2019年3月24日日曜日

誘拐 2 1 - 1

 オセアニア・ドームで長官会議が開かれ、ケンウッドは数年ぶりに地球上での出張を行った。パース郊外の平原に建設されているドームは外観はどこのドームとも全く変わらなかったが、内部は違っていた。オーストラリア先住民のアボリジニの伝統的なデザインを主体とした装飾で彩られた室内で、地球各地から集まった長官達はもてなされ、会議を行った。
 議題は、現在ドームで働いているドーマー達をいかに外の世界に順応させて行くか、と言うものだった。遺伝子管理局や航空班、維持班の外壁担当部署など、最初から外出がメインの仕事に就いているドーマーはほんの一部で、多くは一生をドームの中で過ごす男達だ。抗原注射を処置して外に出すか、注射なしで出すか、なしなら「通過」をさせるか、と先ずはドーマー達をいかに外気に慣らすか方法を論じ合った。注射をして出すのは順応させるとは言わないだろうと言う意見する長官、いきなり外気に触れさせて病気をさせるのは残酷だろうと親心を主張する長官や、外へ出す目的は何なのかと疑問を提示する長官がいて、彼等は皆大事に育ててきたドーマー達を手放したくない本心をさらけ出してしまった。
 ケンウッドはどの意見も理解出来た。だが、地球人が女の子を生めることが判明した今、ドームは2、3世代のうちに不要になる。ドーマー達は外の世界に戻さなければならない。執政官の保護のない、地球人としての本来の人生を取り戻すのだ。いつまでも大事な研究用地球人として扱うことは許されなくなる。

「いきなりドーマーを外に出しては、外にいる地球人達が彼等をどう思うか、それが心配です。」

と東アジア・ドーム長官が言った。

「今まで外の法律上存在しなかった人々が急に現れるのですから、地球人達はドーマーが何処から来たのか、何故来たのか、と不思議に思います。追求されれば、ドームで行われていたことが知られてしまいます。その時、地球はパニックになるでしょう。」

 彼女は場内を見回した。

「最初はドーマーを外の世界に慣れさせるところから始めましょう。全員を一度に出す必要はありませんし、業務を考えれば無理です。ですから、休暇を取るドーマーの中から希望者を募って、外の施設に遊びに出る形で、外気に触れさせてはいかがですか?」
「外の施設とは?」
「保養所の様な施設をドームから然程遠くない場所に建設して、そこに数人ずつ送って2、3日過ごさせます。どう過ごすかは、各ドームの考え方次第で結構だと思います。別荘感覚でのんびりさせても良いし、保養所の運営を彼等に順番にさせてもよろしいかと。
外の地球人との接触をその休暇中に体験させ、本来の地球人の生活を先ずは見学させるのです。」
「つまり、段階を置いて徐々に慣れさせて行くのですね?」
「そうです。」

 数人が考えた。

「保養所を建設しなければなりませんな。」

 すると、ケンウッドの脳裏に昔の光景が浮かんだ。彼は発言した。

「新規に建設するのではなく、中古物件を購入して、ドーマー達が順番に改装して行くと言うのは、如何ですかな?」

 一同が彼を見た。

「ドーマー自らが改築に携わるのですか?」
「そうです。物件探しも、購入交渉も、手続きもドーマー達が自分でするのです。彼等は子供ではありません、立派な社会人です。交代で順番に手続きをさせて、地球人の同胞との触れ合いを持たせてやろうではありませんか。」

 ケンウッドは遠い昔、リュック・ニュカネン・ドーマーを手放した時の経験を思い出していた。ローガン・ハイネ・ドーマーはニュカネンに出張所を開設する為の中古物件を探させ、買わせ、改築までさせた。その結果、ニュカネンは現在の地元で住民と馴染んで尊敬までされている。ケンウッドはその時より今回の方がオープンな状況だと思った。

