2021年3月5日金曜日

ブラコフの報告     7

  地球人保護法なる面倒で厄介な法律も少しずつ改正されつつあるんだ。以前は素手で地球人に触れただけで「違反」とされる極端な適用をされていたけど、それはやはりマズかろうと言うことで、ちゃんと刑事告発出来る行為に対してだけ適用されるように地球とコロニー政府で調整がなされている。それに伴って結婚に関する制限も緩和された。まだ地球人は自由に宇宙空間へ出られないけど、コロニー人と結婚した人は制限外の扱いだ。そして地球に配偶者がいるコロニー人は、コロニーに籍を置いたまま、地球と往来出来る。地球人の配偶者にもコロニーでの財産権が与えられるんだ。
 これはドームにも大きな変化をもたらした。ドーマーとコロニー人職員の恋愛が自由になったし、結婚も許可されることになった。だから当然・・・

 南北アメリカ大陸ドームでは早速3組のカップルが誕生した。中央研究所で働いていた執政官と助手のドーマー達だ。男女のカップル2組と男性同士のカップル1組。ケンウッド先生は結婚承認を行う役目をもらって忙しかったそうだよ。でもこんなめでたい忙しさは嬉しいよね。男カップルの執政官はパートナーを木星の親族に紹介したいと思ったんだけど、親族は地球まで来る時間がないと言って式への招待を断った。それで、執政官はドーマーを宇宙へ連れ出す手続きを取った。地球人類復活委員会始まって以来の出来事だったんだ!
 書類の手続きは問題なく進められたけど、別の問題が判明した。

 ドーマーは乗り物に乗った経験がない!

 そうなんだ、外勤務の遺伝子管理局員や輸送班、庶務班のドーマー以外は、三輪車にも乗ったことがないんだよ。だからヤマザキ先生は結婚したドーマーに乗り物のスピードに耐えられるか、ドームの壁の外へ連れ出して様々な乗り物に乗せて訓練を受けさせた。ドーマーが乗るのは宇宙船だから、乗ってしまえばスピードなんて感じないんだけど、その前後の乗り物に慣れてもらわないと心配だったんだな。で、男カップルは木星旅行へ出かけ、一月後に無事に帰ってきた。僕は偶々彼等と月で出会ってノロケ話を聞かせてもらった。乗り物酔いにかかったのは執政官の方で、ドーマーはケロリとしていたよ。(笑

 それから2ヶ月後に、ジェリー・パーカーとメイ・カーティスが結婚した。2人が交際していたことは周知の事実だったから、驚かなかったけど、パーカーはレインやセイヤーズと云った友人達に散々からかわれていたそうだ。2人の結婚式には、パーカーと姉妹同然のシェイも招かれて、彼女がご馳走を作って盛大なパーティーを開いたって・・・。パーカーもカーティスもそんな大袈裟な挙式は望んでいなかった筈だけど、何しろシェイの料理だろ? 周囲の連中の方が楽しみにして、盛り上がっちゃったらしい。式にはレインとセイヤーズの息子のライサンダーも幼い娘を連れて招待されたと言う話だ。

 なんとドームもすっかり解放されたもんだ!!

