2017年5月21日日曜日

家路 3

 あと5名の妊婦の胎児を見る、と言うJJを出産管理区に残して、ジェリー・パーカーとメイ・カーティスは出産管理区を大きく迂回する回廊を歩いてドームの研究・居住区へ戻った。医療区の建物の中を抜ければ早く戻れるのだが、なんとなく2人はそれがもったいないような気がしたのだ。
 回廊は主に物資の運搬に使用されているので、荷物を積んだカートなどが行き来する。たまに航空班や庶務課など、外部から出産管理区経由で戻って来たドーマーが歩いていたり、どこかの補修の為に維持班の工務部門の人間が走り回る他は、比較的空いている通路だ。
 メイはジェリーの上司と言うことになっているので、彼女が先に立って歩いていると、後ろからジェリーが声を掛けてきた。

「なぁ、地球の永住権って、簡単に獲れるのか?」
「簡単じゃないわよ。」

 メイは振り返らずに答えた。

「まず、請求が本当に本人の意思で出されたのかどうか、面接審査があるわ。それから、コロニーの家族と別れてしまうことになるから、その覚悟があるのか、家族の側の意見も調査されるわ。家族が反対しているのに地球に住むと言うことは、コロニーに居ては何か不都合があって逃亡する目的ではないのかと疑われるのよ。それから、遺伝子チェックと病気の有無も検査される。地球に宇宙の病原菌を持ち込ませる訳にはいきませんからね。
審査に数ヶ月から1年かかるって聞いたことがあるわ。」
「数ヶ月から1年? もしその間に心変わりして請求を取り下げたら?」
「また請求を出したくても、2度と認められないわ。門前払いよ。」

 彼女は付け加えた。

「もっとも、同じ制度がコロニー間でもあるのよ。地球より緩いだけで・・・」
「コロニーの方がスペースに制限があるから移住は難しいと思った。」
「でもコロニーの数は増えているわ。惑星開拓は進んでいないけど。」
「人類はよその星の環境破壊はそんなにしていない訳だな。」
「居住可能な星が遠すぎるだけね。」

 ジェリーが立ち止まったので、彼女も足を止めて振り返った。

「どうしたの?」

 ジェリーが少し躊躇ってから、尋ねた。

「あんたは地球永住権請求を出す気はないのか?」

 メイの瞳が揺れた。

「私・・・」

 彼女が何か言おうとした時、ゲートから来た物資運搬カートが雑音を立てながら横を通過した。ジェリーは咄嗟に彼女の腕を掴んで脇へ引き寄せた。回廊は決して幅が狭い訳ではなかったが、パイプ状の通路内に風が起こり、音が響いた。思わず首を縮めたメイの体を庇うようにジェリーが抱き寄せた。
 カートが遠ざかって行った後も、2人は暫く身を寄せ合っていた。

「俺は・・・」

 ジェリーが囁いた。

「あんたを守りきる自信がない。だけど、セイヤーズとゴーンみたいな関係だったら、なんとか続けられると思う。」
「セイヤーズとラナみたいな関係?」
「コロニー人が違反者扱いされない程度に交際するって意味だ。」

 メイが彼の顔を見た。ジェリーが彼女の唇にそっとキスをした。

「すまない、今はこれが精一杯だ。」