2021年3月4日木曜日

ブラコフの報告     6

  アーノルド・ベックマン氏。僕がテロ事件に巻き込まれた時の保安課長だった人だ。元傭兵の隊長だったから、この人も引退後の所在は委員会によって秘されている。でも彼は結婚して奥さんと幸せに暮らしているとケンウッド先生から聞いている。ハイネ局長は今でも彼と格闘技の対戦を行わなかったことを惜しんでいるらしいよ。


 そうだ! 重大なことを言い忘れていたね。地球と宇宙の間の私信が自由に出来るようになったんだ。ドームの外でも内側でも自由なんだよ。勿論、「取り替え子」の秘密も明かされちゃったけど・・・いずれは知られることだったしね。そしてコロニー社会や地球のリーダー達が危惧したような大混乱は起きなかった。ショックが大きすぎたのかも知れないけど、パーシバル博士が仰るには、コロニー人はあまり取り替え子のことを重視していないから、わざわざ地球人に教えたりしないって。だから自由に情報がやり取りされるようになっても、地球人は取り替え子の事実をそんなに知っていないんだ。
 それに、貿易商などは疾っくの昔に取り替え子の事実を取引相手から聞かされていたしね。

 そう言う訳で、ベックマン氏は、一緒にテロ事件を捜査した内務捜査班のビル・フォーリーとなんと「文通」しているんだよ。「文通」って紙の手紙だよ、すごく古風だろう。しかも彼らはわざわざ手書きで書簡を作成するんだ。互いの文字を褒めあったり、批評し合っているそうだから、所謂「書道」を楽しんでいるんだろう。一度ヤマザキ先生がフォーリーからベックマンの手紙を見せてもらったことがあるそうだ。だけど、ヤマザキ先生には読めなかったって・・・。

「ものすごい癖字でさ、何を書いているのか、さっぱりわからん。」

 先生はケンウッド先生にそうこぼしたそうだ。筆記体ってきっと読むのも書くのも難しいのだろう。
 だけど、ハイネには読めたんだ。ベックマンが何を書いていたのか、兎に角、ハイネはフォーリーが見せた手紙を読んで大笑いしたって。

「あの人がこんなノロケ話を書くなんて。」

とケンウッド先生とヤマザキ先生に言ったけど、結局何が書かれていたのか、ハイネもフォーリーも教えてくれなかったそうだ。それでケンウッド先生は、ベックマンが書いていたのはアルファベットの筆記体ではなくて、内務捜査班が使用している記号文字じゃないかって推測しているんだ。フォーリーは同じ事件を捜査したベックマンに友情を感じて、本来ならコロニー人に教えてはいけない記号文字を退官した後のベックマンに教授したに違いないって。
 ドームの外に去った人に秘密の文字を教えて、あまり公言出来ない話を2人で楽しんでいるんだ、きっと。

 孤独を愛しているように見えたビル・フォーリーがそんな風に友達を作ったことに、僕はちょっと驚いた。僕がドームにいた頃の彼は、内務捜査班の事務室で一人黙々と仲間や部下から送られてくる報告書を読んだり内容を分析していた。直属のボスだったロッシーニは孤独だったろうけど、フォーリーも孤独だったろう。周囲から孤高の人の様に見られていたが、引退後は養育棟の訓練所で若いドーマー達に内務捜査班の心得を教授している先生なんだ。つまり、毎日賑やかな子供達の相手をしている訳で・・・これって晩年のロッシーニと同じだね。ケンウッド先生が仰るには、食堂で見かける彼はいつも若いドーマー達に囲まれているそうだよ。