 結婚したカップルは、ドームの居住区の妻帯者用アパートに入居するか、外に住むか選択出来る。だけど今の所、4組共にアパートにいる。ドーマーは外の生活や大気に慣れていないし、パーカーはメーカー時代の柵をまだ引きずっているからね。
 もっともそろそろ空き部屋が減ってきたから、独身で妻帯者用アパートにいる人間は肩身が狭くなってきたようだ。クロエルは自分から独身者用に引っ越した。ゴーン副長官が母子で同居しないかと提案してみたそうだが、クロエルに笑い飛ばされた。立派に成人した血縁がない息子と、まだ若く見えるコロニー人の養母が同じ部屋に住むなんて、誤解されるだろう? それにクロエルはラナがセイヤーズと交際していることを知っている。(みんな知っているんだけどね。)デートの邪魔をしたくないだろう? 副長官はデートの為にと言う訳じゃないが、独り妻帯者用アパートに残った。幹部クラスの執政官は自室を会議室に使うこともあるから、広い部屋が必要なんだ。これは元副長官だった僕が言うのだから、間違いない。
 ヤマザキ先生も医療スタッフとの会議に部屋を使うから独りで広い部屋を使うことに問題ないけど、ケンウッド先生は気にして引っ越そうとした。でも結局引っ越さずに残っている。引っ越そうとしたら、エイブ・ワッツの指示を受けた輸送班引っ越し係が拒否したんだそうだ(笑 
 そして、ローガン・ハイネは遂に覚悟を決めてアイダ・サヤカ博士を最上階の彼のアパートに迎えた。壁一面にぎっしり並べられた酒のコレクションを見て、アイダ博士は卒倒しそうになったって笑っていた。2人がかなり以前からラブラブだったことは僕も知っていたけど、結婚していたと教えられたのは、このアイダ博士の引っ越しの後だ。多分、ドームの人々みんながそうだった。アメリカ・ドームで彼等が結婚していたことを知っていたのは、ケンウッド先生とヤマザキ先生だけだったからね。
 正直、僕はちょっぴり傷ついたよ。僕がハイネの大ファンだってことは、先生達も当のハイネも知っていた筈だ。どうして僕を除け者にするんだ? それも2人が結婚したのは僕がまだドームに勤務していた時だぜ。テレビ電話での会話が許可されて、僕がそのことで文句を言ったら、ハイネは「それで?」と返した。僕が怒る意味がわからないって。ケンウッド先生は月の執行部からドーマーと執政官の婚姻を口外しないよう固く口止めされていた。先生は忠実に理事会と最高幹部会の言いつけを守っただけなんだ。だから、僕が先生やハイネに怒るのはお門違いだってね。彼の少し緩やかな優雅な口調で諭されたら、怒る気力がなくなってしまったよ。(笑
 ハイネの部屋に引っ越したアイダ博士は、早速邪魔なお酒のコレクションを片付けた。ハイネは渋々だったろうけど、奥さんに逆らわなかった。インテリアになる綺麗な容器に入ったお酒やワインなどの地球産のお酒をいくらか残して、ハイネが80年かけて集めた酒類はドームの厨房班のワイナリーに移された。実は、このお酒の異動はケンウッド先生とヤマザキ先生が仕組んだものだった。ハイネの健康の為に、2人はアイダ博士を焚き付けて強い酒類を彼の部屋から撤去した訳だ。厨房班に寄付された形のハイネのコレクションは、一応ハイネの許可を得てから食事に供されることになった。だから、あの酒類を無料で飲めるのはハイネだけなんだ。
 ハイネの部屋で行われていたケンウッド博士達の酒盛りは、場所を変えてヤマザキ先生の部屋で続いているそうだ。


2021年3月4日木曜日

ブラコフの報告     6

  アーノルド・ベックマン氏。僕がテロ事件に巻き込まれた時の保安課長だった人だ。元傭兵の隊長だったから、この人も引退後の所在は委員会によって秘されている。でも彼は結婚して奥さんと幸せに暮らしているとケンウッド先生から聞いている。ハイネ局長は今でも彼と格闘技の対戦を行わなかったことを惜しんでいるらしいよ。


 そうだ! 重大なことを言い忘れていたね。地球と宇宙の間の私信が自由に出来るようになったんだ。ドームの外でも内側でも自由なんだよ。勿論、「取り替え子」の秘密も明かされちゃったけど・・・いずれは知られることだったしね。そしてコロニー社会や地球のリーダー達が危惧したような大混乱は起きなかった。ショックが大きすぎたのかも知れないけど、パーシバル博士が仰るには、コロニー人はあまり取り替え子のことを重視していないから、わざわざ地球人に教えたりしないって。だから自由に情報がやり取りされるようになっても、地球人は取り替え子の事実をそんなに知っていないんだ。
 それに、貿易商などは疾っくの昔に取り替え子の事実を取引相手から聞かされていたしね。

 そう言う訳で、ベックマン氏は、一緒にテロ事件を捜査した内務捜査班のビル・フォーリーとなんと「文通」しているんだよ。「文通」って紙の手紙だよ、すごく古風だろう。しかも彼らはわざわざ手書きで書簡を作成するんだ。互いの文字を褒めあったり、批評し合っているそうだから、所謂「書道」を楽しんでいるんだろう。一度ヤマザキ先生がフォーリーからベックマンの手紙を見せてもらったことがあるそうだ。だけど、ヤマザキ先生には読めなかったって・・・。

