2018年1月4日木曜日

購入者 2 - 3

 電力節約の為に食堂のメニューは普段の半分に削られていた。それでもトーストにチーズを載せることは出来たし、卵をたっぷり食べることも、温かいスープやミルクを飲むことも出来たので、ドーマー達もコロニー人達も苦情を申し立てることはなかった。

「維持班から復旧の予定日を聞いたかね?」
「ええ、部品は2日後に届くので、順調に行けばその日の内に停電も解消されるはずです。」
「とんだトバッチリだったな。」

 何気ないケンウッドの言葉に、チーズトーストを齧っていたハイネが動きを止めた。

「トバッチリ? 単純な落下事故ではないのですか?」

 相変わらず鋭く細かいところを突いてくる来る男だ。だがケンウッドはロッシーニが口外するなと言う箝口令を守ったことを評価することにした。

「いや、言葉のアヤだよ。宇宙のゴミ処理管理はきちんとして欲しいものだ。」

 ドーマー達が動き始めた。第一弾が朝食を終えて仕事に出て行き、第2弾のグループが現れ始めた。停電のお陰でテレビが見られないので、誰もが仕事で身体を動かして暖かくしようと言う考えなのだ。
 食事を終えたハイネが立ち上がったので、ケンウッドも立ち上がり、コートを着るのを手伝ってやった。首元のボタンは留めずにマフラーを少し緩めに巻いてやる。ハイネはスマートな長身なのでロングコートも長いマフラーも良く似合っていた。周囲の若いドーマー達がこのハンサムなリーダーを惚れ惚れと見つめているのを、ケンウッドは感じていた。ハイネは後数日で90歳の誕生日を迎えるが、見た目はまだ50歳になるかならないかの若さだ。だから、ダニエル・オライオンの忘れ形見である2人の息子達には会いたくても会えない。進化型1級遺伝子は地球上では存在してはならないものなのだ。そんな稀な遺伝子を持っている説明を一般の地球人に聞かせる訳にいかない。
 2人が食堂から出たところへヤマザキ・ケンタロウ医療区長が入れ替わりにやって来た。

「なんだ、もう食べてしまったのかい?」
「今朝は運動する気になれなくてね。」
「体を動かせば暖かくなるだろう?」
「でもシャワーを使えないじゃないか。」
「ジャグジーで汗を流せばいいさ。」

 ヤマザキはジャグジーの湯がまだ温かいことを指摘して食堂に入って行った。
 ケンウッドとハイネは顔を見合わせた。2人共夕方迄ジャグジーが温かいとは思っていなかった。2日の我慢だ。
 それぞれの職場に別れ、ケンウッドは中央研究所の長官執務室に入った。幸い昨日の暖房の名残が残っていた。上着を着たままで仕事に取り掛かる準備をしていると、秘書達が出勤してきた。第1秘書ヴァンサン・ヴェルティエンは寒さに強いが、第2秘書ジャン=カルロス・ロッシーニはドーマーなので厚着していた。ケンウッドはドーマーを過保護に育てたことをちょっぴり後悔した。地球人はもう少し寒さに平気なはずだが・・・。




