翌日の午後、ヘンリー・パーシバルとキーラ・セドウィックはアメリカ・ドームに還ってきた。女性のキーラは消毒時間が長いので、パーシバルは事前に取り決めていた通り、先にアパートに帰ることにした。出産管理区や医療区を抜けるルートが早いのは知っていたが、彼は西の回廊をゆっくりと歩いて行くことにした。荷物は運送班が運んでくれるので、手ぶらだ。明後日は秋分の日で、このドームを去る。彼は感慨深げに透明の壁越しに見える遠くの風景を見ながら歩いて行った。
中程まで来た時、緩いカーブの所にダークスーツを着た背の高い男が立っているのに気が付いた。髪の毛が真っ白だったので、誰なのか直ぐにわかった。パーシバルは無意識にポケットに手を入れ、チーズを持っていないことを思い出して舌打ちした。仕方なく、「餌」無しで声を掛けた。
「わざわざお出迎えかい、局長?」
ローガン・ハイネ・ドーマーが振り返った。まだ陽が高くて髪の毛が眩しく光った。
「お帰りなさい、ヘンリー。」
優しい微笑み。パーシバルはふと思った。
このドーマーがファーストネームで呼ぶのはリンと僕だけだな。
あの「悪党」と同列であるはずがない。サンテシマと呼ぶ時、ドーマー達は蔑みの意味を込める。全宇宙の他のサンテシマ達には気の毒だが、このドームではこれからも未来永劫、サンテシマは忌み嫌われる名となるだろう。
だが、ヘンリーと呼ぶハイネの声には親しみが込められ、温かみがある。パーシバルの心を穏やかにしてくれる響きがある。
本当は父親ほど年上なのに、外見は年下に見えるドーマーを、パーシバルは本当に可愛いと感じていた。相手には失礼かも知れないが弟の様な感じがする。だが、現実を見なくてはならない。
パーシバルはハイネの隣に並んだ。
「旅行はいかがでした?」
「とっても楽しかった。素晴らしい人類の歴史と芸術と地球の風景と、最高の同伴者と・・・」
彼は自身より上の位置にあるハイネの目を見上げた。
「君には不本意かも知れないけど・・・婚姻許可をもらえないかな?」
ハイネが青みがかった薄い灰色の目で彼を見つめた。
「私はどうこう言える立場ではありません。」
「でも、君に許可してもらいたいんだ。彼女はまだここでもう暫く働く。僕は明後日月へ行く。2人の絆をしっかり守る為にも、君の許しをもらっておきたい。地球で地球人の許可をもらっておきたい。」
「言葉で? 文書で?」
「言葉で。君の言葉はこの世界では絶対の重みがある。」
ハイネは困ったなぁと言いたげな顔をして壁の向こうを見た。
「婚姻許可の発行は班チーフの仕事ですが・・・」
「おいおい、逃げるなよ。」
パーシバルは吹き出した。ハイネが照れているのがよくわかった。彼を遺伝子管理局長としてではなく、恋人の父親としてパーシバルが許可を求めていることを、ハイネは理解しているのだ。ハイネだって映画や小説で娘を嫁に出す父親の話を見たり読んだりしているはずだ。家族を知らないドーマーだって、その程度の知識は持っている。
遂にハイネが降参した。
「なんと言えば良いのですか?」
「一言、結婚を許す、で良いのさ。」
そしてパーシバルは笑った。
「普通、婿が舅に強制することじゃないよなぁ?」
ハイネも笑い出した。
「私が貴方の舅ですか?」
「そうなるさ。勿論、人前では秘密だけどね・・・うっ!」
パーシバルはいきなりハイネにギュッと抱きしめられて、声を詰まらせた。ハイネは力を弛めてもなお彼を抱きしめて、その耳に囁きかけた。
「何故ドームが私の子供を創らないか、理由はご存じですか? 地球人の女性との間では私も他の男達同様、男の子しか作れない。私の息子は必ず白い髪を持って生まれてきます。ドームは取り替え子の秘密を守る為に、そんな目立つ赤ん坊を養子として外の世界にばらまく訳にいかないのです。
キーラは彼女の母親が言う通り、私の娘なのでしょう。彼女にとって幸いだったのは、進化型1級遺伝子を受け継がなかったことです。もしあんなものを持って生まれたら、地球人の子供だとばれて母親から取り上げられ、ドームに収容されていたはずです。
女性ドーマーは一生ドームの中で生きます。好きな男性と添えることはまず許されません。ですから、私はキーラが宇宙で産まれて宇宙で育ったことに感謝しています。
どうか彼女をよろしくお願いいたします。私の代わりに守って下さい。」
パーシバルも彼を抱きしめ返した。
「僕はこの通り、重力に負けた軟弱者だけど、人を好きになる力は誰にも負けないつもりだ。きっと彼女と楽しい人生を送っていけるよ。彼女を生んでくれて有り難う。」
軽い咳払いが聞こえて、2人は同時に顔を上げた。ケンウッドとヤマザキが立っていた。2人でパーシバル達を出迎えにやって来たのだ。
「人気のない場所で、男2人で抱き合って、何やってんだ?」
とヤマザキが呆れた声で言った。パーシバルとハイネはお互いの体を離した。ケンウッドは窓の外の陽が少し傾きかけているのに気が付いた。ここはハイネにとって常に意味のある場所ではなかったか?
