2021年3月5日金曜日

ブラコフの報告     7

  地球人保護法なる面倒で厄介な法律も少しずつ改正されつつあるんだ。以前は素手で地球人に触れただけで「違反」とされる極端な適用をされていたけど、それはやはりマズかろうと言うことで、ちゃんと刑事告発出来る行為に対してだけ適用されるように地球とコロニー政府で調整がなされている。それに伴って結婚に関する制限も緩和された。まだ地球人は自由に宇宙空間へ出られないけど、コロニー人と結婚した人は制限外の扱いだ。そして地球に配偶者がいるコロニー人は、コロニーに籍を置いたまま、地球と往来出来る。地球人の配偶者にもコロニーでの財産権が与えられるんだ。
 これはドームにも大きな変化をもたらした。ドーマーとコロニー人職員の恋愛が自由になったし、結婚も許可されることになった。だから当然・・・

 南北アメリカ大陸ドームでは早速3組のカップルが誕生した。中央研究所で働いていた執政官と助手のドーマー達だ。男女のカップル2組と男性同士のカップル1組。ケンウッド先生は結婚承認を行う役目をもらって忙しかったそうだよ。でもこんなめでたい忙しさは嬉しいよね。男カップルの執政官はパートナーを木星の親族に紹介したいと思ったんだけど、親族は地球まで来る時間がないと言って式への招待を断った。それで、執政官はドーマーを宇宙へ連れ出す手続きを取った。地球人類復活委員会始まって以来の出来事だったんだ!
 書類の手続きは問題なく進められたけど、別の問題が判明した。

 ドーマーは乗り物に乗った経験がない!

 そうなんだ、外勤務の遺伝子管理局員や輸送班、庶務班のドーマー以外は、三輪車にも乗ったことがないんだよ。だからヤマザキ先生は結婚したドーマーに乗り物のスピードに耐えられるか、ドームの壁の外へ連れ出して様々な乗り物に乗せて訓練を受けさせた。ドーマーが乗るのは宇宙船だから、乗ってしまえばスピードなんて感じないんだけど、その前後の乗り物に慣れてもらわないと心配だったんだな。で、男カップルは木星旅行へ出かけ、一月後に無事に帰ってきた。僕は偶々彼等と月で出会ってノロケ話を聞かせてもらった。乗り物酔いにかかったのは執政官の方で、ドーマーはケロリとしていたよ。(笑

 それから2ヶ月後に、ジェリー・パーカーとメイ・カーティスが結婚した。2人が交際していたことは周知の事実だったから、驚かなかったけど、パーカーはレインやセイヤーズと云った友人達に散々からかわれていたそうだ。2人の結婚式には、パーカーと姉妹同然のシェイも招かれて、彼女がご馳走を作って盛大なパーティーを開いたって・・・。パーカーもカーティスもそんな大袈裟な挙式は望んでいなかった筈だけど、何しろシェイの料理だろ? 周囲の連中の方が楽しみにして、盛り上がっちゃったらしい。式にはレインとセイヤーズの息子のライサンダーも幼い娘を連れて招待されたと言う話だ。

 なんとドームもすっかり解放されたもんだ!!

 結婚したカップルは、ドームの居住区の妻帯者用アパートに入居するか、外に住むか選択出来る。だけど今の所、4組共にアパートにいる。ドーマーは外の生活や大気に慣れていないし、パーカーはメーカー時代の柵をまだ引きずっているからね。
 もっともそろそろ空き部屋が減ってきたから、独身で妻帯者用アパートにいる人間は肩身が狭くなってきたようだ。クロエルは自分から独身者用に引っ越した。ゴーン副長官が母子で同居しないかと提案してみたそうだが、クロエルに笑い飛ばされた。立派に成人した血縁がない息子と、まだ若く見えるコロニー人の養母が同じ部屋に住むなんて、誤解されるだろう? それにクロエルはラナがセイヤーズと交際していることを知っている。(みんな知っているんだけどね。)デートの邪魔をしたくないだろう? 副長官はデートの為にと言う訳じゃないが、独り妻帯者用アパートに残った。幹部クラスの執政官は自室を会議室に使うこともあるから、広い部屋が必要なんだ。これは元副長官だった僕が言うのだから、間違いない。
 ヤマザキ先生も医療スタッフとの会議に部屋を使うから独りで広い部屋を使うことに問題ないけど、ケンウッド先生は気にして引っ越そうとした。でも結局引っ越さずに残っている。引っ越そうとしたら、エイブ・ワッツの指示を受けた輸送班引っ越し係が拒否したんだそうだ(笑 
 そして、ローガン・ハイネは遂に覚悟を決めてアイダ・サヤカ博士を最上階の彼のアパートに迎えた。壁一面にぎっしり並べられた酒のコレクションを見て、アイダ博士は卒倒しそうになったって笑っていた。2人がかなり以前からラブラブだったことは僕も知っていたけど、結婚していたと教えられたのは、このアイダ博士の引っ越しの後だ。多分、ドームの人々みんながそうだった。アメリカ・ドームで彼等が結婚していたことを知っていたのは、ケンウッド先生とヤマザキ先生だけだったからね。
 正直、僕はちょっぴり傷ついたよ。僕がハイネの大ファンだってことは、先生達も当のハイネも知っていた筈だ。どうして僕を除け者にするんだ? それも2人が結婚したのは僕がまだドームに勤務していた時だぜ。テレビ電話での会話が許可されて、僕がそのことで文句を言ったら、ハイネは「それで?」と返した。僕が怒る意味がわからないって。ケンウッド先生は月の執行部からドーマーと執政官の婚姻を口外しないよう固く口止めされていた。先生は忠実に理事会と最高幹部会の言いつけを守っただけなんだ。だから、僕が先生やハイネに怒るのはお門違いだってね。彼の少し緩やかな優雅な口調で諭されたら、怒る気力がなくなってしまったよ。(笑
 ハイネの部屋に引っ越したアイダ博士は、早速邪魔なお酒のコレクションを片付けた。ハイネは渋々だったろうけど、奥さんに逆らわなかった。インテリアになる綺麗な容器に入ったお酒やワインなどの地球産のお酒をいくらか残して、ハイネが80年かけて集めた酒類はドームの厨房班のワイナリーに移された。実は、このお酒の異動はケンウッド先生とヤマザキ先生が仕組んだものだった。ハイネの健康の為に、2人はアイダ博士を焚き付けて強い酒類を彼の部屋から撤去した訳だ。厨房班に寄付された形のハイネのコレクションは、一応ハイネの許可を得てから食事に供されることになった。だから、あの酒類を無料で飲めるのはハイネだけなんだ。
 ハイネの部屋で行われていたケンウッド博士達の酒盛りは、場所を変えてヤマザキ先生の部屋で続いているそうだ。