2018年1月3日水曜日

購入者 2 - 2

 オライオン元ドーマーは76歳で定年退職して79歳で老衰でこの世を去った。彼は元ドーマーだったので普通の地球人より老化が遅く、10歳ばかり年齢を誤魔化していた。長男のジュニアは彼が30歳の時の子供で、3年前54歳で退職した。まだ定年の歳ではなかったが、本人はやりたいことがあったので仕事を辞めたのだと、ハイネに宛てた書簡に書いてあったそうだ。退職に当たって、彼は父親から譲られた屋敷と財産を整理して弟と分け合った。その時になって、父親が「兄」に贈ろうと思って果たせなかった贈り物を父親の書斎だった部屋から見つけ出したのだ。
 父親の「兄」の存在は、ジュニアだけが知っていた。連邦捜査局に採用された時に、父親が自らの出自を打ち明けてくれたのだ。オライオン元ドーマーは「取り替え子」の秘密は守ったが、自身の身の上を「両親がいない孤児」と呼び、一緒に育った血の繋がらない、しかし最愛の「兄」がいるのだと息子に説明していた。そしてその「兄」はドームの中で働いていて、高齢ではあるがまだ健在であり、オライオン元ドーマーは自らの形見としていくつかの品物を彼に贈るべく用意していた。
 実際にオライオン元ドーマーは生前にハイネ宛てに贈り物を送ったのだ。しかし、当時ハイネは大病の後遺症を治療する間、観察棟に幽閉されていた。そしてドームはハイネの仇敵サンテシマ・ルイス・リン長官に支配されていた。ハイネ宛ての荷物を外から受け取った保安課は困った。遺伝子管理局長宛ての荷物は、リンがチェックすることになっていた。だがその荷物はどう見ても私物であって、公的な物には見えなかった。当時の保安課のクーリッジ課長は、ケンウッドからハイネの部屋兄弟ダニエル・オライオンの存在を聞かされていたので、その荷物をリンに見せてはならないと判断し、返送したのだ。「今は時期ではありません」と書き添えて・・・。
 オライオン元ドーマーは、きっと落胆したことだろう。彼はハイネが病気から完治するのを待たずにこの世を去った。そして返送された荷物は、長い間忘れ去られ放置されていたのだ。
 ジュニアは、父親より年上のハイネがまだ健在であると言う信じられないような事実を連邦捜査局時代に知った。そして、書斎で発見した荷物をもう一度ドームに送ったのだ。
 荷物は無事にローガン・ハイネの手元に届けられ、ハイネは初めて「コート」なる衣服を手にした。冬場に外へ出かけていく部下達が着用している物だ。ドーム内では用がないと思えたが、その暖かく優しい手触りに、彼は亡き弟の心を感じ、大切に保管していた。
それがとうとう・・・

「停電で出番が来たのです。ダニエルも贈って良かったと思っているでしょう。」

とハイネが笑いながら言った。ケンウッドも嬉しかった。ダニエル・オライオン元ドーマーのことは長い間ハイネの人生にとってシコリの様なものだった。だから、ケンウッドもヤマザキもオライオンの話題は努めて避けた。それがハイネの口から語られることが最近多くなった。思えば、ジュニアが引退をケンウッドに知らせて来た頃からだ。ハイネは弟の形見を受け取り、何かを吹っ切れたのだ。

「コートの由来はわかった。そのマフラーも形見かい?」
「これは違います。」

 ハイネはマフラーを広げて見せた。ちょっと線がいびつな手編みだとわかった。

「誰かからのプレゼントか?」
「ええ・・・」

 ハイネが意味深に笑って見せた。

「編み物が趣味の部下がいまして・・・いろんな物を編んで局内で順番に配っているのです。私とジェレミーはお揃いのマフラーです。ネピアは鍋敷きでしたか・・・ベイルはレッグウォーマーでしたね。」
「あのネピア・ドーマーに鍋敷き?」

