2017年5月26日金曜日

家路 6

「2日前、フランシス・フラネリーが俺のところへ来たんだけど・・・」

 ライサンダーが話しかけると、マイペースを乱されるのが嫌いなY染色体の父親は、テレビの画面を見たまま、終わる迄待てと言った。それでライサンダーは9回裏まで我慢して付き合った。先攻チームが相手チームの最終バッターを三振で仕留めると、ポールは端末を出して何処かに電話を掛けた。

「見ていたか? 俺の勝ちだぞ、明日の昼飯を奢れよ。」

 誰かが電話の向こうでブーブー文句を言っていたが、結局負けを認めたのだろう、ポールは上機嫌で電話を終え、テレビも消した。そしてやっとライサンダーに向き直った。

「フランシスがおまえに何を言ってきたんだ?」
「子供と俺と一緒に住みたいって・・・」
「パリでか?」
「そっちは秋に引き払って、モントレーに住むって・・・」
「モントレー? カリフォルニアか?」
「多分・・・他にもモントレーがあるなら、俺は知らないけど。」
「一緒に住むとは、おまえか赤ん坊を養子にするってことか?」
「そうじゃなくて、お互いに仕事の手が空く方が赤ん坊の世話を出来るから便利だろうって言うんだ。」
「それで、おまえは何と返事をしたんだ?」
「まだ何も。」

 ライサンダーは父親の表情を伺った。ポールが少し考え込んだのだ。取り替え子の妹の意図を推し量っているのだろう。

「おまえ、フランシスのことをどの程度知っている?」
「大して知ってないと思う。大統領の妹で、輸入食品を扱う会社の経営者、本業を活かして食糧生産が困難な国に援助をしている慈善家・・・世間一般の知識と大差ないよ。」
「彼女の家族のことは?」
「現在独身、1度結婚して2人の男の子をもうけたものの、夫とその子供達を13年前に航空機事故で失っている・・・」

 ポールは頷いた。

「彼女は再婚せずに独りで生きてきた。恐らく、歳を取って寂しくなってきたのだろうな。そこへ突然甥が現れ、しかも妻を失って赤ん坊を抱えている。彼女は世話を焼きたくなったに違いない。」
「善い人に見えたけど?」
「善い人だ。」

 接触テレパスの父親が断言した。

「アメリア・ドッティと同じくらい善意の人だ。だから、もし断るなら、慎重に言葉を選べ。受け容れるなら、叔母と甥として仲良くすることだ。」

 ポールはライサンダーに決定権を委ねて、自身は口出ししないつもりだ。ライサンダーはまだ迷った。フランシスが言うモントレーが本当にカリフォルニアのモントレーだとしたら、ドームから遠くになってしまう。仲良くなったドーマー達とは、娘がクローン育成施設から出た後はお別れだとわかっていても、距離的に遠くなると寂しさが倍増しそうだ。
 しかし、ドームから出た後は娘と2人きりで暮らしていかなければならない。ライサンダーには、ダリルの様な脳天気に行き当たりばったりの子育てをする自信がない。娘には普通の子供としての生活を与えてやりたかった。

「フランシスはお金持ちだよね?」
「彼女の母親の実家が金持ちだからな。あちらからの財産分与と彼女自身も稼いでいるから、ドッティ家ほどでないにしても、兄のハロルドより金を持っているはずだ。」

 ライサンダーはポールがアーシュラ・R・L・フラネリーを「彼女の母親」と表現したことに気が付いた。アーシュラはポールの実母でフランシスは取り替え子だ。しかし、ポールにとって親は遺伝子をくれた人間で育ててくれた人ではない。

「金持ちが何か問題か?」
「俺、財産目当てで同居するって思われるかも・・・」
「財産目当てで何が悪い。おまえは甥だ。」
「大統領の息子達も彼女の甥だろ?」
「財産を誰にどう分与するかは、彼女が決めることだ。それに、金持ちと同居するとしっかりした警備が付くぞ。おまえはともかく、赤ん坊には警護が必要だからな。」

 あっとライサンダーは声を上げた。すっかり失念していたが、彼の娘は地球で重要な立場にある女の子なのだ。大異変の後、初めてドームの外で、自然な男女の交わりで生まれた女の子。多くの違法メーカー達は、とっくの昔に地球上に女子が誕生しない事実に気が付いている。ポーレット・ゴダート殺害事件の後、遺伝子管理局は保護した胎児の性別を公表した。そのニュースを知ったメーカー達は、赤ん坊の存在の意味を察しているはずだ。赤ん坊は、これからもずっと狙われるのだ。

「フランシスは、警備のことも考えて誘ってくれているんだね?」
「当たり前だろう。大統領の近親者は、歴代の大統領が任期を終えた後も護衛が付くんだ。元大統領とその親族に何か起きたら、国の威信に関わるからな。恐らく、フランシスの屋敷にはシークレットサービスと彼女が自腹で雇った警備が付いているはずだ。そんじょそこらのメーカーが手出し出来ない程度にな。」
「でも、警備付きで学校に通わせるって、普通じゃないよね?」
「ライサンダー・・・」

 ポールがおかしそうに口元をほころばせた。

「今時、警護無しで学校に通う女の子がいると思うのか? 田舎でも女の子にはボディガードが付けられているはずだ。」
「俺、田舎時代に学校へ行ったことがないし、女の子と付き合ってもいなかったし・・・」

 ライサンダーは溜息をついた。

「お父さんは、結局俺の娘を守ることを考慮したら、フランシスの許に行く方が良いと思っているんだね?」