2018年1月2日火曜日

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 遺伝子管理局本部はゲストハウスではない。しかし、飛行機に乗り損ねた西ユーラシアの遺伝子管理局長を休ませることは出来る。ただし、電源復旧がまだなので真っ暗だったが・・・。
 局員達は各自オフィスの窓際に集まり、薄暗い雪空の明かりだけを頼りに書類仕事をしていた。午後は通常内勤業務を終えて運動の時間なのだが、その日は午前中に局長会議が開かれていたので、局員達の業務開始がずれたのだ。
 何が起きたのかは、局長から各自の端末にメッセージで説明があった。局長は長官から説明をもらったのだ。電源復旧まで我慢するしかない。維持班はマザーの非常時対応回路を開き、医療区と厨房、そして各自のアパートの暖房に電気を通したが、その他の部分、照明やコンピュータ、浴場関係などは後回しだ。唯一動かせるコンピュータは遺伝子管理局長のメインコンピュータだけで、これは南北両アメリカ大陸の住民の生死の記録に関係するからだ。
 部下達が難儀しているのを尻目に、ハイネ局長は自身の職務を着実にこなしていた。それを横で退屈そうな表情でミヒャエル・マリノフスキー局長が眺めていた。やっている内容は彼の日課と全く変わらない。世界中の遺伝子管理局長が毎日同じ作業を繰り返し行なっているのだ。彼等が年齢的に消耗して仕事が出来なくなる日まで。
 マリノフスキーは西ユーラシアに電話を掛けたいのだが、事故の詳細が判明する迄待ってくれとケンウッド長官から「待った」がかかっている。

「帰りが遅れると言いたいだけなのになぁ・・・」
「ついでに夕飯の内容も聞きたいのだろう?」

 作業をしながらハイネがからかった。同年齢だし、実際に会うのはこの日で2度目なのだが、2人は若い頃から気が合った。画像電話や書簡で色々な話をしてきた。だが半日以上一緒に過ごすのは初めてだ。
 局長執務室は長官執務室と同じ造りで窓がない。真っ暗なので、コンピュータの明かりだけが頼りだ。2人の秘書、ジェレミー・セルシウス・ドーマーとネピア・ドーマーは秘書としての業務は終わっていたのだが、客人とボスを置いて運動に出かける気分ではなかった。ジムに行っても真っ暗だろうし、シャワーも使えないのでは、運動したい気分にならない。

「遠くからお越し戴いたのに、お茶も出せず、こんな事態になって残念です。」

とセルシウスが断った。筋肉質の頑健な体躯で口髭を生やしているので、見た目は怖そうな男だが、気が優しい。マリノフスキーはニコニコと笑い返した。

「一生に一度はこんな経験も良いもんだよ。私等はコロニー人に大事にされ過ぎているからなぁ。」

 大事にされていても、マリノフスキーは若い頃から何度も外国へ出張に出ている。1歩もドームの外に出たことがない箱入り息子のハイネとは大きな違いだ。第2秘書のネピアは部下達が何か情報を持ってこないかと通路の方を気にしていた。人工衛星の墜落なんて彼は信じていなかった。古い廃棄人工衛星は防衛軍が常時見張っている。うっかり落っこちて来るのを見逃すはずがない。

「これは何かの陰謀ですよ。」

とネピアが呟いたので、ハイネとマリノフスキーは顔を見合わせ、クスッと笑った。