2017年5月21日日曜日

奮闘 25

 真夏のドームは、冷房に電力を大量に消費するので、外の太陽光発電パネルを増やす。パネルの反射光がドームに入らないよう、外壁が光を跳ね返すので、内部の人間は野原が無粋な板に覆われたな、と思うだけだが。
 ジェリー・パーカーは体調が回復すると、午後の休憩時間に壁に出かけた。昼寝をしたかったし、会いたい人もいた。
 遺伝子管理局のローガン・ハイネ・ドーマーは彼の期待通り、壁のベッドでうたた寝をしていた。ジェリーは邪魔をしないように少し離れた位置に昼寝場所を取り、半時間ばかり眠った。
 やがて、局長が両腕を伸ばし、ウンと声を上げて伸びをした。ジェリーはその声で目覚めた。局長が滑り降りるのが視野の隅に入り、彼も慌てて降りた。

「こんにちは」

 声を掛けると、ハイネが振り返った。ちょっと目を細めて彼を見た。

「やぁ、久し振りだな。」
「そうですね。」
 
 ジェリーは言いたかったことを急いで頭の中で整理して口に出した。

「この前は折角俺の希望を聞き届けて下さったのに、騒ぎを起こして申し訳ありませんでした。セイヤーズにも怪我をさせちまって、ケンウッドに叱られました。」
「あんなのは怪我の内にはいらん。」

 局長がクスッと笑った。

「セイヤーズは事故の後、無断で行動した。君の希望を逆に利用したのだ。」
「そう言ってもらえると、気が楽です。」
「ジェシー・ガーが警察に捕まる前に死亡したのは残念だったな。恐らくあの男はビューフォードの犯罪をいくらでも喋っただろうに。」
「すみません・・・」

 ジェリーは局長の視線を受け止めるのが辛くなり、目を伏せた。あの瞬間理性を失ってしまったのは事実だ。

「人間だからな。」

とハイネが呟いた。

「どんなに歳を重ねても制御出来ない感情ってものは、誰にでもあるさ。」

 彼等は庭園を抜ける道を歩き始めた。

「だが、これで君の気は収まったのかな?」
「ええ。」

 ジェリーは微笑んで見せようと努力した。

「博士に直接手を下した男が死んで、何だか俺も気が抜けた気分です。」
「気が抜けたら、早く歳をとるぞ。」
「え?」

  ハイネ局長が片眼を瞑って見せた。

「君に関心を寄せている女性がいるのだが、気が付いていないのかね?」






2017年5月13日土曜日

奮闘 24

 ダリルはバーでコンサートを聴いていた。いつもの馬鹿騒ぎパーティーが中米班の出動でお休みになったので、南米班がドーム内の素人バンド達に声を掛け、急遽行われたコンサートだ。練習不足でガタガタのバンドや、人数が揃わなくて気が抜けたソーダ水みたいな曲や、即興で見事な演奏をやってのけたバンドやらで、思う存分楽しめた。ダンスを始める客もいたが、男性ばかりなので、男同士のペアばかりだ。そのうちに音楽会だと聞きつけて女性執政官やドーマーが現れると、もう引っ張りだこだ。ダリルはラナ・ゴーンを探したが、彼女は来ていなかった。JJも今夜はライサンダーと食事をした後早めに部屋に帰ったようだ。
 JJと仲良しの執政官メイも姿を見せないが、彼女はきっとジェリー・パーカーに世話を焼いているのだろう。彼女がジェリーに関心を持っていることは、ダリルもポールも感じていた。執政官から地球人に交際を申し込めないので、彼女は「親切の押し売り」しか出来ない。ドーマー達は、なんとなく「地球人保護法」が本当に地球人のためのものなのか、疑問に思い始めていた。恋愛は自由のはずだ。
 そろそろ疲れてきたので、ダリルはバーを出て、1人でぶらぶら庭園へ向かった。いつもの場所に副長官が来ていないかと期待したが、彼女はそこにもいなかった。電話もメールもないし、彼の方からするつもりもない。今彼女を求めているのは、ポールがいないからだ、と彼は承知していた。ただ寂しいから・・・。
 自分はポールとラナとどちらを愛しているのだろう。どちらも自分にとってかけがえのない人だ。だが、どちらか1人しか選べないとしたら?
 東屋の近くで立ち止まってぼんやり考えていたら、恐らく油断していたのだろう、誰かがすぐ背後に来ていることに気づくのが遅れた。

