2017年9月6日水曜日

後継者 3 - 5

 ヘンリー・パーシバルは半時間もしないうちに立ち上がれる迄に回復した。ケンウッドとヤマザキは疲れていたが、彼がバスルームで化粧を落として夜着に着替える迄付き合った。

「僕等は毎日筋トレをして重力対策をしているが、ヘンリーは何もしないからなぁ。」
「年に2ヶ月重力休暇で火星に帰るだけだろう? それだって、仕事やファンクラブのまとめで切り上げて戻って来るのだから、役に立っていないはずだ。」

 コロニー人達が重力対策の話をしているのを、横で地球人のハイネが黙って聞いていた。彼は午前中に着ていたスーツではなく、カジュアルな服装をしていたので、午後はドーマー仲間と休日を楽しんでいたに違いない。或いは夕食後に何処かで飲んでいたか?
 ケンウッド達は表彰式の前に軽く食べていたが、空腹を感じた。バスルームのパーシバルに声を掛けてキッチンを覗くと、ビスケットとチョコレートがあったので、少し頂くことにした。
 ケンウッドはハイネにも勧めたが、老ドーマーはお腹は空いていないと断った。

「アパートに戻っていたのかい、局長?」
「いいえ、ワッツやペルラ達と一緒に居ました。」

 飲んでいたとは言わない。飲んでいたに違いないのだが、ドーマーは飲酒しないことが建前なので、ハイネは自身のアパート以外の場所では絶対に飲酒を認めないのだ。

「お楽しみの最中に呼び出されて申し訳なかったね。」
「お開きにする頃でしたから、問題ありませんよ。」

 呼び出される直前に何処に居たのか知らないが、ハイネは娘からの救援要請を受けて飛んで来たのだ。友人の一大事と聞いて急いだのかも知れないが。
 パーシバルがバスルームから出て来た。化粧を落としてさっぱりとした顔だ。

「今夜はキーラにキスしてもらえたし、ハイネに御姫様抱っこで運んでもらえたし、ついでに言えば、衣装も剥ぎ取ってもらえて、最高の気分だ。」

 他人事みたいに冗談めかして言うので、ケンウッドはコルセットを手にした。

「またこれで締め上げてやろうか?」
「それは勘弁してくれ。」

 パーシバルがもう大丈夫だと言うので、ヤマザキは明朝の診察を忘れるなと念を押してハイネと共に部屋を出て行った。
 ケンウッドはパーシバルが大人しくベッドに入る迄見守った。

「キーラに心肺蘇生をしてもらったそうだな?」
「うん・・・役得だけど、記憶にない・・・残念ながら。」

 パーシバルは苦笑して、ふと真顔になった。

「彼女が救援を電話で呼ぶのが聞こえたのだが、最初は誰と話しているのか、わからなかった。実は、彼女は『お父様』って言ってたんだ。そうしたら、来たのがハイネだったので驚いた。」

 ケンウッドはその話題をスルーした。ふーんと軽く受け流したが、パーシバルはこだわった。

「彼女はどうして医療区じゃなくハイネに電話したんだろ?」
「それは、ハイネが近くに居るのを知っていたからだろう。アパートの方が医療区より近いからね。」

 ハイネとキーラの秘密をパーシバルになら話しても良いだろうと思えたが、やはりケンウッドは黙っていた。もう夜更けだし、パーシバルを早く眠らせたかった。

「私は部屋に戻るが、もし気分が悪くなったらいつでも電話してくれ。」
「わかった。」
「明日は定刻に迎えに来る。必ず医療区へ行けよ。」
「わかった。」
「リプリー長官にも君自身で報告しておいた方が良いと思う。黙っていたら、ケンタロウやキーラに迷惑がかかるぞ。」
「わかった。」
「ちゃんと水分を摂れよ。」
「わかった。」
「おやすみ。」
「わかった・・・おやすみ。」

