2021年3月4日木曜日

ブラコフの報告     5

 他の人々の近況を・・・先ずは、あまり情報のない人たちを先に片付けておこうか。

 ハレンバーグ元地球人類復活委員会委員長。この人はまだ元気なんだ。かなりのお年なんだけど、地球勤務中の回顧録を出版したところベストセラーになっちゃって、今じゃ作家生活だよ。委員会の裏話も書きまくっているんだけど、流石に都合の悪いことは見事に省いているね。(笑
 読者は白いドーマーのことが書かれていると期待して購読している。でも実際のところハレンバーグ氏はあまり個人的にハイネと日常を過ごした訳じゃなかったから、詳しい話は書いていない。仕事で接した薬剤師ハイネのことしか書いていないのさ。この回顧録が出版された時、ケンウッド先生は慌てて購入して読んでいた。何か書かれて困ることがあったに違いないんだけど、それが何かは教えてくれなかった。読み終わって、ホッとした表情で、「これならドーマー達にも読ませて良いかな」と呟いていた。
 読者を興奮させたのは、終章のサンテシマ・ルイス・リンの弾劾の件だ。進化型1級遺伝子保有者を逃してしまったリンの失態をケンウッド先生からの通報で知ったハレンバーグ氏が当時の副委員長シュウ氏と書記長ハナオカ氏と共に地球へ降りる話。ちょっと活劇風に書かれていた。そして会議の途中でハイネがかっこよく登場するシーン。当時僕はまだ執政官じゃなかったから、残念ながらあのシーンを生で見られなかったんだ。噂ではドラマ化の話も出ているそうで、(でも主人公はハレンバーグ氏だからね・・・)この先もこの老人から目が離せないよ。

 シュウ元地球人類復活委員会副委員長。この人は高齢者施設に入って暮らしていると聞いた。でも詳しい近況はわからない。存命だと言うことだけだね。訃報があれば、僕のような退会者にも会報が送られてくるからわかる筈だ。

 ハナオカ元地球人類復活委員会委員長。ハレンバーグ氏の次の委員長を務めた人だ。サンテシマの弾劾当時は書記長だった。これと言って大きなことを成し遂げた訳じゃないけど、この人の時代に委員会は大きな危機を迎えた。僕が大怪我をしたテロ事件だ。ハナオカ氏はテロリストに対して、宇宙連邦軍を動かした。決してタカ派じゃないが、暴力を使う敵に対して容赦しない人だった。今は配偶者と一緒に木星第5コロニーで静かに余生を送っていると言うことだ。

 サンテシマ・ルイス・リン元南北アメリカ大陸ドーム長官。23代目だったかな。ケンウッド先生が25代目で、ユリアン・リプリー博士が24代目だったから。今じゃ南北アメリカ大陸ドームで「忌まわしい人物」の代名詞になっているサンテシマと言う名前は、もちろんこの人物からきている。
 彼は地球を追放された後、連邦裁判所で進化型1級遺伝子保有者を逃亡させてしまった罪に問われ、遠い僻地の惑星で医師として無期限の労役に就くことを科せられた。判決が下された10日後に彼は宇宙船に乗り込み、太陽系を去って行った。それ以来、僕は彼の消息を聞いていない。会報に名前が載ったことはないし、第一会報が流刑囚の近況を載せるとも思えない。どこでどうしているのか・・・。

 ダニエル・ジョンソン。ハイネを激怒させた介護士だ。覚えてる?
この人は火星では有名な伝説の介護士だった。いや、だ、だね。現在形。今もそうだよ。介護士を養成する学校まで建てた。実を言うと僕もその学校で研修を受けた。校長としての彼に直接教わることはなかったけどね。彼は大勢の生徒を抱えて多忙だから、僕の経歴にまったく気がつかなかった。気がついたら、僕を研修生として受け入れてくれただろうか。
 きっと地球人は暴力的な怖い人間だと思っているだろう。僕は本当の地球、本当のハイネを彼に知ってもらいたかったけれど、結局知り合うほどの機会もないまま、僕は研修を終えて彼の学校を去ったんだ。彼は今も優秀な介護士達を育てて世に送り出している。それなりに立派な人なんだ。

 ヴァシリー・ノバック。 サンテシマの私設秘書でハイネが入院中に遺伝子管理局局長代理をやったコロニー人だ。ハイネが意識を取り戻してすぐに代理を解任され、宇宙へ戻ってサンテシマの会社で働いていたんだが、サンテシマが連邦法違反で逮捕された時に、会社から解雇された。その後、企業弁護士として複数の会社と契約して働いてたそうだ。でも不幸なことに、クライアントの一社が厄介な犯罪に巻き込まれ、ノバックはその幹部と一緒にシャトルでコロニー間を移動中に正体不明の宇宙船に攻撃されて、シャトルもろとも宇宙の藻屑と消え去った。地球を去って12年後のことだから、かなり以前に亡くなっていたんだね。委員会の会員ではなかったので会報に訃報が載ることはなく、僕が彼の死を知ったのは最近のことだよ。テロ事件の歴史を調べていた時のこと。ちょっとショックだった。ノバックとは同じ時間をドームで過ごしたし、言葉を交わした記憶はないが顔を見かけたことはあったから。冥福を祈る。

 サミュエル・コートニー博士。僕がドームに着任した時に医療区長だったお医者さん。ハイネの治療に全力を尽くしてくれた人だ。彼は地球勤務を終えた後も委員会に残って月の病院で働いていた。僕の転職の時も推薦状を書いてくれたりして親切にしてくれた。現在は故郷の火星第5コロニーで家族とのんびり暮らしていらっしゃる。かなりのお年だが、ハレンバーグ氏よりは若い筈だよ。

 ダニエル・クーリッジ氏。同じくサンテシマの時代からリプリー長官、ケンウッド長官の時代に保安課長を務めた猛者。引退後はどこかの警備会社の教育顧問になったと聞いている。どの会社なのかは、彼の安全上委員会は明かしていないんだ。保安課は警察と同じようにコロニー人の違反者を摘発したりして、逆恨みされることもあるからね。だけど、たまに当時の執政官達が集まって「同窓会」を開く時は、彼も顔を出すことがあるそうだから、元気でやってると僕は信じているよ。

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