2017年5月2日火曜日

奮闘 19

「結局、あの女性教授は何をやったんだ?」

 歩きながらリュック・ニュカネンが尋ねた。ダリルは頭の中を整理しながら説明した。

「彼女は、若返りの特効薬の研究をしていた。彼女の学生時代からのテーマなんだ。」
「自身の若さと美貌に固執していたんだな。」
「うん。だけど、人間は必然的に年を取る。彼女は老齢にさしかかったところで、ラムゼイ博士と出会った。
 ラムゼイ博士はコロニーから地球に逃亡してからもう50年たち、恐らく彼はメーカーとして一生を終わるつもりだったのだろう。彼には大勢の部下とジェリー・パーカーとシェイと言う『子供達』がいた。『子供達』を守るには、資金が必要だ。だから、ラムゼイはトーラス野生動物保護団体を運営する富豪達に接近した。これは私の推測に過ぎないが、彼はポール・レイン・ドーマーを捕らえて、彼の実家が何者なのか知ったのだ。」
「何者なんだ?」

 ニュカネンの質問にダリルはちょっと驚いた。既に知っているものだと思っていたからだ。ドームの外に出かける遺伝子管理局の人間は皆、ポール・レイン・ドーマーとハロルド・フラネリー大統領がよく似ていることに気が付いている。そして大統領の父親の名がポールであったことも知っている。だから、ダリルは、仲間が皆ポールの実家がフラネリー家であろうと推察していることを、承知の上で話していたのだ。しかし、堅物ニュカネンは、そう言うスキャンダルになりかねないような話題に疎かった。

「ある政治家一家さ。」

とダリルはお茶を濁した。

「ラムゼイは恐らくポールを人質にジェリー・パーカーの身の安全を政治家に保障させようとしたのだろう。」

 ニュカネンはこの説明にあっさり納得した。そしてダリルに話の続きを促した。

「ラムゼイは資金調達の為に、金持ち達にいろいろと嘘やはったりを聞かせたんだ。その一つが、脳移植による若返りだ。
 コロニーでは脳移植は技術的には可能だが、倫理的な問題で禁止されているそうだ。ロボットに移すことも駄目なのだ。しかしラムゼイは法律の話はしなかった。技術的に可能だと、トーラスの連中に吹き込んだ。さらに質の悪いことに、彼は脳を移植する場所として、クローンの頭部を提案した。脳の持ち主のクローンを培養して、若い体に脳を移植すると、本人と変わらないだろう、と言う訳だ。器とされるクローンは人格を持たないようにある年齢迄人工羊水の中で培養して植物状態で育てておく。だから殺人にはならない、と。」
「無茶苦茶だな。」
「ああ、酷いアイデアさ。恐らく、トーラス野生動物保護団体の理事達は本気にしなかっただろう。いくら欲のツラが厚くても、不可能な話だとわかったはずだ。」
「だが、ラムゼイに資金は出したのだろう?」
「団体の本来の活動である野生動物のクローニングに、ラムゼイは多大な貢献をしたらしいから、資金はそっち方面で出したんだ。ラムゼイはある程度真面目に稼いだのさ。
 しかし、1人だけ、彼の嘘に大乗り気になった人間がいた。それが、ミナ・アン・ダウン教授だ。彼女は脳移植が可能か、弟子達に実験させた。それまで大人しかったFOKを乗っ取ったニコライ・グリソムやダン・マコーリー、ジョン・モア達にね。」
「連中は脳移植を目的にクローンの少年達を攫った訳じゃない。脳内麻薬を採取して売るのが目的だった。」
「ダウン教授はそこまではわからなかったのだろう。グリソム達は教授の指示を受けたふりをして、自分達の金を稼いでいたんだ。」
「まったく酷いヤツらだ。」

 ニュカネンは身震いした。

「君に化けたヒギンズを誘拐しようとしたのも、グリソムだったろう?」
「そうらしいね。あれはダウン教授の指示だから、ドーマーのクローンを創る手伝いをしただけなのだろうよ。脳内麻薬を採りたいのであれば、何も危険を冒してドーマーを誘拐することはないからね。」
「パトリック・タン・ドーマーを誘拐したのは、トーラス野生動物保護団体の理事達だったが、彼等とダウン教授の繋がりはどうなるのだ?」
「教授の夫が団体の理事の1人だってことは知ってるだろう? 理事の半分はドームがコロニー人の地球支配の拠点だと思い込んでいる。ラムゼイがコロニーの科学力の話を誇大に語ったので、彼等はコロニー人を地球から追い払わなければと思ったに違いない。ダウン教授がドーマーの誘拐を計画したことを夫は知ってしまったんだ。そしてビューフォードに伝えた。ビューフォードは遺伝子管理局が常に数人で行動することを知っている。単独行動するのは、私の様なはぐれ者だけだ。彼はグリソム達がヒギンズを誘拐したら横取りするつもりだったはずだ。だから献体室付近に隠れていた。そこに少年の遺体があると知らずにね。そして、運悪くパトリック・タン・ドーマーがそれを見つけてしまった。
パットはクローンの人権を擁護する学生デモに追われて避難したんだけど、そのデモはFOKが扇動して、誘拐を誤魔化すためのものだった。隠れていたビューフォードは、目の前に現れた美しい中国人に惹かれてしまったんだ。彼はヒギンズはどうでも良くなって、パットを誘拐してしまった。」
「そしてパットからマザーコンピュータのアクセスコードを訊きだしてドームの弱点を突こうとした訳だな?」
「うん。しかし、残酷な拷問にパットが耐え抜いたので、マザーは無事だった。」

 ダリルの推理を聞いて、ニュカネンは納得がいったと頷いた。

「ダウン教授の若さへの異常な固執が、男達の野望に火を点けた訳だ。」