「ものすごい癖字でさ、何を書いているのか、さっぱりわからん。」

 先生はケンウッド先生にそうこぼしたそうだ。筆記体ってきっと読むのも書くのも難しいのだろう。
 だけど、ハイネには読めたんだ。ベックマンが何を書いていたのか、兎に角、ハイネはフォーリーが見せた手紙を読んで大笑いしたって。

「あの人がこんなノロケ話を書くなんて。」

とケンウッド先生とヤマザキ先生に言ったけど、結局何が書かれていたのか、ハイネもフォーリーも教えてくれなかったそうだ。それでケンウッド先生は、ベックマンが書いていたのはアルファベットの筆記体ではなくて、内務捜査班が使用している記号文字じゃないかって推測しているんだ。フォーリーは同じ事件を捜査したベックマンに友情を感じて、本来ならコロニー人に教えてはいけない記号文字を退官した後のベックマンに教授したに違いないって。
 ドームの外に去った人に秘密の文字を教えて、あまり公言出来ない話を2人で楽しんでいるんだ、きっと。

 孤独を愛しているように見えたビル・フォーリーがそんな風に友達を作ったことに、僕はちょっと驚いた。僕がドームにいた頃の彼は、内務捜査班の事務室で一人黙々と仲間や部下から送られてくる報告書を読んだり内容を分析していた。直属のボスだったロッシーニは孤独だったろうけど、フォーリーも孤独だったろう。周囲から孤高の人の様に見られていたが、引退後は養育棟の訓練所で若いドーマー達に内務捜査班の心得を教授している先生なんだ。つまり、毎日賑やかな子供達の相手をしている訳で・・・これって晩年のロッシーニと同じだね。ケンウッド先生が仰るには、食堂で見かける彼はいつも若いドーマー達に囲まれているそうだよ。

 

ブラコフの報告     5

 他の人々の近況を・・・先ずは、あまり情報のない人たちを先に片付けておこうか。

 ハレンバーグ元地球人類復活委員会委員長。この人はまだ元気なんだ。かなりのお年なんだけど、地球勤務中の回顧録を出版したところベストセラーになっちゃって、今じゃ作家生活だよ。委員会の裏話も書きまくっているんだけど、流石に都合の悪いことは見事に省いているね。(笑
 読者は白いドーマーのことが書かれていると期待して購読している。でも実際のところハレンバーグ氏はあまり個人的にハイネと日常を過ごした訳じゃなかったから、詳しい話は書いていない。仕事で接した薬剤師ハイネのことしか書いていないのさ。この回顧録が出版された時、ケンウッド先生は慌てて購入して読んでいた。何か書かれて困ることがあったに違いないんだけど、それが何かは教えてくれなかった。読み終わって、ホッとした表情で、「これならドーマー達にも読ませて良いかな」と呟いていた。
 読者を興奮させたのは、終章のサンテシマ・ルイス・リンの弾劾の件だ。進化型1級遺伝子保有者を逃してしまったリンの失態をケンウッド先生からの通報で知ったハレンバーグ氏が当時の副委員長シュウ氏と書記長ハナオカ氏と共に地球へ降りる話。ちょっと活劇風に書かれていた。そして会議の途中でハイネがかっこよく登場するシーン。当時僕はまだ執政官じゃなかったから、残念ながらあのシーンを生で見られなかったんだ。噂ではドラマ化の話も出ているそうで、(でも主人公はハレンバーグ氏だからね・・・)この先もこの老人から目が離せないよ。

 シュウ元地球人類復活委員会副委員長。この人は高齢者施設に入って暮らしていると聞いた。でも詳しい近況はわからない。存命だと言うことだけだね。訃報があれば、僕のような退会者にも会報が送られてくるからわかる筈だ。

 ハナオカ元地球人類復活委員会委員長。ハレンバーグ氏の次の委員長を務めた人だ。サンテシマの弾劾当時は書記長だった。これと言って大きなことを成し遂げた訳じゃないけど、この人の時代に委員会は大きな危機を迎えた。僕が大怪我をしたテロ事件だ。ハナオカ氏はテロリストに対して、宇宙連邦軍を動かした。決してタカ派じゃないが、暴力を使う敵に対して容赦しない人だった。今は配偶者と一緒に木星第5コロニーで静かに余生を送っていると言うことだ。