「殴るなよ。」

と接近者は言って、彼の攻撃を未然に防ぐことを忘れなかった。
 ダリルは後ろから抱きすくめられ、そばの茂みに引き込まれた。暫く相手のやりたい様にやらせた。監視カメラの死角に入っていることを頭の隅で認識していた。
 あまり時間がないことをお互いにわかっていたので、ことは早く終わった。ダリルは人目につかない様に気遣いながら服装を整えた。

「これは、犯罪になるんじゃないのか?」

と彼が抗議すると、相手は笑った。

「嫌なら、俺が声を掛けた時に逃げたはずだろ?」
「どうして私が君から逃げるんだ?」

 ダリルはポール・レイン・ドーマーを改めて抱きしめると自分からキスをした。

「君はいつも私のバックを狙ってくる。」
「君はバックが甘いからさ。俺の腕の長さより短い距離まで敵が迫っても気が付かない。それじゃ、いつかやられるぞ。俺は警告してやってるんだ。」

 ポールは常に自身に都合の良いようにものごとを解説する。

「いつ戻ったんだ?」
「2時間前だ。局長に報告して、書類も作成した。後は眠るだけだ。」
「夕食は?」
「機内で食った。」
「帰って来るなんて言わなかったじゃないか?」
「そうだったか? まぁ、まだ仕事が完了した訳じゃないからな。2,3日休んだら、また出かける。奴隷製造組織をもうすぐぶっ潰せそうなんだ。」

 2人はアパートに向かって歩き始めた。

「そっちはどうなっているんだ? JJとクラウスの報告では、君とパーカーが交通事故に遭って、ラムゼイを殺した男が死んで、パーカーが酷く怪我をしたと言う話だが?」
「それは報告書を読んでくれ。ちゃんと書いたから。」
「では、明日、じっくり吟味してやる。君の怪我は軽かったようだが、パーカーの責任はちゃんと調べるからな。余計なかばいだてはするなよ。」

 明るい場所に出ると、ダリルはポールがまだスキンヘッドのままなのを確認した。

「またその頭に戻るのか?」
「ああ・・・」

 ポールは自身の頭を手でつるりと撫でた。

「どうもこっちの方が俺は性に合ってるようだ。少なくとも、現役の間はこっちで過ごすよ。」

 きっと兄ハロルドが大統領に再選されたので、髪の毛がない方がフラネリー家との関係をマスコミに詮索されずに済むと判断したのだろう。肉親の存在を知ってしまうと、いろいろと気苦労が増えるのだ、とダリルは思った。彼の母親のオリジナル、スパイラル工業のセイヤーズCEOは、見事に男子を身籠もったのだが、勿論それは夫の子ではなく、ダリルの息子だ。しかし、彼女はその秘密を未来永劫護り続けるだろう。

2017年5月12日金曜日

奮闘 23

 ライサンダー・セイヤーズは図書館に居た。ジムで運動した後、更衣室でシャワーを浴び、JJと一緒に軽い夕食を取った。眠くなっては困るので、彼にとってはかなり控えめに食べたので、彼女と別れて図書館で勉強しているとお腹が空いてきた。時刻はまだ午後9時前で、食堂では大勢のドーマー達が食事を終えてくつろいでいる頃だ。バーも開くだろうが、彼は勉学に勤しむ方を選んだ。通信制の大学に入ったばかりで、いきなり試験があるのだ。その出来具合で大学は個々の学生のカリキュラムを決めるらしい。暗記は得意だが、理解するとなるとやはり時間がかかる。理解出来なければ質問に答えられないから、彼はコンピュータと書物で先人の知恵と知識を必死で頭に入れていた。
 10時頃になって、ようやく目標の課題をこなせたので、彼はロビーに出て一休みした。小さな売店があり、軽食と飲み物を販売していたので、ホットドッグと珈琲で夜食を摂っていると、そばの席に座った男性がいた。

