翌朝、キーラ・セドウィックが中央研究所の食堂で朝食を取っていると、彼女の正面の席に断りもなくローガン・ハイネ・ドーマーが座った。彼の方から彼女のそばに来ることは滅多になかったので、彼女は驚いて食事の手を止めた。
「おはようございます、局長。何かご用ですの?」
彼女がいつもの口調で声を掛けると、ハイネは「別に」と答えた。
「ここに座りたかっただけですよ、出産管理区長殿。」
そして彼は食事を始めた。キーラは暫く彼を眺めていた。白い髪のドーマーが顔を上げようとしないので、彼女はまた尋ねた。
「私がヘンリー・パーシバルの旅行に付き添うのに反対?」
「否、医師の付き添いは歓迎です。」
ハイネは遺伝子管理局長と執政官として会話をする口調だ。キーラはフォークを置いて、テーブルの上に上体を傾けた。
「でも何か仰りたいのでしょう? 貴方がご自分から私のそばに来るなんて、変だわ。」
すると、ハイネは言った。
「私が婚姻許可証を発行する迄は、男女の関係になるなよ。」
キーラは一瞬ぽかんとした。彼は何を言おうとしているのか? そして、急にしかめっ面になった。
「私が誰と寝ようが、貴方には関係ありませんでしょ? 私は大人だし、コロニー人ですのよ!」
「声が大きい。」
ハイネに注意されて、彼女はハッと我に返り、周囲に視線を走らせた。早朝なので食堂内はまだ人影がまばらだったが、静かな分、声がよく響く。数人がこちらを伺っていた。
彼女は声のトーンを落とした。
「私の私生活に貴方が口出しする権利はありません。」
「ドーマーの私生活には口を出すのにか?」
「それは・・・」
それは論点が違う、とキーラは思った。しかしドーマー達は外に居る地球人と違って公私共に管理されている。公の場と私生活の境界がドーマー達に限って言えば曖昧なのだ。
彼女は一歩譲ることにした。
「いいわ、何故私の私生活に干渉したくなったのか、理由をお聞かせ願えません?」
ハイネがやっと顔を上げた。
「君が私の目が届かない所へ出かけるからだ。」
「ですから、どうしてそれが気になる訳?」
わからないのか、とハイネは言いたげに、苛立った声で答えた。
「君は私にとって大事な女性だからだ。」
その表現はちょっと誤解を招くだろう、とキーラは心の中で苦笑した。相手が言いたいことはわかった。
「そこはwomanではなく、girlを使って頂きたいわ。」
ぐっとハイネが黙り込んだ。キーラは父親が次にどう出るか待った。出産の介助だけで30年間地球で暮らした訳ではない。収容される地球人の女性達の夫や男性家族のメンタルケアのアドバイスなどもしてきたのだ。彼女は赤ん坊や母親だけでなく男性の扱いにも手慣れていた。
ハイネが何も言わずに自分の皿に視線を落としてしまったので、彼女は仕方なく彼を安心させる言葉を言った。
「ヘンリー・パーシバルは心臓が悪いのです。旅行中に彼に負担を掛けるような行いは絶対にしませんわ。」
ハイネは無言で皿に置いていた桃の実を手に取った。ドームの園芸班が栽培している数少ない果物だ。彼は桃の実の表面にある溝にナイフを軽く入れ、それから両手で実をくるむ様に持つと左右を反対方向に捻った。桃は綺麗に二つに割れた。彼はそれを彼女の前に差し出した。好きな方を取れと言う意味だ。キーラは種がない方を選んだ。
食べやすい大きさに桃を刻んでいる娘に、彼は言った。
「気をつけて行ってきなさい。」
「おはようございます、局長。何かご用ですの?」
彼女がいつもの口調で声を掛けると、ハイネは「別に」と答えた。
「ここに座りたかっただけですよ、出産管理区長殿。」
そして彼は食事を始めた。キーラは暫く彼を眺めていた。白い髪のドーマーが顔を上げようとしないので、彼女はまた尋ねた。
「私がヘンリー・パーシバルの旅行に付き添うのに反対?」
「否、医師の付き添いは歓迎です。」
ハイネは遺伝子管理局長と執政官として会話をする口調だ。キーラはフォークを置いて、テーブルの上に上体を傾けた。
「でも何か仰りたいのでしょう? 貴方がご自分から私のそばに来るなんて、変だわ。」
すると、ハイネは言った。
「私が婚姻許可証を発行する迄は、男女の関係になるなよ。」
キーラは一瞬ぽかんとした。彼は何を言おうとしているのか? そして、急にしかめっ面になった。
「私が誰と寝ようが、貴方には関係ありませんでしょ? 私は大人だし、コロニー人ですのよ!」
「声が大きい。」
ハイネに注意されて、彼女はハッと我に返り、周囲に視線を走らせた。早朝なので食堂内はまだ人影がまばらだったが、静かな分、声がよく響く。数人がこちらを伺っていた。
彼女は声のトーンを落とした。
「私の私生活に貴方が口出しする権利はありません。」
「ドーマーの私生活には口を出すのにか?」
「それは・・・」
それは論点が違う、とキーラは思った。しかしドーマー達は外に居る地球人と違って公私共に管理されている。公の場と私生活の境界がドーマー達に限って言えば曖昧なのだ。
彼女は一歩譲ることにした。
「いいわ、何故私の私生活に干渉したくなったのか、理由をお聞かせ願えません?」
ハイネがやっと顔を上げた。
「君が私の目が届かない所へ出かけるからだ。」
「ですから、どうしてそれが気になる訳?」
わからないのか、とハイネは言いたげに、苛立った声で答えた。
「君は私にとって大事な女性だからだ。」
その表現はちょっと誤解を招くだろう、とキーラは心の中で苦笑した。相手が言いたいことはわかった。
「そこはwomanではなく、girlを使って頂きたいわ。」
ぐっとハイネが黙り込んだ。キーラは父親が次にどう出るか待った。出産の介助だけで30年間地球で暮らした訳ではない。収容される地球人の女性達の夫や男性家族のメンタルケアのアドバイスなどもしてきたのだ。彼女は赤ん坊や母親だけでなく男性の扱いにも手慣れていた。
ハイネが何も言わずに自分の皿に視線を落としてしまったので、彼女は仕方なく彼を安心させる言葉を言った。
「ヘンリー・パーシバルは心臓が悪いのです。旅行中に彼に負担を掛けるような行いは絶対にしませんわ。」
ハイネは無言で皿に置いていた桃の実を手に取った。ドームの園芸班が栽培している数少ない果物だ。彼は桃の実の表面にある溝にナイフを軽く入れ、それから両手で実をくるむ様に持つと左右を反対方向に捻った。桃は綺麗に二つに割れた。彼はそれを彼女の前に差し出した。好きな方を取れと言う意味だ。キーラは種がない方を選んだ。
食べやすい大きさに桃を刻んでいる娘に、彼は言った。
「気をつけて行ってきなさい。」