2018年1月3日水曜日

購入者 2 - 2

 オライオン元ドーマーは76歳で定年退職して79歳で老衰でこの世を去った。彼は元ドーマーだったので普通の地球人より老化が遅く、10歳ばかり年齢を誤魔化していた。長男のジュニアは彼が30歳の時の子供で、3年前54歳で退職した。まだ定年の歳ではなかったが、本人はやりたいことがあったので仕事を辞めたのだと、ハイネに宛てた書簡に書いてあったそうだ。退職に当たって、彼は父親から譲られた屋敷と財産を整理して弟と分け合った。その時になって、父親が「兄」に贈ろうと思って果たせなかった贈り物を父親の書斎だった部屋から見つけ出したのだ。
 父親の「兄」の存在は、ジュニアだけが知っていた。連邦捜査局に採用された時に、父親が自らの出自を打ち明けてくれたのだ。オライオン元ドーマーは「取り替え子」の秘密は守ったが、自身の身の上を「両親がいない孤児」と呼び、一緒に育った血の繋がらない、しかし最愛の「兄」がいるのだと息子に説明していた。そしてその「兄」はドームの中で働いていて、高齢ではあるがまだ健在であり、オライオン元ドーマーは自らの形見としていくつかの品物を彼に贈るべく用意していた。
 実際にオライオン元ドーマーは生前にハイネ宛てに贈り物を送ったのだ。しかし、当時ハイネは大病の後遺症を治療する間、観察棟に幽閉されていた。そしてドームはハイネの仇敵サンテシマ・ルイス・リン長官に支配されていた。ハイネ宛ての荷物を外から受け取った保安課は困った。遺伝子管理局長宛ての荷物は、リンがチェックすることになっていた。だがその荷物はどう見ても私物であって、公的な物には見えなかった。当時の保安課のクーリッジ課長は、ケンウッドからハイネの部屋兄弟ダニエル・オライオンの存在を聞かされていたので、その荷物をリンに見せてはならないと判断し、返送したのだ。「今は時期ではありません」と書き添えて・・・。
 オライオン元ドーマーは、きっと落胆したことだろう。彼はハイネが病気から完治するのを待たずにこの世を去った。そして返送された荷物は、長い間忘れ去られ放置されていたのだ。
 ジュニアは、父親より年上のハイネがまだ健在であると言う信じられないような事実を連邦捜査局時代に知った。そして、書斎で発見した荷物をもう一度ドームに送ったのだ。
 荷物は無事にローガン・ハイネの手元に届けられ、ハイネは初めて「コート」なる衣服を手にした。冬場に外へ出かけていく部下達が着用している物だ。ドーム内では用がないと思えたが、その暖かく優しい手触りに、彼は亡き弟の心を感じ、大切に保管していた。
それがとうとう・・・

「停電で出番が来たのです。ダニエルも贈って良かったと思っているでしょう。」

とハイネが笑いながら言った。ケンウッドも嬉しかった。ダニエル・オライオン元ドーマーのことは長い間ハイネの人生にとってシコリの様なものだった。だから、ケンウッドもヤマザキもオライオンの話題は努めて避けた。それがハイネの口から語られることが最近多くなった。思えば、ジュニアが引退をケンウッドに知らせて来た頃からだ。ハイネは弟の形見を受け取り、何かを吹っ切れたのだ。

「コートの由来はわかった。そのマフラーも形見かい?」
「これは違います。」

 ハイネはマフラーを広げて見せた。ちょっと線がいびつな手編みだとわかった。

「誰かからのプレゼントか?」
「ええ・・・」

 ハイネが意味深に笑って見せた。

「編み物が趣味の部下がいまして・・・いろんな物を編んで局内で順番に配っているのです。私とジェレミーはお揃いのマフラーです。ネピアは鍋敷きでしたか・・・ベイルはレッグウォーマーでしたね。」
「あのネピア・ドーマーに鍋敷き?」

 お堅い秘書が鍋敷きをもらった? ケンウッドは想像がつかなくて笑うしかなかった。