2019年7月30日火曜日

家路 2 3 - 2

 ネピア・ドーマーは朝一にハイネ局長にセイヤーズの希望を伝えた。ハイネの返事は、午後2時に面会可能、だった。用件の内容を伝えても、特に関心がない様で、局長は日課に勤しんでいた。そしてネピアは彼自身の仕事が急に忙しくなり、結局のところ、局長の返事を部下に伝えることをお昼迄忘れてしまった。
 思い出したのは、ハイネが長官執務室での打ち合わせ会に出かけて小一時間も経ってからだった。

 しまった、局長に叱られるぞ・・・

 ネピアにしては慌ててしまった。しかし、第2秘書のキンスキーに己の失敗を知られたくなかったので、キンスキーが先に昼食に出かけるのを待ってから、電話を掛けた。セイヤーズにではなく、上司のポール・レイン・ドーマーにだった。セイヤーズに嫌がらせをしたのではなく、ライサンダーと娘の件に関して、もう一人の父親であるレインも関係しているだろうと推測したからだ。セイヤーズは身勝手な男だが、息子の将来に関して、レインを無視したりはしないだろう、とネピアは彼なりに評価したのだ。
 電話の画面にレインが現れた。背後にぼんやりと大勢の人が映り込んでいるので、食堂だとわかった。
 
「レインです。」

 電話を掛けてきたのがネピアであることに、ちょっと驚いていた。セイヤーズの上司だから、セイヤーズが局長に面会を申し込んだことは知っている筈だ。だから返事はセイヤーズがもらうものと思っていたのだ。

「ネピアだ。局長がセイヤーズと面会される。午後2時に、彼を局長執務室に連れてきなさい。」
「午後2時に・・・」

 レインは確認の為に復唱した。そして、少し間を置いて尋ねた。

「俺も?」
「セイヤーズを外に出すか否か、彼の上司の君も関係してくるだろう?」
「ああ・・はいっ。」

 レインは直ぐにネピアの言葉を理解した。個人的用件であるが、セイヤーズの外出はドームの問題に関わってくるし、レインもライサンダーの父親だ。ネピアは彼の出席も必要だと判断したのだ。
 
「セイヤーズを午後2時に連れて行きます。」
「よろしく頼みます。」

 電話を切って、ネピア・ドーマーはホッと胸を撫で下ろした。どうやら局長に叱られずに済みそうだ。


家路 2 3 - 1

 翌日、ネピア・ドーマーは定時に起床して、定時に朝の運動に出かけた。成人して養育棟を卒業して以来、この習慣を続けている。徹夜で仕事をしたり、外勤時代出張した日以外は必ずこの習慣を守っていた。彼にとっては義務ではなく自然な生活リズムだが、時間に正確なので、他のドーマー達が彼の行動を時計がわりにしていることを、彼は知らなかった。
 ジョギングコースを5周して、ジムのシャワーを使い、身支度の為にアパートへ向かおうとした時、背後から足音が近づいて来た。

「おはようございます、ネピア・ドーマー!」

 虫の好かない秘書仲間の後輩、ダリル・セイヤーズ・ドーマーだ。身勝手で、能天気で、甘え上手な男・・・とネピアは評価していた。局長に取り入るのが得意な奴だ。ネピアは故意に気の無い返事をした。

「あー・・・おはよう・・・」

 振り返らずに立ち去ろうとしたが、セイヤーズは横に並んだ。能天気そのもので、相手の不機嫌な顔に気が付かない・・・否、気が付かないフリをしているのか? 彼はネピアに話しかけてきた。

「局長に個人的なお話があります。休み時間で結構ですから、局長の手が空いた時を教えて下さい。急ぎではありません。」

 ネピア・ドーマーはセイヤーズがいつも厄介事を持ち込む男だと認識していたので、局長を煩わせる用件ではないかと怪しんだ。

「用件の内容を簡単にでも教えてくれませんか? 局長はお忙しいのです。」

 内容次第では断るつもりだった。セイヤーズは微かに溜め息をついて、素直に答えた。

「脱走中に住んでいた場所を売り払いたいので、購入希望者と面会する必要があるのです。場所はドーム空港のビルで充分だと思うので、ゲートの外に出る許可を頂きたい。」
「電話やメールで済ませられないのですか?」
「購入希望者はライサンダーと娘を同居相手に希望しています。」

