2017年9月30日土曜日

後継者 6 - 3

 翌日の午後、ヘンリー・パーシバルとキーラ・セドウィックはアメリカ・ドームに還ってきた。女性のキーラは消毒時間が長いので、パーシバルは事前に取り決めていた通り、先にアパートに帰ることにした。出産管理区や医療区を抜けるルートが早いのは知っていたが、彼は西の回廊をゆっくりと歩いて行くことにした。荷物は運送班が運んでくれるので、手ぶらだ。明後日は秋分の日で、このドームを去る。彼は感慨深げに透明の壁越しに見える遠くの風景を見ながら歩いて行った。
 中程まで来た時、緩いカーブの所にダークスーツを着た背の高い男が立っているのに気が付いた。髪の毛が真っ白だったので、誰なのか直ぐにわかった。パーシバルは無意識にポケットに手を入れ、チーズを持っていないことを思い出して舌打ちした。仕方なく、「餌」無しで声を掛けた。

「わざわざお出迎えかい、局長?」

 ローガン・ハイネ・ドーマーが振り返った。まだ陽が高くて髪の毛が眩しく光った。

「お帰りなさい、ヘンリー。」

 優しい微笑み。パーシバルはふと思った。

 このドーマーがファーストネームで呼ぶのはリンと僕だけだな。

 あの「悪党」と同列であるはずがない。サンテシマと呼ぶ時、ドーマー達は蔑みの意味を込める。全宇宙の他のサンテシマ達には気の毒だが、このドームではこれからも未来永劫、サンテシマは忌み嫌われる名となるだろう。
 だが、ヘンリーと呼ぶハイネの声には親しみが込められ、温かみがある。パーシバルの心を穏やかにしてくれる響きがある。
 本当は父親ほど年上なのに、外見は年下に見えるドーマーを、パーシバルは本当に可愛いと感じていた。相手には失礼かも知れないが弟の様な感じがする。だが、現実を見なくてはならない。
 パーシバルはハイネの隣に並んだ。

「旅行はいかがでした?」
「とっても楽しかった。素晴らしい人類の歴史と芸術と地球の風景と、最高の同伴者と・・・」

 彼は自身より上の位置にあるハイネの目を見上げた。

「君には不本意かも知れないけど・・・婚姻許可をもらえないかな?」

 ハイネが青みがかった薄い灰色の目で彼を見つめた。

「私はどうこう言える立場ではありません。」
「でも、君に許可してもらいたいんだ。彼女はまだここでもう暫く働く。僕は明後日月へ行く。2人の絆をしっかり守る為にも、君の許しをもらっておきたい。地球で地球人の許可をもらっておきたい。」
「言葉で? 文書で?」
「言葉で。君の言葉はこの世界では絶対の重みがある。」

 ハイネは困ったなぁと言いたげな顔をして壁の向こうを見た。

「婚姻許可の発行は班チーフの仕事ですが・・・」
「おいおい、逃げるなよ。」

 パーシバルは吹き出した。ハイネが照れているのがよくわかった。彼を遺伝子管理局長としてではなく、恋人の父親としてパーシバルが許可を求めていることを、ハイネは理解しているのだ。ハイネだって映画や小説で娘を嫁に出す父親の話を見たり読んだりしているはずだ。家族を知らないドーマーだって、その程度の知識は持っている。
 遂にハイネが降参した。