 お堅い秘書が鍋敷きをもらった? ケンウッドは想像がつかなくて笑うしかなかった。

購入者 2 - 1

 破損したケーブルの部品は2日後に届くと言う連絡が月の執行部から入ったのは、翌朝早朝だった。ケンウッドは朝食に出かける前にその連絡をアパートで受けた。室内は肌寒く、宇宙空間で着用する保温アンダーシャツを着て、その上にいつもの服を着た。体を動かすと暖かくなるのだ。ドーマー達にもコンビニで販売されているので、寒さの問題は解消されていると思ったのだが、外に出ると着膨れした男達が歩き回っていた。
 運動施設に行く気分にならないので、一般食堂に直行すると、まだ暗いドーム内で食堂のグリーンのガラス壁が煌々と輝いて見えた。中は混雑していた。運動をサボることにしたドーマーやコロニー人達が業務開始迄の時間を潰していたのだ。暖房と照明に用いる電力を節約してコンピュータや業務に必要な機械を動かせることがわかったので、仕事は普段通り行われる。
 ケンウッドは料理を取って空いているテーブルを見つけた。時間的にハイネ局長が早朝の運動を終えてやって来る頃だと思っていると、ドーマー達がにわかに騒ぎ出した。静かだが、ざわついたのだ。食堂の入り口に視線を向けたケンウッドは、思わず吹き出しそうになった。
 濃紺のウールのロングコートを着て前のボタンを上から下まできっちり留めた長身の男が入って来るところだった。顔の下半分はグレーの毛糸のマフラーでグルグル巻きで見えないが、頭髪は純白で、ローガン・ハイネ・ドーマーその人だと一目で判別出来た。
 ハイネはぎこちない動きで料理を取って、支払いを済ませると、食堂内を見回した。ケンウッドが手を挙げて見せると小さく頷き、テーブルにやって来た。

「おはよう。厳重な防寒対策だが、そんなに寒いのかね、局長?」

 ケンウッドが思わずからかうと、ハイネはトレイを置いてからマフラーをほどきながら答えた。

「年寄りには応えますよ。」

 次いでコートも脱ぎにかかった。ケンウッドは衣料品に詳しくなかったが、それは上質のカシミアのコートだとわかった。宇宙でも地球でも高価な品だ。ハイネがお金を持っていることは知っているが、こんな買い物をする人間だったろうか? どこでこんな物を買ったのだろう?
 彼は尋ねてみた。

「素敵なコートだが、どこで買ったんだい?」

すると意外な答えが返って来た。

「買ったのではなく、もらったのです。」
「誰に? 何時?」

 ハイネは無造作にコートを丸めて隣の椅子に置いた。

「ダニエル・オライオン・ジュニアからです。」
「!」

 その名前を聞いて、ケンウッドはびっくりした。ローガン・ハイネ・ドーマーの部屋兄弟ダニエル・オライオン元ドーマーの長男だ。10年前、病気で意識不明の状態が続いていたハイネを覚醒させる手がかりを求めて、ケンウッドが面会した人だった。ジュニアは父親の後を継いで連邦捜査局の科学捜査班で働いていた。そして介護施設に入居していた父親をケンウッドに紹介してくれたのだ。ケンウッドはジュニアとその後書簡でやりとりしていたが、ハイネは彼とは付き合いがなかった。意識してオライオン家の人々と付き合わなかったのだ。ジュニアは3年前連邦捜査局を退職していたので、遺伝子管理局とも繋がりが切れていた。
 だからハイネがジュニアからカシミアのコートをもらったと言ったので、驚いたのだ。


2018年1月2日火曜日

購入者 1 - 7

 ゲストハウスで余計な電力を使わせる訳にはいかない、と西ユーラシア遺伝子管理局長ミヒャエル・マリノフスキー・ドーマーはドーム空港が使用可能になった午後7時、最終便でヨーロッパに帰国した。送迎フロア迄見送りに出たローガン・ハイネ・ドーマーはちょっぴり寂しそうだった。停電がなければ一晩マリノフスキーと酒を飲んでのんびり語り明かすつもりだったのだ。次に会える保証はない。2人共に90歳だ。進化型1級遺伝子を持っているからと言って永久に生きていられる訳でない。
 一緒に見送りに出たケンウッド長官は、ハイネが黙って閉じられたゲイトを見つめているのが切なく思えた。ハイネにとって同世代の唯一の友人が帰ってしまったのだ。残った友人はコロニー人も含めて全員年下だ。
 何か励ましの言葉を掛けてやらねば、と思った時、ハイネが振り返った。