 ネピア・ドーマーは立ち止まって、まともにセイヤーズを見た。驚いた。ライサンダー・セイヤーズが妻を失くした後、誰と住もうが彼の知ったことではない。しかし、ライサンダーの娘は、別だ。大異変の後、地球上で初めて自然な男女の交わりで誕生した女性だ。その子と同居したいと言う人物がいる?

「どう言うことです?」
「ですから、それを説明する為に、局長にお会いしたいのです。」

 ちゃんと簡単に教えたじゃないか。詳細をここで求めるつもりか?

 セイヤーズはお堅い先輩に心の中で毒づいた。ネピア・ドーマーは相手の気持ちを察して渋面をしたが、頷いた。重要な案件だ。

「朝食の後で局長に伝えておきます。」
「よろしくお願いいたします。」

 セイヤーズは精一杯愛想良く微笑んで、第1秘書から離れた。
 後輩が去って行くと、ネピアは歩きながら考えた。土地の購入希望者の身元を確認しなければならない。怪しげな人間に地球の大事な娘を奪われてはならない。



2019年7月28日日曜日

家路 2 2 - 5

 ネピア・ドーマーは、生死リストのデータ移行作業の詳細を知りたい人の為のデモサイトを作っておいたから、とアドレスを告げた。

「もし質問があれば、私に電話かメールを下さい。決して局長のお仕事のお邪魔はしないように。」

 彼が言うと、初めてハイネが口を挟んだ。

「暇な時はいつでも声をかけてくれて構わないぞ。」

 ケンウッドがすかさず言葉を追加した。

「何も声をかけないでいると、ハイネもネピアも若者に無視されたと落ち込むからね。」

 室内に和やかな笑い声が起こった。
 ネピア・ドーマーが、若者達に、仕事を中断させて悪かった、と言い、会合を終了させた。
 大部屋から出ると、ネピアはケンウッドとハイネにも仕事の邪魔をしたと謝った。ケンウッドは彼に言った。

「これも我々の仕事の一つだ。君に邪魔をされた覚えはないよ。」

 ハイネも笑った。

「君は私に楽をしろと言ってくれているのだろう? 有り難いよ。」

 恐縮するネピアを執務室に帰して、ハイネはケンウッドを午後のお茶に誘った。お八つを無視することは、彼にとって堪え難い苦行なのだ。2人で食堂に向かって歩きながら、彼がケンウッドに尋ねた。

「月の本部は私の後継者を決めておられるのですか?」

 ケンウッドは驚いた。そんな話は聞いたことがなかった。

「否、君はまだまだ元気だろうから、誰もアメリカ・ドームの17代目の遺伝子管理局長のことなど考えてもおらんよ。」
「そうなのですか・・・」

 ハイネがちょっとがっかりした様子だったので、逆にケンウッドから質問してみた。

「君は後継者候補を考えているのかね?」

「ええ」とハイネは渋々認めた。それで、彼が局長の日課を複数の人間に割り当てると言い出した理由をケンウッドは悟った。ハイネの頭の中にいる後継者候補は、毎日の日課をこなすのが苦手なのだろう。リーダーとしての資質には優れていても、事務仕事で机に縛り付けられることに苦痛を感じる人なのだ、きっと。ハイネは自身がしんどいから、日課を減らしたいのではない。後継者が能力を発揮出来る環境を整えておいてやりたいのだ。
 ケンウッドはなんとなくその後継者候補に見当がついたが、敢えて口に出さなかった。代わりに、彼自身のアイデアを言ってみた。