「なんと言えば良いのですか?」
「一言、結婚を許す、で良いのさ。」
 
 そしてパーシバルは笑った。

「普通、婿が舅に強制することじゃないよなぁ?」

 ハイネも笑い出した。

「私が貴方の舅ですか?」
「そうなるさ。勿論、人前では秘密だけどね・・・うっ!」

 パーシバルはいきなりハイネにギュッと抱きしめられて、声を詰まらせた。ハイネは力を弛めてもなお彼を抱きしめて、その耳に囁きかけた。

「何故ドームが私の子供を創らないか、理由はご存じですか? 地球人の女性との間では私も他の男達同様、男の子しか作れない。私の息子は必ず白い髪を持って生まれてきます。ドームは取り替え子の秘密を守る為に、そんな目立つ赤ん坊を養子として外の世界にばらまく訳にいかないのです。
 キーラは彼女の母親が言う通り、私の娘なのでしょう。彼女にとって幸いだったのは、進化型1級遺伝子を受け継がなかったことです。もしあんなものを持って生まれたら、地球人の子供だとばれて母親から取り上げられ、ドームに収容されていたはずです。
 女性ドーマーは一生ドームの中で生きます。好きな男性と添えることはまず許されません。ですから、私はキーラが宇宙で産まれて宇宙で育ったことに感謝しています。
 どうか彼女をよろしくお願いいたします。私の代わりに守って下さい。」

 パーシバルも彼を抱きしめ返した。

「僕はこの通り、重力に負けた軟弱者だけど、人を好きになる力は誰にも負けないつもりだ。きっと彼女と楽しい人生を送っていけるよ。彼女を生んでくれて有り難う。」

 軽い咳払いが聞こえて、2人は同時に顔を上げた。ケンウッドとヤマザキが立っていた。2人でパーシバル達を出迎えにやって来たのだ。

「人気のない場所で、男2人で抱き合って、何やってんだ?」

とヤマザキが呆れた声で言った。パーシバルとハイネはお互いの体を離した。ケンウッドは窓の外の陽が少し傾きかけているのに気が付いた。ここはハイネにとって常に意味のある場所ではなかったか?
 ハイネが真面目な顔で言った。

「今、婚姻許可を出したところです。紹介しましょう、私の義理の息子のヘンリーです。」
「はぁ?」

 ヤマザキとケンウッドはパーシバルを見た。ヘンリー・パーシバルは少し頬を赤らめたが、夕陽のせいにするにはまだ少し早かった。



後継者 6 - 2

 グレゴリー・ペルラ・ドーマーは局長の執務机に着いていた。局長のコンピュータを操作しており、局長自身はその横に立っていた。何かのソフトの使用を指導している様子だ。引退する予定の第1秘書に局長業務の指導をするだろうか? そもそも第1秘書は既に局長業務の代行をハイネの入院中にしていたので教える必要はないはずだ。ハイネは新しいソフトの使い方をペルラに教えているのだ。
 ケンウッドが入室したことは既に両名共知っている訳で、ケンウッドが「やぁ」と声を掛けると、ペルラが素早く手を動かし、ソフトを閉じる仕草をした。執政官に隠さねばならないソフトなのか? ハイネが顔を向けて「こんにちは」と微笑みを見せた。

「『お勤めリスト』ですね?」
「うん。確認をお願いする。」

 メールで済ませられる簡単な書類でも、ドームでは必ず紙に印刷して残す。ハイネ局長はケンウッドから書類を受け取り、さっと目を通した。3人の執政官から7名のドーマーを指名したものだ。3人の研究分野はそれぞれ違っていて、しかし目的のドーマーは限定していない様に思われた。年齢と前回の「お勤め」からの時期を考えて選んだだけなのだ。ハイネは文面から顔を上げた。

「クロエルを指名したのは何方です?」
「ええっと・・・ミヤワキ博士だ。」
「クロエルは外して下さい。彼の検体は人工授精対象にしてはならないと、地球人類復活委員会から通達があったはずですが?」

 ケンウッドは記憶を探った。クロエル・ドーマーが成人となった時に、確かにその主旨の通達が月の本部から送られてきた。クロエルは父親が不明だ。しかもその父親が違法製造のクローンである可能性があるので、遺伝子遡上追跡が不可能だ。クロエル・ドーマーに許されているのは、母方と同じ血統の女性との間に子供を創ることだけだ。そして母方の部族は絶滅危惧民族で、未だあの可愛らしい青年のお嫁さん候補は発見されていないのが実情だ。
 ケンウッドは自身の手のひらで額をぴしゃりと打った。

「うっかりしていた。申し訳ない。」
「クロエルだけ外して承認します。追加を希望されますか?」
「追加はしない。クロエル・ドーマーを削除して承認をお願いする。」
「承知しました。」