「こんばんは、ライサンダー。勉強ははかどっていますか?」

 振り返ると、ケンウッド長官だった。久し振りの再会だ。ライサンダーはちょっとはにかみながら、ええ、なんとか、と答えた。

「本気で弁護士を目指しているのですね。」
「はい、俺がクローンであることを活かせるとしたら、やはりクローンの権利の為に働くことだと思ったので。」

 ケンウッドは目を細めて彼を眺めた。

「完璧な人間なのにね、やはり差別はありますか?」
「俺が今の職場で何か不愉快な体験をした、と言うことはありません。でも、街中で他のクローンの人が嫌な思いをさせられている場面に遭遇することが偶にあります。助けてあげようとしたことがあったのですが、法律のことがよくわからなくて、悔しい思いをしました。論理的に抗議出来ないと、どうしても暴力の方へ向かってしまいますから・・・。」

 ライサンダーは、ふと父親のポール・レイン・ドーマーに尋ねようと思って、ポールが留守で実現出来ていない質問を長官にしてみた。

「長官、フラネリー大統領はメーカーの取り締まりを強化させていますが、その一方でクローン技術の開示をドームに求めています。彼の目的は何ですか?」
「ふむ・・・」

ケンウッドは視線を遠くへ向けた。

「歴代の大統領は就任すると、地球人の存続が危機に陥っている事実を教えられます。女性が誕生しないと言う事実を公表出来ない理由を彼等は理解しますが、取り替え子の人数に限度があることに危機感を募らせる者もいます。どうしても女性は裕福な家庭、或いはドームが選択した家庭にしか割り当てられない。庶民は、何かおかしいと感じているはずです。」
「ええ・・・確かにそうです。どうして女性は金持ちの家にしか生まれないのだろう、とみんな疑問に思っていますよ。」
「フラネリー大統領は、政府が管理するクローン製造施設を建設する構想を持っているのでしょう。私達は彼と直接話しをしたことがないので、これは憶測ですが・・・。
彼は地球人だけの力で女性を増やせないものかと考えているのです。だが、それはまだ彼1人の頭の中での話でしょう。彼の政策スタッフにも事実は明かせないのですから。」

 ライサンダーはちょっとびっくりして長官を見つめた。

「工場で女性を創るのですか?」
「それに似たようなものでしょうね。」
「俺は好かないなぁ・・・」
「私も個人的には反対です。そんな施設を造ったら、すぐに事実が外部に漏れてしまうでしょう。それに・・・」

 長官は呟いた。

「あと100年耐えれば、地球は元通りになるはずですよ。」



2017年5月11日木曜日

奮闘 22

 ダリルは息子をジムに残して1人アパートに帰った。シャワーを浴びて着替えをして、夕食までテレビの前に座ってぼんやりしていた。ポールが居れば話をするなり、じゃれあったり出来るのだが・・・。

 老後はやはり園芸班で植木の手入れでもするか・・・

 山の家の畑が懐かしかった。去年の今頃は玉蜀黍の出来具合を楽しみにしながら世話をしていたのだ。玉蜀黍はクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが操縦する静音ヘリに押しつぶされたが・・・。
 夕食を取りに食堂に行くと、いつとなく静かだった。気のせいかと思いつつ配膳カウンターに行くと、厨房班のオブライアンが声を掛けてきた。

「今日は昼前に中米班がほぼ全員出かけて行ったけど、何か大事件でもあったのかい?」
「否・・・」

 何かあれば、遺伝子管理局内の秘書は全員知らされるはずだ。中米班が黙って出動したと言うことは、大袈裟な任務ではないが、人手がいる仕事だと言うことだろう。
 ポール・レイン・ドーマーと彼が率いる北米南部班は、西海岸でメーカー組織を摘発する任務に就いている。西海岸のヒスパニック系のメーカーの一つが、かなり悪質で、中米の農場で働かせる奴隷を作る目的でクローンを製造していると言う密告があったのだ。
恐らく、クロエル・ドーマーの担当地域の農場だ。だから、クロエルと彼の部下達は北米南部班と合同でメーカーを抑えに出かけたのだ。

