西ユーラシア・ドームから出された「地球人保護法」改正案は、宇宙で大きなニュースとして取り上げられた。宇宙に拡散しているコロニーの人類の90パーセントは、初めて地球人とコロニー人の婚姻が禁止されていることを知ったのだ。
「正確には、コロニー人側が地球人に求婚することが禁止されているのであって、その逆ではありません。」
テレビで法律の専門家がインタビューに応じて説明していた。
「しかし、実際に地球人とコロニー人が婚姻した記録は、『地球人保護法』成立以降、皆無ですが?」
「それは、地球人が宇宙に出ることを禁じている条項が存在するからです。これは、現在地球上で女子が誕生しないと言う実情が解決される迄、地球人の遺伝子異常が外に持ち出されることを防ぐために制定されました。
コロニー人は地球上に留まって自らの子孫にその異常が起きることを好しとしません。もし地球人と結婚したら、配偶者を地球外に連れ出して、子孫を守ろうとするでしょう?
敢えて地球に留まり、自身の肉体を地球の大気汚染や環境汚染に曝したいと思うコロニー人がいなかったと言うことです。」
「では、地球に住んでも良いと考えるコロニー人がいれば、地球人側から求婚があった場合、法的問題はない訳ですね?」
「ありません。」
「現在の地球は既にかなり環境が改善され、また女子誕生もクローン製造の段階で誤りがあったことが解明されて解決のめどが立ちましたので、地球人側からの求婚はもとより、コロニー人側からも求婚して良いのではないでしょうか。」
「それは法律改正の前に、医学的、遺伝子学的に地球が安全であると確認されることが必要ではないかと思われます。」
「しかし、結婚は人権の問題で、科学の問題ではないでしょう?」
連日宇宙では、こんな風に討論する番組が各コロニーで流されていた。しかし、肝心の地球では、地球人の99パーセントがそんなことが問題視されているとは全く知らなかった。コロニー人と毎日直接接している各大陸のドーマー達でさえ、宇宙で話し合われている議題を知らされていなかった。嘆願書を出した西ユーラシアのドーマー達も、まだ結論が出ないのかなぁと思っているだけだった。
地球は人類世界の孤島だった。
ケンウッド長官は、執政官メイ・カーティスが時々溜息をつくのを知っていたが、何も言えなかった。メイの方から恋愛の相談をしてきたことがなかったし、彼女は慎重だった。ただ、相手のジェリー・パーカーが近頃彼女に声を掛けたり、食事に誘うことが増えた。ジェリーが彼女を好いている素振りを今まで見せたことがなかったので、これはちょっと驚きだった。
ある日の昼休み、ケンウッドは中央研究所の食堂でラナ・ゴーンを見つけ、彼女に同席の許可を求めた。副長官は快く認めた。彼が座ると、彼女の方から尋ねた。
「何か相談事ですか?」
上司がそばへ来るのは、相談事がある時だけだ。ケンウッドは素直に認めた。
「カーティス博士とパーカー助手のことだ。」
研究所内で、ジェリーは「助手」と呼ばれていた。博士に相当する知識と手腕を持っているが、博士号を取っていないのだから仕方が無い。
ラナ・ゴーンは頷いた。コロニー人の研究者同士の恋愛には口出ししないが、地球人相手となると、現行の法律では問題視されてしまう。当人達に罪がないのに、理不尽なことだ。
「パーカーは、カーティス君のことを実際のところ、どう思っているのだろうね? 他人の恋愛に口出しすべきではないが、彼の場合は特別だ。」
「彼は感情をあまり表に出さないので、私からは何とも申せませんが、彼女のことは憎からずと思っていると見て良いでしょう。」
「カーティス君は、パーカーを意識している・・・それは前から私の様な唐変木でも気が付いていた。」
「パーカーの押しが強ければ良いのですが、彼は煮え切らないので・・・今の法律のままでは、カーティスが可哀想です。」
「だが、私達がパーカーの尻を叩く訳にもいかんしなぁ・・・」
恐らく、ジェリーがこの会話を聞いたら、余計なお世話だと言っただろう。
彼は同じ頃、メイとJJと一緒に出産管理区のある妊婦を面接していた。彼女の子供の父親はマザーコンピュータには登録されていなかった。地球人としての市民権を持っていない男性が父親になるのだ。彼女は妊娠が確認されてからその日まで、一貫として父親の名を明かさなかったが、決して正体不明の人間の子を身籠もっているのではなかった。