 ハイネは机の上にリストを置いた。ペルラ・ドーマーが立ち上がった。局長と場所を交替した。ハイネがドーマー達に送る「お勤め出頭命令」のメールを作成する横で、ケンウッドはペルラに尋ねてみた。

「新しいソフトを教わっていたのかい?」

 するとペルラではなくハイネが答えた。

「グレゴリーがこちらに居ながらにして『黄昏の家』のヘイワードの様子を見られる様に端末にソフトを入れたのです。操作の指導をしていました。」

 彼は画面から顔を上げてケンウッドの目を見た。

「内緒に願います。こちらから『黄昏の家』を覗くことは禁止されていますので。」

 ケンウッドはちょっと呆れた。ローガン・ハイネ・ドーマーは決して執政官に逆らわない。ドーマー達はコロニー人達に逆らわない。それはただの「おとぎ話」に過ぎないと言うことを、今まで何度も誰かが過去の話として彼に教えてくれたのだが、これは本当に目の前で起きていることだ。しかも、ハイネはケンウッドに秘密の共有を求めている。

「私に共犯になれと言っているのか、ハイネ?」
「誰の不利益にもなりません。グレゴリーが安心して後進指導に集中する為の手段です。」

 なぁんにも悪いことなんてしてませんよ、とハイネの目が笑っていた。ケンウッドも笑うしかなかった。

「承知した。しかし、万が一ばれた時に、私も知っている、なんて言わないでくれよ。」

 そして尋ねた。

「そのソフトは何処から調達したのだ?」

 すると驚くべき答えが返ってきた。

「キーラが私にくれた熊の縫いぐるみですよ。貴方に差し上げる前に、中にあった装置を抜き取ってコピーしておきました。何かに使えるかと思いましてね。ヘイワードに持たせる身の回りの品に仕組んで使わせます。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーは意外に器用な特技を持っているのだ・・・。


2017年9月29日金曜日

後継者 6 - 1

 ヘンリー・パーシバルとキーラ・セドウィックの両博士は旅先のヨーロッパから毎日の様に画像メッセを送って来た。

「報告はいいから、ゆっくり楽しんで来いよ。」

とケンウッドが気遣って言うと、パーシバルは笑って、

「君が寂しがると思って送ってるんだから、そっちこそ楽しんでくれよ。」

と言い返した。確かに背景はとても美しかった。中世の古い町並み、素朴な田園風景、荘厳な寺院、気高いアルプス・・・。市場では賑やかな雰囲気が伝わって来た。男ばかりだが、町の古さに会わせた上品な賑やかさだ。
 ドームでは研究着や手術着の姿が多かったキーラが私服で登場する。貴族的な顔立ちが風景によく合っている。

 そう言えば、ハイネと言う姓はドイツ系だったな・・・

 キーラは父親にはメッセを送っているのだろうか? 彼女はケンウッドに各地のチーズを紹介してくれた。これは局長に見せろと言う意味か? とケンウッドは考えてしまった。
 ドームでは急速に世代交代が行われていた。エイブラハム・ワッツ・ドーマーはドーム維持班総代表の座をロビン・コスビー・ドーマーに譲り渡すと、ただの現場監督として現場に戻った。もっとも老齢なので、顧問として指導する立場の方が多くなるだろう。
 一般食堂の司厨長は後継者候補3人に交代で現場指揮を執らせ始めた。部下達が言うことを聞いてスムーズに働いてくれないと、現場は忽ち大混乱になる。ドームの食事を扱う部署だから、混乱すると住人達が迷惑する。司厨長は広報に彼の考えを載せた。

ーーパーシバル博士の送別会に3人の司厨長候補者の料理を出します。送別会の参加者のみなさんで投票をお願いします。

 送別会か・・・とケンウッドはその言葉を哀しい気持ちで心の中で繰り返した。パーシバルはこれからも地球に来る機会が何度でもある。しかし、毎日食堂で顔を合わせて冗談を言い合ったり、愚痴を聞いてもらうことは出来ない。