「寒くないですか、長官?」

 彼が両腕で自身を抱くようにして見せた。生まれてからずっと暖かいドームの中で育ったドーマーには、今回の停電による暖房上限設定は初体験だ。室温15度は、コロニー人には寒い範疇に入らないが、ドーマー達には寒いのだ。
 ケンウッドは友人がいなくなった寂しさより室温低下で健康を損なう方がドーマーには深刻な問題だと気が付いた。特に90歳の友人にとっては、場合によっては命取りになりかねない。

「早く居住区に帰ろう、ハイネ。」

 ケンウッドもハイネも長い回廊を歩くのが好きなのだが、この夜は近道で出産管理区のスタッフ通路を通り、医療区を通り抜けた。

「マリノフスキー局長は、ダリル・セイヤーズ・ドーマーがまだ見つからないことに何か言っていたかね?」
「いいえ、今回は何も・・・忘れていたのかも知れません。」
「セイヤーズを出張させたことを、月の執行部は怒っていた。西ユーラシアの長官が叱られたが、遺伝子管理局は何もお咎めはなかったのだろうか? 勿論、執行部は長官を叱っても地球人には直接苦情を言いはしないのだが、長官の方から局長に叱責はあったはずだ。」
「あったとしても・・・」

 ハイネが苦笑した。

「もう10年前のことです。マリノフスキーはなぁんにも気にしていませんよ。彼は正しい判断を下せる男です。セイヤーズの脱走に直接関係したサンテシマ・ルイス・リンはもうここにいないのですから、貴方や私に彼が文句をつける理由がありません。」
「そうか・・・それなら良いんだ。私の取り越し苦労だったね。」
「彼は貴方が好きですよ。」
「そうかい?」
「あの男は他人の優しさを敏感に感じ取るのです。どんなに冷たく振る舞う人でも、その心の奥底にある優しさを、彼はすぐ察知します。ですから、彼が他人を嫌いになることは滅多にありません。」
「彼に嫌われたら、真の悪党と言うことか・・・」

 医療区のロビーには数人のドーマーが居た。無菌管理されているドーム内で感染性の病気になることは滅多にない。普段より人が多かったので、ケンウッドは訝しく思った。ハイネもちょっと驚いた様子で、受付の方を見た。受付ロボットは機能を止めていて、人が働いていた。その事務員と話をしていた医療区長ヤマザキ・ケンタロウが2人に気が付いて、「やあ」と声をかけた。ケンウッドとハイネは彼のそばに行った。

「患者が普段より多い様だが?」
「ああ、心配ないよ。停電で物にぶつかったり、仲間と衝突した連中が打ち身の治療に来ているんだ。大怪我した者はいないから、湿布薬を処方して終わりさ。」

 ヤマザキはちょっと笑った。

「暗闇恐怖症とか閉所恐怖症の者が3人ばかりいたけど、キャリー・ワグナー医師に面倒見てもらっている。」

 キャリー・ワグナーは珍しい女性のドーマーで、精神科の医師だ。彼女に診てもらいたくて神経症を患うドーマーがいるぐらいだが、彼女は既婚者だ。夫は同じ部屋で育ったドーマーで遺伝子管理局の局員クラウス・フォン・ワグナーだった。ドームとしてはこの夫婦に子供を作らせたいのだが、ドーマーの子供は親ではなく他人に育てられる。外へ養子に出されるのだ。だから、ワグナー夫妻は子供を作らない。ケンウッドは子供好きなこの夫婦が可哀想に思えるのだった。

 ドーマーでなければ、今頃は子供達に囲まれて温かな家庭を築いているだろうに・・・。


購入者 1 - 6

 ドーム維持班が防寒着を作業着の上に着て外へ出かけた。太陽光発電の蓄電施設周辺のケーブルを調べているのがドームの壁越しに見えた。ドーマーもコロニー人も滅多に壁に近づかないのだが、この日は大勢が壁に近づいて外を眺めていた。停電しているので仕事が中断しているせいもあった。図書館は使えないし、ジムも闘技場も球技場もシャワーが使えないのでは使用する気分になれない。非常用電源は全て出産管理区とクローン製造施設、医療区を優先して使っている。
 維持班総代ロビン・コスビー・ドーマーがケンウッド長官の端末に電話を掛けてきた。