 サンテシマ・ルイス・リン元南北アメリカ大陸ドーム長官。23代目だったかな。ケンウッド先生が25代目で、ユリアン・リプリー博士が24代目だったから。今じゃ南北アメリカ大陸ドームで「忌まわしい人物」の代名詞になっているサンテシマと言う名前は、もちろんこの人物からきている。
 彼は地球を追放された後、連邦裁判所で進化型1級遺伝子保有者を逃亡させてしまった罪に問われ、遠い僻地の惑星で医師として無期限の労役に就くことを科せられた。判決が下された10日後に彼は宇宙船に乗り込み、太陽系を去って行った。それ以来、僕は彼の消息を聞いていない。会報に名前が載ったことはないし、第一会報が流刑囚の近況を載せるとも思えない。どこでどうしているのか・・・。

 ダニエル・ジョンソン。ハイネを激怒させた介護士だ。覚えてる?
この人は火星では有名な伝説の介護士だった。いや、だ、だね。現在形。今もそうだよ。介護士を養成する学校まで建てた。実を言うと僕もその学校で研修を受けた。校長としての彼に直接教わることはなかったけどね。彼は大勢の生徒を抱えて多忙だから、僕の経歴にまったく気がつかなかった。気がついたら、僕を研修生として受け入れてくれただろうか。
 きっと地球人は暴力的な怖い人間だと思っているだろう。僕は本当の地球、本当のハイネを彼に知ってもらいたかったけれど、結局知り合うほどの機会もないまま、僕は研修を終えて彼の学校を去ったんだ。彼は今も優秀な介護士達を育てて世に送り出している。それなりに立派な人なんだ。

 ヴァシリー・ノバック。 サンテシマの私設秘書でハイネが入院中に遺伝子管理局局長代理をやったコロニー人だ。ハイネが意識を取り戻してすぐに代理を解任され、宇宙へ戻ってサンテシマの会社で働いていたんだが、サンテシマが連邦法違反で逮捕された時に、会社から解雇された。その後、企業弁護士として複数の会社と契約して働いてたそうだ。でも不幸なことに、クライアントの一社が厄介な犯罪に巻き込まれ、ノバックはその幹部と一緒にシャトルでコロニー間を移動中に正体不明の宇宙船に攻撃されて、シャトルもろとも宇宙の藻屑と消え去った。地球を去って12年後のことだから、かなり以前に亡くなっていたんだね。委員会の会員ではなかったので会報に訃報が載ることはなく、僕が彼の死を知ったのは最近のことだよ。テロ事件の歴史を調べていた時のこと。ちょっとショックだった。ノバックとは同じ時間をドームで過ごしたし、言葉を交わした記憶はないが顔を見かけたことはあったから。冥福を祈る。

 サミュエル・コートニー博士。僕がドームに着任した時に医療区長だったお医者さん。ハイネの治療に全力を尽くしてくれた人だ。彼は地球勤務を終えた後も委員会に残って月の病院で働いていた。僕の転職の時も推薦状を書いてくれたりして親切にしてくれた。現在は故郷の火星第5コロニーで家族とのんびり暮らしていらっしゃる。かなりのお年だが、ハレンバーグ氏よりは若い筈だよ。

 ダニエル・クーリッジ氏。同じくサンテシマの時代からリプリー長官、ケンウッド長官の時代に保安課長を務めた猛者。引退後はどこかの警備会社の教育顧問になったと聞いている。どの会社なのかは、彼の安全上委員会は明かしていないんだ。保安課は警察と同じようにコロニー人の違反者を摘発したりして、逆恨みされることもあるからね。だけど、たまに当時の執政官達が集まって「同窓会」を開く時は、彼も顔を出すことがあるそうだから、元気でやってると僕は信じているよ。

 続きは次へ・・・

 