 ケンウッドは静かにドアを閉じて自身の部屋へ向かった。



2017年9月5日火曜日

後継者 3 - 4

 ヘンリー・パーシバルの部屋はケンウッドには馴染みの場所だから、何処に何があるかよくわかっている。しかし、室内に遺伝子管理局長が居たのは今回が初めてだった。何故ハイネがそこに居たのか不明だが、彼は症状が落ち着いたパーシバルを支えてベッドの上に座らせ、水を与えていた。ケンウッドとヤマザキを出迎えたキーラ・セドウィック博士がパーシバルの症状を説明した。
 パーシバルはアパートの入り口まで帰り着いた時、彼女とばったり出会った。彼女が優勝の祝辞を述べ、パーシバルが冗談で応じている最中に発作が起きたと言う。
 いきなり胸を手で押さえてその場にしゃがみ込み、呻き声を上げたので、彼女は急いで端末で彼の胸を走査した。心臓に異常を示す診断が出なかったので、彼を部屋まで運ぼうとしたが、パーシバルは立ち上がることさえ出来ず、そのままそこに体を横たえてしまった。彼女は咄嗟にローガン・ハイネに電話を掛けて、すぐに来てくれと要請すると、彼に心肺蘇生処置を施した。数10秒間呼吸が止まったのだ。
 ハイネが現れた時は、パーシバルは既に呼吸を再開させ、目を開いていた。しかし顔面蒼白で起き上がれそうになかったので、ハイネが彼を抱え上げ、キーラに医療区へ連絡を入れよと指示して、アパートの中に彼を運び込んだ。その頃はまだ男性執政官達は中央研究所の大会議室に居たので、キーラがハイネを呼ばなければ助けてくれる人がいなかった。
 パーシバルは何とか自力で部屋の入り口を解錠して、3人は室内に入った。ハイネがパーシバルの女装を解かせ、体を楽にしてやる間に、キーラは遠い医療区ではなく、近くに居るはずのヤマザキに電話をしたのだった。
 パーシバルは部屋に入って来たケンウッド達を見ると照れ笑いした。

「いやぁ、お騒がせして申し訳ない。いきなり息苦しくなって、ぶっ倒れてしまったよ。キーラがいなければ死んでいたかもな。」

 ケンウッドはハイネが彼の体から剥ぎ取って床に放り出していたコルセットを掴みあげた。

「こんな物で胴を締め上げていたから呼吸が出来なくなったんだろ?」

 キーラも特大のブラジャーをつまみ上げた。

「こんな物で胸を締め付けていたのね。」

 パーシバルが頬を赤く染めた。

「それでコンテストに優勝したんだから、文句言わないでくれ。」
「優勝して死んでしまったら、元も子もないだろう!」

 ヤマザキがもう1度彼の端末で走査検査をして、キーラの端末に記録されていた数値と比較した。血圧や心拍数は落ち着いた様だった。

「重力障害で体力が落ちているのに、コルセットなんかで締め付けるから、肉体が悲鳴を上げたんだ、ヘンリー。明日検査するから予約を入れておく。必ず医療区に来いよ。」
「ええ? 明日? 明日はポールとお茶会をする予定で・・・」
「駄目!必ず朝一で診察に来なさい!」

 医者の顔でヤマザキが厳しい口調になった。パーシバルは口を閉じた。
 ヤマザキが医療区のコンピュータに診察の予約を入れる手続きを始めた。ハイネがキーラを振り返って声を掛けた。