「主ケーブルが人工衛星の破片で切断されています。補助ケーブルで電流を通しますが、ドーム全体を賄うのはちょっと無理があります。」
「宇宙から資材を取り寄せよう。大至急必要な物をリストアップしてくれ。」
「了解しました。」
「最低限、どの程度の範囲で電気を使用できるのかな?」
「それもリストアップします。現在は厨房、ドアの開閉、通信機能のみですが、節約すれば範囲は広げられるでしょう。」

 ケンウッドは時計を見た。夕方の5時、もう外は夜の帳が降りかけていた。今夜は寒さに耐えなければならない。ガブリエル・ブラコフ副長官が食堂にドーマー達を集めていた。厨房は食事の支度があるので電気が通っている。薄暗いが照明が灯っていた。わいわいガヤガヤと喋っていたドーマー達は、配膳カウンター横に副長官が立つと静かになった。

「ドーマー諸君、それに執政官を始めとするコロニー人諸君。」

とブラコフは説明会を開始した。彼は事故の被害状況を説明し、今夜の復旧は無理であること、今夜使用可能な電力量を説明して節電協力を求めた。

「復旧にはどの程度時間が掛かりますか?」

 誰もが気にしていることだ。ブラコフは正直に答えた。

「現在維持班が必要な資材をリストアップする作業に入っている。それが出来たら、直ちに月の本部に発注する。急がせるから、どうか工事が終わるまで辛抱して欲しい。前代未聞の事故に我々も困っているが、出産管理区とクローン製造施設には被害が出ていないのは不幸中の幸いだ。ドームの外のシティにも被害が出ているそうなので、我々は我々だけでこの災難を乗り切ろう。」
「シティへの援助は?」
「それは地球政府が行う。役割分担はきちんとする。こちらの問題が先に解決出来れば、シティの援助も出来るはずだ。
 今夜は外気温がかなり低下している。君達のアパートの暖房は上限を決めておくが、止めることはしない。だが『外』は普段通りにはいかないので、防寒対策を各自お願いする。体調を崩さないように、夜間は出来るだけアパートに居ること。
 大丈夫、1週間はかからないはずだ。君達なら乗り越えられる。」

購入者 1 - 5

 遺伝子管理局本部はゲストハウスではない。しかし、飛行機に乗り損ねた西ユーラシアの遺伝子管理局長を休ませることは出来る。ただし、電源復旧がまだなので真っ暗だったが・・・。
 局員達は各自オフィスの窓際に集まり、薄暗い雪空の明かりだけを頼りに書類仕事をしていた。午後は通常内勤業務を終えて運動の時間なのだが、その日は午前中に局長会議が開かれていたので、局員達の業務開始がずれたのだ。
 何が起きたのかは、局長から各自の端末にメッセージで説明があった。局長は長官から説明をもらったのだ。電源復旧まで我慢するしかない。維持班はマザーの非常時対応回路を開き、医療区と厨房、そして各自のアパートの暖房に電気を通したが、その他の部分、照明やコンピュータ、浴場関係などは後回しだ。唯一動かせるコンピュータは遺伝子管理局長のメインコンピュータだけで、これは南北両アメリカ大陸の住民の生死の記録に関係するからだ。
 部下達が難儀しているのを尻目に、ハイネ局長は自身の職務を着実にこなしていた。それを横で退屈そうな表情でミヒャエル・マリノフスキー局長が眺めていた。やっている内容は彼の日課と全く変わらない。世界中の遺伝子管理局長が毎日同じ作業を繰り返し行なっているのだ。彼等が年齢的に消耗して仕事が出来なくなる日まで。
 マリノフスキーは西ユーラシアに電話を掛けたいのだが、事故の詳細が判明する迄待ってくれとケンウッド長官から「待った」がかかっている。