「父親はコロニー人なのね?」
メイの問いに、彼女は固い表情で頷いた。
「彼は貿易商です。1年のうち11ヶ月は地球に住んでいます。私達、一緒に住んでいるのです。でも、結婚出来ないって、遺伝子管理局に言われたんです。コロニーの法律でそうなっているって。地球の法律では禁じていないのに、コロニーの法律では駄目だから、遺伝子管理局は婚姻許可を発行出来ないって・・・おかしいでしょ?」
「あのね・・・」
メイはこの地球人の女性になんと説明して良いのか悩んだ。
「遺伝子管理法は、地球人保護法と言う法律の下に制定されている法律で、人口が極端に減ってしまった地球人を守るためにあるの。コロニー人からの暴力や違法行為から地球人を守るのが本来の目的だったの。だけど、時代が変わって、現状に合わなくなってしまったのね。貴女が言う通り、今の法律はおかしいわ。でも守らなきゃ、貴女の彼氏は違反者として逮捕されて宇宙に強制送還されてしまう。」
「じゃぁ、子供と私が彼とずっと一緒に暮らすためには、どうすれば良いのですか?」
メイは躊躇ったものの、唯一の抜け道を告げた。
「彼がコロニーの市民権を放棄して地球永住申請を出すことです。」
「永住権を得たら、どうなるのです?」
「彼は地球から出ることが出来なくなります。」
「そんな・・・彼の仕事は貿易商です!」
「人を雇うしかないでしょうね、今の仕事を続けたければ・・・」
「彼に故郷の家族を捨てろと言うのも同じだわ。」
パーカーが呟いた。
「新しい家族を採るか、生まれた家を採るか、そいつは彼氏が決めることだな。」
グッと唇を噛み締めて黙り混んだ妊婦の手に、JJがそっと手を添えた。
「欠陥がある法律は早く改正されるべきよ。」
地球人類復活委員会の存在を知らない一般の地球人に嘆願書を出せとも言えない。地球人保護法は、人口が激減した地球から人間が宇宙へ出て行って人口減に拍車を掛けるのを防ぐ為だと言う説明が一般人にはされている。法律を作ったのは地球の指導者達と言うことになっているのだ。
「フラネリー大統領に手紙を出すわ。」
と妊婦が呟いた。
「愛する人と結婚出来ないなんて、おかしいわよ。」
「正確には、コロニー人側が地球人に求婚することが禁止されているのであって、その逆ではありません。」
テレビで法律の専門家がインタビューに応じて説明していた。
「しかし、実際に地球人とコロニー人が婚姻した記録は、『地球人保護法』成立以降、皆無ですが?」
「それは、地球人が宇宙に出ることを禁じている条項が存在するからです。これは、現在地球上で女子が誕生しないと言う実情が解決される迄、地球人の遺伝子異常が外に持ち出されることを防ぐために制定されました。
コロニー人は地球上に留まって自らの子孫にその異常が起きることを好しとしません。もし地球人と結婚したら、配偶者を地球外に連れ出して、子孫を守ろうとするでしょう?
敢えて地球に留まり、自身の肉体を地球の大気汚染や環境汚染に曝したいと思うコロニー人がいなかったと言うことです。」
「では、地球に住んでも良いと考えるコロニー人がいれば、地球人側から求婚があった場合、法的問題はない訳ですね?」
「ありません。」
「現在の地球は既にかなり環境が改善され、また女子誕生もクローン製造の段階で誤りがあったことが解明されて解決のめどが立ちましたので、地球人側からの求婚はもとより、コロニー人側からも求婚して良いのではないでしょうか。」
「それは法律改正の前に、医学的、遺伝子学的に地球が安全であると確認されることが必要ではないかと思われます。」
「しかし、結婚は人権の問題で、科学の問題ではないでしょう?」
連日宇宙では、こんな風に討論する番組が各コロニーで流されていた。しかし、肝心の地球では、地球人の99パーセントがそんなことが問題視されているとは全く知らなかった。コロニー人と毎日直接接している各大陸のドーマー達でさえ、宇宙で話し合われている議題を知らされていなかった。嘆願書を出した西ユーラシアのドーマー達も、まだ結論が出ないのかなぁと思っているだけだった。
地球は人類世界の孤島だった。
