2018年10月29日月曜日

JJのメッセージ 2 1 - 9

「腹立たしいことだな・・・」

 ケンウッドは端末をしまった。スピーカーにしておいたので、ゴーンとハイネにも聞こえた筈だ。ゴーンは黙って首を振っていた。彼女の養子クロエル・ドーマーは父親が不明のアフリカ系の血を引く子供だ。それでもゴーンは敢えて彼を非公式ではあるが養子にした。肌の色も血筋も関係ない、可愛らしかったからだ。ポーレット・ゴダートの両親と夫の父親の言い分がどうにも納得出来ない。可能なら、今彼等の元へ言って説教してやりたい。しかし、地球人の生活に干渉することを地球人類復活委員会は認めていない。結婚や出産と言う重大事項を任されている上に、信仰や信念まで干渉してはコロニーからの侵略と受けとられかねないからだ。
 ハイネは我関せずと言う顔だ。毎日同じような事例を扱っているので、ゴダートの件が特別とは思わないのだろう。いちいち気にしていたら、遺伝子管理の業務が出来なくなる。それに子供を養子に出すか出さないか、最終的に決定権を持つのはゴダート自身なのだ。
 それより、ハイネはケンウッドがポール・レイン・ドーマーを朝食会に送り込んだ目的の成果を報告したかったので、長官の顔を見つめた。
 ケンウッドが彼の視線に気が付いた。

「何かね、局長?」
「レインがドッティを探った結果です。」

 レインは殊勝にも合コンは「仕事」と割り切っていた。ドーム長官公認となれば、幹部が彼に何かを期待していた、と解釈した。だから彼は朝食会が解散になった後、セイヤーズとゴールドスミスと別れてまっすぐ遺伝子管理局本部に行き、自身のオフィスで報告書を書いて局長に送った。

ーーアメリア・ドッティは純粋に友情の証に朝食会を企画しました。彼女にドーム事業への妨害や詮索の意図はありませんでした。

 ドッティはレインが従兄弟だと言う知識もなかったのだ。あればきっとレインにもっと接近を試みただろう。しかし、彼女はレインをイケメンの遺伝子管理局員としか見ていなかった。セイヤーズとどっちが男前かな、と思っただけだった。
 ケンウッドはレインの短い報告書を読んで、拍子抜けした顔をした。

「これだけ?」
「これだけです。」
「短いな・・・」
「レインの報告書はいつもこんなものです。」

 レインは本当に重要だと思うことは、局長に直接面会して口頭で報告する。おかしなことに、同じことをレインと正反対の性格のクロエル・ドーマーもするのだが、ゴーンは知らなかった。

「やはりお嬢様は純粋なのかな。」

とケンウッドは呟き、出産管理区の朝食会の件は彼の中ではそれっきりになった。


2018年10月28日日曜日

JJのメッセージ 2 1 - 8

 お昼前の打ち合わせ会に、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長が来たので、ケンウッドはポーレット・ゴダートと言う女性の子供が養子に出される勧告を受けている理由を尋ねて見た。しかし、ハイネは知らなかった。遺伝子管理局は子供がどこで育てられるかは把握しているが、何故そこなのか、その理由までは関知しない。

「出産管理区に訊いてみましょうか?」

 すぐに端末を出そうとしたので、ケンウッドは止めた。

「私の好奇心だ。私が訊いてみるよ。」

 ラナ・ゴーン副長官も興味を持って長官を見た。

「その女性は、同じ収容者の女性を救助したのですね?」
「うん。だから今日の朝食会に彼女も招待されていたが、1人だけ浮かぬ表情だったので気になったのさ。」

 ケンウッドがかけたのは、区長のアイダ博士ではなく、副区長のシンディ・ランバート博士だった。そもそも朝食会にセイヤーズ達ドーマーの参加の許可を申請して来たのがランバートだったのだ。
 ケンウッドは多忙な出産管理区の邪魔をしないように、ランバートが電話口に出ると、すぐにゴダートの子供の処遇について質問した。
 毎日誕生する子供は多い。ランバートはすぐには思い出せなかったが、アメリア・ドッティの恩人の女性だと言うと、ああ、と呟いた。

