2019年3月10日日曜日

囮捜査 2 3 - 1

 アメリカ連邦捜査局囮捜査官ロイ・ヒギンズとクロエル・ドーマーは2日外に出て4日休むと言う基本的な遺伝子管理局の勤務形態を3回続けた。セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンでラムゼイ博士の組織の残党を探すと言う触れ込みで捜査をした。初日は仏頂面した出張所のリュック・ニュカネンも付き添ったので、ラムゼイが死んだ時の組み合わせにそっくりで、セイヤーズと実際に出遭った人々もヒギンズがセイヤーズだと思い込んだ。1回きりしか本物と会っていないので当然かも知れない。ただ、トーラス野生動物保護団体の理事長モスコヴィッツと理事のビューフォードは2回会っているのでクロエルも彼等に近づくのを避けた。

「連邦捜査官はどんな調子だ?」

 ハイネ局長に訊かれてクロエルは「まあまあです」と答えた。

「他の職業と違って遺伝子管理局は一般の人と接触する機会が少ないので、ヒギンズはどんな振る舞いをして良いのか戸惑っていますが、周囲に気づかれないように平然として見せる度胸はありますね。」
「君のペースについてきているのか?」
「迷子にならない程度に。」

 そしてクロエルは苦情を言い立てた。

「僕等を取り囲む連中をなんとかしてもらえませんか? バックアップしてくれるのは良いけど、うざいし、管理局の行動を見張られている様で不愉快です。」
「ヒギンズは、女の子を生めるセイヤーズを演じている。ラムゼイがシンパにその情報を漏らしている可能性がある以上、君達が襲われないよう警護する必要があるのだ。」
「連邦捜査局は、セイヤーズの特異性を知りません。何故彼が狙われるのか、ヒギンズもわかっていない。理由がばれたら地球人の実態もばれてしまいます。」
「それは囮捜査に協力すると決めた会議でも話題に上っただろう? もしばれたら・・・」

 局長はクロエルをじっと見つめた。

「君が上手く誤魔化せ。」
「え〜、僕ちゃんに責任をおっかぶせるんですかぁ?」
「君なら出来ると踏んだから、みんなで君に決めたんじゃないか。」
「しくしく・・・」

 クロエルは抗原注射が不要なので外から帰った次の日に休む必要はないのだが、部下のローテーションに合わせて休むことにしている。囮捜査官ヒギンズも外の人間だから効力切れ休暇は必要ないが、一緒に出動するチームに合わせて休日をもらった。
 セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長ミナ・アン・ダウン博士との面会に囮捜査官が成功したのは2ヶ月も経ってからだった。その間にクロエルとヒギンズのコンビはローズタウンからセント・アイブスの間の市町をかなり歩き回った。チーフを貸し出している中米班からは、「まだ終わらないのですか?」と局長に苦情が来たので、ハイネが「代わりにレインを貸そうか?」と申し出ると、「結構です」と断られた。性格が全く異なる上司が来ると業務がやりにくいのだ。レインも熱帯気候は苦手なので、断られてホッと安堵していた。
 ミナ・アン・ダウンはクロエルの言葉を借りると「若作りのおばちゃん」だ。皺を隠す為に整形して化粧して、マネキンみたいな肌をしているそうだ。そして・・・

「セイヤーズに化けたヒギンズに盛んにラムゼイのクローン製造の話をしていた。ヒギンズも学習しているので、そつなく答えていたから、上手く騙せたと思う。」
「ダウンはクローンの何に関心を持っていると思う?」
「一言で言えば、大量生産。」
「大量生産? 1人の人間のストックを複数創っておくと言うことか?」
「その通り。」

 チーフ会議でクロエルは、もの凄く汚い物に触れてきた、と言いたげな表情をした。

「人工羊水の中にクローンの肉体をストックしておいて、自分の脳を移植した体が駄目になったら、次のを出して来て使うって考えだと思う。」
「聞くだけで吐き気がする。」
「人間のやることじゃないな。」
「クローンにも人格があると言う考えは全くないんだな。」
「でもダウンは明確にそれを言った訳じゃない。言えばFOKの思想と同じだとばれるからね。他人がそう言っている、誰かがそう言う考えを持っている、と言う言い方をするんだ。」
「ヒギンズはそれを連邦捜査局に報告したのか?」
「まだ証拠がないし、証言とも言えないから、もっと接近したがっている。」

 するとハイネ局長が口をはさんだ。

「遺伝子管理局としての協力は果たせたようだな。」
「と仰いますと?」
「こちらが手を引く潮時だと言うことだ。これは連邦捜査局のヤマだからな。これからは連中のやり方でやるはずだ。」
「つまり、僕ちゃんはもうお役御免?」
「ヒギンズはセイヤーズになりきっている訳だ。」
「はい?」
「セイヤーズは規則には従わない男だ。」
「つまり?」
「ヒギンズはそろそろチーフ・クロエルから反抗して単独行動を取る頃合いだ。」

 チーフ達は黙り込んだ。局長は外の世界を知らない人だ。何処まで危険の度合いを理解しているのだろうと部下達は疑問に思ったのだ。しかし、ハイネは言った。

「連邦捜査局は我々以上に危険の度合いを理解している。彼等から見れば我々は素人だ。下手な手出しは無用と言うことだ。」
「向こうからそう言ってきたんですか?」
「さりげなく手を引いてくれと言ってきた。」

 クロエルが「愛想がないな」とぶつくさ言った。ポール・レイン・ドーマーが尋ねた。

「しかし、いきなり引き揚げると却って怪しまれるでしょう?」
「だから、さりげなく、だ。クロエルはヒギンズと喧嘩でもすれば良い。バックアップの組は少しずつ人数を減らし、連邦捜査官達だけにする。囮捜査は時間がかかる。この件にばかり関わっているほど遺伝子管理局は暇ではないぞ。」
「そうですが・・・」
「何か不満でもあるのか、クロエル?」

 クロエル・ドーマーがちょっと躊躇った。

「ジェリー・パーカーから人捜しを頼まれていて、それがまだ果たせていないんです。」
「人捜し?」

 レインはぴんと来た。

「ラムゼイのジェネシスを務めたシェイと言う女性の捜索だな?」
「うん。パーカーは彼女の安否を酷く気にしている。」
「現地の警察にも依頼しているのだろう?」
「うん・・・」
「では、そっちに任せておけ。俺たちが限られた時間で歩き回っても、彼女は見つからない。」

 ライサンダーの誕生に一役買った女性。レインはシェイとは一度も顔を合わさなかったが、彼女のスープは一匙だけ口に入れた。どんな味だったか記憶はないが、彼女が無事なら、ジェリーもJJも喜ぶだろう。
 レインはクロエルに言った。

「俺の部下達に、支局巡りの時に彼女の捜索を続けるよう言っておく。」