2019年7月24日水曜日

家路 2 2 - 3

 ケンウッドとハイネが昼食を取りに行く頃に、ネピア・ドーマーから御二人と話したいことがありますと連絡が来た。珍しいことだ。ケンウッドは先日の遺伝子管理局長職の代理の件だろうと見当をつけた。ハイネの都合を訊いて、ネピアに時間と場所を指定した。長官執務室だ。 しかし、ネピアは意外な場所を希望した。
 約束の時刻に、ケンウッドは遺伝子管理局本部の内勤大事務室、通称内勤大部屋に入った。普段は局員の机毎に仕切りパネルがあるのだが、この時パネルは全て床に収納されていた。内勤の職員達が中央のスペースに向かって座っていた。中央のスペースは彼等が休憩したり、仕事について話し合う場所だ。そこにネピアとハイネが座っていて、ケンウッドを待っていた。
 ケンウッドは局員達に挨拶して、空席に座った。
 ネピアが立ち上がった。長官と局長に出席を感謝して、室内の職員達に業務の手を止めさせたことを謝ってから、本題に入った。

「最近、中央研究所でドーマーを外の世界に復帰させる計画が着手されています。」

 ケンウッドはドキリとした。まだ幹部クラスのドーマーにしか明かしていなかった情報だ。思わず室内に視線を巡らせたが、ネピアの言葉に驚いた様子は誰にもなかった。
 ネピアが続けた。

「勿論、我々の生活や仕事に大きな変化が出るのはずっと未来のことです。しかし、我々はそのことに安穏として現実に何もしない訳には行きません。我々の業務にも、我々自身で改革を行うことが必要です。」

 御堅いネピアの口から「改革」と言う言葉が出て、ドーマー達は一瞬「えっ?」と言う表情をしたが、まだコメントは出なかった。うっかり口を挟んで御堅い局長第1秘書を怒らせたくないのだ。
 ネピアは若い局員達を見渡した。

「我々は今迄外の世界の住人の婚姻許可を発行したり、妻帯許可証を出して来ました。しかし、本来、婚姻に役所の許可は必要ないものです。女性が生まれない現状で、遺伝子管理を行う必要から、許可制になっているのです。だが・・・」

 ネピアはケンウッドを見た。ケンウッドは彼が何を明かすつもりなのか悟った。しかし、止める意思はなかった。理性的に話してくれるのであれば、そして理性的に受け止めてくれるなら、ドーマー達に早く教えてやりたい事実なのだから。
 ケンウッドが頷いたので、ネピアも小さく頷いた。そして仲間に向き直った。

「我等がアメリカ・ドームで、ケンウッド長官が女性誕生の鍵を発見されました。」

 おおっ!と初めてドーマー達が反応した。近くの仲間同士見合ったり、思わず抱き合ったりした。 しかしネピアが大きく咳払いしたので、彼等は行儀良く静かになった。
 ネピアは室内が静かになるのを待ってから、話を続けた。

「女性が自然に誕生始める迄、まだ時間がかかります。それは君達も十分承知していることでしょう。だから、まだこの事実はドーム全般には伝えられていません。女性誕生が確実になる迄、我々は今迄の業務を続けます。ただ、業務の内容を少しずつではあるが、変えて行く必要があります。例えば、先刻挙げた婚姻許可と妻帯許可の受理・発行です。」

 ネピアはちらりと局長に視線を向けたが、ハイネが反応を見せなかったので、また仲間に目を向けた。

「住民の現実生活を一番よく知っている支局で、許可判断をさせてはいかがでしょうか。局員は胎児認知届けを確認するだけで良いのではないでしょうか。」

 内勤局員の一人が手を挙げたので、ネピアは頷いて発言を許した。挙手した男が立ち上がった。

「支局に婚姻許可発行の権限を持たせると言うことですが、それは支局長が全て行うと言うことですか?」
「私の考えでは、局長の名で支局長が許可を出す、と言う案です。各地の支局長が日常どの程度の仕事をこなしているのか知りませんが、私が現役時代に出会った支局長はどこも時間に余裕がありそうでした。」

 暗に「暇だ」を意味するネピアの遠回しの言い方に、数人の職員がクスッと笑った。ネピアが支局長達に抱いた感想を彼等も同じく持っていたのだ。
 別の男が挙手して、発言許可を得た。

「支局長の手に余る数の許可申請が出される可能性も考えられますが?」
「それは支局長各自の判断で、助手を入れさせれば良いのではありませんか? そもそも大異変前の婚姻許可は役所の職員が扱っていたのであって、行政の長の関知するところではなかった筈です。宗教上の指導者が扱うこともあったでしょう。一般人がもっと自由に婚姻出来るよう制度を改めるべきだと思いますが。」

 ネピアの口から婚姻の自由を認める言葉が出たので、一同はちょっと驚いた。最初に質問した男が再び発言を求めた。

「婚姻の自由を認めるのでしたら、妻帯許可など必要ないのではありませんか?」
「ないと思います。」

 ネピアはきっぱりと言い放ち、ちらりとハイネを見た。ハイネはやはりコメントしなかった。ネピアがケンウッドに視線を向けたので、ケンウッドは目で発言許可を求めてみた。ネピアが小さく頷いたので、ケンウッドは視線をドーマー達に向けた。

「妻帯許可とは、女性の赤ん坊の数が限られている為に、婚姻カップルの数もコントロールしなければならなかったドーム側の都合による制度だ。女性の奪い合いを避ける為の苦肉の策だったのだよ。特に、民族紛争の絶えない地域では必要だった。民族の存続に関わることだったからね。だが、それはコロニー人の地球人に対する上から目線の考えでもあった。地球には地球のやり方があり、コロニーから押し付けるものではない。女の子がこれから自然に生まれてくるのだから、もう制限は必要ない。今迄コロニー人の受精卵から作っていたクローンの女の子も、今は地球人男性精子とコロニー人女性の未受精卵子を受精させて増やすことが可能になった。」

 ケンウッドははっきりと言った。

「もう取り替え子の女子の人数は母親から誕生する男子と同数になるのだ。」

 室内のドーマー達から歓声が上がった。