 友達ならもっと体のことを気遣ってやれば良かった。

 健康と言えば、遺伝子管理局長の秘書の恋人の体調はこの数日安定している。グレゴリー・ペルラ・ドーマーは3人の秘書希望者を選び、局長室に入れた。第2秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーに第1秘書の業務を教えながら、3人に秘書の仕事を教えるのだ。3人の弟子達の仕事ぶりを局長は何も言わずに見守っている。
 送別会は有志で行うことになっているが、参加希望の「有志」がかなりの人数になった。リプリー長官はパーティ好きではないのだが、余りに参加者が多いので長官が出ないのはおかしいのではないか、と自ら心配して参加希望者の中に入ってきた。実行委員会を立ち上げ、ケンウッドは委員長になった。会場は一般食堂、参加者は会費制で、事前に申し込んだ者以外でも当日参加可能。ドーマーのアマチュアバンドが演奏を買って出たので、音楽を任せることにした。
 酒を出すか出さないか迷ったが、主役のパーシバルは飲まない男だし、ドーマーには原則飲酒させてはいけないことになっている。アルコール類は軽いビールとワインを少しだけにした。
 演説はなしにしよう、とヤマザキは言ったが、それでもリプリーに開始の挨拶だけしてもらうことにした。演説嫌いの長官は、うんと短く喋ってくれるだろう。
 パーティの準備で忙しくなったので、寂しさは少し紛れた。それに日常の業務もしなければならない。
 送別会の前日にパーシバルとキーラが帰って来る。その日のさらに前日、ケンウッドは「お勤め」のドーマーのリストを遺伝子管理局へ提出する為に、昼食後に本部へ行った。事前にアポを取っていたので、セルシウス・ドーマーの弟子になる候補者の1人がドアを開けてくれた。中に入ると、第2秘書の執務机にはもう1人の候補者が着いており、コンピュータで作業中で、残る3人目が横に立ってそれを見守っていた。セルシウスは第1秘書の机に居た。ペルラ・ドーマーが居ないな、と思ったら、セルシウスが顔を向けて挨拶してくれた。

「お待ちしておりました、ケンウッド博士。」

 副長官としての業務ではなく研究者としての業務なので、ドーマー達は彼を博士と呼んだ。ケンウッドは微笑みながら挨拶を返した。

「お邪魔する。弟子達は学習は進んでいるかね?」
「はい!」

と元気よく答えたのは、ドアを開けてくれたドーマーだった。 

2017年9月28日木曜日

後継者 5 - 9

 エイブラハム・ワッツ・ドーマーからロビン・コスビー・ドーマーを紹介された時、ケンウッドは次期ドーム維持班総代表は狐に似ているなぁと感じた。勿論、彼は生きた本物の狐をその目で見たことがなかったのだが。
 ドーム副長官と言う職が行う業務は、ドーマー達の健康管理とドーマー達が要求してくる予算の調整だ。ワッツとは普通の執政官時代は全く接点がなかったのだが、副長官になると殆ど毎日端末で話をしてきた。それが若い(と言っても60歳近いが)コスビーに代わるのだ。
ケンウッドはコスビーの人となりをまだよく知らないので、緊張を覚えた。
 リプリー長官も同じだろう。長官の仕事は執政官の管理とドーム全体の施設維持の予算調整だ。彼もワッツと毎日予算を巡って鬩ぎ合いをしてきた。闘う相手が交代するのだ。コスビーは彼の「要注意人物」リストになかったのだろう、かなり注意深く相手を観察していた。
 立ち会いのハイネ遺伝子管理局長は暢気そうに座って会見を眺めている。ちょっと小憎たらしい、とケンウッドは思った。遺伝子管理局はドーム維持班の管轄ではないので、コスビーが早速リプリー長官相手にドーム壁の補修費用の話を始めても、局長は我関せずの顔をしている。
 ケンウッドはつい皮肉っぽく話しかけた。

