼はハイネに向かいの席に座るよう指図した。ハイネは素直にソファに座った。

「ドーマーの社会復帰計画を会議で話しただろう? 君は維持班総代と共にその指揮を採ってもらわねばならん。まだ明確な方向もわかっていない計画だ。つまり、君は立案から取り掛からねばならないのだよ。」
「外の世界を知らない私に、計画を立てろと仰るのですか?」
「立てられるだろう? 君はリュック・ニュカネンに出張所を設置させた。あの時君の話の流れの持って行き方は見事だったよ。だが君はセント・アイブスと言う街を全く知らなかったじゃないか。」

 ローガン・ハイネは歳のせいで臆病になっているのか、とケンウッドは案じた。それとも、20年以上毎日こなしてきた仕事を取り上げられるのかと心配しているだけなのか。
 ハイネが溜め息をついた。

「地球に女の子が誕生し始めたら、ドームは役目を終えます。ドーマー達は外の世界へ戻って行きます。その時、私は何をしているのでしょう。その時私が生きていればの話ですが・・・。」

 地球に女子が誕生するか否か、最初に確認されるであろう時期は、今から早くて15、6年後だろう。その程度の時間なら、ハイネはまだ丈夫で生きている筈だ。ケンウッドは励まそうと試みた。

「私だって、その頃には長官ではないだろうし、お払い箱になっているかも知れないな。しかしハイネ、ドームはなくなりはしないよ。妊婦と新生児の為の重要な施設に変わりはない。地球人類復活委員会がいつまで存続するのか、誰もまだわかっていないが、もし彼等が撤退してもドームの施設は地球側に譲渡される。それが各国首脳と委員会の約束なのだ。ドームは、産婦人科の巨大な病院として存続する筈だよ。それに遺伝子の管理は当分必要だ。近親婚は防がなければいけない。一番心配されるのは、地球人類保護法の改正もしくは廃止だ。宇宙から地球へやって来る人口が必ず増加する。今迄一生出会うことがなかったクローン女性とオリジナルの女性が出会う可能性がゼロとは言い難い。彼女達の子供同士が出会って恋愛に発展するかも知れない。そんな場合に備えて、遺伝子管理の業務は続けようと言うのが、委員会の意見だ。」

 彼はハイネに優しく言った。

「アイダ・サヤカだってまだずっと先まで働くだろう? 彼女も必要とされているんだ。」

 彼は体を前に乗り出して、親友の肩に手を置いた。

「君とサヤカは堂々と夫婦として名乗れるんだぞ。一緒に働けるのだ。」