「中米班の連中がいないと、世の中、静かでつまらねぇや。」

 オブライアンがぶつぶつ言った。

「彼等は陽気だからね。」

 ダリルは南米班を目で探した。チーフのホアン・ドルスコ・ドーマーが1人で食事をしているのが目に入った。

「南米班も陽気だけどね。」

 オブライアンは次の客に気が付いてそちらを見ながら、ダリルに言った。

「兄さん、ライサンダー坊やに、今夜のバーの騒ぎはお預けだって言ってやれよ。クロエル先生がいなけりゃ、火の消えた祭りみたいにつまらない。」
「ライサンダーは今夜勉強するそうだ。明日はバスケの試合があるので、今夜のうちに覚えたい項目があると言っていた。」
「へぇ、真面目なんだな・・・どっちに似たんだろ?」

 その問いには答えずに、ダリルは彼にバイバイと言って、ドルスコ・ドーマーの方へ行った。
 南米班は任地が遠いので、出かけると1週間は帰って来ない。ドルスコが食堂で食べているところに出くわすのは珍しいのだ。
 ホアン・ドルスコ・ドーマーは南米班のチーフだが、生まれと言うか母親の出身地はメキシコの中米人だ。ブラジルのジャングル生まれのクロエル・ドーマーが中米班のチーフをしているのと逆の人事になる。クロエルの母語は本来ならポルトガル語になるのだが、彼が生まれた南米分室はスペイン語を公用語としていたので、クロエルはスペイン語を母語にしている。だからドルスコと話す時は完全にスペイン語だ。
 ダリルは西ユーラシア・ドームに転属した時、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ロシア語、スウェーデン語、フィンランド語、オランダ語を習った。だからこれらの言語は簡単な日常会話程度なら出来るし、読み書きは完璧だ。中西部で暮らしていた頃も、街に買い物に行けばヒスパニック系の住民とスペイン語で話をしたので、中米班、南米班のドーマーと話をする時は、時々スペイン語を使う。
 ドルスコの隣のテーブルにトレイを置いて、スペイン語で「オラ!」と声を掛けてみた。ドルスコが皿から顔を上げ、笑顔で「オラ!」と返事を返してから、英語で、

「こっちのテーブルに来いよ。」

と言った。ドルスコはここのドームで育ったので、実のところスペイン語より英語の方が母語になるのだ。
 ダリルはテーブルを移って彼の向かいに座った。

「今日は1人かい、セイヤーズ?」
「うん。君も?」
「俺は飯は1人で食うのさ。考え事をしたいからね。ああ、今は君と一緒で良いさ。レイン抜きで君と飯を食うのは初めてだから。」
「君の任地は遠いから、滅多に食堂で出遭わないってことだな。会うときは大概会議だ。」
「そうだね。それに俺は暇な時はグラウンドでボールを蹴っているし。」

 ドームのグラウンドは一箇所しかない。土地が限られているので、その一箇所が用途に合わせて野球場になったり、サッカー場になったり、アメフト競技場になったり、陸上競技のグラウンドになったりする。南米班はサッカー好きのドーマーやコロニー人の為に場所取りをしていることが多い。
 ダリルは中米班の仕事内容を聞きたかったが、ドルスコが仕事の話を好まない様子だったので、諦めた。それで、今夜のバーでのパーティーのことを尋ねてみた。

「今夜はパーティーをやらない。」

とドルスコが教えてくれた。

「中米班の連中が留守なんで、静かになるだろうから、代わりに音楽好きの連中にミニコンサートをやってもらうことにした。」


 


2017年5月9日火曜日

奮闘 21

 FOKのメンバー達の公判が始まった。
 ダリル・セイヤーズ・ドーマーは決してドームから出てはいけないと言い含められ、遺伝子管理局本部で大人しく事務仕事をした。囮捜査官のロイ・ヒギンズがどんな証言をするのか、息子ライサンダー・セイヤーズがいつ証人として召喚されるのか、ダリルには全く知らされない。不安と不満でイライラが募るが、ゲートは彼に対して固く閉ざされていた。
 ポール・レイン・ドーマーはまだ西海岸から戻らない。抗原注射が不要な体になった途端に長期のドーム外勤務だ。活動状況報告はきちんと定期的に入って来るので、ダリルはそれを整理して、ポールや部下達のものをまとめて毎日局長室へ送信する。
 交通事故で負った打撲傷は週末にはかなり良くなって、ライサンダーがドームに来た時には、普段通りジムで相手をしてやれた。

