2017年9月2日土曜日

後継者 2 - 11

 ランディ・マーカス・ドーマーにおやすみを言って「黄昏の家」を出た時は深夜になっていた。ケンウッドとパーシバルはトンネルの中をカートでゆっくりと戻った。

「僕はハイネの失恋の話や反抗期の話を聞かないことにする。」

とパーシバルが言った。

「聞いてしまえば、僕はもしかすると地球から離れられなくなるかも知れないから。」
「そうかい?」
「君はもうそのつもりになっているんじゃないか? 」

 パーシバルがトンネルのずっと先の方を見ながら呟いた。

「あの白い髪のドーマーは周囲の人間を惹き付ける能力があるんだ。だから昔の執政官達は彼に夢中になった。リンを弾劾した会議の時、月から来た年寄り達の表情を見ただろ?
ハイネが現れたら、連中は目尻を下げて喜んでいた。
 僕も実を言うと彼をほったらかしに出来ないんだ。ポールの危うさと違って、彼はしっかりしているから、誰の助けも要らないのだがね。ただそばに居てやりたい、と感じてしまう。それはケンタロウも同じ思いのはずだ。無茶を承知で一緒にジョギングするのだから。」

 ケンウッドは頷いた。

「実は私はオライオンに心の中で誓ったんだ。彼の代わりにハイネのそばに居てやる、と。」
「しかし、僕等は多分彼より長くは生きられない。彼は無事に暮らしていけば、後70年か80年は生きるぞ。」
「わかっているさ。だが可能な限り、私はここに居たい。ドーマー達がみんな可愛いんだよ。ハイネだけじゃない、ペルラもロッシーニもレインもワグナーも・・・セイヤーズだって、気になるんだ。」
「それは地球熱って言う病気だな、ニコラス。」

 パーシバルはそう言って可笑しそうに笑った。

「きっとキーラ・セドウィックも同じ病気だぜ。女性で30年もここに居るなんて、彼女ぐらいなものだろう? 普通、女性達は男の子しか生めなくなるんじゃないかって心配して数年で宇宙に帰ってしまう。だが、キーラはずっと居る。重力休暇を取るために年に一月ほど宇宙へ帰るが、それだって4回に分けているんだ。」
「彼女は産科だし、子供の誕生は待ってくれないからな・・・」

 真実を言ってしまおうか、どうしようかとケンウッドが迷ううちにカートは終点に到着した。
 彼等はカートを降り、エレベーターに乗って地上へ戻った。
 そのまま歩いてアパートに向かった。

「実は、ちょっと気がかりなことがある。」

 とパーシバルが声を低くして呟いた。ケンウッドが彼の顔を見ると、彼は殆ど聞こえないような声で言った。

「セイヤーズは本当に手ぶらで脱走したのだろうか?」
「どう言うことだい?」
「彼は出て行った時、ハードケースを持っていた。」
「あれは空だった。監視カメラでも、彼が空であることを出口の係官に見せているところが映っていた。」

 パーシバルがさらに小さな声で言った。

「あの子は手先が器用なんだ。」
「だから?」
「手品なんてお手の物だ。」

 ケンウッドは立ち止まった。パーシバルが立ち止まったからだ。

「手品?」
「ほら、よくあるじゃないか、箱が空だと見せておいて、素早く袖に隠していた物を入れて、次に開けた時には物が入っているって言う手品が。」
「セイヤーズが一体何を持ち出したって疑っているんだ?」
「それがわからないから、気になるんだよ。ハードケースに入れる物と言えば?」

 ケンウッドはドキリとした。

「細胞か・・・」