ケンウッドはジムで筋肉トレーニングをしていた。重力障害を防ぐには毎日の鍛錬を欠かさないことが先決だ。ヘンリー・パーシバルはこの基本的な運動をさぼった為に、退官するはめになった。もっと親友にきつく注意すべきだったと後悔するが後の祭りだ。
心臓を痛めてからパーシバルはジムから完全に遠ざかってしまい、運動は医療区で医師の監視の下で行っている。
「こんばんは」と声を掛けられ、振り返るとキーラ・セドウィックが運動着姿で立っていた。体の線がはっきり見えているが、彼女は全く気にしていない。自信の表れだ。50代でも美しい体型を保てるのはコロニー人の女性だからだが、キーラの場合、父親の遺伝子も多少は影響しているはずで、30代でも充分通用する若さだった。進化型1級遺伝子を持っていないとプロフィールは語っているが、父親が「不明」なのだから、わかるものか、とケンウッドは思った。もっとも彼女はコロニー人なので、特殊遺伝子を持っていても「待機型」なら野放しだし、成人しているので父親が地球人だと判明しても地球に強制送致されることもない。彼女が父親の正体を明かさないのは、父親の為なのだとケンウッドは解釈していた。父親の足枷になりたくないのだ。
ケンウッドはマシンを止めて、「こんばんは」と挨拶を返した。呼吸が整う迄少し時間を要した。キーラが微笑みながら、言った。
「ヘンリーと旅行に行く許可をお友達の貴方に頂こうと思って・・・」
「私に遠慮される理由はありませんよ。」
ケンウッドは可笑しそうに笑った。
「ヘンリーと私はそんな仲じゃありませんから。」
「勿論、承知ですわ。」
キーラも笑った。
「でも小うるさいオバサンが付いていって、お友達の具合が悪くなるかも知れないって、心配なさるのでは?」
「ヘンリーは貴女をそんな風に思っていないでしょう。」
ケンウッドはマシンから降りて、彼女を休憩スペースへ誘った。カウンターでレモンジュースを2人分取って、1つを彼女に渡した。
「付き添いは、貴女の案ですか?」
「ええ・・・でも私が申し出たら、彼は2つ返事で承諾してくれましたの。」
「彼は貴女に関心がありますからね。」
「そうですの?」
「彼は美男子好きで知られていますが、美女も好きなんですよ。」
「あら、お上手ね。」
キーラが笑うと横顔が本当にハイネに似ていた。
「彼の親友の貴方なので正直に告白します。私、あの人が本当に好きです。」
さらりと言われて、ケンウッドはびっくりした。
「お友達のことを心から気に掛けることが出来る人でしょう? 親切で優しくて、ジェントルマンですわ。」
「確かに、その通りです。」
「でも彼自身の健康にもっと気をつけて欲しいのです。」
「当然です。」
「ですから監視に付いていきます。」
ケンウッドは彼女を見つめた。
「それなら、一生監視してやってくれませんか?」
キーラは応えずに彼を見返した。彼の本心を探ろうと目を見つめた。
ケンウッドは言った。
「貴女は30年間、地球人の為に尽くしてこられた。そろそろ貴女自身の時間をもたれてもよろしいのではないですか? それが私の親友と共に歩む時間であれば、私にとっても大変嬉しいことです。」
まだ彼女が無言なので、彼は続けて言った。
「ヘンリーが貴女に関心があるのは、貴女が美しいからだけではありません。貴女の熱意の篭もった勤務態度や毅然とした姿に惹かれているのです。」
すると、キーラは初めて彼から視線を外して、囁く様な低い声で言った。
「私がそう振る舞うのは、手本がいるからですわ。」
ケンウッドは、彼女が誰のことを言っているのか、すぐに察した。故意に名前を出さずに言った。
「彼の様に働きたいと思っておられるのですね?」
キーラが微笑んだが、それは苦笑に近かった。
「私の母のことをお調べになったはずですわね? 母は昔ここでとても酷いことをしました。最初は仕事で、それから本気になって、最後は自己防衛の為に、彼を傷つけてコロニーに帰ってしまったのです。
私は母から地球にいる王子様の話を聞かされて育ちました。ドームと呼ばれるお城に囚われの身の王子様。子供の頃は気の毒な人だと思いました。成長するに従って運命に逆らわない意気地無しだと思うようになりました。母から聞かされるのは、ひたすら美しく高潔な王子様の物語ばかりで、私は次第にうんざりしたのです。母が彼に固執する余り、その後2度も結婚に失敗したせいもありました。」
ケンウッドはマーサ・セドウィックと言う女性を知らなかったが、哀れな人だと感じた。当時のドーム幹部達は弟を失って気落ちしていた1人のドーマーを慰める為に、女性の同僚達をけしかけたのだ。マーサはそれに踊らされたのだ。
「彼の姿を見たことはなかったのですか? その・・・」
「春分祭の様子をテレビで見たことがあります。彼はすぐにわかりました。あの容姿ですからね。確かに美しい人でした。声も素敵で・・・でもカメラには素っ気なく逃げてしまって・・・。画像を通して見た彼は、私にはそんな魅力がある男性には見えなかったのですわ。」
キーラが可笑しそうに笑った。宇宙に大勢いるローガン・ハイネのファンは皆、テレビで春分祭を見て彼を知ったのだ。しかし、彼の娘にはつまらなかったようだ。