2021年3月3日水曜日

ブラコフの報告     4

  次も訃報で、悲しい報告はこれで終わり。

マーサ・セドウィック    107歳。

 遺伝子学者として南北アメリカ大陸ドームに着任したのは20代前半。そして、当時の女性執政官たちに下された指示・・・ローガン・ハイネ・ドーマーを部屋兄弟を失った悲しみから立ち直らせよ・・・に従った一人だ。
 今思えば・・・いや。当時だって、それは馬鹿げた指示だった。愛情を向ける対象が急に転換される筈がないだろう。だけど女性執政官達は、美しい若いドーマーの関心を惹こうとあの手のこの手で彼を誘惑したんだ。地球人保護法に平気で違反してね。

 そして、マーサはハイネを夢中にさせることに成功した。ローガン・ハイネはドームを出て行った部屋兄弟ダニエル・オライオンを忘れた訳ではなかったけれど、女性に恋することを止めることは出来なかった。普通の男だから。
 彼は本気になってしまった。相手が数年で宇宙に帰ってしまうコロニー人だと承知しながらも、真剣に彼女に恋をしてしまったんだ。そしてマズイことに、マーサ自身も彼を好きになってしまった。愛してしまった。当然、逢瀬の回数が増えて、他の女性達に知られることになってしまったのさ。

 マーサ・セドウィックはある日突然地球人類復活委員会の本部に呼ばれて、月へ行った。そこで待っていたのは執行部による諮問会だった。彼女は「必要以上」に特定のドーマーと親しくなった事実を追求された。同僚からの密告情報が次々と曝され、彼女は否定出来ず、その日のうちに委員会を罷免された。

 妊娠が判明したのはいつのことだったのだろう。僕は聞いていないけど、多分諮問会の前後だった筈だ。彼女は子供の父親が誰かわかっていた。だからこそ、父親が経営する病院で出産して、父親不明の子供として届け出た。子供の遺伝子検査を拒否して、出産したことを委員会にも報告しなかった。罷免されたのだから、その義務もなかったしね。
 遺伝子学者としての名に傷は付いたが、彼女は婦人科の医師として父親の病院で働き、娘キーラを育てた。二回結婚して、二回離婚した。二人目の夫との間にロナルドをもうけ、二人の子供達は仲良く育ったんだ。
 マーサは子供達に「地球の囚われの身の王子様」の話を語って聞かせた。どうしても白い髪のドーマーを忘れられなかったんだ。娘のキーラは地球人に固執する母親にうんざりして、反発で警察官になったけど、ある時捜査で地球に行って、戻って来た時に「産科医になる」と言い出した。白い髪のドーマーに出会ってしまったんだ。多分、マーサは運命と言うものを感じただろうな。息子のロナルドは僕の大学の先輩で、と言っても歳が離れていたから実際に付き合うようになったのは僕がドームの副長官になってからなんだけど。お姉さんのキーラは医師免許を取るとすぐに地球人類復活委員会に採用されて南北アメリカ大陸ドームに勤務することになったし、兎に角、マーサ・セドウィックの周囲の人間は皆吸い寄せられるように白い髪のドーマーのいる場所へ集まって行った。
 ロナルドとキーラが言うには、マーサは次々と男友達を取り替えて、ハイネと比較して彼氏に逃げられると云う男性遍歴を繰り返していたそうだ。白い髪のドーマーの呪縛から逃れられない気の毒な人と言うか、それとも彼女なりに波乱の人生を楽しんだのか。

 晩年のマーサは引退した弁護士と結婚して、やっと落ち着いた生活を手に入れた。ドームを退官して火星に戻って来たキーラとヘンリー・パーシバル博士夫妻の子育てを助けて(だって、キーラは三つ子を産んだからね!)、ロナルドの家族とも仲良く余生を楽しんだ。キーラが退官する時に、ハイネが「マーサによろしく」と言ったことが彼女の心の中の痼りを融かしたんだ。

 マーサ・セドウィックは息子が経営する病院で静かにこの世を去った。最期は、最後の夫の手をしっかり握っていたそうだ。本当の愛を人生の一番最後に見つけたんだね。

 マーサが亡くなったことをローガン・ハイネはキーラ・セドウィックから知らされた。キーラは自分で地球に降りて、ドームに訪問者として入って、面会室で父親に母親の訃報を伝えたんだ。ハイネは彼女をそっと抱きしめて、「彼女はここにいる」と囁いたのだった。だから、キーラは両親が愛し合って生まれた子供なのだと信じることが出来たんだ。


