2018年10月23日火曜日

JJのメッセージ 2 1 - 5

 ケンウッドは観察棟を出て、歩きながら端末で電話を掛けた。ハイネ局長は昼寝から覚めて午後の仕事に戻った筈だ。外にいる部下から送信されて来る報告書に目を通しているのだ。
 3回目の呼び出し音の後、ハイネの声が応答した。画面には出てこない。ケンウッドからの電話だとわかっている筈だが、画像を出すのは都合が悪いのだろうか。

「ケンウッドだ。局長、ちょっと頼みがある。」
「何でしょう?」

 ハイネの声が少し苛ついている様に聞こえた。拙いタイミングだったかな、とケンウッドが心配する間も無く、相手が言った。

「今、一般食堂に向かっています。そちらでお伺いしても良いですか?」

 夕食には早いが・・・ケンウッドは時刻表示を見た。

 そうか、おやつの時間か!

 ローガン・ハイネは好物が食堂のメニューに上がると何をおいてもそれを食べることを優先したがる。変化の乏しいドームの生活で1番の楽しみは食べることなのだ。ハイネは食堂へ急いでいるのだ。

「わかった、私もそっちへ行くよ。」

 電話を切って、今日のおやつは何だろう? とケンウッドも気になった。時刻は午後4時を回っていた。そろそろおやつが売り切れる頃だ。だからハイネは焦っている。仕事で遅くなったので、食べ損ねることを恐れているのだ。100歳になっても、こんな一面があるのだ。
 食堂の入り口で、ケンウッドは立ち止まった。甘い芳しい香りが漂っていた。これは、もしや・・・
 中に入ると、フルーティな香りは更に強くなった。ケンウッドは配膳棚の方を見た。デザートコーナーに艶やかな大きな粒の葡萄が見えた。既に完売に近く、10房も残っていないが、綺麗な実の葡萄だ。赤と緑の皮の色がキラキラ光っていた。
 厨房班のピート・オブライアン司厨長が長官に気が付いて顔を出した。

「長官、間に合いましたね! 今年最初の収穫です。」
「ドームで栽培している葡萄かね?」
「そうです! 園芸班が丹精込めて育てた葡萄ですよ! 召し上がって下さい!」

 ケンウッドは頷いて棚から赤い葡萄の房を手に取った。支払いをして、局長はどこだろうと振り返ると、いつもの席にハイネが居た。緑の葡萄の房を掲げ、一番下の実を直接口に入れるところだった。綺麗に円錐形になった房の一番下の実が彼の唇の中に入っていく。何故かエロティックな印象を覚え、ケンウッドは微かに狼狽えた。
 ふと気がつくと、周囲の人々もハイネの葡萄の食べ方を見物していた。別に珍しい光景でもあるまいに・・・ケンウッドは彼等も彼と同じ印象を持ったのだろうか、とちょっと考えてしまった。
 ハイネが目を閉じて甘い果汁を味わいながら葡萄を飲み下した。幸福そうに、うっとりとした表情を作り、そして目を開くと長官に気が付いた。ケンウッドの手の中の葡萄を見て微笑んだ。

「長官は赤ですか? 私のと半分交換しませんか?」

 ケンウッドも思わず微笑んだ。他人をドキドキさせる妖艶な表情を見せておきながら、台詞は子供っぽい。

 だから、私にはこのドーマーが可愛いのだ・・・