「お気の毒なことですわ。」

 とランバートが溜め息をついた。

「お産の次の日に、子供の父親が事故で亡くなったのです。」
「父親が亡くなった?」
「はい。それに彼女と夫は異人種結婚で、それ自体は問題ない筈なのですが、双方の親が猛反対していて、ドームを退所した後の母親と子供への援助が期待出来ません。担当支局の支局長がゴダートの両親と夫の両親双方に援助の打診をしたのですが、どちらも断ったのです。」
「酷い話だ!」

 ケンウッドは驚いた。

「親達は経済的に問題を抱えているのかね?」
「ゴダートの親は裕福です。でも白人の男性を父親に持つ孫は要らないと・・・」
「この世紀に?」
「ええ、この世紀にです!」

 ランバートも喋りながら腹が立ったようだ。

「夫の親は?」
「こちらは父親だけの家庭で、つまり、夫は取り替え子の養子だったのですが、黒人の嫁と孫の世話まで余裕がないと・・・」
「ゴダートは無職か?」
「妊娠して退職してしまったのです。再就職しても、子供の世話をする人がいませんから、働けないでしょう。」
「それで、養子勧告か・・・」
「そう言うことです。」

 きっと出産管理区では、この手の話は珍しくないのだろう。だからドーム幹部に報告が上がってこない。全て支局レベルで片付けてしまうのだ。
 ケンウッドはランバートに礼を言って、通話を終えた。

2018年10月27日土曜日

JJのメッセージ 2 1 - 7

 ライサンダー・セイヤーズを川に転落させてしまい、行方不明にしてしまって以来、ポール・レイン・ドーマーはダリル・セイヤーズ・ドーマーに近くことを避けていた。後ろめたかったのだ。しかし、記憶削除手術の後人形状態になってしまったセイヤーズを呼び起こした夜から、少し気分が楽になったようだ。セイヤーズの合コンの誘いを受けて、彼は私服で出産管理区の朝食会に出席した。
 中央研究所の食堂のガラス越しに、合コン、元い、朝食会の様子が観察出来た。レインのファンクラブの面々が、女性達やセイヤーズと親しげに談笑するレインを見て、悔し涙を流していたが、ケンウッドは無視した。レインもセイヤーズも自然に女性と会話が出来ている。ドーマーだと言う意識はなく、普通の地球人の男性として、女性と接しているのだ。ケンウッドは保安課員のピーター・ゴールドスミス・ドーマーが気になった。生粋のドーマーとして養育された男だ。現在の職場もセイヤーズの監視だから出産管理区の近くにいるが、本来はゲート周辺のドーム内の護衛が仕事の筈だから、女性への免疫がない。
制服を着ているが、セイヤーズにアドバイスされたのか、上着は脱いで、少しラフにシャツも崩した形で着ていた。なかなか良い男っぷりなので、早くも女性の中の何人かは彼に話しかけている。

「ピーターはドキドキしているでしょうな。」

 上司のロアルド・ゴメス少佐がケンウッドの隣のテーブルに座って、苦笑した。初な我が子を見守っている気分なのは、彼も同じだろう。ケンウッドも思わず微笑んでいた。

「あの子は自分がいかに女性に好まれる容姿をしているか、わかっていないだろうからね。女性達の注目が全部レインに向かっていると思い込んでいる。だから、女性に声をかけられてドギマギしているのだよ。」
「コロニーでも男子校の生徒はあんな風ですよ。女子校の生徒は結構大胆ですが、男子はいけませんな。共学校の生徒の度胸の半分もない。」