「君はもう帰りなさい。明日は早いだろう?」

 キーラ博士は一瞬パーシバルに目をやった。まだ心配なのだ。ケンウッドが彼女に言った。

「私の部屋は2つ向こうにあるし泊まってもかまわない。どうか今夜は引き揚げて下さい。 貴女のお陰でヘンリーは命拾いした。礼を言います。」

 パーシバルも礼を言った。

「キーラ博士、本当に有り難う。この恩は一生忘れないよ。」

 男達に気を遣わせてしまっていることに気が付いて、キーラ・セドウィックは素直に帰ることにした。

「わかりました、今夜はこれで引き揚げます。ヘンリー、お大事にね。ケンウッド博士、ケンタロウ、おやすみなさい。」

 そして特別に投げキスで・・・

「ローガン・ハイネ、来てくれて有り難う。」





2017年9月4日月曜日

後継者 3 - 3

 春分祭が終わり、男性執政官達は中央研究所の大会議室で打ち上げをしながら、テレビの画像をチェックしていた。誰もが自身の女装姿を見たくないのだが、他人のは見たい・・・。
 優勝者のケンウッドとパーシバルはささやかな賞金と1年分の口紅を折半した。予算と言うものがあるので、優勝者が複数出ると、賞金は等分に配当されねばならない。自分達の研究室の弟子達に酒を奢ると消えてしまいそうな金額だった。
 ケンウッドは鬘を取り、付け睫も取った。早く化粧を落としたいのだが、リプリー長官が最後のインタビューを終えて戻って来る迄副長官として待たねばならない。
 ヘンリー・パーシバルはくたびれた様子で、「お先に失礼」とアパートに帰ってしまった。
 会議室の一画で若い執政官達が賑やかに騒いでいた。見ると、彼等はドーマーばかりを追いかける木星の局を見ているのだった。

「相変わらずポール・レインは愛想がないなぁ。」
「せめて微笑んで見せれば良いのに。」
「セイヤーズがいないんじゃ、無理だよ。」
「おおっ、ローガン・ハイネだ!」
「なんと、逃げ足の速いこと!」
「保安課の妨害も慣れたもんじゃないか。」
「げげっ、クロエルちゃんだ!」

 画面いっぱいにクロエル・ドーマーの顔が現れた。カメラはこの初登場の若者にびっくりして退いた。クロエルはお洒落をしていた。黒い縮れ毛を細かく三つ編みにしてドレッドヘアを作っていた。お祭りの日は遺伝子管理局も業務は休みで、彼はスーツではなく私服なのだが、それがまたど派手な色彩のチュニックで、彼の浅黒い肌によく似合っていた。

「アイツ、絶対にファッションセンス抜群だよな?」
「うん。自分で考えるって言ってたけど、何着ても似合ってるんだ。」
「しかも、格好いい。」

 クロエル・ドーマーはカメラに向かって陽気にお喋りを始めた。本日の女装執政官の見所解説だ。いつもの早口なのだが、テンポもリズムも良くてノリノリ、しかもジョークまで飛ばして、報道陣を集めてしまう始末だ。

「彼、芸能人に向いているぞ。」
「これは新しいドームのスター誕生だな。」

 どんなに評判が良くても、ドームの中のイベントは決して地球上では放映されない。ドーマー達は地球人なのに同胞に存在を知られることもなく、しかし宇宙では有名になっていく。ケンウッドは溜息をついた。彼にとって救いなのは、ドーマー達が幸せに暮らしていることだ。彼等は地球の未来の為に親から引き離され、育てられ、働いていることを誇りに思っている。
 やっとリプリー長官が会議室に現れ、春分祭の労を労う挨拶をして、解散となった。
女装したままの者や、半分男性に戻りかけている者など、不気味な姿の男達がぞろぞろと各自のアパートや研究室に向かって歩き始めた。
 ケンウッドはヤマザキが脱いだ重たい十二単の衣装を半分持ってやった。

「しかし、これは実際の衣装の半分の重さなんだ。古代の日本女性はもっと重たい着物を着ていたんだよ。」
「それじゃ体力は半端じゃないな。」
「ところが、こう言うのを着ていた貴族の女性達はひ弱ですぐ病気に罹って死んでしまう。」
「この衣装の重みが原因じゃないのか?」

 2人でくだらない会話をしながら独身男性用アパートに向かって歩いていると、突然ヤマザキの端末に電話が着信した。ヤマザキが出ると、ケンウッドの耳に女性の声らしき音声が聞こえた。何か興奮している様子だ。ヤマザキはうんうんと聞いていたが、その表情が硬くなったのにケンウッドは気が付いた。急患か?