2021年3月2日火曜日

ブラコフの報告     3

  次も訃報だ。

 ジャン=カルロス・ロッシーニ。享年94歳。

 南北アメリカ大陸・ドーム第24代長官ユリアン・リプリーがまだ一遺伝子学者だった時代から彼の秘書として働き、やがてリプリーが副長官、長官と出世していく間も影のように寄り添い、支え続けた。そしてケンウッド先生が長官に就任した時、リプリー博士の強い推薦で長官秘書を続けることになった稀有なドーマー・・・その正体は遺伝子管理局内務捜査班チーフだった人。

 若い頃はきっと孤独だったに違いない。無口で人付き合いの下手なリプリー博士の研究室で、助手として黙々と働いていたそうだ。同年代の遺伝子管理局の男たちが外勤務局員として外の世界に出て行ったり、内勤職員として大部屋で大勢の仲間と教えあったり話し合ったりして仕事をしていた時に、彼は中央研究所の研究室でコロニー人の研究員たちに使われていたんだ。
 だけど、きめ細やかな注意力と室内の人々をハッとさせる提案を適宜に出せる才能にリプリー博士は早くから気が付いていた。ドーマーはどんなに優秀でも執政官と同等の立場に立てない。それならいっそのこと秘書としてコロニー人の研究員たちに指図出来る立場に慣れば良い。リプリー博士は目立つことの嫌いな事なかれ主義の人として知られていたが、人を見る目は優れていたんだ。ロッシーニは博士直属の秘書に採用され、そのまま副長官秘書に、そして長官秘書にまで昇った。流石に月の地球人類復活委員会と直接交信する権利は持たされなかったけれど、ほとんどのドームの中の采配は任された。もしかすると遺伝子管理局長より強い立場だったかも知れない。
 でもロッシーニは、誰が本当のボスなのか、ちゃんと弁えていた。ハイネ局長から内務捜査班だけに理解出来る暗号の指図が送られてくれば、それに従って執政官の動向を調査したし、部下に指図して情報収集させた。
 リプリー博士は結局最後まで最も信頼する秘書の正体を知らぬまま退官して宇宙へ去ったんだ。

 ケンウッド先生は副長官になる直前にひょんなことからロッシーニの正体を知ってしまっていた。先生は僕がドーム在勤中は僕に打ち明けてくれなかったけど、秘書が内務捜査班だと承知の上で使っていたんだ。そしてロッシーニの偉いところは、正体を知られているとわかっていても、ケンウッド先生の前では長官付き秘書以外の何者でもない態度で働いていたことさ。実際、ケンウッド先生はロッシーニがいなければ長官職を務めることは出来なかったと仰っていた。

 歳をとって、ロッシーニは遺伝子管理局を退職して、長官秘書も退職した。但し、「黄昏の家」に入ることは拒んで、養育棟で子供のドーマーに英語を教える教師になった。晩年は一人の女性ドーマーを一人前の保安課員に育て上げることに情熱を注いでいたそうだ。

 内臓の機能が低下して老衰で彼は旅立った。亡くなる2ヶ月ほど前から、彼はしきりにリプリー博士にもう一度会いたいと呟くようになった。彼の看護をしていたドーマー・・・彼が最後に育てた女性ドーマーのべサニーが、ケンウッド先生にリプリー博士を探してくれと頼み込んだ。探す必要はなかったんだ。ドーム長官を務めた人は、地球人類復活委員会がしっかり引退後の消息を把握していたからね。リプリー博士は退官後は一度も地球に戻らなかったんだが、ロッシーニがもう永くないと聞いて、取るものも取り敢えずに駆けつけてくれたそうだ。そしてロッシーニが亡くなる迄の5日間、「黄昏の家」に泊まり込んでくれたとケンウッド先生が感激していた。

 多分、ユリアン・リプリーとジャン=カルロス・ロッシーニは静かに心の深いところで繋がっていたんだろうな。リプリー博士はやっぱり最後までロッシーニがドーマー側のスパイだと知らずに、ロッシーニも博士を騙していたと打ち明けずに、ただ互いの手を握り合ってこの世とあの世に別れて行った。浮世の身分なんて、二人には関係なかったのかも知れない。地球人とコロニー人、ドーマーと執政官、そんなことは二人にはどうでも良かったのかも知れない。

 リプリー博士は葬儀には出席せずにドームから去った。送迎フロアにローガン・ハイネがいて、黙って博士を見送ったとゲイト係が言っていたそうだ。ハイネは思ったんじゃないかな。

 ジャン=カルロス・ロッシーニの本当のボスはユリアン・リプリーだ・・・って。


2021年3月1日月曜日

ブラコフの報告     2

  まず、何から話そう? 楽しいこと? 悲しいこと? 