「今日は機嫌が良さそうだね、ハイネ。」

 局長が彼を見た。

「そう見えますか?」
「少なくとも怒っているとは思えないな。」

 するとワッツが小声でちゃちゃを入れた。

「朝っぱらから美女と飯を食ったからでしょう。」

 ハイネがケンウッドからワッツに視線を移した。

「もう噂が拡散しているのか?」
「ドーム中に知れ渡っているさ。」

 ハイネは先手を打ってケンウッドに言い訳した。

「セドウィック博士ですよ。旅行中パーシバル博士に無理をさせるなと注意しただけです。」

 ケンウッドは微かな微笑みを浮かべて頷いて見せた。ハイネが友人としてパーシバルを気遣ったのか、それとも娘が男性と旅行することを心配したのか、彼には判断出来なかった。
 リプリーがコスビーから解放された。コスビー・ドーマーは初仕事として要求通りの予算案を認めさせたのだ。長官は明日の執政官幹部会議でそれを承認させなければならない。もし反対されたら、彼はドーマーと執政官の板挟みになってしまう。
 ケンウッドは長官に強力な武器を持たせることにした。万が一長官が会議で執政官幹部達に言い負かされたら、維持班建築班の予算が通らない。だから、ケンウッドは遺伝子管理局長に尋ねた。

「局長、次期維持班総代表の予算案は妥当かね?」

 ハイネは彼流の言い方で承認した。

「否定する要因はありません。」

 するとワッツ・ドーマーが立ち上がった。

「これでロビン・コスビー・ドーマーが維持班総代表として働ける人間であると証明出来ました。さて、皆さん、これから昼食をご一緒しませんか?」

2017年9月26日火曜日

後継者 5 - 8

 翌朝、キーラ・セドウィックが中央研究所の食堂で朝食を取っていると、彼女の正面の席に断りもなくローガン・ハイネ・ドーマーが座った。彼の方から彼女のそばに来ることは滅多になかったので、彼女は驚いて食事の手を止めた。

「おはようございます、局長。何かご用ですの?」

 彼女がいつもの口調で声を掛けると、ハイネは「別に」と答えた。

「ここに座りたかっただけですよ、出産管理区長殿。」

 そして彼は食事を始めた。キーラは暫く彼を眺めていた。白い髪のドーマーが顔を上げようとしないので、彼女はまた尋ねた。

「私がヘンリー・パーシバルの旅行に付き添うのに反対?」
「否、医師の付き添いは歓迎です。」

 ハイネは遺伝子管理局長と執政官として会話をする口調だ。キーラはフォークを置いて、テーブルの上に上体を傾けた。

「でも何か仰りたいのでしょう? 貴方がご自分から私のそばに来るなんて、変だわ。」

 すると、ハイネは言った。

「私が婚姻許可証を発行する迄は、男女の関係になるなよ。」

 キーラは一瞬ぽかんとした。彼は何を言おうとしているのか? そして、急にしかめっ面になった。

「私が誰と寝ようが、貴方には関係ありませんでしょ? 私は大人だし、コロニー人ですのよ!」
「声が大きい。」

 ハイネに注意されて、彼女はハッと我に返り、周囲に視線を走らせた。早朝なので食堂内はまだ人影がまばらだったが、静かな分、声がよく響く。数人がこちらを伺っていた。
彼女は声のトーンを落とした。

「私の私生活に貴方が口出しする権利はありません。」
「ドーマーの私生活には口を出すのにか?」
「それは・・・」

 それは論点が違う、とキーラは思った。しかしドーマー達は外に居る地球人と違って公私共に管理されている。公の場と私生活の境界がドーマー達に限って言えば曖昧なのだ。
彼女は一歩譲ることにした。