「それじゃ、取り敢えず落ち着いたんだな? すぐそっちへ向かうから、ドアを開けておいてくれ。」

 ヤマザキは端末を仕舞い、ケンウッドを振り返った。

「ヘンリーが倒れた。」
「えっ!」

 ケンウッドは足早に歩き始めたヤマザキに並んだ。

「倒れたとは?」
「胸を押さえて急に苦しみ始めたそうだ。彼は心臓疾患を持っていないから、多分、重力障害だな。筋肉疲労が溜まって一時的な呼吸困難に陥ったに違いない。」
「電話は女性からだったと思えたが?」
「うん。キーラ博士だ。彼女が応急処置をしてくれたが、産科だから自信がないと言っていた。」

 2人は彼等が住むアパートに到着した。

2017年9月3日日曜日

後継者 3 - 2

 時間は飛ぶように過ぎて行く。

 春分祭でケンウッドとパーシバルは「2人のロッテ」に扮した。別々に育った双子の少女が偶然出会って姉妹だと知り、離婚した両親を元の鞘に戻すために入れ替わる、と言うエーリッヒ・ケストナーが1949年に発表した小説の主人公だ。そっくりの双子のはずだが、体格も顔かたちも違うので、どんなに化粧に励んでもそっくりになれなかった。
そのバカバカしい努力が功を奏して、2人は初めてダブルで優勝を勝ち取った。
ドーマー達はこの日頃は真面目な副長官とお気軽な博士のコンビを面白がって投票したのだ。
 コロニー人のテレビ中継の方は別の方面で大騒ぎだった。3年間姿を見せなかったローガン・ハイネ・ドーマーが現れたからだ。ハイネはお昼ご飯を食べに遺伝子管理局本部から外へ出た途端にカメラに取り囲まれた。3年間どこでどうしていたのか、とマイクを向けられたが、駆けつけた保安要員達が報道陣を追い払おうと努力した結果、彼は人混みの中に逃げ込むのに成功した。お祭りの屋台や女装した執政官を見る為に集まったドーマー達の群れの中に逃げ込めば、後は楽勝だ。カメラは背が高いハイネの白い髪が見えているのにそばまで近づけなかった。

「こっちよ、ローガン・ハイネ!」

 キーラ・セドウィック博士と彼女の部下の女性執政官達が運営する一口ピッツァの屋台の裏にハイネは身を隠した。椅子とテーブルが置かれ、数人のドーマー達がそこでピッツアとノンアルコールのビールや葡萄ジュースを楽しんでいた。
 キーラがピッツアを数枚焼いて運んで行くと、ハイネはジュースで一息入れていた。

「毎年のことながら、逃げるのが巧くなったわね。」

 彼女が皮肉った。彼は毎年誰かに助けられて逃げていたのだ。
 彼は無視してピッツァを食べ始めた。一口サイズと言っても、成人男性の広げた手ほどの大きさなので、絶対に一口では食べられないし、熱いので危険だ。

「君は誰に投票したのだ?」
「私? 今年はケンタロウに入れたわ。」
「彼は誰に扮装した?」
「紫式部。」

 ハイネは頭の中で情報を検索した。

「古代日本の女流小説家だな?」
「そうらしいわ。私には随筆家の清少納言と区別がつかないのだけど、ケンタロウはあの十二単とか言う重たい衣装が気に入っているのよ。座ったままで居られるから、出歩いて晒し者にならなくて済むんですって。」
「1日座っているのか?」
「まさか・・・彼は詩を書いたり、墨絵で見物人の似顔絵を描いてあげたり、貝合わせと言うゲームをしたりして、観光客を喜ばせています。」

 そして彼女は彼に同じ質問を返した。

「貴方は誰に入れたの?」
「投票は1人の有権者が1人だけ名前を書けるのだから、私は『2人のロッテ』に入れた。」
「でも2人よ、あれは・・・」
「ロッテは独り分の名前だ。」
「それは変よ。」
「何故だ?」

またハイネとキーラの口論が始まりそうな予感がした女性執政官達が集まって来た。

「ちゃんと『2人の』って言ってますよ、局長。」
「ロッテは2人居るんです。」

 真実を語る女性は強い・・・。

「では、私は何と書けば良いのだ?」
「ロッテ・ケルナーかルイーゼ・パルフィーですよ。」

 ハイネは端末を出し、女装大会のサイトを開き、投票訂正を選択した。投票対象にふさわしくない名前が書かれた時のみ、これは有効なのだ。その年の春分祭に居ない執政官の名前を書くドーマーも希にいるが、当然結果は無効処理される。ハイネが先に入れた名前は無効になっていたので、ハイネは適当にロッテ・ケルナーと入力した。扮装している人物が複数居れば執政官の名前を入れなければならないが、独りしか居なければ、役柄の名前でも執政官の名前でもどちらでもかまわなかった。

