2021年3月1日月曜日

ブラコフの報告     2

  まず、何から話そう? 楽しいこと? 悲しいこと? 

やっぱり悲しい話を聞いてから楽しい話で気分転換する方が良いかな。
悲しいって言っても、人としての生を全うした人々の話だから、勘弁してくれよな。

 僕等の友人で、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長から最も信頼を置かれた部下であり、同時に親友でもあったグレゴリー・ペルラがとうとう旅立ってしまったんだ。享年93歳。

 グレゴリーは「黄昏の家」の管理人を20年勤め上げた。だけど寄る年波で体の動きが思うように行かなくなってきたので、年下のドーマーにその役割を譲った。多分、それが良くなかったんだろうな。役割を交代した数日後に彼は体調を崩し、5日間寝ていたそうだ。ヤマザキ先生が直々に往診に通って栄養剤を与えたりして、励ました。エイブ・ワッツも頻繁に病室に顔を出して、喧嘩をふっかけたりして力付けようとした。

 6日目にグレゴリーは起き上がって、朝食もしっかり摂って、みんなを安心させたそうだ。彼は「局長と長官に会いに行く」と言って、「黄昏の家」を出て、地下通路を通り、居住区へ行った。ケンウッド先生とハイネ局長はその日執政官会議があって、グレゴリーが中央研究所に現れた時はまだ会議室の中だった。それでグレゴリーは地下4階にある「野外シミュレーションフロア」へ行った。彼はそこで一人で散歩するのが好きだったんだ。30分間の「公園散歩」って言うプログラムがあって、執政官も休憩時間や気分転換に良く利用するものさ。地面が平坦で芝生と低木の植え込みや花壇の間を歩くって言うプログラムなのさ。

 係官はグレゴリーが40分経っても戻ってこなかったので、心配になって呼び出し放送をかけてみた。でも彼は戻って来なかった。このシミュレーションでは端末は持ち込めない。気分転換と野外訓練用だからね、端末はロッカーに置いて行くんだ。

 それで心配が嵩じた係官は独断でプログラムを終了させた。何もないフロアが出現した時、彼はグレゴリーが柱にもたれかかって座り込んでいるのを見つけた。すぐに嫌な予感がしたそうだ。彼は同僚に医療区へ連絡するよう頼んで、フロアへ駆け込んだ。

 グレゴリーはもう息をしていなかった。手には20年前に先に旅立った恋人ゴードン・ヘイワードの写真を握りしめ、口元に微笑みを浮かべて安らかな表情だったそうだ。

 ヤマザキ先生は蘇生処置を行わなかった。グレゴリーが望んでいないとわかっていたから。彼の体を静かに運び出し、ドーマー達の目につかないようにそっと「黄昏の家」に運んだ。

 葬儀は伝統に則って執政官だけでしめやかに行われた。ケンウッド長官もゴーン副長官も泣いたそうだ。グレゴリーはみんなの友達だったから。そしてみんな悩んだ。ローガン・ハイネにどうやって伝えようかと。

 グレゴリーの訃報は結局エイブ・ワッツによってハイネ局長に伝えられた。エイブは夕方、ハイネが業務を終えて部屋を出る頃合いを見計らって遺伝子管理局を訪問した。そして、秘書達が出て行った後の局長室でグレゴリー・ペルラの逝去を局長に伝えた。いや、言葉は必要なかったんだろうな。エイブが遺伝子管理局に行くなんて、滅多になかったことだから。

 ハイネがどんな反応をしたか、エイブは結局誰にも言わなかった。ただ、その夜、彼はハイネのアパートに泊まって、2人で故人を偲んだそうだ。

 翌日、ハイネはいつもと同じで、ネピア・ドーマーがグレゴリーの訃報を伝えた時、一言「そうか」と呟いただけだった。でも、それでネピアは上司の深い悲しみを悟ったと後に後輩のキンスキーに語ったそうだ。

 グレゴリーは今、ゴードン・ヘイワードと一緒にドームの墓所で眠っている。