2019年3月4日月曜日

囮捜査 2 2 - 8

「どちらが先に言い寄ったのでしょうか?」

 ハイネはアイダの質問に真面目に答えた。

「それはセイヤーズでしょう。副長官は分別のある方ですから。」
「ダリル坊やも分別はありますよ。」
「しかし交際を申し込んだのはセイヤーズですよ、きっと。地球人保護法を気にせずに行動するのはドーマーの方ですからね。」

 ハイネは妻の肩に腕を回した。ケンウッド長官やベルトリッチ委員長に我儘を聞いてもらって手に入れた大事な妻だ。

「どちらが積極的なのかは別にして、あの人達が夜に隠れてデートしなければならないなんて、気の毒だわ。」

 とアイダが呟いた。
 ハイネがちょっと考えた。

「セイヤーズはレインと同棲していますね?」
「ええ・・・有名なカップルだから・・・」

 彼女は少し顔をしかめた。

「セイヤーズはレインとラナの両方を愛しているのかしら?」

 同性を愛せる男が異性も愛しているのか? 彼女は少々信じがたい気分になった。しかしドーマーの中に多い男性同士のカップルは、時々女性にも関心を示したりする。
 ハイネが尋ねた。

「中央研究所はレインとベーリングを娶せようとしているのではないですか?」

 アイダがビクッと体を一瞬震わせた。出産管理区は居住区のドーマー達に中央研究所がどんな研究を行うのか知らされないし、興味も持たないことにしている。しかし変わった研究が行われれば、噂は伝わって来るのだ。そしてアイダは友人のゴーンからハイネが尋ねた内容の研究計画を聞かされていた。

「確かに、JJとレインをカップリングさせる計画があるそうです。でもそれはJJ自身が望んだことで、レインもまんざらではないと聞いています。」
「セイヤーズはそれを許したのですか?」

 ハイネはドーマー同士の仲違いを危惧した。セイヤーズはレインの心が女性に向けられたことを許容したのだろうか? そして娘同然のJJ・ベーリングがレインに恋をしていることに平気なのだろうか? セイヤーズがゴーンに接近しているのは、レインへの当て付けではないのか?
 アイダはカクテルグラスをテーブルに置いて、夫に向き直った。

「愛憎は当人同士でなければ理解出来ないものですよ、ローガン・ハイネ。私達が心配してもどうにもなりません。ただ、私は長い間出産管理区で働くドーマー達を見てきました。セイヤーズとレインの関係と似たようなカップルを何組も知っています。あの人達は、パートナーが同性と浮気をしない限りは、異性と親密になっても気にしないのです。正直なところ、私には不思議に思えるのですけどね。コロニー人の同性カップルは、どちらかが異性を好きになると壊れてしまうケースが多いのですよ。でも、ドーマー達にはそれがないの。」

 異性愛者であるローガン・ハイネには、この問題は難しいようだ。彼はそれ以上考えることを止めた。グラスをテーブルに置いて、妻をあらためて抱きしめ、ついで抱きかかえたまま立ち上がると寝室へ向かった。