「帰りが遅れると言いたいだけなのになぁ・・・」
「ついでに夕飯の内容も聞きたいのだろう?」

 作業をしながらハイネがからかった。同年齢だし、実際に会うのはこの日で2度目なのだが、2人は若い頃から気が合った。画像電話や書簡で色々な話をしてきた。だが半日以上一緒に過ごすのは初めてだ。
 局長執務室は長官執務室と同じ造りで窓がない。真っ暗なので、コンピュータの明かりだけが頼りだ。2人の秘書、ジェレミー・セルシウス・ドーマーとネピア・ドーマーは秘書としての業務は終わっていたのだが、客人とボスを置いて運動に出かける気分ではなかった。ジムに行っても真っ暗だろうし、シャワーも使えないのでは、運動したい気分にならない。

「遠くからお越し戴いたのに、お茶も出せず、こんな事態になって残念です。」

とセルシウスが断った。筋肉質の頑健な体躯で口髭を生やしているので、見た目は怖そうな男だが、気が優しい。マリノフスキーはニコニコと笑い返した。

「一生に一度はこんな経験も良いもんだよ。私等はコロニー人に大事にされ過ぎているからなぁ。」

 大事にされていても、マリノフスキーは若い頃から何度も外国へ出張に出ている。1歩もドームの外に出たことがない箱入り息子のハイネとは大きな違いだ。第2秘書のネピアは部下達が何か情報を持ってこないかと通路の方を気にしていた。人工衛星の墜落なんて彼は信じていなかった。古い廃棄人工衛星は防衛軍が常時見張っている。うっかり落っこちて来るのを見逃すはずがない。

「これは何かの陰謀ですよ。」

とネピアが呟いたので、ハイネとマリノフスキーは顔を見合わせ、クスッと笑った。


購入者 1 - 4

 アメリカ合衆国(第二世代)大統領チャールズ・ヨコタはケンウッド長官に挨拶もそこそこについ数分前に起きた異変についてドームに異常がなかったですか?と尋ねた。
空からの落下物がドーム方面に落ちたと言うアメリカ大陸防衛軍の報告を聞き、慌てて人類の「揺り籠」の安否確認に電話を掛けてきたのだ。
 ケンウッドは努めて冷静に応対した。

「当方の出産管理区及びクローン製造施設に被害はありません。ドームの外に被害が出ていると聞きましたので、そちらの方が心配です。」

 ドーム居住区の停電には言及しなかった。外の政府には関係ないことで心配を掛けたくなかった。ドーム外郭シティの被害を食い止めるのが、地球人側の役目だ。そちらに専念してもらえれば、ドームはドームで対処出来る・・・はずだ。

「何が落ちたのか、そちらでは何か情報がありますか?」

 ケンウッドの質問にヨコタ大統領は側近に声を掛けた。ちょっと遠くの方で声が答え、大統領が電話口に戻った。

「国防総省からの報告では、人造物だそうです。」
「人造物?」

まさかミサイル攻撃ではあるまいな? ケンウッドはテロを想像してドキリとした。しかし大統領は言った。

「恐らく古い人工衛星の破片などが大気圏に突入し、燃え尽きずに地上に落ちたと考えられるそうです。詳細はこれから調査します。ドームに被害がなくて何よりでした。」
「お心遣い有り難うございます。被害に遭われたシティにはお見舞い申し上げます。」

 電話を切ると、直ぐにまた通信が入った。今度はコンピュータだ。停電しているが、宇宙からの通信回路をマザーが優先的に回復させたらしい。
 ケンウッドが出ると、宇宙防衛軍の制服を着た女性が画面に現れた。肩章は少将だ。