2019年3月17日日曜日

囮捜査 2 3 - 3

 ジェリー・パーカーはいつもの朝の運動を終え、朝食を中央研究所の食堂で摂った。保安課員アキ・サルバトーレ・ドーマーの監視付きもいつもと同じだった。だが食事の後でサルバトーレは彼を研究所ではなく、研究所の地下へ連れて行った。
 そこはクローン製造部だった。広い部屋の中にパネルで仕切られた小部屋がいくつか島のように設けられ、執政官や研究員や助手達が働いていた。パーカーはそのうちの一つに誘導された。

「ジェリー!!」

 機械的な女性の声が彼の名を叫び、若い女性が彼目掛けて走って来た。パーカーは彼女を認め、立ち止まった。

「よお! JJ!」

 JJ・ベーリングが彼に飛びついた。立場上、彼は彼女の両親の仇になる。しかし、JJはラムゼイの農場で暮らした短い期間に彼に友情を感じていた。パーカーは彼女にもライサンダー・セイヤーズにも親切だったからだ。それに彼女が現在交際しているポール・レイン・ドーマーにも保護者的な接し方をして他の手下達の暴力から守っていた。JJは彼が紳士だと信じて疑わなかった。

「おはよう、パーカー。」

 ラナ・ゴーン副長官が抱き合って再会を喜んでいるJJとパーカーに声を掛けた。パーカーは少女を離した。このセクションで一番高い地位にいるコロニー人に挨拶をした。

「おはよう、ゴーン博士。」

 そして周囲を見回した。

「俺のクローンを作るのかい?」
「いいえ、貴方がクローンを作るのですよ。」

 パーカーはゴーンを振り返った。副長官が冗談を言ったのかと思った。彼は違法なクローンを作るメーカーとして逮捕されたのだ。ゴーンは無駄な時間を取らせなかった。

「今日から貴方はこのセクションで私達と共に働くのです。」

 彼女が一番奥にある小部屋を指差した。

「あちらは、コロニーから送られて来るコロニー人の受精卵からクローンを製造する部門です。先日ケンウッド長官が発見された人工羊水の計算式の誤りが修正される迄業務が休止されていますが、本来はここで一番忙しい部門です。」

 その部門の人々は準備された受精卵の健康状態をチェックする作業に追われている様子だった。受精卵の成長を人為的に止めて、クローンを作る迄キープしなければならない。
 ゴーンは次の小部屋を指した。

「次のグループはドーマーの精子とコロニー人の卵子を受精させて、それからクローンを作る作業をしています。そちらも現在計算式の修正待ちです。」

 ゴーンは視線をパーカーに戻した。

「貴方はこの私がいるグループ、JJ・ベーリングとメイ・カーティス博士のいる部門で活動してもらいます。作業内容は、ドーマーと地球人の女性との間に女の子を誕生させるものです。これは計算式が修正されて初めて始動するプロジェクトです。」
「もしかして・・・」

 パーカーは不安げに尋ねた。

「すごーく重要なんじゃないか?」
「どの部門も重要ですよ。でもこの部門はこれから始まるのです。」

 ゴーンは真面目に答えた。

「ですから、優れた技術を持つ貴方が必要なのです。」

 パーカーは彼女を見つめ、それからJJを見た。少女は微笑んでいた。彼と一緒に働くのが嬉しいのだ。カーティスは緊張の面持ちだ。彼女も初めての部門になるのだろう。そしてパーカーと接するのも初めてなのだ。
 パーカーは後ろに立っているサルバトーレに視線を向けた。

「監視付きで仕事かい?」

 ゴーンが首を振った。

「サルバトーレは貴方がここで働いている間は、通路脇の常勤保安員の控え室で同僚達と一緒に待機します。休憩時間に貴方が上に出たいと言えばついて行きます。ですが、基本的に勤務中は貴方は私たちと一緒で、彼とは離れます。」