 ケンウッドはゴメス少佐を見た。

「少佐は男子校出身でしたか?」
「お恥ずかしいことに、その通りです。親の方針で幼稚園の時から男子校で育ちました。軍隊に入ったら、上官が女性ばかりで恐怖でしたよ。」

 ゴメスが豪快に笑ったので、周囲が振り返った。ケンウッドも笑顔で彼等に頷いて見せた。楽しい話題をしているのだから、邪魔しないでくれよ、と。
 レインもセイヤーズも世間慣れしているので、上手に会話をコントロールした。女性のリーダー格のアメリア・ドッティが、もう1人の恩人であるアフリカ系の女性を立てて話をしているのを、フォローしていた。会話の内容はガラス壁のこちらには聞こえないが、ケンウッドにはそう見えた。ただ、アフリカ系の女性の表情があまり明るくないことが気になった。
 そっと検索すると、ポーレット・ゴダートと言う名前で、無事に男子を出産している。ところが出産管理区から彼女に子供を養子に出す勧告が出ているのだ。

 どう言う理由だ?

 ケンウッドはもう一度その女性を見た。美しい黒い肌のほっそりとした女性だ。取り替え子ではなく、養子勧告とは? 彼女の身に何があったのだろう?


2018年10月25日木曜日

JJのメッセージ 2 1 - 6

 ケンウッドはハイネの向かいに座った。ハイネが葡萄を半分分けてくれたので、彼も赤い葡萄を半分交換した。砂糖水のような甘さの中に、微かに酸味と、さらに微量の渋みがある。ドームの中で、ドーマーが栽培した葡萄だ。ケンウッドは愛しいものの様に丁寧に葡萄をむしって口に入れた。

「それで、お話とは?」

 いきなりハイネが仕事の話に方向転換したので、ちょっと面食らった。

「ああ・・・今朝出産管理区であった事故の話は聞いているよな?」
「セイヤーズと保安課員のゴールドスミスが女性をプールで救助したと言う・・・」
「うん。それで、助けられた女性が彼等を明日の朝食会に招待したいと言ってきた。」
「成る程。」

 ハイネは反対するつもりはないらしく、頷いた。ケンウッドはちょっと深呼吸した。ここからが本題だ。

「救助された女性は、アメリア・ドッティだ。ドームの外では海運王の奥方で有名だが、現大統領ハロルド・フラネリーの従姉妹でもある。」

 彼は遺伝子管理局長の表情を伺ったが、ハイネはドッティの名にピンと来なかった様だ。大統領の従姉妹もドームでは威力がない。ケンウッドは続けた。

「つまり、彼女はポール・レイン・ドーマーの従姉妹でもある。」

 ハイネは赤と緑の葡萄を手にとって比べている。

「ハロルドとポール・レインの母親アーシュラ・L・フラネリーは接触テレパスだ。夫や出産の時に触れ合ったドームのスタッフを通して取り替え子の秘密を知ってしまった。レインが赤ん坊の頃、返してくれと夫やドームに訴えたそうだが・・・」
「先代のマーカス・ドーマーが手を焼いておられたのを覚えています。しかし、私の代になる前に彼女は諦めた筈です。大人しくなりましたから。」
「アーシュラがどの範囲の親族に取り替え子の話をしたのか、知っておきたい。ドーム事業の脅威になると思えないが、噂話を広めてもらっても困る。そうでなくとも、真相に勘付き始めたメーカーがいるのだし・・・」

 ハイネが葡萄から視線をケンウッドに向けた。

「つまり、何を仰りたいのです、長官?」

 ケンウッドはやっと本題に入った。

「明日の朝食会にレインも参加させたい。セイヤーズも彼が来ることを望んでいるし、保安課員も承知した。」
「長官が許可なさるのでしたら、私は反対しません。」
「それで、セイヤーズは自分でレインに電話で誘いをかけたいと言っている。」
「電話?」