「ジェリーが怪我をしたって・・・」

 ライサンダーはジェリー・パーカー本人からではなく、仲良くなった静音ヘリのパイロット、マイケル・ゴールドスミス・ドーマーから得た情報を出して来た。その時、彼は父親と格闘技の練習をしていた。

「マイクが、ジェリーの怪我に父さんも関係しているって言ったけど?」
「ああ、ラムゼイ博士の墓参りに行った時に、ちょっとした事故に遭ったんだ。」
「墓参り? 父さんとジェリーはドームから出られたの?」
「特別許可をもらってね。」

 ダリルは息子にラムゼイの殺害に直接手を下した男の話をしたくなかった。息子にとっては、メーカーのラムゼイ博士は3番目の「父親」なのだ。その悲惨な最期を息子に詳しく語りたくなかった。

「もしかして、ハイネ局長の計らいかな?」

 ライサンダーは、スカッシュの師匠が遺伝子管理局の局長だと知って以来、白い髪のドーマーに尊敬の念を抱いている。まだ胎児の娘に名前を付ける手伝いをしてくれたのも、局長だ。

「まぁ、そんなところだ。」

 ジェリーの奸計がハイネを動かしたのだ、とはダリルは言いたくなかった。ジェリーは博士を殺害した犯人を確認したかった。そして確認して、激情に駆られ、殺害しようとしたのだ。
 交通事故でダリルより酷い打撲傷を負ったジェリーは、今もまだ1日半時間薬品風呂に浸かっている。リハビリでジムに顔を出す以外、研究所の外に出ようとしないが、それはまだ歩くのが億劫だからだ。

「父さんも怪我したんじゃないの? 大丈夫?」

と尋ねながら、ライサンダーは父親をなんとかして投げ飛ばそうと努力していた。
 ダリル・セイヤーズ・ドーマーは母親の様に優しい父親だが、こと護身術に関しては決して息子を甘やかさなかった。ライサンダーが父親に勝たせてもらえたのは5歳迄、それ以降はまだ一度も勝ったことがなかった。
 ダリルは組み合ったまま、息子が父の負傷した箇所を見破れないのを残念に思った。父の傷を思いやって攻めないのではない、ライサンダーは父親が体のどこを痛めたのかわからないのだ。彼は息子をひと思いにマットレスの上に押し倒し、敗北を認めさせた。

「私は右肩と腰の右側を打ったんだ。おまえは私がその部分を庇っていたのに気が付かなかったな?」
「・・・そうか・・・全然わからなかった。」
「知られないように努めたからな。」

 立ち上がったダリルは、JJがそばで見ていたことに気が付いた。ポールが出かけてから、彼女も寂しいので、ジムで憂さ晴らしをしに来たのだ。

「ライサンダー、JJと一勝負してみないか? 女性だからと侮るなかれ、彼女は強いぞ。」



2017年5月6日土曜日

奮闘 20

「それで・・・?」

 とニュカネンはダリルに尋ねた。

「ラムゼイ殺害をジェシー・ガーに指示したのは、誰なんだ? ダウン教授か、ビューフォードか? FOKではないな、ラムゼイにFOKと接触した気配は無かったから。」
「恐らく、ビューフォードだ。彼の家にラムゼイは隠れていた。きっとジェシー・ガーも一緒だったんだ。博士のいない所で、ビューフォードはガーに絶縁体のバネを渡し、重力サスペンダーの細工を指示したに違いない。」
「かなりの金を与えたようだな。ガーは羽振りの良い売春宿の経営をしていた様子だ。まさか、ビューフォードを脅して金を取り続けていたんじゃないだろうな?」
「私にはそこまではわからないよ。だが、脅迫を続ければ、いつか自分もビューフォードにやられるとガーだってわかっていただろうさ。」
「昨日の事故は単純な事故だろ?」
「うん、それは確かだ。」

