2017年5月25日木曜日

家路 5

 木曜日の夕方、ライサンダー・セイヤーズは仕事が終わるとアパートには帰らず直接ポートランドの空港へ行った。そこには既に親しくなった静音ヘリのパイロット、マイケル・ゴールドスミス・ドーマーが来ており、遺伝子管理局のポートランド支局に届ける荷物を降ろすと、ライサンダーを拾ってドームへ戻った。以前はもっと遅い時刻に出遭っていたのだが、2人とも、早くポートランドを発った方がドーム空港の空港ビルにある食堂が閉まる前に夕食にありつける、と気が付いたのだ。シェイの料理をお腹いっぱい食べられるのは、ドームの外にいる人間の特権だ。
 ドーム空港は、妊産婦の送迎をする航空機専用だが、その機内に搭乗するのは決して女性達ばかりではない。出産を控えた妻や恋人を気遣う男達も乗ることが出来るし、そう言う男達は彼女達が子供を産んでドームから出てくる迄空港周辺の宿泊施設に滞在する。婚姻許可がもらえるのが裕福な男性ばかりなので、こう言うことが可能なのだ。だから、ドームの周辺は野原だが、その野原を取り囲んでホテル街が繁栄している。
 妻を亡くしたばかりのライサンダーは、そんな幸福な男達と一緒にならないよう、閉店時刻ぎりぎりで食堂に入る。ゴールドスミスが航空班のドーマーなので、食堂は拒否しない。それにライサンダーは後片付けを手伝うので、寧ろ歓迎された。
 その週末、ライサンダーは夕食を終えると、尞に戻るゴールドスミスと別れてドームのゲートをくぐった。執拗な消毒を済ませてから、長い回廊を通り、庭園を抜けた。木曜日の夜は、父親のダリル・セイヤーズ・ドーマーがラナ・ゴーン副長官とデートをする日で、時々庭園で彼等を見かけるのだが、その夜は2人共姿が見えなかった。
 ライサンダーは満腹で眠気を覚えたので、どこにも寄り道をしないで両親が住むアパートに向かった。
 ダリルとポールが住むC-202のドア上に、住人の在宅を示す青ライトが灯っていた。ライサンダーは取り敢えずチャイムを鳴らしてから、指紋で開錠し、室内に入った。居間は薄暗く、2人掛けのソファの真ん中にポール・レイン・ドーマーが独り陣取ってテレビで野球中継を見ていた。ライサンダーが「こんばんは」と声を掛けると、彼はテレビから目を離さずに頷いただけだった。
 ライサンダーは荷物を彼にあてがわれている小さい寝室に置いて、居間に戻った。もう片方の父親が室内に居る気配はなかった。やはりデートだな、と思いつつも、ポールに訊いてみた。

「父さんは?」
「音楽会。」

 ドームの中は娯楽が少ないが、コロニー人が宇宙から時々慰問に来る。だから、ドーマー達は地球上では見られない演劇やコンサートなどを楽しめる。これはコロニー人も地球人も一緒に鑑賞出来るのだ。

 ライサンダーは独り掛けの椅子に座った。

「お父さんは行かないの?」
「俺の柄じゃない。」

 音楽自体に興味がないのか、それとも好まないジャンルの音楽なのか、どっちだろう。兎に角、ポールは留守番を選択したのだ。JJはどうしたのかな、と思ったが、それは訊かなかった。誰かがテレビの中でホームランを打って、ポールが悔しがったからだ。
 ポールは暫く息子を無視して野球を楽しんでいたが、ライサンダーには彼がどっちのチームを応援しているのかわからなかった。ポールは守備に回るチームを応援していたので、どちらのチームが打たれても悔しがるのだ。

 変わった野球ファンだこと・・・

ライサンダーは、ダリルに相談するつもりだったフランシス・フラネリーの提案をポールに持ちかけてみることにした。