 電話とは、コンピュータだ。セイヤーズに触らせてはならない物。だからこそ・・・

「彼がレインに電話をかける間、君が監視してくれないか? そんな長い時間じゃない筈だ。君なら、セイヤーズが悪戯しても見抜けるだろうし、対処も出来るだろう?」

 しかし、ハイネは首を縦に振らなかった。

「私には私の都合があります。その件でしたら、保安課員に任せなさい。」
「しかし・・・」
「セイヤーズに信頼していることを示してやって下さい。彼は無法な男ではありません。信頼されれば、それに応えようとするでしょう。普通に端末を貸してやって、保安課員の監視の下でレインと会話させることです。」

 ケンウッドは自分が臆病になっていることを感じた。ドーマーに苦痛を与えたくなくて、セイヤーズに規則違反をして欲しくなくて、危険な物を全て遠ざけようとしていた自分を、彼は恥じた。

「そうだね・・・セイヤーズも馬鹿じゃない。同じ過ちは繰り返さないだろう。」

 彼は葡萄を口に放り込んだ。甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに広がった。

2018年10月23日火曜日

JJのメッセージ 2 1 - 5

 ケンウッドは観察棟を出て、歩きながら端末で電話を掛けた。ハイネ局長は昼寝から覚めて午後の仕事に戻った筈だ。外にいる部下から送信されて来る報告書に目を通しているのだ。
 3回目の呼び出し音の後、ハイネの声が応答した。画面には出てこない。ケンウッドからの電話だとわかっている筈だが、画像を出すのは都合が悪いのだろうか。

「ケンウッドだ。局長、ちょっと頼みがある。」
「何でしょう?」

 ハイネの声が少し苛ついている様に聞こえた。拙いタイミングだったかな、とケンウッドが心配する間も無く、相手が言った。

「今、一般食堂に向かっています。そちらでお伺いしても良いですか?」

 夕食には早いが・・・ケンウッドは時刻表示を見た。

 そうか、おやつの時間か!

 ローガン・ハイネは好物が食堂のメニューに上がると何をおいてもそれを食べることを優先したがる。変化の乏しいドームの生活で1番の楽しみは食べることなのだ。ハイネは食堂へ急いでいるのだ。

「わかった、私もそっちへ行くよ。」

 電話を切って、今日のおやつは何だろう? とケンウッドも気になった。時刻は午後4時を回っていた。そろそろおやつが売り切れる頃だ。だからハイネは焦っている。仕事で遅くなったので、食べ損ねることを恐れているのだ。100歳になっても、こんな一面があるのだ。
 食堂の入り口で、ケンウッドは立ち止まった。甘い芳しい香りが漂っていた。これは、もしや・・・
 中に入ると、フルーティな香りは更に強くなった。ケンウッドは配膳棚の方を見た。デザートコーナーに艶やかな大きな粒の葡萄が見えた。既に完売に近く、10房も残っていないが、綺麗な実の葡萄だ。赤と緑の皮の色がキラキラ光っていた。
 厨房班のピート・オブライアン司厨長が長官に気が付いて顔を出した。

「長官、間に合いましたね! 今年最初の収穫です。」
「ドームで栽培している葡萄かね?」
「そうです! 園芸班が丹精込めて育てた葡萄ですよ! 召し上がって下さい!」

 ケンウッドは頷いて棚から赤い葡萄の房を手に取った。支払いをして、局長はどこだろうと振り返ると、いつもの席にハイネが居た。緑の葡萄の房を掲げ、一番下の実を直接口に入れるところだった。綺麗に円錐形になった房の一番下の実が彼の唇の中に入っていく。何故かエロティックな印象を覚え、ケンウッドは微かに狼狽えた。
 ふと気がつくと、周囲の人々もハイネの葡萄の食べ方を見物していた。別に珍しい光景でもあるまいに・・・ケンウッドは彼等も彼と同じ印象を持ったのだろうか、とちょっと考えてしまった。
 ハイネが目を閉じて甘い果汁を味わいながら葡萄を飲み下した。幸福そうに、うっとりとした表情を作り、そして目を開くと長官に気が付いた。ケンウッドの手の中の葡萄を見て微笑んだ。