 それはつまり、信用されていることか? パーカーは何故ここの住人達は彼を信じるのか、理解出来なかった。しかし、悪いことじゃない。


2019年3月10日日曜日

囮捜査 2 3 - 2

  ドームには、ドーマーやコロニー人達の息抜きの為の施設がいくつかある。収容されている妊産婦と共用出来ないのは残念だが、女性達と同じ施設の小規模のものだ。(勿論、女性ドーマーやコロニー人の女性は大きな施設を使用出来る。)
 チーフ会議が開かれている時間、ケンウッドはジムの隣のジャグジーへ行った。サウナが混雑していたのだ。すると湯けむりの中に男が一人湯に浸かっているのが見えた。赤みがかった金髪のダリル・セイヤーズ・ドーマーだった。ボスが会議中の間に息抜きをしているのだ。ケンウッドは邪魔しないよう、静かに入ったつもりだったが、向こうは彼に気が付いた。セイヤーズの方から声をかけて来た。

「新しいプロジェクトは進んでいますか?」

 ケンウッドは振り返り、彼に気づいたふりをして微笑した。

「ああ、なんとか進行しているよ。出来れば君の孫の世代には間に合わせたいがね。」
「孫の世代ですか・・・」

 もう年頃の息子がいるのにと言おうとして、セイヤーズは長官が思っているのは今試験管の中で生まれたばかりの子供達のことだと気が付いた。彼は出しかけた言葉を呑み込み、別の台詞を搾り出した。

「間に合うと良いですね。」

 少し間を置いて、ケンウッドは呟いた。

「本当は次の春に引退するつもりだったのだよ。」

 それは本当だった。長官職を辞してただの研究者に戻りたかった。ただの研究者としてドーマー達ともっと触れ合う時間を持ちたかった。
 セイヤーズは純粋に彼の言葉に驚いたようだ。

「えっ?」
「しかし、プロジェクトを開始する役目を掴んでしまったからね、今更逃げる訳にはいかない。」
「地球の重力はお体に負担ですか?」
「歳を取ったからなぁ。5年若ければ、まだやれると思うのだろうが、少々弱気になってきた。」

 ケンウッドは自嘲した。

「君がここへ連れ戻された時のことを覚えているかね? 君がベッドの上で目覚めた時、私に言った言葉だ。」
「ええ・・・『18年以上も地球上に残るコロニー人を初めて見ました』と言いました。」
「私は地球に来て今年で23年目だ。当初は6年で帰るつもりだった。残ったのは他でもない、君が逃げたからだ。」
「何故です? あれはリン長官の責任と言うことになったのでしょう?」
「ドーム統率者の責任問題と言う次元の話ではないのだ。私はあの時、ドーマー達が動揺するのを見てしまった。ドームに逆らうことを知らなかった人々が、1人の脱走者の出現で自分達が置かれている立場に疑問を持ち始めたのだよ。それまでにもドームから去るドーマー達はいたが、彼等は静かに平和的に外でドームの為に働くことを条件に出て行ったのだ。しかし、君は違った。」
「私は身勝手な男ですから・・・」
「そんなことを言っているんじゃないよ。君はドーマーにも生き方の選択権があると言う当たり前のことをみんなに気づかせたんだ。だが、ドームは決して君を諦めない。君を見つけたら必ず次は逃げられないように閉じ込めてしまうはずだ。
 私は、そんなことになってはいけないと思ったのだ。君には進化型1級遺伝子があるから本当の自由は与えられないが、他のドーマーと同じに扱ってやりたいと思った。だから、君が帰ってくるのを待っていた。君がせめてドームの中では自由に動き回れる安全な人間だと証明してから、宇宙に帰るつもりだったのさ。」
「私は安全な人間ですか?」
「当然だろう!」

 ケンウッドは微笑んだ。

「君は誰かに脱走を勧めたり、叛乱を起こそうと呼びかけたりしたことがあるかね? 君が帰って来てからしたことは、人類の為に塩基配列を見ることが出来る少女を連れて来てくれたことと、人類のオリジナルの遺伝子を持つ男を我々に委ねてくれたことだ。大いに役立ってくれているよ。」