 2人はニュカネンの車まで戻った。ニュカネンは端末を出し、乗車前の車の安全チェックを怠らない。

「昔、爆発物を仕掛けられたことがあるのだ。」

と彼は言い訳してダリルを驚かせた。

「誰に?」
「君の知らないメーカーだ。10年前のことだし、既にそいつは逮捕されて終身刑に服している。皮肉にも、刑を言い渡した判事が、ケン・ビューフォードだった。
私はそれ以来長時間車から離れた後は、必ずチェックする習慣を付けた。」
「良い心がけだ。私も仲間に勧めておくよ。」

 彼等は車に乗り込み、出張所に向かって走り出した。

「ダウン教授はこれからどうなるのだ?」
「彼女は公判待ちだ。FOKとの関係を検察がどう立証するか、グリソム達が彼女のことをどこまで裏切るか、それが見物だがな。残念なことに、主犯にはならないだろう。」

 それから、ニュカネンはトーラス野生動物保護団体の理事長モスコヴィッツが辞任したことを教えてくれた。モスコヴィッツは本業の清涼飲料水製造会社の経営からも退いた。彼とFOKの繋がりは解明されていないが、会社の役員会で灰色の経営者に対する警戒が強く、辞めざるを得なくなったのだ。
 ダリルはハロルド・フラネリー大統領が弟ポール・レイン・ドーマーに約束した「対処」を思い出した。2選を果たしたフラネリー大統領は、極力血を流さずにドームに反抗する勢力を排除し始めたのだ。
 ドームを経営する「地球人類復活委員会」は、宇宙に展開する人類の富豪達の出資で成り立っている。富豪達は、地球に無関心を装いながらも、地球の資源に大いなる興味を抱いており、ドームに敵対する者の存在を許さない。恐らく、彼等はフラネリー大統領に陰から援助をしているのだ。彼等が育てたドーマーの息子を地球の舵取りをする政権の頂点に立たせ、ドームを守らせる。

 結局、ドーマーはコロニー人に操られているのかも知れないな・・・

 ダリルが心の中で呟くと、ニュカネンが声を掛けた。

「今、何か言ったか?」
「否。」
「そうか・・・これから真っ直ぐローズタウンへ向かうが良いか? 用件が済めば、すぐに君を送り返せとドームからの指示だ。」
「ああ・・・任務を遂行してくれ。私はちょっと寝るよ。」




2017年5月2日火曜日

奮闘 19

「結局、あの女性教授は何をやったんだ?」

 歩きながらリュック・ニュカネンが尋ねた。ダリルは頭の中を整理しながら説明した。

「彼女は、若返りの特効薬の研究をしていた。彼女の学生時代からのテーマなんだ。」
「自身の若さと美貌に固執していたんだな。」
「うん。だけど、人間は必然的に年を取る。彼女は老齢にさしかかったところで、ラムゼイ博士と出会った。
 ラムゼイ博士はコロニーから地球に逃亡してからもう50年たち、恐らく彼はメーカーとして一生を終わるつもりだったのだろう。彼には大勢の部下とジェリー・パーカーとシェイと言う『子供達』がいた。『子供達』を守るには、資金が必要だ。だから、ラムゼイはトーラス野生動物保護団体を運営する富豪達に接近した。これは私の推測に過ぎないが、彼はポール・レイン・ドーマーを捕らえて、彼の実家が何者なのか知ったのだ。」
「何者なんだ?」

 ニュカネンの質問にダリルはちょっと驚いた。既に知っているものだと思っていたからだ。ドームの外に出かける遺伝子管理局の人間は皆、ポール・レイン・ドーマーとハロルド・フラネリー大統領がよく似ていることに気が付いている。そして大統領の父親の名がポールであったことも知っている。だから、ダリルは、仲間が皆ポールの実家がフラネリー家であろうと推察していることを、承知の上で話していたのだ。しかし、堅物ニュカネンは、そう言うスキャンダルになりかねないような話題に疎かった。

