2018年1月3日水曜日

購入者 2 - 1

 破損したケーブルの部品は2日後に届くと言う連絡が月の執行部から入ったのは、翌朝早朝だった。ケンウッドは朝食に出かける前にその連絡をアパートで受けた。室内は肌寒く、宇宙空間で着用する保温アンダーシャツを着て、その上にいつもの服を着た。体を動かすと暖かくなるのだ。ドーマー達にもコンビニで販売されているので、寒さの問題は解消されていると思ったのだが、外に出ると着膨れした男達が歩き回っていた。
 運動施設に行く気分にならないので、一般食堂に直行すると、まだ暗いドーム内で食堂のグリーンのガラス壁が煌々と輝いて見えた。中は混雑していた。運動をサボることにしたドーマーやコロニー人達が業務開始迄の時間を潰していたのだ。暖房と照明に用いる電力を節約してコンピュータや業務に必要な機械を動かせることがわかったので、仕事は普段通り行われる。
 ケンウッドは料理を取って空いているテーブルを見つけた。時間的にハイネ局長が早朝の運動を終えてやって来る頃だと思っていると、ドーマー達がにわかに騒ぎ出した。静かだが、ざわついたのだ。食堂の入り口に視線を向けたケンウッドは、思わず吹き出しそうになった。
 濃紺のウールのロングコートを着て前のボタンを上から下まできっちり留めた長身の男が入って来るところだった。顔の下半分はグレーの毛糸のマフラーでグルグル巻きで見えないが、頭髪は純白で、ローガン・ハイネ・ドーマーその人だと一目で判別出来た。
 ハイネはぎこちない動きで料理を取って、支払いを済ませると、食堂内を見回した。ケンウッドが手を挙げて見せると小さく頷き、テーブルにやって来た。

「おはよう。厳重な防寒対策だが、そんなに寒いのかね、局長?」

 ケンウッドが思わずからかうと、ハイネはトレイを置いてからマフラーをほどきながら答えた。

「年寄りには応えますよ。」

 次いでコートも脱ぎにかかった。ケンウッドは衣料品に詳しくなかったが、それは上質のカシミアのコートだとわかった。宇宙でも地球でも高価な品だ。ハイネがお金を持っていることは知っているが、こんな買い物をする人間だったろうか? どこでこんな物を買ったのだろう?
 彼は尋ねてみた。

「素敵なコートだが、どこで買ったんだい?」

すると意外な答えが返って来た。

「買ったのではなく、もらったのです。」
「誰に? 何時?」

 ハイネは無造作にコートを丸めて隣の椅子に置いた。

「ダニエル・オライオン・ジュニアからです。」
「!」

 その名前を聞いて、ケンウッドはびっくりした。ローガン・ハイネ・ドーマーの部屋兄弟ダニエル・オライオン元ドーマーの長男だ。10年前、病気で意識不明の状態が続いていたハイネを覚醒させる手がかりを求めて、ケンウッドが面会した人だった。ジュニアは父親の後を継いで連邦捜査局の科学捜査班で働いていた。そして介護施設に入居していた父親をケンウッドに紹介してくれたのだ。ケンウッドはジュニアとその後書簡でやりとりしていたが、ハイネは彼とは付き合いがなかった。意識してオライオン家の人々と付き合わなかったのだ。ジュニアは3年前連邦捜査局を退職していたので、遺伝子管理局とも繋がりが切れていた。
 だからハイネがジュニアからカシミアのコートをもらったと言ったので、驚いたのだ。