グレゴリー・ペルラ・ドーマーは局長の執務机に着いていた。局長のコンピュータを操作しており、局長自身はその横に立っていた。何かのソフトの使用を指導している様子だ。引退する予定の第1秘書に局長業務の指導をするだろうか? そもそも第1秘書は既に局長業務の代行をハイネの入院中にしていたので教える必要はないはずだ。ハイネは新しいソフトの使い方をペルラに教えているのだ。
ケンウッドが入室したことは既に両名共知っている訳で、ケンウッドが「やぁ」と声を掛けると、ペルラが素早く手を動かし、ソフトを閉じる仕草をした。執政官に隠さねばならないソフトなのか? ハイネが顔を向けて「こんにちは」と微笑みを見せた。
「『お勤めリスト』ですね?」
「うん。確認をお願いする。」
メールで済ませられる簡単な書類でも、ドームでは必ず紙に印刷して残す。ハイネ局長はケンウッドから書類を受け取り、さっと目を通した。3人の執政官から7名のドーマーを指名したものだ。3人の研究分野はそれぞれ違っていて、しかし目的のドーマーは限定していない様に思われた。年齢と前回の「お勤め」からの時期を考えて選んだだけなのだ。ハイネは文面から顔を上げた。
「クロエルを指名したのは何方です?」
「ええっと・・・ミヤワキ博士だ。」
「クロエルは外して下さい。彼の検体は人工授精対象にしてはならないと、地球人類復活委員会から通達があったはずですが?」
ケンウッドは記憶を探った。クロエル・ドーマーが成人となった時に、確かにその主旨の通達が月の本部から送られてきた。クロエルは父親が不明だ。しかもその父親が違法製造のクローンである可能性があるので、遺伝子遡上追跡が不可能だ。クロエル・ドーマーに許されているのは、母方と同じ血統の女性との間に子供を創ることだけだ。そして母方の部族は絶滅危惧民族で、未だあの可愛らしい青年のお嫁さん候補は発見されていないのが実情だ。
ケンウッドは自身の手のひらで額をぴしゃりと打った。
「うっかりしていた。申し訳ない。」
「クロエルだけ外して承認します。追加を希望されますか?」
「追加はしない。クロエル・ドーマーを削除して承認をお願いする。」
「承知しました。」
ハイネは机の上にリストを置いた。ペルラ・ドーマーが立ち上がった。局長と場所を交替した。ハイネがドーマー達に送る「お勤め出頭命令」のメールを作成する横で、ケンウッドはペルラに尋ねてみた。
「新しいソフトを教わっていたのかい?」
するとペルラではなくハイネが答えた。
「グレゴリーがこちらに居ながらにして『黄昏の家』のヘイワードの様子を見られる様に端末にソフトを入れたのです。操作の指導をしていました。」
彼は画面から顔を上げてケンウッドの目を見た。
「内緒に願います。こちらから『黄昏の家』を覗くことは禁止されていますので。」
ケンウッドはちょっと呆れた。ローガン・ハイネ・ドーマーは決して執政官に逆らわない。ドーマー達はコロニー人達に逆らわない。それはただの「おとぎ話」に過ぎないと言うことを、今まで何度も誰かが過去の話として彼に教えてくれたのだが、これは本当に目の前で起きていることだ。しかも、ハイネはケンウッドに秘密の共有を求めている。
「私に共犯になれと言っているのか、ハイネ?」
「誰の不利益にもなりません。グレゴリーが安心して後進指導に集中する為の手段です。」
なぁんにも悪いことなんてしてませんよ、とハイネの目が笑っていた。ケンウッドも笑うしかなかった。
「承知した。しかし、万が一ばれた時に、私も知っている、なんて言わないでくれよ。」
そして尋ねた。
「そのソフトは何処から調達したのだ?」
すると驚くべき答えが返ってきた。
