ラナ・ゴーン副長官の白い指が、クロエル・ドーマーの少し赤みがかった黒い縮れた髪を細かな三つ編みに編んでいくのを、ダリル・セイヤーズ・ドーマーとポール・レイン・ドーマー、それにJJは興味深げに眺めていた。クロエルは気持ちが良いだろう、目を半眼にしてじっとしている。口元はやや緩んで微笑んでいるかの様に見えた。
「クローちゃんのヘアスタイルがいつも素敵なのは、ラナが整えていたからなのね。」
JJが翻訳機を通して呟くと、クロエルが目を閉じたまま、
「僕ちゃんだって自分でするよ。でもおっかさんがいる時は、やってもらう方が楽なの。」
ラナ・ゴーンがおかしそうに笑った。
「普通の男の子は、母親にこんな風にいじられるのは嫌がるものよ。」
「僕ちゃん、普通じゃないです。」
「ええ、こんな可愛い子は普通にはいないわね。」
肌の色も生まれた世界も違うし、クロエルは彼女よりずっと身長が高いし、体も大きい。しかし、彼女にとって彼はいつまでも可愛い息子だ。ダリルはふと思った。ラナ・ゴーンが持ってくるお見合い資料をいつもクロエルは蹴っ飛ばしているが、本当はラナは彼をどの女性にも渡したくないのではないか。だから彼の気に入らない女性ばかり紹介しているのではないだろうか。そしてクロエルもいつまでも母親に甘えていたいから、独立して家庭を構える気はないのかも知れない。彼が「家庭」を理解しているなら、と言うことだが。
クロエルがふと目を開いた。
「そうだ、みんな知ってますか? 西ユーラシア・ドームから『地球人類復活委員会』に嘆願書が送られたって話?」
「嘆願書? 何の?」
彼は鏡の中の自身の頭を見て、ラナ・ゴーンにもういいよ、と声を掛けた。
「今日は半分だけ編んでおくんだ。残りはそのまま。」
ラナ・ゴーンは素直にはいはいと彼から離れ、ヘアメイク道具を片付け始めた。
クロエルは仲間の方を向き直り、話の続きを始めた。
「西ユーラシアでドーマーと執政官が同棲を始めるカップルが5組もいて、それは法律違反だろうって誰かが指摘したそうです。指摘された方は、好きで一緒にいる訳だから、悪いことなんて何にもしてないでしょ? それで5組10名が連名で法律を変えてくれって嘆願書を書いたんです。」
「10人だけじゃなぁ・・・」
とポール。ドーマーの殆どが男性だから、コロニー人の方は女性のはずだ。男性執政官の賛同はどうなのだろうか。宇宙に行けば女性は大勢いるから、地球人にコロニーの女性を取られたくないとは言わないだろうが、ドームの中の秩序を守る為に、コロニー人が優位のドーム社会を壊したくないだろう。
「それがね、西ユーラシアのドーマー達が署名活動をして、ドーム内の人口の8割が署名して、賛同を示したそうです。それで、嘆願書を宇宙に送ることになったって。」
クロエルはダリルとラナ・ゴーンを見比べた。あんた方はどうなの? と言いたげだ。
ダリルはラナ・ゴーンを見た。彼は彼女が好きだ。だが、結婚とか同棲を考えたことはなかった。ただ彼女と今以上にもっと親密になりたい、それを公共の場で堂々と態度に表したい、と思っているだけだ。勿論、公私は分ける。
ラナ・ゴーンは彼女とダリルの関係は棚上げにするつもりだった。彼女はこう言った。
「西ユーラシアだけの問題じゃないわね。他のドームでも運動をするべきだわ。ここでも、メイとパーカーのことを認めてあげないと。」
クロエルが不満そうに彼女を見た。
「メイとパーカー? パーカーはメイを受け容れるの?」
「あの2人は良いカップルよ。」
とJJが言った。
「仕事は息がぴったりだし、メイは献身的だわ。」
「パーカーはどうなのよ?」
ポールが自分を見たので、ダリルはなんだよと言った。ポールが言い訳するように呟いた。
「俺はパーカーは男が好きだと思っていたがな・・・」
「ん?まさか、あの時のキスの話を蒸し返すんじゃないだろうな?」
「否、そうではなくて・・・」
ポールはジェリー・パーカーが以前ダリルに片恋をしていたことを知っている。パーカーの手から感じ取ったのだ。しかし、今では、パーカーにとってダリルは「良い友達」であって、片想いの相手ではない。パーカーが今夢中になっているのは・・・
「ジェリーはメイのことが好きよ。」
とJJが断言した。
「でも、彼はメイの立場を考えて何も出来ないでいるの。嘆願書が通れば、きっと喜ぶわ。」
「そう言えば・・・」
とラナ・ゴーンが何かを思い出した。
「ローガン・ハイネがジェリーに言ったそうですよ、法律なんて気にしないで好きな相手と一緒になりなさいって。ハイネは彼とメイのことに気づいていたのです。」
「ジェリーは何て?」
「時期尚早ですって。何があっても彼女のことを第1に考えられるようになるまで、無責任に彼女を苦境に立たせる訳にいかないって。」
「それって・・・」
クロエルが笑いを堪えながら指摘した。
「彼女のことに責任を感じてるってことですよね?」
