アメリカ合衆国(第二世代)大統領チャールズ・ヨコタはケンウッド長官に挨拶もそこそこについ数分前に起きた異変についてドームに異常がなかったですか?と尋ねた。
空からの落下物がドーム方面に落ちたと言うアメリカ大陸防衛軍の報告を聞き、慌てて人類の「揺り籠」の安否確認に電話を掛けてきたのだ。
ケンウッドは努めて冷静に応対した。
「当方の出産管理区及びクローン製造施設に被害はありません。ドームの外に被害が出ていると聞きましたので、そちらの方が心配です。」
ドーム居住区の停電には言及しなかった。外の政府には関係ないことで心配を掛けたくなかった。ドーム外郭シティの被害を食い止めるのが、地球人側の役目だ。そちらに専念してもらえれば、ドームはドームで対処出来る・・・はずだ。
「何が落ちたのか、そちらでは何か情報がありますか?」
ケンウッドの質問にヨコタ大統領は側近に声を掛けた。ちょっと遠くの方で声が答え、大統領が電話口に戻った。
「国防総省からの報告では、人造物だそうです。」
「人造物?」
まさかミサイル攻撃ではあるまいな? ケンウッドはテロを想像してドキリとした。しかし大統領は言った。
「恐らく古い人工衛星の破片などが大気圏に突入し、燃え尽きずに地上に落ちたと考えられるそうです。詳細はこれから調査します。ドームに被害がなくて何よりでした。」
「お心遣い有り難うございます。被害に遭われたシティにはお見舞い申し上げます。」
電話を切ると、直ぐにまた通信が入った。今度はコンピュータだ。停電しているが、宇宙からの通信回路をマザーが優先的に回復させたらしい。
ケンウッドが出ると、宇宙防衛軍の制服を着た女性が画面に現れた。肩章は少将だ。
「地球周回軌道防衛隊の司令官エリザベート・エルドランです。」
と将軍が名乗った。ケンウッドは直ぐに落下物の件だと察した。
「アメリカ・ドーム長官ニコラス・ケンウッドです。先刻の落下物の件でしょうか?」
「そうです。申し訳ありません。」
と将軍が謝った。
「軍の演習中に制御不能に陥った無人戦闘機があり、地球の引力圏に入った為、撃墜しました。大気圏で燃え尽きることを期待したのですが、いくつかの破片が地表に到達してしまい、地球に被害を与えた模様です。」
ケンウッドはコンピュータ画面の明かりで隣に来たブラコフ副長官の顔が見えたので、そちらへ顔を向けた。ブラコフもケンウッドを見た。
ケンウッドはエルドラン少将に言った。
「防衛軍の失態を地球側に知らせる訳にはいきませんな?」
「そうです。」
将軍はドーム長官が話のわかる人だと思ったのか、ちょっと表情を和らげた。
「地球政府には、古い人工衛星の残骸が落下したと報告しますので、どうかドームでもそれで押し通していただきたいのです。よろしくお願いします。」
「地上に被害が出ています。当ドームでも発電施設関連で被害が生じ、現在ドームの一部で停電が発生しています。」
「地球政府には、宇宙空間の漂流物管理の手落ちとして当方から復旧作業の援助を申し出ます。そちらは当方にお任せ下さい。」
つまり、シティの被害についてはドームは一切口出しするなと言っているのだ。
「ドームの被害については・・・」
「放射能被害がなければ良いのですが・・・」
「その点は大丈夫です。シティにもドームにも放射能の心配はありません。物的被害につきまして・・・」
「物的修復に関しては、当方のドーマー達が優秀な技術力で対処してくれるはずです。防衛軍は資材と費用で援助願います。」
ケンウッドは軍が地球に降りてくるのを良しとしなかった。ドームは地球人の出産の場だ。誕生の場だ。神聖な場所だ。そこに軍人が来るのは好まなかった。軍は宇宙空間で守ってくれれば良い。
「被害状況を直ちに調査させ、必要な物と費用を確定次第そちらへ請求します。」
強気のケンウッドに、少将は苦笑した。ドームで働く遺伝子学者達はどうしてこうも強気になれるのだろう。兵器も将兵も何も持っていないのに。
「承知しました。では、こちらは合衆国政府との話し合いに入りますので、失礼します。」
コンピュータ画面が閉じられ、マザーがまた電源を落とした。執務室内は真っ暗になった。
ブラコフが囁いた。
「怪しいですね、あっさりと長官の言い分を聞き届けるなんて・・・」
「演習中の事故ではないのかも知れないな。」
とケンウッドは呟いた。
「恐らく軍の外に漏らしたくない事件が起きたのかも知れん。しかし、私等には関係ないことだよ、ガブリエル。」
「そうですね・・・私等は地球人を守られればそれで十分です。」
ケンウッドは秘書達を思い出した。第1秘書はコロニー人だが、第2秘書は地球人だ。しかも、コロニー人を監視する遺伝子管理局内務捜査班のチーフなのだ。ジャン=カルロス・ロッシーニの正体を知っているのは、この室内ではケンウッド唯1人だった。
ケンウッドは、他の部下の手前、ロッシーニに口止めしなければならなかった。
「ロッシーニ、聞いての通り、コロニー人の不手際だ。ドーマー達に動揺を与えぬよう、人工衛星の落下で話を統一しておく。」
彼は第1秘書ヴァンサン・ヴェルティエンとブラコフにも言い聞かせた。
「執政官や助手達にも人工衛星落下で納得させる。良いかね?」
「承知しました。」
「直ぐに維持班に電源復活を指示します。」