「どっちに入れたの?」

とキーラが尋ねると、彼は素早く端末を仕舞った。

「内緒。」
「けち!」

 キーラはまだハイネが手を付けていないピッツァを取り上げた。彼が抗議の声を上げると、彼女はしーっと彼を制した。

「大声を上げると、またカメラマン達が押し寄せて来るわよ。」

 そして謎の微笑みを浮かべながら、彼に教えてやった。

「ロッテ・ケルナーはヘンリー・パーシバル、ルイーゼ・パルフィーはニコラス・ケンウッドですからね。どっちを書いたのかな?」







2017年9月2日土曜日

後継者 3 - 1

 新しい遺伝子管理局の職員が誕生した。ケンウッドは初めて入局式に出席した。遺伝子管理局本部の局長室で行われた式には、来賓としてランディ・マーカス15代目局長とキーラ・セドウィック博士が出席していた。
 ケンウッドは来賓ではなく、ドームの現役幹部として、リプリー長官と共にハイネ局長の近くの席に座った。向かいには遺伝子管理局各班のチーフ達が並んでいる。内務捜査班のチーフ、ジャン=カルロス・ロッシーニは遂に長官に正体を明かすかと思われたが、内務捜査班の席には本部の班チーフ執務室でいつも事務仕事をしている副官が座っていた。
長官は副官がチーフだと思っているのか、それとも気にしないのか、何もコメントしなかった。
 新人3名が入って来た。真新しいダークスーツに身を包み、緊張した顔で部屋の中央に立って、クロエル・ドーマー、ジョージ・ルーカス・ドーマー、クレイグ・ホルツ・ドーマーの順に自己紹介した。クロエルは流石におちゃらける余裕がないのか、正しい英語の発音をしようと努力していた。キーラ・セドウィックが若者達を愛情を籠めた目で見つめた。ルーカスとホルツは彼女が取り上げた子供達だ。育てた訳ではないが、感慨ひとしおだろう。クロエルは外から来た子供だが、母性をくすぐる面立ちなので、出産管理区の執政官達にも人気があった。
 ローガン・ハイネ局長が3名のプロフィール紹介をした。クロエルは父親が不明なのが玉に瑕だが、母親は由緒ある家系だった。その母親から不要の子と見なされたことは、この場では言及されなかった。しかし、ハイネが母親のことに触れた時、クロエルの表情が硬くなったのをケンウッドは見逃さなかった。これが、この陽気な若者の弱点なのだな、と知った。これから彼と付き合う際に、決して触れてはいけない話題だ。少なくとも、彼自身が触れない限りは。
 ルーカスとホルツは普通の家庭の子供なので、遺伝子に特に言及する項目がなかった。それでハイネは彼等の特技を紹介した。ルーカスは大昔の映画製作の巨匠と同姓同名だったが、偶然この少年も画像撮影が得意だった。芸術家の遺伝子が隠れているのかも知れないとハイネに言われ、彼は嬉しそうな顔をした。
 ホルツは射撃が得意で、実弾も光線も決して的を外さないのだと言う。本人は狩人の末裔だと信じているが、ハイネは同僚を守る為に更に腕を磨いて欲しいと言った。敵の命を奪う弾丸ではなく敵さえ守る魔手になってもらいたいと言われ、彼は闘志を沸き立たせた様だ。
 リプリー長官が挨拶した。演説が不得手の彼の訓示は短く、3人の若者がこれからの任務で経験を積み、地球の未来の為に働いてくれることを期待する、と言う内容だった。
 ケンウッドも訓示を用意していたが、長官の話が短かったので、急遽変更を余儀なくされた。

「若いドーマー諸君、どうか怪我なく、病気をすることなく、元気な姿でドームに帰還して欲しい。それが私達年配者が毎日願っていることだ。」

 巧く伝わったかなぁ、とケンウッドは冷や汗をかきながら席に戻った。キーラが微笑んでいるのが見えた。少なくとも、馬鹿にはされていないな、と思った。
 再びハイネ局長が立ち上がり、3人の配属先を発表した。