「遺伝子管理局長をドーマー達の選挙で決めても良いかも知れないね。維持班総代もだ。」
「選挙ですか?」

 ハイネは意表を突かれた表情でケンウッドを見た。ケンウッドが頷くと、彼は少し考えてから言った。

「髪の色が白いから神様みたいだ、と考えるうちは、ドーマー達が自分達でリーダーを決めるのは難しいでしょう。目上の者に自由に意見を言えるようにならなければ。」




2019年7月25日木曜日

家路 2 2 - 4

 妻帯許可は不要、と言う結論で、ケンウッドはこの件をはっきり明文化させることを次の執政官会議で決めると約束した。執政官達は科学者で、地球の法律に関して無関心で無知だ。わかりやすく説明してやれば賛同してくれるだろう。
 ネピア・ドーマーは少し休んでから、本当の話題に入った。

「次に私が提案したいのは、局長職である生死リストのデータ移行を、局長から内勤部署に移すことです。」

 室内は一気に静かになった。生死リストの仕事は支局から送られてくる死亡届の確認と出産管理区から来る出生報告と胎児認知記録の照合だ。それは内勤で行われている。そして異常なしと判断されると局長に送られ、局長がマザーコンピューターのデータベースに書き込むのだ。
 
 マザーコンピューター・・・そのデータは人類が存続する限り永久に残る・・・
 
 故に、データ入力は決して間違ってはいけない。慎重に細心の注意を払って書き込みが行われるのだ。遺伝子管理局長にとって、それは日常の仕事ではあるが、毎日神経をすり減らしていく。歴代の遺伝子管理局長の在任期間が短かったのはそのせいだ。第15代遺伝子管理局長ランディ・マーカスが30年近くその座にいることが可能だったのは、修行と称して次世代のローガン・ハイネに手伝わせていたからだ。そしてハイネは・・・
 ケンウッドはそっと隣の親友を眺めた。

 この男は日課を苦にしていなさそうだ・・・

 だがハイネは日課を若い者に託したがっている。書き込みが苦なのではなく、毎日と言うのが苦痛と感じているのだ。しかし彼はそれを部下に語ったことがない。ネピア・ドーマーが発言したのは、ネピア自身の考えだ。
 ネピアはハイネを振り返った。

「私は局長からお仕事を取り上げようと言う意図を持っておりません。しかし、私は僅か数回ですが、日課の代行を仰せつかり、その大変さを経験しました。ですから、貴方の後に続く遺伝子管理局長が局長の日課を重荷に感じるであろうことを想像出来るのです。」

 第1秘書はそこで深く息を吸って吐いて、思い切って言った。

「局長の日課を局長お一人でなさる必要はないのではないですか? 支局の数だけ担当者を増やして分業してはいけないのでしょうか? 生死リストですから、生死で2人ペアで行っても良いと思いますが、どうでしょう? 局長は最終的にその日のデータ移行が終了したことを署名で確認されることになされば? 」

 ネピアは若い仲間達を見た。

「局長のお仕事はデータ移行だけでないことを、君達も知っている筈です。局長のスケジュールは我々秘書が調整するが、これが大変難しい仕事であることを言っておきます。つまり、局長は日々非常にお忙しいのです。日課がなくても、お仕事が山のようにあります。」

 毎日庭園で昼寝をする時間があるハイネは無言だ。ケンウッドは微笑んだ。ハイネに時間の余裕があるのは、ハイネの才覚だ。効率よく仕事に時間を配分出来る能力を持っているのだ。
 ネピアは上司2名から何の異議も出なかったので、安堵した。彼は若い連中に言った。

「大至急と言う訳ではありませんが、内勤部署内で議論して、結論が出たら局長室に報告して頂きたい。出来れば10日以内にお願いします。」
「議論の内容は・・・」

と最初に挙手した男が発言した。

「貴方の意見を受け入れると言うことですか、それとも、貴方の意見を前提に、データ移行の仕事をこちらで分担する相談ですか?」
「私は意見を押し付けるつもりはありません。」