 セイヤーズも微笑んだ。

「貴方がここに居て下さるだけで、私は安心出来るのですが・・・これからもずっと居て下さいと言えば、貴方には酷でしょうか?」

 涙が出るほど嬉しいことを言ってくれる。ケンウッドは湯に浸かっていることを感謝した。

「流石に、この年齢になってくるときついなぁ。 嬉しいがね。」

 ケンウッドは湯気の向こうに見えるドーム越しの空を見上げた。

「私の唯一の心残りと言えば、ローガン・ハイネに外の世界を体験させてやれなかったことだ。」
「局長はまだ若いでしょう?」
「そう見えるだけだよ。」

 ケンウッドはセイヤーズの顔を見た。

「ハイネは私より年上なんだよ、知らなかったのかね? あの男の進化型1級遺伝子は君のとはタイプが違うんだ。君の遺伝子は宇宙船の操縦士の為に開発されたものだが、ハイネのものは、宇宙船乗りを待つ家族の為に開発された特殊なものだ。」
「家族の為ですって? それは一体・・・?」
「宇宙船乗りは1回航宙の旅に出ると数10年は帰って来られない。コロニーや惑星で待つ家族はその間に歳を取ってしまうが、宇宙船乗りはゆっくりとしか歳を取らない。ああ、その辺の説明は省くが、兎に角、帰還した時に家族が歳を取っていなくなってしまう場合もあると言うことだ。だから、歳を取る速度を落とす遺伝子が開発された訳だが、これは失敗だった。」
「失敗?」
「人間はね、セイヤーズ、どんなに科学が進歩しても、せいぜい150年生きられれば良いところなんだ。それ以上はどんなに研究を重ねても無理なんだ。」

 遺伝子そのものを変えてしまわない限りは。ケンウッドは遠い別の星系に移住した人類が200年、300年生きる遺伝子に改良されていることを地球人には教えることが出来ないと気が付いた。地球人はまだ人類全体の科学情報を得ることが出来ないのだ。

「ハイネは今100歳に近いが肉体はまだ50代だ。しかし、間もなく老化が速度を速めて襲ってくるはずだ。
 本人もそれを知っているから、彼はとうの昔に子孫を残すことを諦めている。ある日突然体が老い始めるかも知れない恐怖を子孫に味わせたくないのだそうだ。」

 進化型1級遺伝子はまだ謎が多い。ハイネと同じ「待機型」遺伝子を持つ人間が突然老化が始まって急速に衰え亡くなった事例が報告されている。ハイネが同じ目に遭うと言う確証はないのだが、科学情報誌でそれを読んだ執政官の一人がうっかりハイネに喋ってしまったことがあった。もう10年以上も昔のことだ。ハイネは一言、そうですか、と言っただけだった。その執政官は口を滑らせたことを後日かなり後悔していた。ヤマザキ・ケンタロウがハイネのアパートでの酒盛りで、その話題に触れ、「待機型」遺伝子を持つ人間全てが同じ症状に襲われるのではないから、と励ました時に、ハイネは、同じ遺伝子を継ぐ子孫は残さないと言ったのだ。
 セイヤーズが痛ましそうな目をした。

「恐怖・・・局長は毎日そんな思いで・・・」

 ちょっと大袈裟に表現してしまったな、とケンウッドは少し後悔した。

「彼は強いだろう、全く君達には気取られずに生きている。」
「ええ!」
「だが、体はもう抗原注射には耐えられない。彼は今ドームから出れば忽ち肺炎にでも罹って命を落としてしまうだろう。私はもっと早い時に彼を外に出してやれば良かったと後悔している。」
 
 それは事実だ。病原菌に対する抵抗力を持つ機会を持たないまま、ハイネは年をとってしまった。
 ケンウッドはまた空を見上げ、セイヤーズも見上げた。2人とも白髪の美しい年を経たドーマーを想っていた。彼の先祖は遠い宇宙の旅に出た身内を待っていた。彼は今ドームの外の危険に満ちた世界に仕事で出て行く部下を毎日待っているのだ。