「クロエル・ドーマー。」
「はい!」
「南米班第2チーム。」
「有り難うございます。」
「ジョージ・ルーカス・ドーマー。」
「はい!」
「北米北部班第4チーム。」
「え? アラスカですか?」

 思わず尋ねたルーカスにハイネがじろりと青みがかった薄灰色の目を向けた。ルーカスは慌てて定められた挨拶を返した。

「有り難うございます。」

 ハイネはすっと目を次の新人に向けた。

「クレイグ・ホルツ・ドーマー。」
「はい!」
「中米班第3チーム。」
「有り難うございます。」

 ケンウッドは新人達が配属された先がどの班でも一番自然環境が厳しく支局巡りが容易でない場所であることに気が付いた。いきなり究極の職場に配するのが、ハイネ流の新人教育なのだろう。それぞれの班チーフたちがニヤニヤクスクス笑っているのは、既に局長との間で話が着いているからだ。新人をもらえなかった北米南部班のチーフは、新人教育の苦労をせずに済むのでホッとしていた。彼の班にはセイヤーズ捜索と言う面倒な仕事があるから、新たな苦労を抱え込まずに済んで嬉しいのだろう。
 ハイネが執政官達を見た。何か言うことはないかと無言で尋ねたのだ。長官もケンウッドもキーラ・セドウィックも言うことはなかった。するとマーカス・ドーマーが車椅子の上で手を叩き始めた。執政官達も拍手をして、班チーフ達が新人に退室を合図した。
 若者達がぎくしゃくとスーツに身を包んだ体を動かして退室して、ドアが閉まった途端、局長室の内部は緊張感がなくなった。
 ハイネがフーッと息を吐いて執務机の向こう側の自身の椅子に体を沈めると、北米北部班のチーフがからかった。

「局長、3年振りの入局式にお疲れの様子ですね。」
「ルーカスを睨み付けられた時は、どうなることかと冷やっとしましたよ。」

 南米班チーフまでがからかうので、ハイネはムッとして、ケンウッドの方を見た。

「私は睨み付けた覚えはないのですがね・・・」
「目つきが良くない爺さんが見つめれば、若い初心な子は睨まれたと思うさ。」

 ケンウッドの返答に15代目が笑った。釣られてハイネも笑ったので、ほどなく室内は爆笑に包まれた。一同が落ち着く頃にリプリー長官が、

「今頃あの3人は互いの任地を比べ合って、誰が一番ましか論じ合っているだろうな。」

と呟き、再び室内に笑いを誘った。



後継者 2 - 11

 ランディ・マーカス・ドーマーにおやすみを言って「黄昏の家」を出た時は深夜になっていた。ケンウッドとパーシバルはトンネルの中をカートでゆっくりと戻った。

「僕はハイネの失恋の話や反抗期の話を聞かないことにする。」

とパーシバルが言った。

「聞いてしまえば、僕はもしかすると地球から離れられなくなるかも知れないから。」
「そうかい?」
「君はもうそのつもりになっているんじゃないか? 」

 パーシバルがトンネルのずっと先の方を見ながら呟いた。

「あの白い髪のドーマーは周囲の人間を惹き付ける能力があるんだ。だから昔の執政官達は彼に夢中になった。リンを弾劾した会議の時、月から来た年寄り達の表情を見ただろ?
ハイネが現れたら、連中は目尻を下げて喜んでいた。
 僕も実を言うと彼をほったらかしに出来ないんだ。ポールの危うさと違って、彼はしっかりしているから、誰の助けも要らないのだがね。ただそばに居てやりたい、と感じてしまう。それはケンタロウも同じ思いのはずだ。無茶を承知で一緒にジョギングするのだから。」

 ケンウッドは頷いた。

「実は私はオライオンに心の中で誓ったんだ。彼の代わりにハイネのそばに居てやる、と。」
「しかし、僕等は多分彼より長くは生きられない。彼は無事に暮らしていけば、後70年か80年は生きるぞ。」
「わかっているさ。だが可能な限り、私はここに居たい。ドーマー達がみんな可愛いんだよ。ハイネだけじゃない、ペルラもロッシーニもレインもワグナーも・・・セイヤーズだって、気になるんだ。」
「それは地球熱って言う病気だな、ニコラス。」