ポール・レイン・ドーマーは心密かに思った。ジェリーの心が勝手に彼の手に流れてきた時に、ジェリーの心を占めていた「告白」とハイネ局長のイメージは、局長に告白の相談をしたかったってことなのか・・・
「クローちゃんのヘアスタイルがいつも素敵なのは、ラナが整えていたからなのね。」
JJが翻訳機を通して呟くと、クロエルが目を閉じたまま、
「僕ちゃんだって自分でするよ。でもおっかさんがいる時は、やってもらう方が楽なの。」
ラナ・ゴーンがおかしそうに笑った。
「普通の男の子は、母親にこんな風にいじられるのは嫌がるものよ。」
「僕ちゃん、普通じゃないです。」
「ええ、こんな可愛い子は普通にはいないわね。」
肌の色も生まれた世界も違うし、クロエルは彼女よりずっと身長が高いし、体も大きい。しかし、彼女にとって彼はいつまでも可愛い息子だ。ダリルはふと思った。ラナ・ゴーンが持ってくるお見合い資料をいつもクロエルは蹴っ飛ばしているが、本当はラナは彼をどの女性にも渡したくないのではないか。だから彼の気に入らない女性ばかり紹介しているのではないだろうか。そしてクロエルもいつまでも母親に甘えていたいから、独立して家庭を構える気はないのかも知れない。彼が「家庭」を理解しているなら、と言うことだが。
クロエルがふと目を開いた。
「そうだ、みんな知ってますか? 西ユーラシア・ドームから『地球人類復活委員会』に嘆願書が送られたって話?」
「嘆願書? 何の?」
彼は鏡の中の自身の頭を見て、ラナ・ゴーンにもういいよ、と声を掛けた。
「今日は半分だけ編んでおくんだ。残りはそのまま。」
ラナ・ゴーンは素直にはいはいと彼から離れ、ヘアメイク道具を片付け始めた。
クロエルは仲間の方を向き直り、話の続きを始めた。
「西ユーラシアでドーマーと執政官が同棲を始めるカップルが5組もいて、それは法律違反だろうって誰かが指摘したそうです。指摘された方は、好きで一緒にいる訳だから、悪いことなんて何にもしてないでしょ? それで5組10名が連名で法律を変えてくれって嘆願書を書いたんです。」
「10人だけじゃなぁ・・・」
とポール。ドーマーの殆どが男性だから、コロニー人の方は女性のはずだ。男性執政官の賛同はどうなのだろうか。宇宙に行けば女性は大勢いるから、地球人にコロニーの女性を取られたくないとは言わないだろうが、ドームの中の秩序を守る為に、コロニー人が優位のドーム社会を壊したくないだろう。
「それがね、西ユーラシアのドーマー達が署名活動をして、ドーム内の人口の8割が署名して、賛同を示したそうです。それで、嘆願書を宇宙に送ることになったって。」
クロエルはダリルとラナ・ゴーンを見比べた。あんた方はどうなの? と言いたげだ。
ダリルはラナ・ゴーンを見た。彼は彼女が好きだ。だが、結婚とか同棲を考えたことはなかった。ただ彼女と今以上にもっと親密になりたい、それを公共の場で堂々と態度に表したい、と思っているだけだ。勿論、公私は分ける。
ラナ・ゴーンは彼女とダリルの関係は棚上げにするつもりだった。彼女はこう言った。
「西ユーラシアだけの問題じゃないわね。他のドームでも運動をするべきだわ。ここでも、メイとパーカーのことを認めてあげないと。」
クロエルが不満そうに彼女を見た。
「メイとパーカー? パーカーはメイを受け容れるの?」
「あの2人は良いカップルよ。」
とJJが言った。
「仕事は息がぴったりだし、メイは献身的だわ。」
「パーカーはどうなのよ?」
ポールが自分を見たので、ダリルはなんだよと言った。ポールが言い訳するように呟いた。
「俺はパーカーは男が好きだと思っていたがな・・・」
「ん?まさか、あの時のキスの話を蒸し返すんじゃないだろうな?」
「否、そうではなくて・・・」
ポールはジェリー・パーカーが以前ダリルに片恋をしていたことを知っている。パーカーの手から感じ取ったのだ。しかし、今では、パーカーにとってダリルは「良い友達」であって、片想いの相手ではない。パーカーが今夢中になっているのは・・・
「ジェリーはメイのことが好きよ。」
とJJが断言した。
「でも、彼はメイの立場を考えて何も出来ないでいるの。嘆願書が通れば、きっと喜ぶわ。」
「そう言えば・・・」
とラナ・ゴーンが何かを思い出した。
「ローガン・ハイネがジェリーに言ったそうですよ、法律なんて気にしないで好きな相手と一緒になりなさいって。ハイネは彼とメイのことに気づいていたのです。」
「ジェリーは何て?」
「時期尚早ですって。何があっても彼女のことを第1に考えられるようになるまで、無責任に彼女を苦境に立たせる訳にいかないって。」
「それって・・・」
クロエルが笑いを堪えながら指摘した。
「彼女のことに責任を感じてるってことですよね?」
ポール・レイン・ドーマーは心密かに思った。ジェリーの心が勝手に彼の手に流れてきた時に、ジェリーの心を占めていた「告白」とハイネ局長のイメージは、局長に告白の相談をしたかったってことなのか・・・