 ネピアはいつもの硬い表情に戻った。

「先ずは私の意見を受け入れるか否か、そこから初めて頂いて結構です。」

 男はケンウッドとハイネを見た。

「長官と局長は秘書殿の意見に異議はないのですね?」
「ないよ。」

とケンウッドは優しく答えた。

「君達が君達自身の生死の記録をどう扱うかの議論だ。執政官の出る幕ではない。それにハイネ局長はこの件に関して自説を出す訳にいかない。ただ・・・」

 ケンウッドは小さい声でトーンを落とした。

「私個人の意見は言わない方が良いが、一つの仕事を一人の人間だけに集中させるのは危険だと思うよ。」



2019年7月24日水曜日

家路 2 2 - 3

 ケンウッドとハイネが昼食を取りに行く頃に、ネピア・ドーマーから御二人と話したいことがありますと連絡が来た。珍しいことだ。ケンウッドは先日の遺伝子管理局長職の代理の件だろうと見当をつけた。ハイネの都合を訊いて、ネピアに時間と場所を指定した。長官執務室だ。 しかし、ネピアは意外な場所を希望した。
 約束の時刻に、ケンウッドは遺伝子管理局本部の内勤大事務室、通称内勤大部屋に入った。普段は局員の机毎に仕切りパネルがあるのだが、この時パネルは全て床に収納されていた。内勤の職員達が中央のスペースに向かって座っていた。中央のスペースは彼等が休憩したり、仕事について話し合う場所だ。そこにネピアとハイネが座っていて、ケンウッドを待っていた。
 ケンウッドは局員達に挨拶して、空席に座った。
 ネピアが立ち上がった。長官と局長に出席を感謝して、室内の職員達に業務の手を止めさせたことを謝ってから、本題に入った。

「最近、中央研究所でドーマーを外の世界に復帰させる計画が着手されています。」

 ケンウッドはドキリとした。まだ幹部クラスのドーマーにしか明かしていなかった情報だ。思わず室内に視線を巡らせたが、ネピアの言葉に驚いた様子は誰にもなかった。
 ネピアが続けた。

「勿論、我々の生活や仕事に大きな変化が出るのはずっと未来のことです。しかし、我々はそのことに安穏として現実に何もしない訳には行きません。我々の業務にも、我々自身で改革を行うことが必要です。」

 御堅いネピアの口から「改革」と言う言葉が出て、ドーマー達は一瞬「えっ?」と言う表情をしたが、まだコメントは出なかった。うっかり口を挟んで御堅い局長第1秘書を怒らせたくないのだ。
 ネピアは若い局員達を見渡した。

「我々は今迄外の世界の住人の婚姻許可を発行したり、妻帯許可証を出して来ました。しかし、本来、婚姻に役所の許可は必要ないものです。女性が生まれない現状で、遺伝子管理を行う必要から、許可制になっているのです。だが・・・」

 ネピアはケンウッドを見た。ケンウッドは彼が何を明かすつもりなのか悟った。しかし、止める意思はなかった。理性的に話してくれるのであれば、そして理性的に受け止めてくれるなら、ドーマー達に早く教えてやりたい事実なのだから。
 ケンウッドが頷いたので、ネピアも小さく頷いた。そして仲間に向き直った。

「我等がアメリカ・ドームで、ケンウッド長官が女性誕生の鍵を発見されました。」

 おおっ!と初めてドーマー達が反応した。近くの仲間同士見合ったり、思わず抱き合ったりした。 しかしネピアが大きく咳払いしたので、彼等は行儀良く静かになった。
 ネピアは室内が静かになるのを待ってから、話を続けた。

「女性が自然に誕生始める迄、まだ時間がかかります。それは君達も十分承知していることでしょう。だから、まだこの事実はドーム全般には伝えられていません。女性誕生が確実になる迄、我々は今迄の業務を続けます。ただ、業務の内容を少しずつではあるが、変えて行く必要があります。例えば、先刻挙げた婚姻許可と妻帯許可の受理・発行です。」