 待つためだけに開発された遺伝子なんて・・・

 セイヤーズは人間とはなんて身勝手な生き物なのだろうと思った。子孫がどんな思いをして生きるのか考えもしないで科学を推し進めていく、それは今も変わらない。

囮捜査 2 3 - 1

 アメリカ連邦捜査局囮捜査官ロイ・ヒギンズとクロエル・ドーマーは2日外に出て4日休むと言う基本的な遺伝子管理局の勤務形態を3回続けた。セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンでラムゼイ博士の組織の残党を探すと言う触れ込みで捜査をした。初日は仏頂面した出張所のリュック・ニュカネンも付き添ったので、ラムゼイが死んだ時の組み合わせにそっくりで、セイヤーズと実際に出遭った人々もヒギンズがセイヤーズだと思い込んだ。1回きりしか本物と会っていないので当然かも知れない。ただ、トーラス野生動物保護団体の理事長モスコヴィッツと理事のビューフォードは2回会っているのでクロエルも彼等に近づくのを避けた。

「連邦捜査官はどんな調子だ?」

 ハイネ局長に訊かれてクロエルは「まあまあです」と答えた。

「他の職業と違って遺伝子管理局は一般の人と接触する機会が少ないので、ヒギンズはどんな振る舞いをして良いのか戸惑っていますが、周囲に気づかれないように平然として見せる度胸はありますね。」
「君のペースについてきているのか?」
「迷子にならない程度に。」

 そしてクロエルは苦情を言い立てた。

「僕等を取り囲む連中をなんとかしてもらえませんか? バックアップしてくれるのは良いけど、うざいし、管理局の行動を見張られている様で不愉快です。」
「ヒギンズは、女の子を生めるセイヤーズを演じている。ラムゼイがシンパにその情報を漏らしている可能性がある以上、君達が襲われないよう警護する必要があるのだ。」
「連邦捜査局は、セイヤーズの特異性を知りません。何故彼が狙われるのか、ヒギンズもわかっていない。理由がばれたら地球人の実態もばれてしまいます。」
「それは囮捜査に協力すると決めた会議でも話題に上っただろう? もしばれたら・・・」

 局長はクロエルをじっと見つめた。

「君が上手く誤魔化せ。」
「え〜、僕ちゃんに責任をおっかぶせるんですかぁ?」
「君なら出来ると踏んだから、みんなで君に決めたんじゃないか。」
「しくしく・・・」

 クロエルは抗原注射が不要なので外から帰った次の日に休む必要はないのだが、部下のローテーションに合わせて休むことにしている。囮捜査官ヒギンズも外の人間だから効力切れ休暇は必要ないが、一緒に出動するチームに合わせて休日をもらった。
 セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長ミナ・アン・ダウン博士との面会に囮捜査官が成功したのは2ヶ月も経ってからだった。その間にクロエルとヒギンズのコンビはローズタウンからセント・アイブスの間の市町をかなり歩き回った。チーフを貸し出している中米班からは、「まだ終わらないのですか?」と局長に苦情が来たので、ハイネが「代わりにレインを貸そうか?」と申し出ると、「結構です」と断られた。性格が全く異なる上司が来ると業務がやりにくいのだ。レインも熱帯気候は苦手なので、断られてホッと安堵していた。
 ミナ・アン・ダウンはクロエルの言葉を借りると「若作りのおばちゃん」だ。皺を隠す為に整形して化粧して、マネキンみたいな肌をしているそうだ。そして・・・

「セイヤーズに化けたヒギンズに盛んにラムゼイのクローン製造の話をしていた。ヒギンズも学習しているので、そつなく答えていたから、上手く騙せたと思う。」
「ダウンはクローンの何に関心を持っていると思う?」
「一言で言えば、大量生産。」
「大量生産? 1人の人間のストックを複数創っておくと言うことか?」
「その通り。」