「いいわ、何故私の私生活に干渉したくなったのか、理由をお聞かせ願えません?」

 ハイネがやっと顔を上げた。

「君が私の目が届かない所へ出かけるからだ。」
「ですから、どうしてそれが気になる訳?」

 わからないのか、とハイネは言いたげに、苛立った声で答えた。

「君は私にとって大事な女性だからだ。」

 その表現はちょっと誤解を招くだろう、とキーラは心の中で苦笑した。相手が言いたいことはわかった。

「そこはwomanではなく、girlを使って頂きたいわ。」

 ぐっとハイネが黙り込んだ。キーラは父親が次にどう出るか待った。出産の介助だけで30年間地球で暮らした訳ではない。収容される地球人の女性達の夫や男性家族のメンタルケアのアドバイスなどもしてきたのだ。彼女は赤ん坊や母親だけでなく男性の扱いにも手慣れていた。
 ハイネが何も言わずに自分の皿に視線を落としてしまったので、彼女は仕方なく彼を安心させる言葉を言った。

「ヘンリー・パーシバルは心臓が悪いのです。旅行中に彼に負担を掛けるような行いは絶対にしませんわ。」

 ハイネは無言で皿に置いていた桃の実を手に取った。ドームの園芸班が栽培している数少ない果物だ。彼は桃の実の表面にある溝にナイフを軽く入れ、それから両手で実をくるむ様に持つと左右を反対方向に捻った。桃は綺麗に二つに割れた。彼はそれを彼女の前に差し出した。好きな方を取れと言う意味だ。キーラは種がない方を選んだ。
 食べやすい大きさに桃を刻んでいる娘に、彼は言った。

「気をつけて行ってきなさい。」






2017年9月24日日曜日

後継者 5 - 7

 ケンウッドの言葉にキーラ・セドウィックはちょっと驚いた。

「あら、そんなことまでご存じですの?」
「15代目に教えてもらったのです。16代目は過去を何も語りません。」
「そうですか・・・」

 彼女はちょっと寂しげに見えた。

「私は母から遺伝子工学を学べと言われましたが、反発して警察官になりましたの。勉強はしましたのよ。ただ学者になりたくなかっただけ。
 警察に入った次の年に『死体クローン事件』が起きました。宇宙連邦内で大きく報道されましたから、ご存じですわよね?」
「ええ、私は学生でしたから、ニュースで知っただけですが。」
「私も自身には無関係だと思っておりましたわ。それが上役について地球に行くことになって、びっくりしました。しかも犯人が勤務していたのが、ここアメリカ・ドームでしたの。」
「地球へ行くことが決まって、お母様は何と?」
「母に言う暇はありませんでしたわ。上役から『これから地球へ行くぞ、ついて来い!』とそれだけ・・・」

 キーラは、誰かとそっくりに、くっくっと笑った。

「シャトルに乗って、アッと言う間にドーム空港に到着して、身体検査の後で消毒されて、面会室まで駆け足で・・・。」

 面会室? ケンウッドは意外な言葉を聞いた思いがした。ドームの外からの訪問者は、通常特別許可がなければ面会室で執政官やドーマーに会う。送迎フロアに一番近い空間で、長い回廊の端にある。20代だったローガン・ハイネは回廊の真ん中まで1人で行って連れ戻された。それから20数年たって、面会室まで行くことが許されたのか。
 
「彼と面会したのですね?」
「面会したのは上役ですわ。私は面会室の入り口から入ってすぐの所で座って上役と彼の情報交換を黙って見ていました。紹介はしてもらえましたが、彼から声を掛けてくることはありませんでした。」
「彼は貴女に気が付かなかったのですか?」

 すると、キーラは思い出し笑いなのか、ふふふと小さく笑った。

「後に一緒に仕事をすることになった時に、私は初対面の時のことを覚えていますか、と彼に尋ねましたの。彼は覚えていると答えました。
 マーサ・セドウィックと同じ姓で同じ顔をした、しかも別れた時の彼女と同じ年齢の女性がいるので不思議だったと、彼は言いましたのよ。」

 ケンウッドはつくづくドーマーに家族と言うものを教えずに育てる教育法は誤りではないのかと思った。ローガン・ハイネ・ドーマーは別れた女性が彼の子供を産んだかも知れないと疑いもしなかったのだ。元カノそっくりの女がいる、ただそれだけの認識だった。