「キーラが私にくれた熊の縫いぐるみですよ。貴方に差し上げる前に、中にあった装置を抜き取ってコピーしておきました。何かに使えるかと思いましてね。ヘイワードに持たせる身の回りの品に仕組んで使わせます。」
ローガン・ハイネ・ドーマーは意外に器用な特技を持っているのだ・・・。
ケンウッドが入室したことは既に両名共知っている訳で、ケンウッドが「やぁ」と声を掛けると、ペルラが素早く手を動かし、ソフトを閉じる仕草をした。執政官に隠さねばならないソフトなのか? ハイネが顔を向けて「こんにちは」と微笑みを見せた。
「『お勤めリスト』ですね?」
「うん。確認をお願いする。」
メールで済ませられる簡単な書類でも、ドームでは必ず紙に印刷して残す。ハイネ局長はケンウッドから書類を受け取り、さっと目を通した。3人の執政官から7名のドーマーを指名したものだ。3人の研究分野はそれぞれ違っていて、しかし目的のドーマーは限定していない様に思われた。年齢と前回の「お勤め」からの時期を考えて選んだだけなのだ。ハイネは文面から顔を上げた。
「クロエルを指名したのは何方です?」
「ええっと・・・ミヤワキ博士だ。」
「クロエルは外して下さい。彼の検体は人工授精対象にしてはならないと、地球人類復活委員会から通達があったはずですが?」
ケンウッドは記憶を探った。クロエル・ドーマーが成人となった時に、確かにその主旨の通達が月の本部から送られてきた。クロエルは父親が不明だ。しかもその父親が違法製造のクローンである可能性があるので、遺伝子遡上追跡が不可能だ。クロエル・ドーマーに許されているのは、母方と同じ血統の女性との間に子供を創ることだけだ。そして母方の部族は絶滅危惧民族で、未だあの可愛らしい青年のお嫁さん候補は発見されていないのが実情だ。
ケンウッドは自身の手のひらで額をぴしゃりと打った。
「うっかりしていた。申し訳ない。」
「クロエルだけ外して承認します。追加を希望されますか?」
「追加はしない。クロエル・ドーマーを削除して承認をお願いする。」
「承知しました。」
ハイネは机の上にリストを置いた。ペルラ・ドーマーが立ち上がった。局長と場所を交替した。ハイネがドーマー達に送る「お勤め出頭命令」のメールを作成する横で、ケンウッドはペルラに尋ねてみた。
「新しいソフトを教わっていたのかい?」
するとペルラではなくハイネが答えた。
「グレゴリーがこちらに居ながらにして『黄昏の家』のヘイワードの様子を見られる様に端末にソフトを入れたのです。操作の指導をしていました。」
彼は画面から顔を上げてケンウッドの目を見た。
「内緒に願います。こちらから『黄昏の家』を覗くことは禁止されていますので。」
ケンウッドはちょっと呆れた。ローガン・ハイネ・ドーマーは決して執政官に逆らわない。ドーマー達はコロニー人達に逆らわない。それはただの「おとぎ話」に過ぎないと言うことを、今まで何度も誰かが過去の話として彼に教えてくれたのだが、これは本当に目の前で起きていることだ。しかも、ハイネはケンウッドに秘密の共有を求めている。
「私に共犯になれと言っているのか、ハイネ?」
「誰の不利益にもなりません。グレゴリーが安心して後進指導に集中する為の手段です。」
なぁんにも悪いことなんてしてませんよ、とハイネの目が笑っていた。ケンウッドも笑うしかなかった。
「承知した。しかし、万が一ばれた時に、私も知っている、なんて言わないでくれよ。」
そして尋ねた。
「そのソフトは何処から調達したのだ?」
すると驚くべき答えが返ってきた。
「キーラが私にくれた熊の縫いぐるみですよ。貴方に差し上げる前に、中にあった装置を抜き取ってコピーしておきました。何かに使えるかと思いましてね。ヘイワードに持たせる身の回りの品に仕組んで使わせます。」
ローガン・ハイネ・ドーマーは意外に器用な特技を持っているのだ・・・。