やっぱり悲しい話を聞いてから楽しい話で気分転換する方が良いかな。
悲しいって言っても、人としての生を全うした人々の話だから、勘弁してくれよな。

 僕等の友人で、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長から最も信頼を置かれた部下であり、同時に親友でもあったグレゴリー・ペルラがとうとう旅立ってしまったんだ。享年93歳。

 グレゴリーは「黄昏の家」の管理人を20年勤め上げた。だけど寄る年波で体の動きが思うように行かなくなってきたので、年下のドーマーにその役割を譲った。多分、それが良くなかったんだろうな。役割を交代した数日後に彼は体調を崩し、5日間寝ていたそうだ。ヤマザキ先生が直々に往診に通って栄養剤を与えたりして、励ました。エイブ・ワッツも頻繁に病室に顔を出して、喧嘩をふっかけたりして力付けようとした。

 6日目にグレゴリーは起き上がって、朝食もしっかり摂って、みんなを安心させたそうだ。彼は「局長と長官に会いに行く」と言って、「黄昏の家」を出て、地下通路を通り、居住区へ行った。ケンウッド先生とハイネ局長はその日執政官会議があって、グレゴリーが中央研究所に現れた時はまだ会議室の中だった。それでグレゴリーは地下4階にある「野外シミュレーションフロア」へ行った。彼はそこで一人で散歩するのが好きだったんだ。30分間の「公園散歩」って言うプログラムがあって、執政官も休憩時間や気分転換に良く利用するものさ。地面が平坦で芝生と低木の植え込みや花壇の間を歩くって言うプログラムなのさ。

 係官はグレゴリーが40分経っても戻ってこなかったので、心配になって呼び出し放送をかけてみた。でも彼は戻って来なかった。このシミュレーションでは端末は持ち込めない。気分転換と野外訓練用だからね、端末はロッカーに置いて行くんだ。

 それで心配が嵩じた係官は独断でプログラムを終了させた。何もないフロアが出現した時、彼はグレゴリーが柱にもたれかかって座り込んでいるのを見つけた。すぐに嫌な予感がしたそうだ。彼は同僚に医療区へ連絡するよう頼んで、フロアへ駆け込んだ。

 グレゴリーはもう息をしていなかった。手には20年前に先に旅立った恋人ゴードン・ヘイワードの写真を握りしめ、口元に微笑みを浮かべて安らかな表情だったそうだ。

 ヤマザキ先生は蘇生処置を行わなかった。グレゴリーが望んでいないとわかっていたから。彼の体を静かに運び出し、ドーマー達の目につかないようにそっと「黄昏の家」に運んだ。

 葬儀は伝統に則って執政官だけでしめやかに行われた。ケンウッド長官もゴーン副長官も泣いたそうだ。グレゴリーはみんなの友達だったから。そしてみんな悩んだ。ローガン・ハイネにどうやって伝えようかと。

 グレゴリーの訃報は結局エイブ・ワッツによってハイネ局長に伝えられた。エイブは夕方、ハイネが業務を終えて部屋を出る頃合いを見計らって遺伝子管理局を訪問した。そして、秘書達が出て行った後の局長室でグレゴリー・ペルラの逝去を局長に伝えた。いや、言葉は必要なかったんだろうな。エイブが遺伝子管理局に行くなんて、滅多になかったことだから。

 ハイネがどんな反応をしたか、エイブは結局誰にも言わなかった。ただ、その夜、彼はハイネのアパートに泊まって、2人で故人を偲んだそうだ。

 翌日、ハイネはいつもと同じで、ネピア・ドーマーがグレゴリーの訃報を伝えた時、一言「そうか」と呟いただけだった。でも、それでネピアは上司の深い悲しみを悟ったと後に後輩のキンスキーに語ったそうだ。