「貴女がここへ来られたのは、警察官としてだったそうですね。」
心臓を痛めてからパーシバルはジムから完全に遠ざかってしまい、運動は医療区で医師の監視の下で行っている。
「こんばんは」と声を掛けられ、振り返るとキーラ・セドウィックが運動着姿で立っていた。体の線がはっきり見えているが、彼女は全く気にしていない。自信の表れだ。50代でも美しい体型を保てるのはコロニー人の女性だからだが、キーラの場合、父親の遺伝子も多少は影響しているはずで、30代でも充分通用する若さだった。進化型1級遺伝子を持っていないとプロフィールは語っているが、父親が「不明」なのだから、わかるものか、とケンウッドは思った。もっとも彼女はコロニー人なので、特殊遺伝子を持っていても「待機型」なら野放しだし、成人しているので父親が地球人だと判明しても地球に強制送致されることもない。彼女が父親の正体を明かさないのは、父親の為なのだとケンウッドは解釈していた。父親の足枷になりたくないのだ。
ケンウッドはマシンを止めて、「こんばんは」と挨拶を返した。呼吸が整う迄少し時間を要した。キーラが微笑みながら、言った。
「ヘンリーと旅行に行く許可をお友達の貴方に頂こうと思って・・・」
「私に遠慮される理由はありませんよ。」
ケンウッドは可笑しそうに笑った。
「ヘンリーと私はそんな仲じゃありませんから。」
「勿論、承知ですわ。」
キーラも笑った。
「でも小うるさいオバサンが付いていって、お友達の具合が悪くなるかも知れないって、心配なさるのでは?」
「ヘンリーは貴女をそんな風に思っていないでしょう。」
ケンウッドはマシンから降りて、彼女を休憩スペースへ誘った。カウンターでレモンジュースを2人分取って、1つを彼女に渡した。
「付き添いは、貴女の案ですか?」
「ええ・・・でも私が申し出たら、彼は2つ返事で承諾してくれましたの。」
「彼は貴女に関心がありますからね。」
「そうですの?」
「彼は美男子好きで知られていますが、美女も好きなんですよ。」
「あら、お上手ね。」
キーラが笑うと横顔が本当にハイネに似ていた。
「彼の親友の貴方なので正直に告白します。私、あの人が本当に好きです。」
さらりと言われて、ケンウッドはびっくりした。
「お友達のことを心から気に掛けることが出来る人でしょう? 親切で優しくて、ジェントルマンですわ。」
「確かに、その通りです。」
「でも彼自身の健康にもっと気をつけて欲しいのです。」
「当然です。」
「ですから監視に付いていきます。」
ケンウッドは彼女を見つめた。
「それなら、一生監視してやってくれませんか?」
キーラは応えずに彼を見返した。彼の本心を探ろうと目を見つめた。
ケンウッドは言った。
「貴女は30年間、地球人の為に尽くしてこられた。そろそろ貴女自身の時間をもたれてもよろしいのではないですか? それが私の親友と共に歩む時間であれば、私にとっても大変嬉しいことです。」
まだ彼女が無言なので、彼は続けて言った。
「ヘンリーが貴女に関心があるのは、貴女が美しいからだけではありません。貴女の熱意の篭もった勤務態度や毅然とした姿に惹かれているのです。」
すると、キーラは初めて彼から視線を外して、囁く様な低い声で言った。
「私がそう振る舞うのは、手本がいるからですわ。」
ケンウッドは、彼女が誰のことを言っているのか、すぐに察した。故意に名前を出さずに言った。
「彼の様に働きたいと思っておられるのですね?」
キーラが微笑んだが、それは苦笑に近かった。
「私の母のことをお調べになったはずですわね? 母は昔ここでとても酷いことをしました。最初は仕事で、それから本気になって、最後は自己防衛の為に、彼を傷つけてコロニーに帰ってしまったのです。
私は母から地球にいる王子様の話を聞かされて育ちました。ドームと呼ばれるお城に囚われの身の王子様。子供の頃は気の毒な人だと思いました。成長するに従って運命に逆らわない意気地無しだと思うようになりました。母から聞かされるのは、ひたすら美しく高潔な王子様の物語ばかりで、私は次第にうんざりしたのです。母が彼に固執する余り、その後2度も結婚に失敗したせいもありました。」
ケンウッドはマーサ・セドウィックと言う女性を知らなかったが、哀れな人だと感じた。当時のドーム幹部達は弟を失って気落ちしていた1人のドーマーを慰める為に、女性の同僚達をけしかけたのだ。マーサはそれに踊らされたのだ。
「彼の姿を見たことはなかったのですか? その・・・」
「春分祭の様子をテレビで見たことがあります。彼はすぐにわかりました。あの容姿ですからね。確かに美しい人でした。声も素敵で・・・でもカメラには素っ気なく逃げてしまって・・・。画像を通して見た彼は、私にはそんな魅力がある男性には見えなかったのですわ。」
キーラが可笑しそうに笑った。宇宙に大勢いるローガン・ハイネのファンは皆、テレビで春分祭を見て彼を知ったのだ。しかし、彼の娘にはつまらなかったようだ。
「貴女がここへ来られたのは、警察官としてだったそうですね。」