 ネピアはちらりと局長に視線を向けたが、ハイネが反応を見せなかったので、また仲間に目を向けた。

「住民の現実生活を一番よく知っている支局で、許可判断をさせてはいかがでしょうか。局員は胎児認知届けを確認するだけで良いのではないでしょうか。」

 内勤局員の一人が手を挙げたので、ネピアは頷いて発言を許した。挙手した男が立ち上がった。

「支局に婚姻許可発行の権限を持たせると言うことですが、それは支局長が全て行うと言うことですか?」
「私の考えでは、局長の名で支局長が許可を出す、と言う案です。各地の支局長が日常どの程度の仕事をこなしているのか知りませんが、私が現役時代に出会った支局長はどこも時間に余裕がありそうでした。」

 暗に「暇だ」を意味するネピアの遠回しの言い方に、数人の職員がクスッと笑った。ネピアが支局長達に抱いた感想を彼等も同じく持っていたのだ。
 別の男が挙手して、発言許可を得た。

「支局長の手に余る数の許可申請が出される可能性も考えられますが?」
「それは支局長各自の判断で、助手を入れさせれば良いのではありませんか? そもそも大異変前の婚姻許可は役所の職員が扱っていたのであって、行政の長の関知するところではなかった筈です。宗教上の指導者が扱うこともあったでしょう。一般人がもっと自由に婚姻出来るよう制度を改めるべきだと思いますが。」

 ネピアの口から婚姻の自由を認める言葉が出たので、一同はちょっと驚いた。最初に質問した男が再び発言を求めた。

「婚姻の自由を認めるのでしたら、妻帯許可など必要ないのではありませんか?」
「ないと思います。」

 ネピアはきっぱりと言い放ち、ちらりとハイネを見た。ハイネはやはりコメントしなかった。ネピアがケンウッドに視線を向けたので、ケンウッドは目で発言許可を求めてみた。ネピアが小さく頷いたので、ケンウッドは視線をドーマー達に向けた。

「妻帯許可とは、女性の赤ん坊の数が限られている為に、婚姻カップルの数もコントロールしなければならなかったドーム側の都合による制度だ。女性の奪い合いを避ける為の苦肉の策だったのだよ。特に、民族紛争の絶えない地域では必要だった。民族の存続に関わることだったからね。だが、それはコロニー人の地球人に対する上から目線の考えでもあった。地球には地球のやり方があり、コロニーから押し付けるものではない。女の子がこれから自然に生まれてくるのだから、もう制限は必要ない。今迄コロニー人の受精卵から作っていたクローンの女の子も、今は地球人男性精子とコロニー人女性の未受精卵子を受精させて増やすことが可能になった。」

 ケンウッドははっきりと言った。

「もう取り替え子の女子の人数は母親から誕生する男子と同数になるのだ。」

 室内のドーマー達から歓声が上がった。




2019年7月22日月曜日

家路 2 2 - 2

 地球人保護法改正案もしくは撤廃案が西ユーラシア・ドームから出された話題は、ネピア・ドーマーの耳にも届いた。お堅いことで有名な局長第1秘書は、もしその案件が宇宙連邦で通ったら、どう言うことになるのだろうと真面目に考え込んだ。元は執政官がドーマーに性的嫌がらせをするのを防ぐ目的の法律だったと彼は解釈していた。少なくとも、ドームの中ではそう信じられているのだ。もし、その法律が緩和されれば、執政官が好き勝手をするのではないか? それに腹を立てるドーマーが暴力行為に及ぶのではないか? ネピアはネガティヴな想像をしてしまい、自分の心の狭さにうんざりした。

 もっと物事を楽観的に考えられないのか、私は? これでは局長代理など到底務まらないぞ。

 先日ケンウッド長官から、ハイネ局長にもしものことがあれば代理を頼むと言われて、ネピアはずっと気持ちが塞いでいた。局長職が代理としての仕事であるのは良い。ネピアは野心家ではない。局長の地位に座ってドーマー達を統率しようなどと大それたことは望んでいない。また、生死リストを毎日チェックする仕事も嫌いではない。その仕事が地球人にとって重要なものであることも承知しているし、重荷に感じることもない。代理なのだから、いずれ適性な人物を見つけて譲れば良いのだ。
 ネピアが嫌だと感じているのは、ローガン・ハイネが何時働けなくなる日が来ると考えなければならないことだった。ハイネは彼が物心ついた頃に既に薬剤管理室で働いていたし、彼が遺伝子管理局に入局した時も薬剤師だった。だがネピアは先輩から、白い髪の薬剤師が、実は内務捜査班の潜入捜査官で、未来の遺伝子管理局長だと教えられてから、ハイネに強い憧れを抱くようになった。誰よりも武道に秀で、誰よりも知識が豊富で、誰よりも優しくて、誰よりも美しくて・・・