「私の存在に気が付いてくれない、と言うことが、私に火を点けましたの。」

とキーラが面白そうに言った。

「私は遺伝子学者ではなく、産科医の資格を取って、地球勤務の職員に応募しました。毎日試験管と電子顕微鏡を覗く生活をするより、生きている人々を相手にしたかったのです。母はもう何も言いませんでした。
 私がアメリカ・ドームに派遣されると聞いた時、彼女は黙って送り出してくれました。
私は出産管理区で勤務を始め、白い髪のドーマーを食堂で見つけると声を掛けてみました。彼は全く私とマーサを結びつけて考えなかったのです。ですから、私は却って安心して彼と話しが出来ました。彼は当時まだ平の遺伝子管理局の内務捜査官だったのですけど、ドーマー達から既に将来のリーダーとして敬われていました。彼の日頃の態度、立ち居振る舞い、話し方、全てがリーダーとなるべく仕込まれたものだと、私は母から聞いていましたけど、実際の彼はそれにふさわしい人でした。」
「ええ、そうですね。」

 ケンウッドは友人が褒められて嬉しく思った。キーラが悪戯っぽく笑って言った。

「私は彼の真似をしてみました。すると、出産管理区で何故か私はリーダー的立場になってしまったのですわ。いつの間にか周囲から頼られて、信用されて・・・。」

 それでケンウッドは思い切って言った。

「貴女は本当に彼に似ていますよ。お顔も話し方も立ち居振る舞いも。」
「それが有り難いのか、迷惑なのか・・・」

 キーラは複雑な顔をした。

「彼は迷惑がっていますわ。私、知ってます。でも私は引き下がりませんから、半ば強引に彼に私達の関係を打ち明け、友人として接しています。私が勝手に仲良しだと思っているのでしょうけど。」

 ケンウッドは優しく彼女を励ました。

「彼は貴女を嫌ってなどいませんよ。口では迷惑だと言っていますが、要するに、ドーマー達は子供を持った経験がある仲間が1人もいないので、貴女にどの様に接して良いのか、彼はわからないのです。その一方で彼は貴女を守らねばならないことは知っています。
サンテシマに貴女が彼に似ていることを気づかれないよう、注意を払っていましたからね。」
「まぁっ! そうでしたの?」

 キーラはびっくりして目を見張った。
 ケンウッドは話を元に戻した。

「ですから、ヘンリー・パーシバルは、貴女がローガン・ハイネと似ていることにも関心があるのです。彼は局長と仲良しですからね。ハイネの良いところを貴女が持っていることが嬉しいのです。」


後継者 5 - 6

 ケンウッドはジムで筋肉トレーニングをしていた。重力障害を防ぐには毎日の鍛錬を欠かさないことが先決だ。ヘンリー・パーシバルはこの基本的な運動をさぼった為に、退官するはめになった。もっと親友にきつく注意すべきだったと後悔するが後の祭りだ。
心臓を痛めてからパーシバルはジムから完全に遠ざかってしまい、運動は医療区で医師の監視の下で行っている。
 「こんばんは」と声を掛けられ、振り返るとキーラ・セドウィックが運動着姿で立っていた。体の線がはっきり見えているが、彼女は全く気にしていない。自信の表れだ。50代でも美しい体型を保てるのはコロニー人の女性だからだが、キーラの場合、父親の遺伝子も多少は影響しているはずで、30代でも充分通用する若さだった。進化型1級遺伝子を持っていないとプロフィールは語っているが、父親が「不明」なのだから、わかるものか、とケンウッドは思った。もっとも彼女はコロニー人なので、特殊遺伝子を持っていても「待機型」なら野放しだし、成人しているので父親が地球人だと判明しても地球に強制送致されることもない。彼女が父親の正体を明かさないのは、父親の為なのだとケンウッドは解釈していた。父親の足枷になりたくないのだ。
 ケンウッドはマシンを止めて、「こんばんは」と挨拶を返した。呼吸が整う迄少し時間を要した。キーラが微笑みながら、言った。