 チーフ会議でクロエルは、もの凄く汚い物に触れてきた、と言いたげな表情をした。

「人工羊水の中にクローンの肉体をストックしておいて、自分の脳を移植した体が駄目になったら、次のを出して来て使うって考えだと思う。」
「聞くだけで吐き気がする。」
「人間のやることじゃないな。」
「クローンにも人格があると言う考えは全くないんだな。」
「でもダウンは明確にそれを言った訳じゃない。言えばFOKの思想と同じだとばれるからね。他人がそう言っている、誰かがそう言う考えを持っている、と言う言い方をするんだ。」
「ヒギンズはそれを連邦捜査局に報告したのか?」
「まだ証拠がないし、証言とも言えないから、もっと接近したがっている。」

 するとハイネ局長が口をはさんだ。

「遺伝子管理局としての協力は果たせたようだな。」
「と仰いますと?」
「こちらが手を引く潮時だと言うことだ。これは連邦捜査局のヤマだからな。これからは連中のやり方でやるはずだ。」
「つまり、僕ちゃんはもうお役御免?」
「ヒギンズはセイヤーズになりきっている訳だ。」
「はい?」
「セイヤーズは規則には従わない男だ。」
「つまり?」
「ヒギンズはそろそろチーフ・クロエルから反抗して単独行動を取る頃合いだ。」

 チーフ達は黙り込んだ。局長は外の世界を知らない人だ。何処まで危険の度合いを理解しているのだろうと部下達は疑問に思ったのだ。しかし、ハイネは言った。

「連邦捜査局は我々以上に危険の度合いを理解している。彼等から見れば我々は素人だ。下手な手出しは無用と言うことだ。」
「向こうからそう言ってきたんですか?」
「さりげなく手を引いてくれと言ってきた。」

 クロエルが「愛想がないな」とぶつくさ言った。ポール・レイン・ドーマーが尋ねた。

「しかし、いきなり引き揚げると却って怪しまれるでしょう?」
「だから、さりげなく、だ。クロエルはヒギンズと喧嘩でもすれば良い。バックアップの組は少しずつ人数を減らし、連邦捜査官達だけにする。囮捜査は時間がかかる。この件にばかり関わっているほど遺伝子管理局は暇ではないぞ。」
「そうですが・・・」
「何か不満でもあるのか、クロエル?」

 クロエル・ドーマーがちょっと躊躇った。

「ジェリー・パーカーから人捜しを頼まれていて、それがまだ果たせていないんです。」
「人捜し?」

 レインはぴんと来た。

「ラムゼイのジェネシスを務めたシェイと言う女性の捜索だな?」
「うん。パーカーは彼女の安否を酷く気にしている。」
「現地の警察にも依頼しているのだろう?」
「うん・・・」
「では、そっちに任せておけ。俺たちが限られた時間で歩き回っても、彼女は見つからない。」

 ライサンダーの誕生に一役買った女性。レインはシェイとは一度も顔を合わさなかったが、彼女のスープは一匙だけ口に入れた。どんな味だったか記憶はないが、彼女が無事なら、ジェリーもJJも喜ぶだろう。
 レインはクロエルに言った。

「俺の部下達に、支局巡りの時に彼女の捜索を続けるよう言っておく。」

囮捜査 2 2 - 10

 ロッシーニ・ドーマーはペルラ・ドーマーと年齢的に大きな差がないのだが、髪はまだ半分黒かった。毎日子供を相手にしているので若々しく見えた。ケンウッドは若いドーマーやコロニー人が踊り騒ぐ中をかき分け、彼が座っているテーブルになんとかたどり着いた。早速ウェイターロボットが来て注文を取った。ケンウッドは軽いフルーツサワーを注文した。
 
「お元気そうで、何よりです。」

とロッシーニが微笑みながら声をかけた。君もね、とケンウッドは返した。
 ステージでは南米系のドーマーのバンドが賑やかに演奏して歌っている。ケンウッドの飲み物が届けられてから、軽く乾杯をした。それからロッシーニが顔を近づけ、いきなり本題に入った。

