2017年9月1日金曜日

後継者 2 - 10

「親の心子知らず、です。」

 マーカス・ドーマーは皺だらけの顔を一層くしゃくしゃにした。笑っているのだ。

「ローガン・ハイネは14代目が引退を決めた時、まだ局長になりたくないと言ったのですよ。」
「ハイネが就任を拒否したのですか?」
「『まだ』が付きますが、その通りです。私は言いましたな? あの男は臍を曲げると厄介なのです。彼は弟を奪われて失恋を体験した20代からずっと臍を曲げて執政官に逆らい続けていました。」

 ケンウッドはハイネがドームに逆らっていたと聞いて驚いた。あんなに大事にされていたのに、逆らっていた?
 パーシバルは全く別の情報で仰天していた。

「ハイネが失恋した・・・と言ったか、マーカス・ドーマー?」

 15代目遺伝子管理局長は、先ずパーシバルに顔を向けた。

「ケンウッド博士はお口が固いですな。パーシバル博士はご存じなかった? ではケンウッド博士から後でお聞き下さい。ここには耳が沢山ありますから。」

 室内には世話係のドーマーがまだ2人居て、マーカス・ドーマーが就寝するまで待っているのだ。ケンウッドは彼等に申し訳ないと思いつつも長話が面白かった。
 パーシバルがケンウッドを見た。彼は友人がハイネの過去を聞かされていたと知っても、それには驚かなかった。

「急がなくても良いぞ、ニコ。そのうち本人から聞き出せるかも知れないから。」

 それは無理だろうと思いはしたが、ケンウッドは黙っていた。
 マーカス・ドーマーが昔語りの続きを始めた。

「逆らうと言っても、彼の場合は口を利いてやらない、と言う程度でした。それでも慈しんで育てた方にはショックですな。」

 老人は可笑しそうに笑った。

「新しく着任した執政官には、ローガン・ハイネは親切だったのですよ。過去には無関係なので、その辺はしっかり分けて考えておりました。ですから、14代目が局長職から退く意向を示した時、古い執政官達は、遂に彼等の秘蔵っ子がドームのトップの座に就くと期待したのです。しかし、ローガン・ハイネは、拒否しました。理由は単純でした。まだそんな年齢ではない、と言ったのです。
 確かに40代は若過ぎました。局長職は殆ど終身ですから、若さを保つ遺伝子を持つ男には終身刑みたいに思われたことでしょう。
 14代目はあっさりと彼の意見を採用し、私にお役目が託された訳です。」
「ハイネは内務捜査官だったよな? 彼の様な有名人が隠密捜査を出来たのか?」
「隠密は不可能でした。しかし、彼が内務捜査班であることは執政官は全員知っておりましたから、彼の目の前では不正が出来ませんでした。彼の存在が抑止力となったのです。」
「それなりに役に立っていたんだな。」

 随分失礼な物言いだが、それがヘンリー・パーシバルだ。
 ケンウッドは長い間の謎が解けた気分で、幾分すっきりした。
 マーカス・ドーマーの話は終盤にさしかかっていた。

「ローガン・ハイネが私の後継者になると決意したのにも、ダニエル・オライオンが関わっていました。
 遺伝子管理局長には、外の世界の警察関係者との業務連携をする仕事があります。ドーマーの局員には外での活動時間に制限がありますから、メーカーの捜査や逮捕には現地警察の協力が欠かせません。私は連邦捜査局と協力してメーカーの摘発を行っていました。それで時々外へ出て連邦捜査局本部を訪ねたものでした。」

 え? と驚く2人の執政官に彼は、何を驚くと言いたげに説明した。

「私は普通の局員として働いていましたから、局長になっても外出は自由でした。外に出られない局長は歴代の16人の中で、ローガン・ハイネと後2名だけでしたよ。残りは自由に出かけていたのです。」
「そう言われれば、そうだな・・・」
「目から鱗だ・・・」
「ある時、私は連邦捜査局の科学捜査班主任が交代したので、挨拶に行きました。」
「それが、ダニエル・オライオンだったのですね!」
「そうです。オライオンも旧知の顔と出会えると予想していなかったので、随分驚いていました。すっかり歳を取っていましたが、気性は昔のままの優しく陽気な漢のままでした。私がローガン・ハイネの近況を伝えると、彼は感慨深げでした。」
「彼はドームに帰りたがらなかったのか?」
「残念ながら、それはありませんでした。彼は外の世界で結婚し、子供をもうけ、社会的地位も確立した成功者でしたからな。ドームは彼にとって遠い子供時代の思い出に過ぎなかったのです。しかし・・・」
「ドームに置き去りにした兄貴だけは違った?」
「ええ・・・彼はどうしても兄貴に会いたいと言いました。会って、独りぼっちにさせてしまった詫びをしたいと。」

 ケンウッドは、ダニエル・オライオンと会った時の会話を思い出していた。オライオンはローガン・ハイネを独りにしてしまったことを悔やんでいた。ハイネに恋人や親友が出来たかも知れないなど、想像すらしなかった様に。
 オライオンは本当はドームに未練があったに違いない。兄貴と過ごした幸せな子供時代に。いつもそばに居てくれたヒーローの兄貴に。

「私はオライオンを業務上の会見を口実にドームに召喚しました。オライオンをドームの外へ出した執政官の最後の1人が地球勤務を終えた直後です。オライオンは元ドーマーですから、本部に入れたのです。執政官の邪魔が入らず、地球人だけで内緒話が出来ます。」
「そうですね・・・我々執政官にとっては、遺伝子管理局は出産管理区の次に立ち入ることが出来ない聖地みたいなものです。」
「ですから、そこでローガン・ハイネとダニエル・オライオンを対面させました。」
「感動の再会かな? それとも、どっちも自制した?」

 パーシバルはハイネがオライオンの話題になると冷静さを失うことを知っていた。
 マーカス・ドーマーはふふふと笑った。

「部下達の前では2人共自制していました。しかし、私がオライオンをアパートに連れて行っても良いと許可すると、ローガン・ハイネはいきなり弟の手を取り、2人で部屋から出て行ってしまいました。」

 あのアパートの中で、長い歳月の後やっと再会した2人は酒を飲み交わし、積もる話しを語り合ったに違いない。
 15代目がそこで昔話を締めくくった。

「ローガン・ハイネはやっと16代目を継ぐ決心を固めてくれました。局長になれば、科学捜査班主任をいつでも召喚出来ると気が付いたからですよ。」