「地球周回軌道防衛隊の司令官エリザベート・エルドランです。」

と将軍が名乗った。ケンウッドは直ぐに落下物の件だと察した。

「アメリカ・ドーム長官ニコラス・ケンウッドです。先刻の落下物の件でしょうか?」
「そうです。申し訳ありません。」

と将軍が謝った。

「軍の演習中に制御不能に陥った無人戦闘機があり、地球の引力圏に入った為、撃墜しました。大気圏で燃え尽きることを期待したのですが、いくつかの破片が地表に到達してしまい、地球に被害を与えた模様です。」

 ケンウッドはコンピュータ画面の明かりで隣に来たブラコフ副長官の顔が見えたので、そちらへ顔を向けた。ブラコフもケンウッドを見た。
 ケンウッドはエルドラン少将に言った。

「防衛軍の失態を地球側に知らせる訳にはいきませんな?」
「そうです。」

 将軍はドーム長官が話のわかる人だと思ったのか、ちょっと表情を和らげた。

「地球政府には、古い人工衛星の残骸が落下したと報告しますので、どうかドームでもそれで押し通していただきたいのです。よろしくお願いします。」
「地上に被害が出ています。当ドームでも発電施設関連で被害が生じ、現在ドームの一部で停電が発生しています。」
「地球政府には、宇宙空間の漂流物管理の手落ちとして当方から復旧作業の援助を申し出ます。そちらは当方にお任せ下さい。」

 つまり、シティの被害についてはドームは一切口出しするなと言っているのだ。

「ドームの被害については・・・」
「放射能被害がなければ良いのですが・・・」
「その点は大丈夫です。シティにもドームにも放射能の心配はありません。物的被害につきまして・・・」
「物的修復に関しては、当方のドーマー達が優秀な技術力で対処してくれるはずです。防衛軍は資材と費用で援助願います。」

 ケンウッドは軍が地球に降りてくるのを良しとしなかった。ドームは地球人の出産の場だ。誕生の場だ。神聖な場所だ。そこに軍人が来るのは好まなかった。軍は宇宙空間で守ってくれれば良い。

「被害状況を直ちに調査させ、必要な物と費用を確定次第そちらへ請求します。」

 強気のケンウッドに、少将は苦笑した。ドームで働く遺伝子学者達はどうしてこうも強気になれるのだろう。兵器も将兵も何も持っていないのに。

「承知しました。では、こちらは合衆国政府との話し合いに入りますので、失礼します。」

 コンピュータ画面が閉じられ、マザーがまた電源を落とした。執務室内は真っ暗になった。
 ブラコフが囁いた。

「怪しいですね、あっさりと長官の言い分を聞き届けるなんて・・・」
「演習中の事故ではないのかも知れないな。」

とケンウッドは呟いた。

「恐らく軍の外に漏らしたくない事件が起きたのかも知れん。しかし、私等には関係ないことだよ、ガブリエル。」
「そうですね・・・私等は地球人を守られればそれで十分です。」

 ケンウッドは秘書達を思い出した。第1秘書はコロニー人だが、第2秘書は地球人だ。しかも、コロニー人を監視する遺伝子管理局内務捜査班のチーフなのだ。ジャン=カルロス・ロッシーニの正体を知っているのは、この室内ではケンウッド唯1人だった。
 ケンウッドは、他の部下の手前、ロッシーニに口止めしなければならなかった。

「ロッシーニ、聞いての通り、コロニー人の不手際だ。ドーマー達に動揺を与えぬよう、人工衛星の落下で話を統一しておく。」

 彼は第1秘書ヴァンサン・ヴェルティエンとブラコフにも言い聞かせた。

「執政官や助手達にも人工衛星落下で納得させる。良いかね?」
「承知しました。」
「直ぐに維持班に電源復活を指示します。」

 恐らくロッシーニは、言うなと言われてもローガン・ハイネ局長には報告するだろう。