「副長官とダリル・セイヤーズの急接近の情報は長官のお耳に入っておりますか?」

 ケンウッドは苦笑した。年配者達は皆あの有名な男と美しい副長官を心配しているのだ。

「うん・・・実はゴーン本人から聞いた。」
「そうでしたか。」

 ロッシーニは安心した表情になった。ラナ・ゴーン自ら長官に報告したと言うなら、彼女にはしっかりと分別があるのだ。

「内務捜査班に探られるような状況ではないですよね?」
「庭園のベンチに座って互いの家族の話や、セイヤーズの逃亡中の生活の話をしているのだそうだ。それぞれ母親と父親だからね、子供の成長やこれからの生活の心配が主に会話の中心だそうだよ。」
「それは、要らぬ詮索をされる前に副長官が予防線を貼られたと考えて宜しいですか?」
「それもあるだろうし、私が現在携わっている仕事の障害にならぬよう配慮してくれたとも思っている。」

 ロッシーニが、体を退いた。ケンウッドをじっと見つめた。

「貴方が現在関わっておられるお仕事ですって?」

 ケンウッドはハッとした。ドーマー達には、まだ女性誕生の鍵が発見されたと公表していない。知っているのはローガン・ハイネぐらいだ。だがロッシーニには言っても良いだろう。口の固さは世界一だろうから。
 ケンウッドは彼が唇の動きを読めることを思い出した。だから、声を出さずに言った。

 もうすぐ地球人類復活委員会から発表がある。女性誕生の鍵が見つかった。

 ジャン=カルロス・ロッシーニがビックリ仰天するなんてあっただろうか? ケンウッドは冷静沈着なこの男が目を丸くして口をあんぐり開けたのを、逆に呆然として見つめた。

「本当に?」

とロッシーニが掠れ声で呟いた。

「本当なのですか?」

 そしてケンウッドが頷くと、彼はいきなり長官の手を取った。そして激しく揺すった。

「有り難うございます、ケンウッド博士!」

 ケンウッドはロッシーニの目に涙が浮かぶのを目撃した。


2019年3月9日土曜日

囮捜査 2 2 - 9

 ケンウッドは久しぶりに元長官秘書ジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーから連絡をもらった。
 ロッシーニは遺伝子管理局内務捜査班の前チーフだ。隠密活動でコロニー人学者達が本来の研究から外れてしまわないよう監視する仕事に就き、ユリアン・リプリー博士の研究室で助手として働いていた。真面目で誠実な働きぶりが気に入られ、リプリーがアメリカ・ドーム副長官に就任した時に秘書に採用された。ドーマーが執政官の秘書になるのは珍しく、ロッシーニは正体を隠したままドーム幹部達の内状を探っていたのだが、リプリーが思いがけず長官になってしまい、彼も秘書業が多忙になってしまった。それで結局内務捜査班の業務は副官のビル・フォーリー・ドーマーが引き受ける形となった。リプリーは長官職を5年で辞める約束だったので、ロッシーニはそれを機に正体を明かして遺伝子管理局本部に戻るつもりだった。ところが、リプリーはケンウッドに長官職の後任を託す時に、ロッシーニを「実に優秀な秘書なので」と推薦してしまった。
 ケンウッドはひょんなことからロッシーニの正体を知ってしまっていた。だから内務捜査班のチーフを秘書に押し付けられてびっくりしたのだが、長官業務をよく知っている秘書は頼もしく思えたので、彼を引き受けてしまったのだ。実際、ロッシーニはケンウッドをよく助けてくれた。そして本来の上司である遺伝子管理局長ローガン・ハイネ・ドーマーとの連携もスムーズに行くよう支えてくれたのだ。
 ロッシーニが秘書と遺伝子管理局を引退したのは年齢のせいで、ケンウッドとしてはもう少し残って欲しかったのだが、彼は養育棟で子供のドーマーに英語を教える教官になった。それから滅多に顔を合わせる機会がなく、ケンウッドも多忙で会いに行けなかったのだ。だから・・・

「長官、もし宜しければ今夜半時間ほどお会いできませんか?」

 ドーマー達は時候の挨拶とか、元気だったかとか、そんな社交辞令はしない。いきなり用件に入る。ケンウッドはその愛想のなさに苦笑しながら、カレンダーを確認した。

「今日は金曜日だったね。もし良ければ、バーで飲まないかね?」

 ロッシーニが飲酒するかどうか覚えていない。だが金曜日はドーマーがバーを利用することが許される日だ。
 ロッシーニが電話の向こうで笑った。

「静かに語り合える場所ではないですね。」
「そうかい?」
「長官、最近バーに行かれたことがないのではありませんか?」

 ケンウッドは最後に行ったのはいつだろうと考えた。バーに行かないことはないが、金曜日には行っていないのではないか?