ハイネが真面目な顔で言った。
「今、婚姻許可を出したところです。紹介しましょう、私の義理の息子のヘンリーです。」
「はぁ?」
ヤマザキとケンウッドはパーシバルを見た。ヘンリー・パーシバルは少し頬を赤らめたが、夕陽のせいにするにはまだ少し早かった。
中程まで来た時、緩いカーブの所にダークスーツを着た背の高い男が立っているのに気が付いた。髪の毛が真っ白だったので、誰なのか直ぐにわかった。パーシバルは無意識にポケットに手を入れ、チーズを持っていないことを思い出して舌打ちした。仕方なく、「餌」無しで声を掛けた。
「わざわざお出迎えかい、局長?」
ローガン・ハイネ・ドーマーが振り返った。まだ陽が高くて髪の毛が眩しく光った。
「お帰りなさい、ヘンリー。」
優しい微笑み。パーシバルはふと思った。
このドーマーがファーストネームで呼ぶのはリンと僕だけだな。
あの「悪党」と同列であるはずがない。サンテシマと呼ぶ時、ドーマー達は蔑みの意味を込める。全宇宙の他のサンテシマ達には気の毒だが、このドームではこれからも未来永劫、サンテシマは忌み嫌われる名となるだろう。
だが、ヘンリーと呼ぶハイネの声には親しみが込められ、温かみがある。パーシバルの心を穏やかにしてくれる響きがある。
本当は父親ほど年上なのに、外見は年下に見えるドーマーを、パーシバルは本当に可愛いと感じていた。相手には失礼かも知れないが弟の様な感じがする。だが、現実を見なくてはならない。
パーシバルはハイネの隣に並んだ。
「旅行はいかがでした?」
「とっても楽しかった。素晴らしい人類の歴史と芸術と地球の風景と、最高の同伴者と・・・」
彼は自身より上の位置にあるハイネの目を見上げた。
「君には不本意かも知れないけど・・・婚姻許可をもらえないかな?」
ハイネが青みがかった薄い灰色の目で彼を見つめた。
「私はどうこう言える立場ではありません。」
「でも、君に許可してもらいたいんだ。彼女はまだここでもう暫く働く。僕は明後日月へ行く。2人の絆をしっかり守る為にも、君の許しをもらっておきたい。地球で地球人の許可をもらっておきたい。」
「言葉で? 文書で?」
「言葉で。君の言葉はこの世界では絶対の重みがある。」
ハイネは困ったなぁと言いたげな顔をして壁の向こうを見た。
「婚姻許可の発行は班チーフの仕事ですが・・・」
「おいおい、逃げるなよ。」
パーシバルは吹き出した。ハイネが照れているのがよくわかった。彼を遺伝子管理局長としてではなく、恋人の父親としてパーシバルが許可を求めていることを、ハイネは理解しているのだ。ハイネだって映画や小説で娘を嫁に出す父親の話を見たり読んだりしているはずだ。家族を知らないドーマーだって、その程度の知識は持っている。
遂にハイネが降参した。
「なんと言えば良いのですか?」
「一言、結婚を許す、で良いのさ。」
そしてパーシバルは笑った。
「普通、婿が舅に強制することじゃないよなぁ?」
ハイネも笑い出した。
「私が貴方の舅ですか?」
「そうなるさ。勿論、人前では秘密だけどね・・・うっ!」
パーシバルはいきなりハイネにギュッと抱きしめられて、声を詰まらせた。ハイネは力を弛めてもなお彼を抱きしめて、その耳に囁きかけた。
「何故ドームが私の子供を創らないか、理由はご存じですか? 地球人の女性との間では私も他の男達同様、男の子しか作れない。私の息子は必ず白い髪を持って生まれてきます。ドームは取り替え子の秘密を守る為に、そんな目立つ赤ん坊を養子として外の世界にばらまく訳にいかないのです。
キーラは彼女の母親が言う通り、私の娘なのでしょう。彼女にとって幸いだったのは、進化型1級遺伝子を受け継がなかったことです。もしあんなものを持って生まれたら、地球人の子供だとばれて母親から取り上げられ、ドームに収容されていたはずです。
女性ドーマーは一生ドームの中で生きます。好きな男性と添えることはまず許されません。ですから、私はキーラが宇宙で産まれて宇宙で育ったことに感謝しています。
どうか彼女をよろしくお願いいたします。私の代わりに守って下さい。」
パーシバルも彼を抱きしめ返した。
「僕はこの通り、重力に負けた軟弱者だけど、人を好きになる力は誰にも負けないつもりだ。きっと彼女と楽しい人生を送っていけるよ。彼女を生んでくれて有り難う。」
軽い咳払いが聞こえて、2人は同時に顔を上げた。ケンウッドとヤマザキが立っていた。2人でパーシバル達を出迎えにやって来たのだ。
「人気のない場所で、男2人で抱き合って、何やってんだ?」
とヤマザキが呆れた声で言った。パーシバルとハイネはお互いの体を離した。ケンウッドは窓の外の陽が少し傾きかけているのに気が付いた。ここはハイネにとって常に意味のある場所ではなかったか?
ハイネが真面目な顔で言った。
「今、婚姻許可を出したところです。紹介しましょう、私の義理の息子のヘンリーです。」
「はぁ?」
ヤマザキとケンウッドはパーシバルを見た。ヘンリー・パーシバルは少し頬を赤らめたが、夕陽のせいにするにはまだ少し早かった。