 私が生きている間、局長が働けなくなるなんてことは有り得ない。

 ネピアはそう楽観的に考えようと努力した。しかし、彼が秘書になってから、ハイネはテロに遭って瀕死の重傷を負ったし、それ以前にカディナ黴感染症の治療に用いられた薬剤で肺を痛めてしまった。激しい運動をすると咳き込む。そして必ず主治医のヤマザキ・ケンタロウがすっ飛んできて、叱りつける。つまり、それだけハイネの肺の問題は深刻なのだ。
 悩んでから、ネピアは一つの解決策を思いついた。

 局長のお仕事を大勢で分担して、局長のお体に負担をかけないようにすれば良いんだ!

 ネピアは、ハイネが意図した局長職分業化案にまんまと引き込まれた。

2019年7月20日土曜日

家路 2 2 - 1

 近頃のドームの中の話題は、西ユーラシア・ドームから地球人類復活委員会に提出された嘆願書だった。西ユーラシア・ドームでは、コロニー人女性の執政官とドーマーのカップルが5組もいて、同棲を始めた。それは地球人保護法違反だろうと指摘する者が現れ、ドーマー達が恋愛の自由を権利として主張したのだ。彼等は署名活動を始め、ドーム内の人口の8割が署名した。コロニー人が地球人に素手で触れるのが違反だと言うのはおかしい。そもそもコロニー人が地球人に対して性犯罪を行うことを防ぐための法律なのに、拡大解釈されて、地球人とコロニー人の間に溝を作ってしまったのだ。
 しかも地球人と結婚するコロニー人がコロニーでの権利を放棄しなければならないこと、地球に帰化しなければならないこと、宇宙へ出る権利も失うこと、など理不尽なことばかりの法律だ。地球人もコロニーの情報を得ることを許されない。まるで宇宙の孤島、隔離された世界だ。
 西ユーラシアの要求は、それらの法律を廃止し、地球人も宇宙連邦の住民と同じ権利を持つ人類であることを認めよと言うものだった。
 南北アメリカ・ドームでは、その嘆願書の対象は、ドーマーだけでなく外の地球人にも拡げるべきだと言う意見が出てきた。
 そうなると、データ書き換えの事実をドーマーや地球人全体に知られることになる。

「今更と言う気がするな。」

とヤマザキ・ケンタロウが言った。

「外の地球人は観光や貿易で訪れるコロニー人から宇宙の情報を得ている。訪問者が地球人にコロニーの情報を伝えることを取り締まるのは不可能だ。コロニーが思っているより、地球人は事実を知っているさ。」

 ヤマザキとケンウッド、そして久しぶりのヘンリー・パーシバル、彼等はバーにいた。
パーシバルも頷いた。

「僕は回診で地球上を巡回しているが、結構地球人達は真実を知っているんだ。女性達は自分がクローンだと承知しているし、男達も何故妻を得るのに当局の許可が要るのかわかっている。知っているから、メーカーって言う商売が成り立っているのさ。」
「そうなのか?」

 ケンウッドは外の世界の社会事情に疎い自身が情けなく思えた。

「しかし、よく秩序が守られているものだね。もっと荒れる筈だと宇宙では考えられているのだが・・・」
「宇宙の連中は地球人を野蛮人だと見下しているからなぁ。」
「地球人を閉じ込めて文明の進歩を止めたのは自分達のくせに。」
「地球人は女性が誕生しない理由が解明される迄はコロニーの援助に頼らなければならないからね、コロニーに従順なふりをしているだけさ。」

 ケンウッドはグラスの中の氷を見つめた。

「ドーマーを社会復帰させるプログラムを急がなきゃなぁ・・・」