2019年3月24日日曜日

誘拐 2 1 - 1

 オセアニア・ドームで長官会議が開かれ、ケンウッドは数年ぶりに地球上での出張を行った。パース郊外の平原に建設されているドームは外観はどこのドームとも全く変わらなかったが、内部は違っていた。オーストラリア先住民のアボリジニの伝統的なデザインを主体とした装飾で彩られた室内で、地球各地から集まった長官達はもてなされ、会議を行った。
 議題は、現在ドームで働いているドーマー達をいかに外の世界に順応させて行くか、と言うものだった。遺伝子管理局や航空班、維持班の外壁担当部署など、最初から外出がメインの仕事に就いているドーマーはほんの一部で、多くは一生をドームの中で過ごす男達だ。抗原注射を処置して外に出すか、注射なしで出すか、なしなら「通過」をさせるか、と先ずはドーマー達をいかに外気に慣らすか方法を論じ合った。注射をして出すのは順応させるとは言わないだろうと言う意見する長官、いきなり外気に触れさせて病気をさせるのは残酷だろうと親心を主張する長官や、外へ出す目的は何なのかと疑問を提示する長官がいて、彼等は皆大事に育ててきたドーマー達を手放したくない本心をさらけ出してしまった。
 ケンウッドはどの意見も理解出来た。だが、地球人が女の子を生めることが判明した今、ドームは2、3世代のうちに不要になる。ドーマー達は外の世界に戻さなければならない。執政官の保護のない、地球人としての本来の人生を取り戻すのだ。いつまでも大事な研究用地球人として扱うことは許されなくなる。

「いきなりドーマーを外に出しては、外にいる地球人達が彼等をどう思うか、それが心配です。」

と東アジア・ドーム長官が言った。

「今まで外の法律上存在しなかった人々が急に現れるのですから、地球人達はドーマーが何処から来たのか、何故来たのか、と不思議に思います。追求されれば、ドームで行われていたことが知られてしまいます。その時、地球はパニックになるでしょう。」

 彼女は場内を見回した。

「最初はドーマーを外の世界に慣れさせるところから始めましょう。全員を一度に出す必要はありませんし、業務を考えれば無理です。ですから、休暇を取るドーマーの中から希望者を募って、外の施設に遊びに出る形で、外気に触れさせてはいかがですか?」
「外の施設とは?」
「保養所の様な施設をドームから然程遠くない場所に建設して、そこに数人ずつ送って2、3日過ごさせます。どう過ごすかは、各ドームの考え方次第で結構だと思います。別荘感覚でのんびりさせても良いし、保養所の運営を彼等に順番にさせてもよろしいかと。
外の地球人との接触をその休暇中に体験させ、本来の地球人の生活を先ずは見学させるのです。」
「つまり、段階を置いて徐々に慣れさせて行くのですね?」
「そうです。」

 数人が考えた。

「保養所を建設しなければなりませんな。」

 すると、ケンウッドの脳裏に昔の光景が浮かんだ。彼は発言した。

「新規に建設するのではなく、中古物件を購入して、ドーマー達が順番に改装して行くと言うのは、如何ですかな?」

 一同が彼を見た。

「ドーマー自らが改築に携わるのですか?」
「そうです。物件探しも、購入交渉も、手続きもドーマー達が自分でするのです。彼等は子供ではありません、立派な社会人です。交代で順番に手続きをさせて、地球人の同胞との触れ合いを持たせてやろうではありませんか。」

 ケンウッドは遠い昔、リュック・ニュカネン・ドーマーを手放した時の経験を思い出していた。ローガン・ハイネ・ドーマーはニュカネンに出張所を開設する為の中古物件を探させ、買わせ、改築までさせた。その結果、ニュカネンは現在の地元で住民と馴染んで尊敬までされている。ケンウッドはその時より今回の方がオープンな状況だと思った。