2017年9月3日日曜日

後継者 3 - 2

 時間は飛ぶように過ぎて行く。

 春分祭でケンウッドとパーシバルは「2人のロッテ」に扮した。別々に育った双子の少女が偶然出会って姉妹だと知り、離婚した両親を元の鞘に戻すために入れ替わる、と言うエーリッヒ・ケストナーが1949年に発表した小説の主人公だ。そっくりの双子のはずだが、体格も顔かたちも違うので、どんなに化粧に励んでもそっくりになれなかった。
そのバカバカしい努力が功を奏して、2人は初めてダブルで優勝を勝ち取った。
ドーマー達はこの日頃は真面目な副長官とお気軽な博士のコンビを面白がって投票したのだ。
 コロニー人のテレビ中継の方は別の方面で大騒ぎだった。3年間姿を見せなかったローガン・ハイネ・ドーマーが現れたからだ。ハイネはお昼ご飯を食べに遺伝子管理局本部から外へ出た途端にカメラに取り囲まれた。3年間どこでどうしていたのか、とマイクを向けられたが、駆けつけた保安要員達が報道陣を追い払おうと努力した結果、彼は人混みの中に逃げ込むのに成功した。お祭りの屋台や女装した執政官を見る為に集まったドーマー達の群れの中に逃げ込めば、後は楽勝だ。カメラは背が高いハイネの白い髪が見えているのにそばまで近づけなかった。

「こっちよ、ローガン・ハイネ!」

 キーラ・セドウィック博士と彼女の部下の女性執政官達が運営する一口ピッツァの屋台の裏にハイネは身を隠した。椅子とテーブルが置かれ、数人のドーマー達がそこでピッツアとノンアルコールのビールや葡萄ジュースを楽しんでいた。
 キーラがピッツアを数枚焼いて運んで行くと、ハイネはジュースで一息入れていた。

「毎年のことながら、逃げるのが巧くなったわね。」

 彼女が皮肉った。彼は毎年誰かに助けられて逃げていたのだ。
 彼は無視してピッツァを食べ始めた。一口サイズと言っても、成人男性の広げた手ほどの大きさなので、絶対に一口では食べられないし、熱いので危険だ。

「君は誰に投票したのだ?」
「私? 今年はケンタロウに入れたわ。」
「彼は誰に扮装した?」
「紫式部。」

 ハイネは頭の中で情報を検索した。

「古代日本の女流小説家だな?」
「そうらしいわ。私には随筆家の清少納言と区別がつかないのだけど、ケンタロウはあの十二単とか言う重たい衣装が気に入っているのよ。座ったままで居られるから、出歩いて晒し者にならなくて済むんですって。」
「1日座っているのか?」
「まさか・・・彼は詩を書いたり、墨絵で見物人の似顔絵を描いてあげたり、貝合わせと言うゲームをしたりして、観光客を喜ばせています。」

 そして彼女は彼に同じ質問を返した。

「貴方は誰に入れたの?」
「投票は1人の有権者が1人だけ名前を書けるのだから、私は『2人のロッテ』に入れた。」
「でも2人よ、あれは・・・」
「ロッテは独り分の名前だ。」
「それは変よ。」
「何故だ?」

またハイネとキーラの口論が始まりそうな予感がした女性執政官達が集まって来た。

「ちゃんと『2人の』って言ってますよ、局長。」
「ロッテは2人居るんです。」

 真実を語る女性は強い・・・。

「では、私は何と書けば良いのだ?」
「ロッテ・ケルナーかルイーゼ・パルフィーですよ。」

 ハイネは端末を出し、女装大会のサイトを開き、投票訂正を選択した。投票対象にふさわしくない名前が書かれた時のみ、これは有効なのだ。その年の春分祭に居ない執政官の名前を書くドーマーも希にいるが、当然結果は無効処理される。ハイネが先に入れた名前は無効になっていたので、ハイネは適当にロッテ・ケルナーと入力した。扮装している人物が複数居れば執政官の名前を入れなければならないが、独りしか居なければ、役柄の名前でも執政官の名前でもどちらでもかまわなかった。

「どっちに入れたの?」

とキーラが尋ねると、彼は素早く端末を仕舞った。

「内緒。」
「けち!」

 キーラはまだハイネが手を付けていないピッツァを取り上げた。彼が抗議の声を上げると、彼女はしーっと彼を制した。

「大声を上げると、またカメラマン達が押し寄せて来るわよ。」

 そして謎の微笑みを浮かべながら、彼に教えてやった。

「ロッテ・ケルナーはヘンリー・パーシバル、ルイーゼ・パルフィーはニコラス・ケンウッドですからね。どっちを書いたのかな?」