 パーシバルはそう言って可笑しそうに笑った。

「きっとキーラ・セドウィックも同じ病気だぜ。女性で30年もここに居るなんて、彼女ぐらいなものだろう? 普通、女性達は男の子しか生めなくなるんじゃないかって心配して数年で宇宙に帰ってしまう。だが、キーラはずっと居る。重力休暇を取るために年に一月ほど宇宙へ帰るが、それだって4回に分けているんだ。」
「彼女は産科だし、子供の誕生は待ってくれないからな・・・」

 真実を言ってしまおうか、どうしようかとケンウッドが迷ううちにカートは終点に到着した。
 彼等はカートを降り、エレベーターに乗って地上へ戻った。
 そのまま歩いてアパートに向かった。

「実は、ちょっと気がかりなことがある。」

 とパーシバルが声を低くして呟いた。ケンウッドが彼の顔を見ると、彼は殆ど聞こえないような声で言った。

「セイヤーズは本当に手ぶらで脱走したのだろうか?」
「どう言うことだい?」
「彼は出て行った時、ハードケースを持っていた。」
「あれは空だった。監視カメラでも、彼が空であることを出口の係官に見せているところが映っていた。」

 パーシバルがさらに小さな声で言った。

「あの子は手先が器用なんだ。」
「だから?」
「手品なんてお手の物だ。」

 ケンウッドは立ち止まった。パーシバルが立ち止まったからだ。

「手品?」
「ほら、よくあるじゃないか、箱が空だと見せておいて、素早く袖に隠していた物を入れて、次に開けた時には物が入っているって言う手品が。」
「セイヤーズが一体何を持ち出したって疑っているんだ?」
「それがわからないから、気になるんだよ。ハードケースに入れる物と言えば?」

 ケンウッドはドキリとした。

「細胞か・・・」

2017年9月1日金曜日

後継者 2 - 10

「親の心子知らず、です。」

 マーカス・ドーマーは皺だらけの顔を一層くしゃくしゃにした。笑っているのだ。

「ローガン・ハイネは14代目が引退を決めた時、まだ局長になりたくないと言ったのですよ。」
「ハイネが就任を拒否したのですか?」
「『まだ』が付きますが、その通りです。私は言いましたな? あの男は臍を曲げると厄介なのです。彼は弟を奪われて失恋を体験した20代からずっと臍を曲げて執政官に逆らい続けていました。」

 ケンウッドはハイネがドームに逆らっていたと聞いて驚いた。あんなに大事にされていたのに、逆らっていた?
 パーシバルは全く別の情報で仰天していた。

「ハイネが失恋した・・・と言ったか、マーカス・ドーマー?」

 15代目遺伝子管理局長は、先ずパーシバルに顔を向けた。

「ケンウッド博士はお口が固いですな。パーシバル博士はご存じなかった? ではケンウッド博士から後でお聞き下さい。ここには耳が沢山ありますから。」

 室内には世話係のドーマーがまだ2人居て、マーカス・ドーマーが就寝するまで待っているのだ。ケンウッドは彼等に申し訳ないと思いつつも長話が面白かった。
 パーシバルがケンウッドを見た。彼は友人がハイネの過去を聞かされていたと知っても、それには驚かなかった。

「急がなくても良いぞ、ニコ。そのうち本人から聞き出せるかも知れないから。」

 それは無理だろうと思いはしたが、ケンウッドは黙っていた。
 マーカス・ドーマーが昔語りの続きを始めた。

「逆らうと言っても、彼の場合は口を利いてやらない、と言う程度でした。それでも慈しんで育てた方にはショックですな。」

 老人は可笑しそうに笑った。

「新しく着任した執政官には、ローガン・ハイネは親切だったのですよ。過去には無関係なので、その辺はしっかり分けて考えておりました。ですから、14代目が局長職から退く意向を示した時、古い執政官達は、遂に彼等の秘蔵っ子がドームのトップの座に就くと期待したのです。しかし、ローガン・ハイネは、拒否しました。理由は単純でした。まだそんな年齢ではない、と言ったのです。
 確かに40代は若過ぎました。局長職は殆ど終身ですから、若さを保つ遺伝子を持つ男には終身刑みたいに思われたことでしょう。
 14代目はあっさりと彼の意見を採用し、私にお役目が託された訳です。」
「ハイネは内務捜査官だったよな? 彼の様な有名人が隠密捜査を出来たのか?」
「隠密は不可能でした。しかし、彼が内務捜査班であることは執政官は全員知っておりましたから、彼の目の前では不正が出来ませんでした。彼の存在が抑止力となったのです。」
「それなりに役に立っていたんだな。」