「ある政治家一家さ。」

とダリルはお茶を濁した。

「ラムゼイは恐らくポールを人質にジェリー・パーカーの身の安全を政治家に保障させようとしたのだろう。」

 ニュカネンはこの説明にあっさり納得した。そしてダリルに話の続きを促した。

「ラムゼイは資金調達の為に、金持ち達にいろいろと嘘やはったりを聞かせたんだ。その一つが、脳移植による若返りだ。
 コロニーでは脳移植は技術的には可能だが、倫理的な問題で禁止されているそうだ。ロボットに移すことも駄目なのだ。しかしラムゼイは法律の話はしなかった。技術的に可能だと、トーラスの連中に吹き込んだ。さらに質の悪いことに、彼は脳を移植する場所として、クローンの頭部を提案した。脳の持ち主のクローンを培養して、若い体に脳を移植すると、本人と変わらないだろう、と言う訳だ。器とされるクローンは人格を持たないようにある年齢迄人工羊水の中で培養して植物状態で育てておく。だから殺人にはならない、と。」
「無茶苦茶だな。」
「ああ、酷いアイデアさ。恐らく、トーラス野生動物保護団体の理事達は本気にしなかっただろう。いくら欲のツラが厚くても、不可能な話だとわかったはずだ。」
「だが、ラムゼイに資金は出したのだろう?」
「団体の本来の活動である野生動物のクローニングに、ラムゼイは多大な貢献をしたらしいから、資金はそっち方面で出したんだ。ラムゼイはある程度真面目に稼いだのさ。
 しかし、1人だけ、彼の嘘に大乗り気になった人間がいた。それが、ミナ・アン・ダウン教授だ。彼女は脳移植が可能か、弟子達に実験させた。それまで大人しかったFOKを乗っ取ったニコライ・グリソムやダン・マコーリー、ジョン・モア達にね。」
「連中は脳移植を目的にクローンの少年達を攫った訳じゃない。脳内麻薬を採取して売るのが目的だった。」
「ダウン教授はそこまではわからなかったのだろう。グリソム達は教授の指示を受けたふりをして、自分達の金を稼いでいたんだ。」
「まったく酷いヤツらだ。」

 ニュカネンは身震いした。

「君に化けたヒギンズを誘拐しようとしたのも、グリソムだったろう?」
「そうらしいね。あれはダウン教授の指示だから、ドーマーのクローンを創る手伝いをしただけなのだろうよ。脳内麻薬を採りたいのであれば、何も危険を冒してドーマーを誘拐することはないからね。」
「パトリック・タン・ドーマーを誘拐したのは、トーラス野生動物保護団体の理事達だったが、彼等とダウン教授の繋がりはどうなるのだ?」
「教授の夫が団体の理事の1人だってことは知ってるだろう? 理事の半分はドームがコロニー人の地球支配の拠点だと思い込んでいる。ラムゼイがコロニーの科学力の話を誇大に語ったので、彼等はコロニー人を地球から追い払わなければと思ったに違いない。ダウン教授がドーマーの誘拐を計画したことを夫は知ってしまったんだ。そしてビューフォードに伝えた。ビューフォードは遺伝子管理局が常に数人で行動することを知っている。単独行動するのは、私の様なはぐれ者だけだ。彼はグリソム達がヒギンズを誘拐したら横取りするつもりだったはずだ。だから献体室付近に隠れていた。そこに少年の遺体があると知らずにね。そして、運悪くパトリック・タン・ドーマーがそれを見つけてしまった。
パットはクローンの人権を擁護する学生デモに追われて避難したんだけど、そのデモはFOKが扇動して、誘拐を誤魔化すためのものだった。隠れていたビューフォードは、目の前に現れた美しい中国人に惹かれてしまったんだ。彼はヒギンズはどうでも良くなって、パットを誘拐してしまった。」
「そしてパットからマザーコンピュータのアクセスコードを訊きだしてドームの弱点を突こうとした訳だな?」
「うん。しかし、残酷な拷問にパットが耐え抜いたので、マザーは無事だった。」

 ダリルの推理を聞いて、ニュカネンは納得がいったと頷いた。

「ダウン教授の若さへの異常な固執が、男達の野望に火を点けた訳だ。」