ケンウッド長官は、執政官メイ・カーティスが時々溜息をつくのを知っていたが、何も言えなかった。メイの方から恋愛の相談をしてきたことがなかったし、彼女は慎重だった。ただ、相手のジェリー・パーカーが近頃彼女に声を掛けたり、食事に誘うことが増えた。ジェリーが彼女を好いている素振りを今まで見せたことがなかったので、これはちょっと驚きだった。
ある日の昼休み、ケンウッドは中央研究所の食堂でラナ・ゴーンを見つけ、彼女に同席の許可を求めた。副長官は快く認めた。彼が座ると、彼女の方から尋ねた。
「何か相談事ですか?」
上司がそばへ来るのは、相談事がある時だけだ。ケンウッドは素直に認めた。
「カーティス博士とパーカー助手のことだ。」
研究所内で、ジェリーは「助手」と呼ばれていた。博士に相当する知識と手腕を持っているが、博士号を取っていないのだから仕方が無い。
ラナ・ゴーンは頷いた。コロニー人の研究者同士の恋愛には口出ししないが、地球人相手となると、現行の法律では問題視されてしまう。当人達に罪がないのに、理不尽なことだ。
「パーカーは、カーティス君のことを実際のところ、どう思っているのだろうね? 他人の恋愛に口出しすべきではないが、彼の場合は特別だ。」
「彼は感情をあまり表に出さないので、私からは何とも申せませんが、彼女のことは憎からずと思っていると見て良いでしょう。」
「カーティス君は、パーカーを意識している・・・それは前から私の様な唐変木でも気が付いていた。」
「パーカーの押しが強ければ良いのですが、彼は煮え切らないので・・・今の法律のままでは、カーティスが可哀想です。」
「だが、私達がパーカーの尻を叩く訳にもいかんしなぁ・・・」
恐らく、ジェリーがこの会話を聞いたら、余計なお世話だと言っただろう。
彼は同じ頃、メイとJJと一緒に出産管理区のある妊婦を面接していた。彼女の子供の父親はマザーコンピュータには登録されていなかった。地球人としての市民権を持っていない男性が父親になるのだ。彼女は妊娠が確認されてからその日まで、一貫として父親の名を明かさなかったが、決して正体不明の人間の子を身籠もっているのではなかった。
「父親はコロニー人なのね?」
メイの問いに、彼女は固い表情で頷いた。
「彼は貿易商です。1年のうち11ヶ月は地球に住んでいます。私達、一緒に住んでいるのです。でも、結婚出来ないって、遺伝子管理局に言われたんです。コロニーの法律でそうなっているって。地球の法律では禁じていないのに、コロニーの法律では駄目だから、遺伝子管理局は婚姻許可を発行出来ないって・・・おかしいでしょ?」
「あのね・・・」
メイはこの地球人の女性になんと説明して良いのか悩んだ。
「遺伝子管理法は、地球人保護法と言う法律の下に制定されている法律で、人口が極端に減ってしまった地球人を守るためにあるの。コロニー人からの暴力や違法行為から地球人を守るのが本来の目的だったの。だけど、時代が変わって、現状に合わなくなってしまったのね。貴女が言う通り、今の法律はおかしいわ。でも守らなきゃ、貴女の彼氏は違反者として逮捕されて宇宙に強制送還されてしまう。」
「じゃぁ、子供と私が彼とずっと一緒に暮らすためには、どうすれば良いのですか?」
メイは躊躇ったものの、唯一の抜け道を告げた。
「彼がコロニーの市民権を放棄して地球永住申請を出すことです。」
「永住権を得たら、どうなるのです?」
「彼は地球から出ることが出来なくなります。」
「そんな・・・彼の仕事は貿易商です!」
「人を雇うしかないでしょうね、今の仕事を続けたければ・・・」
「彼に故郷の家族を捨てろと言うのも同じだわ。」
パーカーが呟いた。
「新しい家族を採るか、生まれた家を採るか、そいつは彼氏が決めることだな。」
グッと唇を噛み締めて黙り混んだ妊婦の手に、JJがそっと手を添えた。
「欠陥がある法律は早く改正されるべきよ。」
地球人類復活委員会の存在を知らない一般の地球人に嘆願書を出せとも言えない。地球人保護法は、人口が激減した地球から人間が宇宙へ出て行って人口減に拍車を掛けるのを防ぐ為だと言う説明が一般人にはされている。法律を作ったのは地球の指導者達と言うことになっているのだ。
「フラネリー大統領に手紙を出すわ。」
と妊婦が呟いた。
「愛する人と結婚出来ないなんて、おかしいわよ。」