 随分失礼な物言いだが、それがヘンリー・パーシバルだ。
 ケンウッドは長い間の謎が解けた気分で、幾分すっきりした。
 マーカス・ドーマーの話は終盤にさしかかっていた。

「ローガン・ハイネが私の後継者になると決意したのにも、ダニエル・オライオンが関わっていました。
 遺伝子管理局長には、外の世界の警察関係者との業務連携をする仕事があります。ドーマーの局員には外での活動時間に制限がありますから、メーカーの捜査や逮捕には現地警察の協力が欠かせません。私は連邦捜査局と協力してメーカーの摘発を行っていました。それで時々外へ出て連邦捜査局本部を訪ねたものでした。」

 え? と驚く2人の執政官に彼は、何を驚くと言いたげに説明した。

「私は普通の局員として働いていましたから、局長になっても外出は自由でした。外に出られない局長は歴代の16人の中で、ローガン・ハイネと後2名だけでしたよ。残りは自由に出かけていたのです。」
「そう言われれば、そうだな・・・」
「目から鱗だ・・・」
「ある時、私は連邦捜査局の科学捜査班主任が交代したので、挨拶に行きました。」
「それが、ダニエル・オライオンだったのですね!」
「そうです。オライオンも旧知の顔と出会えると予想していなかったので、随分驚いていました。すっかり歳を取っていましたが、気性は昔のままの優しく陽気な漢のままでした。私がローガン・ハイネの近況を伝えると、彼は感慨深げでした。」
「彼はドームに帰りたがらなかったのか?」
「残念ながら、それはありませんでした。彼は外の世界で結婚し、子供をもうけ、社会的地位も確立した成功者でしたからな。ドームは彼にとって遠い子供時代の思い出に過ぎなかったのです。しかし・・・」
「ドームに置き去りにした兄貴だけは違った?」
「ええ・・・彼はどうしても兄貴に会いたいと言いました。会って、独りぼっちにさせてしまった詫びをしたいと。」

 ケンウッドは、ダニエル・オライオンと会った時の会話を思い出していた。オライオンはローガン・ハイネを独りにしてしまったことを悔やんでいた。ハイネに恋人や親友が出来たかも知れないなど、想像すらしなかった様に。
 オライオンは本当はドームに未練があったに違いない。兄貴と過ごした幸せな子供時代に。いつもそばに居てくれたヒーローの兄貴に。

「私はオライオンを業務上の会見を口実にドームに召喚しました。オライオンをドームの外へ出した執政官の最後の1人が地球勤務を終えた直後です。オライオンは元ドーマーですから、本部に入れたのです。執政官の邪魔が入らず、地球人だけで内緒話が出来ます。」
「そうですね・・・我々執政官にとっては、遺伝子管理局は出産管理区の次に立ち入ることが出来ない聖地みたいなものです。」
「ですから、そこでローガン・ハイネとダニエル・オライオンを対面させました。」
「感動の再会かな? それとも、どっちも自制した?」

 パーシバルはハイネがオライオンの話題になると冷静さを失うことを知っていた。
 マーカス・ドーマーはふふふと笑った。

「部下達の前では2人共自制していました。しかし、私がオライオンをアパートに連れて行っても良いと許可すると、ローガン・ハイネはいきなり弟の手を取り、2人で部屋から出て行ってしまいました。」

 あのアパートの中で、長い歳月の後やっと再会した2人は酒を飲み交わし、積もる話しを語り合ったに違いない。
 15代目がそこで昔話を締めくくった。

「ローガン・ハイネはやっと16代目を継ぐ決心を固めてくれました。局長になれば、科学捜査班主任をいつでも召喚出来ると気が付いたからですよ。」