「金曜日のバーは静かではないのか?」
「バーと言うよりライブハウスですね。」
「ドーマーのアマチュアバンドが演奏するのは、昔からの伝統だろう?」
「そのバンドが様変わりしましてね、毎週お祭り騒ぎです。」

 そしてロッシーニは囁いた。

「騒がしい方が、内緒話に適しているかも知れません。」


2019年3月4日月曜日

囮捜査 2 2 - 8

「どちらが先に言い寄ったのでしょうか?」

 ハイネはアイダの質問に真面目に答えた。

「それはセイヤーズでしょう。副長官は分別のある方ですから。」
「ダリル坊やも分別はありますよ。」
「しかし交際を申し込んだのはセイヤーズですよ、きっと。地球人保護法を気にせずに行動するのはドーマーの方ですからね。」

 ハイネは妻の肩に腕を回した。ケンウッド長官やベルトリッチ委員長に我儘を聞いてもらって手に入れた大事な妻だ。

「どちらが積極的なのかは別にして、あの人達が夜に隠れてデートしなければならないなんて、気の毒だわ。」

 とアイダが呟いた。
 ハイネがちょっと考えた。

「セイヤーズはレインと同棲していますね?」
「ええ・・・有名なカップルだから・・・」

 彼女は少し顔をしかめた。

「セイヤーズはレインとラナの両方を愛しているのかしら?」

 同性を愛せる男が異性も愛しているのか? 彼女は少々信じがたい気分になった。しかしドーマーの中に多い男性同士のカップルは、時々女性にも関心を示したりする。
 ハイネが尋ねた。

「中央研究所はレインとベーリングを娶せようとしているのではないですか?」

 アイダがビクッと体を一瞬震わせた。出産管理区は居住区のドーマー達に中央研究所がどんな研究を行うのか知らされないし、興味も持たないことにしている。しかし変わった研究が行われれば、噂は伝わって来るのだ。そしてアイダは友人のゴーンからハイネが尋ねた内容の研究計画を聞かされていた。

「確かに、JJとレインをカップリングさせる計画があるそうです。でもそれはJJ自身が望んだことで、レインもまんざらではないと聞いています。」
「セイヤーズはそれを許したのですか?」

 ハイネはドーマー同士の仲違いを危惧した。セイヤーズはレインの心が女性に向けられたことを許容したのだろうか? そして娘同然のJJ・ベーリングがレインに恋をしていることに平気なのだろうか? セイヤーズがゴーンに接近しているのは、レインへの当て付けではないのか?
 アイダはカクテルグラスをテーブルに置いて、夫に向き直った。

「愛憎は当人同士でなければ理解出来ないものですよ、ローガン・ハイネ。私達が心配してもどうにもなりません。ただ、私は長い間出産管理区で働くドーマー達を見てきました。セイヤーズとレインの関係と似たようなカップルを何組も知っています。あの人達は、パートナーが同性と浮気をしない限りは、異性と親密になっても気にしないのです。正直なところ、私には不思議に思えるのですけどね。コロニー人の同性カップルは、どちらかが異性を好きになると壊れてしまうケースが多いのですよ。でも、ドーマー達にはそれがないの。」

 異性愛者であるローガン・ハイネには、この問題は難しいようだ。彼はそれ以上考えることを止めた。グラスをテーブルに置いて、妻をあらためて抱きしめ、ついで抱きかかえたまま立ち上がると寝室へ向かった。