 グレゴリーは今、ゴードン・ヘイワードと一緒にドームの墓所で眠っている。



2021年2月28日日曜日

ブラコフの報告     1

 こんにちは! ガブリエル・ブラコフです。

 え? そんなヤツ知らないって? ああ・・・僕がこの物語から退場してから10年近くなるからねぇ・・・忘れられたって文句言えないかな。

 それじゃ、簡単に自己紹介しよう。僕のことを覚えていて下さっている奇特な方々はちょっと我慢して下さいね。

 僕はガブリエル・ブラコフ、遺伝子学者です。大学を卒業してすぐに地球人類復活委員会に採用され、研究員として南北アメリカ大陸ドームのニコラス・ケンウッド博士の研究室に配属されたんだ。地球行きを希望したのは、テレビで春分祭を見たから。真っ白な髪を持つ美しい地球人男性に憧れて、彼の側で働きたいって思ったんだ。男が男に一目惚れした。僕は異性愛者なんだけど、彼だけは特別だった。なんて言うか、すごく心が惹かれたんだよ。

 ケンウッド博士の研究室に入ったのは、僕の専門がケンウッド先生と同じ皮膚を形成する遺伝子の研究だったからだけど、先生が白い髪のドーマー、ローガン・ハイネと友達だったのは偶然だったし、僕にとっては幸運だった。僕が地球に赴任した当初、ハイネは重い病気でずっと入院中だった。僕が彼に初めて御目通り叶ったのは、僕が地球に降り立って2年目だった。病気から回復して、アメリカ・ドームを私物化していた当時の長官サンテシマ・ルイス・リン博士が更迭されたお陰で自由の身になったハイネに紹介された時は、本当に感激で舞い上がってしまった。

 僕はその後、ケンウッド博士の研究室で助手から執政官に昇進して、地球勤務7年目には、なんと!副長官に就任してしまったんだ。僕のような若輩者がそんな重責の地位に就いて良いものなのか、自問自答を繰り返す毎日だったけど、すぐに忙しさのお陰で迷うことを忘れてしまった。僕は楽天家なんだ。兎に角、必死で長官になったケンウッド先生を助けようと頑張ったよ。それに憧れのローガン・ハイネ遺伝子管理局長も僕を支えてくれたしね。

できればずっと地球でケンウッド先生やハイネ局長と地球人の女性誕生を目標に研究を続けたかった。

 だけど、皆さんがご存知のように、僕はテロ事件に巻き込まれ、大怪我を負ってしまった。ハイネ局長の機転で命を救われ、ケンウッド先生とヤマザキ先生の懸命の治療で元どおりの健康を取り戻せて、僕の人生観はちょっと変化した。僕は僕同様にテロの被害を受けて心身に深い傷を負った人々の支えになりたいと思うようになったんだ。

 それで、僕は地球人類復活委員会を退職した。ドームの人々と別れるのは本当に辛かった。裏切るような気分にもなって、落ち込んだこともあった。だけど、ハイネは僕を引きとめなかったんだ。ドーマーだから・・・コロニー人はいつか宇宙に去って行く、だから地球人は引きとめない。僕は、研究を中断して地球を去って行く僕に彼が腹を立てていることを感じていた。でも彼はそれを表に出さなかった。ドームを去る時、僕は彼に一言、「ごめん」と言った。彼は黙って僕をハグしてくれて、そして離れて行った。

 宇宙に戻った僕は火星第1コロニーの病院で介護士として働くつもりだった。だけど実際に働けたのは最初の二ヶ月だけだった。実は僕は前歴を隠して採用されたんだけど、それがバレちゃったんだ。病院としては、地球勤務歴がある医師免許を持つ人間を介護士として働かせるのは勿体無いと考えたんだよ。僕は、結局火傷で苦しむ患者を救う方に廻された。

ああ、テロで苦しむ被害者を助けるって言う目標には変わりなかったけどね。僕は皮膚組織にダメージを受けた患者を治療し、機能回復のリハビリメニューを考える仕事を、現在しているって訳さ。

 ケンウッド先生が火星に帰省される時は、必ず会いに行って、一緒に食事をするんだ。先生は僕が介護士になり損ねて医者になったことを、「結局そうなったか」と笑っていた。副長官にまで昇った学者が、医学会で無名である筈がないだろうと。

 そして、僕が去った後のドームのその後を話してくれる。

知りたい?