「ヘンリーと旅行に行く許可をお友達の貴方に頂こうと思って・・・」
「私に遠慮される理由はありませんよ。」

 ケンウッドは可笑しそうに笑った。

「ヘンリーと私はそんな仲じゃありませんから。」
「勿論、承知ですわ。」

 キーラも笑った。

「でも小うるさいオバサンが付いていって、お友達の具合が悪くなるかも知れないって、心配なさるのでは?」
「ヘンリーは貴女をそんな風に思っていないでしょう。」

 ケンウッドはマシンから降りて、彼女を休憩スペースへ誘った。カウンターでレモンジュースを2人分取って、1つを彼女に渡した。

「付き添いは、貴女の案ですか?」
「ええ・・・でも私が申し出たら、彼は2つ返事で承諾してくれましたの。」
「彼は貴女に関心がありますからね。」
「そうですの?」
「彼は美男子好きで知られていますが、美女も好きなんですよ。」
「あら、お上手ね。」

 キーラが笑うと横顔が本当にハイネに似ていた。

「彼の親友の貴方なので正直に告白します。私、あの人が本当に好きです。」

 さらりと言われて、ケンウッドはびっくりした。

「お友達のことを心から気に掛けることが出来る人でしょう? 親切で優しくて、ジェントルマンですわ。」
「確かに、その通りです。」
「でも彼自身の健康にもっと気をつけて欲しいのです。」
「当然です。」
「ですから監視に付いていきます。」

 ケンウッドは彼女を見つめた。

「それなら、一生監視してやってくれませんか?」

 キーラは応えずに彼を見返した。彼の本心を探ろうと目を見つめた。
 ケンウッドは言った。

「貴女は30年間、地球人の為に尽くしてこられた。そろそろ貴女自身の時間をもたれてもよろしいのではないですか? それが私の親友と共に歩む時間であれば、私にとっても大変嬉しいことです。」

 まだ彼女が無言なので、彼は続けて言った。

「ヘンリーが貴女に関心があるのは、貴女が美しいからだけではありません。貴女の熱意の篭もった勤務態度や毅然とした姿に惹かれているのです。」

 すると、キーラは初めて彼から視線を外して、囁く様な低い声で言った。

「私がそう振る舞うのは、手本がいるからですわ。」

 ケンウッドは、彼女が誰のことを言っているのか、すぐに察した。故意に名前を出さずに言った。

「彼の様に働きたいと思っておられるのですね?」

 キーラが微笑んだが、それは苦笑に近かった。

「私の母のことをお調べになったはずですわね? 母は昔ここでとても酷いことをしました。最初は仕事で、それから本気になって、最後は自己防衛の為に、彼を傷つけてコロニーに帰ってしまったのです。
 私は母から地球にいる王子様の話を聞かされて育ちました。ドームと呼ばれるお城に囚われの身の王子様。子供の頃は気の毒な人だと思いました。成長するに従って運命に逆らわない意気地無しだと思うようになりました。母から聞かされるのは、ひたすら美しく高潔な王子様の物語ばかりで、私は次第にうんざりしたのです。母が彼に固執する余り、その後2度も結婚に失敗したせいもありました。」

 ケンウッドはマーサ・セドウィックと言う女性を知らなかったが、哀れな人だと感じた。当時のドーム幹部達は弟を失って気落ちしていた1人のドーマーを慰める為に、女性の同僚達をけしかけたのだ。マーサはそれに踊らされたのだ。

「彼の姿を見たことはなかったのですか? その・・・」
「春分祭の様子をテレビで見たことがあります。彼はすぐにわかりました。あの容姿ですからね。確かに美しい人でした。声も素敵で・・・でもカメラには素っ気なく逃げてしまって・・・。画像を通して見た彼は、私にはそんな魅力がある男性には見えなかったのですわ。」

 キーラが可笑しそうに笑った。宇宙に大勢いるローガン・ハイネのファンは皆、テレビで春分祭を見て彼を知ったのだ。しかし、彼の娘にはつまらなかったようだ。

「貴女がここへ来られたのは、警察官としてだったそうですね。」