「長官は赤ですか? 私のと半分交換しませんか?」

 ケンウッドも思わず微笑んだ。他人をドキドキさせる妖艶な表情を見せておきながら、台詞は子供っぽい。

 だから、私にはこのドーマーが可愛いのだ・・・


2018年10月22日月曜日

JJのメッセージ 2 1 - 4

 セイヤーズ個人に特に問題はなかったので、ケンウッドはゴールドスミス・ドーマーと共に通路に出た。詰所の前で、保安課員が長官に話しかけた。

「長官、さっき貴方がレインの名前を出した時に僕が浮かない顔をしたことに気づかれたでしょう?」
「鋭いね。」

 ケンウッドが苦笑すると、保安課員は真面目な顔をして言った。

「実は、今朝の事故の直前にあったことですが・・・」

 彼はレインの部下がセイヤーズに絡んで来た話をした。ケンウッドはキエフの名前を覚えていなかった。他所のドームから来たドーマーがいることは知っているが、全員の顔や名前を覚えている訳ではない。養育棟時代から知っているドーマーは殆ど覚えているのだが。

「レインにはドーマーにも熱心なファンがいるようだね。」
「熱心どころではないと思います。彼に執着しているように見えました。セイヤーズは大人の対応で相手にしないつもりだったのです。」
「それで?」
「例の事故が起きて、我々が女性の救助に向かっている間に、あの男は姿を消しました。救助を手伝わないなんて、最低だ。」

 ゴールドスミスはセイヤーズに絡んで来た遺伝子管理局員に腹を立てていた。ケンウッドはドーマーが全員仲良しだとは思っていないが、特定の人物に不快感を抱く様子を見たのは初めてだった。昔、レインは部屋兄弟のリック・ニュカネンとよく喧嘩をしていた。馬が合わなかったのだが、だからと言って憎み合ったりしていなかった。意見が合う時は仲良く喋っていたのだ。ドーマーがドーマーを「最低」呼ばわりするとは、ただ事ではない、と彼は感じた。

「その男のことは、私からハイネにそれとなく注意しておくよ。」
「局長は雲の上の方なので、局員の個人的な確執まで目を配っておられないのでしょう。」

と保安課員が言った。ケンウッドは苦笑した。若いドーマー達は100歳のローガン・ハイネを神格化しようとしているのか?

「ハイネ局長は多忙なだけで、雲の上に住んではいないよ。それに、そのキエフと言う男はハイネの前では良い子を演じているのではないかな? 或いは、ハイネは気が付いているのかも知れないが、レインが苦情を申し立てなければ、上司として動くことも出来ないだろう?」
「そうですね・・・」

 ゴールドスミスが納得した。

「チーフ・レインは、ご自分の問題を1人で抱え込んでしまう癖がありますから。」

おやおや、ドーマー達はアイドルの性格分析もしているのか、とケンウッドは内心呆れた。それでも保安課員に、明日の朝食会は制服でいいよ、と言うのを忘れなかった。
出産管理区に滞在する間、全ての女性はお仕着せの寝巻き姿だ。男がおしゃれしたら、女性として気まずい思いをするだろう。