恐らくロッシーニは、言うなと言われてもローガン・ハイネ局長には報告するだろう。
空からの落下物がドーム方面に落ちたと言うアメリカ大陸防衛軍の報告を聞き、慌てて人類の「揺り籠」の安否確認に電話を掛けてきたのだ。
ケンウッドは努めて冷静に応対した。
「当方の出産管理区及びクローン製造施設に被害はありません。ドームの外に被害が出ていると聞きましたので、そちらの方が心配です。」
ドーム居住区の停電には言及しなかった。外の政府には関係ないことで心配を掛けたくなかった。ドーム外郭シティの被害を食い止めるのが、地球人側の役目だ。そちらに専念してもらえれば、ドームはドームで対処出来る・・・はずだ。
「何が落ちたのか、そちらでは何か情報がありますか?」
ケンウッドの質問にヨコタ大統領は側近に声を掛けた。ちょっと遠くの方で声が答え、大統領が電話口に戻った。
「国防総省からの報告では、人造物だそうです。」
「人造物?」
まさかミサイル攻撃ではあるまいな? ケンウッドはテロを想像してドキリとした。しかし大統領は言った。
「恐らく古い人工衛星の破片などが大気圏に突入し、燃え尽きずに地上に落ちたと考えられるそうです。詳細はこれから調査します。ドームに被害がなくて何よりでした。」
「お心遣い有り難うございます。被害に遭われたシティにはお見舞い申し上げます。」
電話を切ると、直ぐにまた通信が入った。今度はコンピュータだ。停電しているが、宇宙からの通信回路をマザーが優先的に回復させたらしい。
ケンウッドが出ると、宇宙防衛軍の制服を着た女性が画面に現れた。肩章は少将だ。
「地球周回軌道防衛隊の司令官エリザベート・エルドランです。」
と将軍が名乗った。ケンウッドは直ぐに落下物の件だと察した。
「アメリカ・ドーム長官ニコラス・ケンウッドです。先刻の落下物の件でしょうか?」
「そうです。申し訳ありません。」
と将軍が謝った。
「軍の演習中に制御不能に陥った無人戦闘機があり、地球の引力圏に入った為、撃墜しました。大気圏で燃え尽きることを期待したのですが、いくつかの破片が地表に到達してしまい、地球に被害を与えた模様です。」
ケンウッドはコンピュータ画面の明かりで隣に来たブラコフ副長官の顔が見えたので、そちらへ顔を向けた。ブラコフもケンウッドを見た。
ケンウッドはエルドラン少将に言った。
「防衛軍の失態を地球側に知らせる訳にはいきませんな?」
「そうです。」
将軍はドーム長官が話のわかる人だと思ったのか、ちょっと表情を和らげた。
「地球政府には、古い人工衛星の残骸が落下したと報告しますので、どうかドームでもそれで押し通していただきたいのです。よろしくお願いします。」
「地上に被害が出ています。当ドームでも発電施設関連で被害が生じ、現在ドームの一部で停電が発生しています。」
「地球政府には、宇宙空間の漂流物管理の手落ちとして当方から復旧作業の援助を申し出ます。そちらは当方にお任せ下さい。」
つまり、シティの被害についてはドームは一切口出しするなと言っているのだ。
「ドームの被害については・・・」
「放射能被害がなければ良いのですが・・・」
「その点は大丈夫です。シティにもドームにも放射能の心配はありません。物的被害につきまして・・・」
「物的修復に関しては、当方のドーマー達が優秀な技術力で対処してくれるはずです。防衛軍は資材と費用で援助願います。」
ケンウッドは軍が地球に降りてくるのを良しとしなかった。ドームは地球人の出産の場だ。誕生の場だ。神聖な場所だ。そこに軍人が来るのは好まなかった。軍は宇宙空間で守ってくれれば良い。
「被害状況を直ちに調査させ、必要な物と費用を確定次第そちらへ請求します。」
強気のケンウッドに、少将は苦笑した。ドームで働く遺伝子学者達はどうしてこうも強気になれるのだろう。兵器も将兵も何も持っていないのに。
「承知しました。では、こちらは合衆国政府との話し合いに入りますので、失礼します。」
コンピュータ画面が閉じられ、マザーがまた電源を落とした。執務室内は真っ暗になった。
ブラコフが囁いた。
「怪しいですね、あっさりと長官の言い分を聞き届けるなんて・・・」
「演習中の事故ではないのかも知れないな。」
とケンウッドは呟いた。
「恐らく軍の外に漏らしたくない事件が起きたのかも知れん。しかし、私等には関係ないことだよ、ガブリエル。」
「そうですね・・・私等は地球人を守られればそれで十分です。」
ケンウッドは秘書達を思い出した。第1秘書はコロニー人だが、第2秘書は地球人だ。しかも、コロニー人を監視する遺伝子管理局内務捜査班のチーフなのだ。ジャン=カルロス・ロッシーニの正体を知っているのは、この室内ではケンウッド唯1人だった。
ケンウッドは、他の部下の手前、ロッシーニに口止めしなければならなかった。
「ロッシーニ、聞いての通り、コロニー人の不手際だ。ドーマー達に動揺を与えぬよう、人工衛星の落下で話を統一しておく。」
彼は第1秘書ヴァンサン・ヴェルティエンとブラコフにも言い聞かせた。
「執政官や助手達にも人工衛星落下で納得させる。良いかね?」
「承知しました。」
「直ぐに維持班に電源復活を指示します。」
恐らくロッシーニは、言うなと言われてもローガン・ハイネ局長には報告するだろう。