2018年10月21日日曜日

JJのメッセージ 2 1 - 3

 ケンウッドは急ぐ用事がないことを確認して、1人で観察棟へ足を向けた。クローン観察棟は遺伝子管理局の管轄だが、執政官は自由に出入り出来るし、収容者の管理は医療区が、セキュリティは保安課が受け持っている。収容者の健康に問題がなければ、中央研究所は収容者に自由に面会出来るし、連れ出すことも出来る。ダリル・セイヤーズ・ドーマーはリハビリ中で、健康に問題はなかった。女性達と接しても病気を移したり移される心配はない。
 ケンウッドは最初に保安課の詰所に顔を出し、休憩していたピーター・ゴールドスミスを呼び出した。セイヤーズ担当の保安課員で、アメリア・ドッティのお誘いを受けている1人だ。朝食会のことはまだ黙ったまま、ケンウッドは彼と共にセイヤーズの部屋に入った。セイヤーズはコンピューター室への立ち入りを禁じられてしまったので、図書館から運んでもらった紙の書籍を読んで退屈を紛らわせていた。
 ノックをして入室すると、セイヤーズは顔を上げ、それから慌ててベッドから降りた。礼儀正しく長官に挨拶をした。部屋が狭いので、面会者用の椅子一つしか置けない。収容者はベッドに座るしかなく、保安課員は立ったままだ。
 ケンウッドは迷ったが、立ったまま話すのも威圧的な感じがしたのでベッドの端に座った。ゴールドスミスに椅子を勧めると、保安課員は戸惑った。

「君にも話があるから、座って聞きなさい。」

と言われてやっと腰を下ろした。
 ケンウッドはアメリア・ドッティからの要請を2人に説明した。

「朝食会と言っても、君たちが普段やっている打ち合わせ会とは違う。ただ朝ごはんを食べながら世間話をするだけのお気楽なものだ。女性達はこの手の小さな食事会で友達との交流を持つのが好きなのだよ。だから、君たちも明日の朝、1時間ばかり彼女達に付き合ってやってくれないかね?」

 ピーター・ゴールドスミス・ドーマーは恩人と言われるほどのことはしていないと謙遜したが、彼が排水溝のバルブを閉めに行ったのでアメリア・ドッティを救助出来たのだ、とセイヤーズが讃えた。それに2人共に女性は嫌いでなかったので、結局ドッティからのお誘いを受諾した。
 それで、ケンウッドは中央研究所から歩いて来る間に考えた案を出してみた。

「ポール・レイン・ドーマーも参加させてくれないかな? ゴールドスミス・ドーマーはセイヤーズを監視する役目があるが、食事会で監視しながら食べたり喋ったりではつまらないだろう? レインと互いにフォローし合いながらセイヤーズを見張ってくれないか?」

 実を言うと、ケンウッドはレインを従姉妹に会わせてやりたかった。実の肉親ではないが、遺伝子的に繋がっているし、もしかすると長男のハロルド・フラネリーがドーマーになって次男のポールが外の世界で育てられたかも知れなかったのだ。それにもう一つ、ハロルドが大統領に就任した時、ケンウッドは挨拶に行ったのだが、接触テレパスを持つハロルドは取り替え子の事実を伝えた時、大して驚かなかった。同じ能力を持つ母親が出産でドームに来た時に真実を知って息子に伝わったのだろう。或いは父親の記憶が母親に読まれ、それを母親を介して息子が知った可能性もあった。ケンウッドの懸念は、その情報がフラネリー一族の他のメンバーに伝わっていないか、と言うものだ。
 凄腕のメーカー、ラムゼイの顧客である富豪達はドームの秘密に薄々勘付いている節がある。フラネリー家がその波に影響されている恐れはないか、レインに探らせたかった。
 ゴールドスミス・ドーマーは、美貌のレインが同席すると聞いて複雑な表情をした。ケンウッドは女性の関心がレインに行ってしまうことを心配しているのだと思った。

「レインは女性扱いが上手いらしいが、セイヤーズに夢中だろう?」

と言うと、セイヤーズが頬を赤く染めた。

「からかわないで下さい、長官。レインは人前では普通の男です。」

 そして彼は、自分でレインを誘いたい、と言った。それは端末で電話を掛けさせてくれと言っているのと変わらない。ゴールドスミスは彼が機械類に触らないよう見張っているので、ケンウッドの顔を見てお伺いを立てた。
 ケンウッドも保安課員の懸念を察したので、ちょっと考えて答えた。

「後でコンピューターに詳しい者を寄越すから、彼の監視の下で電話しなさい。」